第17話 お姫様は補給をしたい
ついに一つ目の鍵を手に入れたが、また一つの問題が浮上してしまった。
姿を変化させることが出来る謎の黒マントと、彼が従えていた邪竜。
兄貴たちには既に報告書を持たせた魔鳥を飛ばしているが、問題はここからどうするか。その方針はまだ固まっていない。
「困ったことになりましたね。ここにきて事態が急変してきました」
客間でソファに座り、優雅にお茶を飲むのはノア様。
「ああ……姿を変える魔法に模造品の邪竜。更にはマリアさんの命まで狙うとは」
眉間に皺をよせ、険しい表情をしているのはデレク様だ。
「…………ねぇ。ちょっと」
「おや。どうしましたか、アリシア姫」
「機嫌が悪そうだな」
「当たり前でしょ。…………貴方たち、どうして当たり前のようにウチでくつろいでいるのかしら?」
愛らしくむすっとした表情で、姫様は腕組みをしながら不満げに佇んでいる。
「仕方がないでしょう。姿を自在に変える謎の襲撃者がいる状況で、バラバラに行動するのは避けたいところですからね」
「相手はマリアさんも狙っているんだ。かといって、オレの屋敷で護るのは難しいからな……ここに皆が集まるのは自然な流れだろう」
「それはそうだけれど」
お二方の言っていることは至極真っ当なことであり、この場合姫様には微塵も勝ち目はないと言っていい。姫様としても、ノア様とデレク様が言っていることは重々承知であることのはずだが……まあ、ノア様のことが苦手だからなぁ。姫様は。
「…………リオン。ちょっと来なさい。先に、イストールたちに送る報告書をまとめるわよ」
「えっ。それなら俺がもうやっておきましたけど」
「いいから。……マリア。ちょっとの間だけ、その二人の相手を頼んだわよ」
「かしこまりました」
無理やり引っ張られて廊下に出た後、俺は気がつけば姫様の部屋に移動していた。……どうやら転移魔法を使ったらしい。こんな高度な魔法をいきなりポンポン使われるのは心臓に悪いな……。ちょっとビックリする。
「…………リオン。わたしのリオン」
それは、姫様お得意の不意打ちだった。
ふわりと華のような香りが漂ってきたかと思うと、姫様がいきなり俺の身体に抱き着いてきたのだ。そのまま胸元に顔を埋め、ぎゅぎゅーっと強く強く抱きしめてくる。勿論、大して痛くない。痛くないが、姫様が何か不満のようなものを訴えているということは分かる。……あと、あえて何がとは言わないが、発育の大変よろしい姫様の柔らかいものが押し付けられている状態というのも気になる。
「あの、姫様? いきなりどうしました?」
「…………ちょっと補給をしているの」
「えーっと…………」
言ってしまっていいのだろうか。意味が分からないと。
おかしいな。さっきの戦闘時はただの一言と、目線だけで姫様の意図することを理解したのに今はサッパリ分からない。姫様ってたまにこういうことをなされるんだよな……。
「だって、さっきあんなことがあったばかりじゃない。わたしだって色々と緊張ぐらいはしてたし。一息つきたかったんだもの。……でも、ノアの前でこういうことするのも癪だったし」
ノア様の前じゃなくても控えて頂きたいが……ここは口を噤んでおこう。実際、姫様は頑張ってくれたことだし。俺に出来ることがあるのならなんだってしよう。
「こうしていると、頑張れる気がするの。だからちょっとだけこうさせて」
「それも、いつものワガママですか?」
「ん。そんなとこ。……だめ?」
「……俺でよければ、お好きにどうぞ」
こんな俺なんかが姫様の癒しになることが出来るのなら、協力しない手はない。
そう思って頷くと、姫様は嬉しそうに微笑んでくれた。……そういう顔をするから、いつも俺はされるがままになっちゃうんだろうなぁ。
「ねぇ、リオン」
「なんですか」
「子供の頃の約束、覚えてる?」
「覚えてますよ。絶対に何があっても、どこにいようと。俺が姫様を見つけてみせます……ってやつですよね」
「……ちゃんと覚えててくれて、安心したわ」
「当然ですよ。忘れるわけないじゃないですか」
「あのね、リオン。わたし……あの時、貴方が絶対に見つけてくれるって言ってくれたから、いつも堂々としていられるのよ」
「…………なんか、珍しいですね。姫様がこんなにもしおらしくなっているなんて。逆に心配になっちゃいますよ」
「どういう意味かじっくり追求したいけど……でも、そうね。色々あって、ちょっと疲れてるのかも。だから急にリオンの温もりが欲しくなったのかもしれないわね」
心なしか、姫様の身体がいつもより小さいような。……いや、違う。最初からこうだったんだ。いつも堂々としていて、『支配』の権能を持っていたって。彼女もまだ、俺と同じ子供なわけで。この華奢な身体はいつか、魔王としての責務を背負うことになるんだ。そして俺は、そんな姫様を支えていくと決めた。
「…………ホント、大変ですよね。姫様は」
「そうよ。とっても大変なの。だからリオンにはいっぱい助けてもらわなくちゃ」
「まあ、常日頃から言っていますが、俺に出来ることならなんでもしますよ」
「じゃあもう少しこのままにさせて?」
「…………ノア様たちを待たせているので、程々に」
今はただ受け止めよう。やがて魔王を継ぐ女の子を。
☆
意味はよく分からないが『補給』とやらを済ませた姫様は随分とご機嫌になり、客間へと二人そろって戻る。これで王族三人が揃い、晴れて作戦会議が行われることとなった。
「……さて。ではこれからの方針ですが、まずはあの黒マントについて色々と調べてみることにしましょう。その上で、あの他人に化けられる魔法への対抗策を講じなければ」
「それなら良いものがあるわ」
言いながら、姫様が取り出したのは丁度掌に納まるサイズの鋼鉄のプレートだ。それがこの場にいる全員分用意されていた。
「アリシア姫、これは?」
「わたしが趣味で作った魔道具よ。ちょっとコツがいるけれど、魔力を通して術式を起動させれば、これを持っている人同士、離れた場所で会話が出来るの。音の大きさも自由に調節出来るわ」
「…………ちょっと待て。もしかすると通信系の魔法か? アレは専用の設備や高度な術式を組み込む必要があるはずだが……そもそも、ここまでの小型化を実現したなど聞いたことがないぞ。それをあろうことか、趣味で開発したのか!?」
「そうよ。暇な時間に作ってたんだけど、まさかこんなところで役に立つなんてね。数を揃えておいてよかったわ。……まあ、効果範囲はせいぜい学院の敷地内ぐらいなんだけど」
デレク様は驚きのあまり言葉も出ないようだ。それもそのはず。通信魔法なんてまだ生まれたばかりの技術だ。実際に使用している人も世界を見渡してもほんの僅かだし、その僅かにしてもかなりの手間をかけて設備を整えている。しかし姫様は、あろうことか小型化を実現したうえで複数のアイテムを作り上げてしまっている。それを趣味でやってのけたというのだから恐ろしい。デレク様の反応も無理はない。
「相手の化ける魔法がどの程度の範囲でこちらを化けてくるのかは分からないけど、これには盗難対策に色々な魔法を組み込んであるから、そう簡単にコピーは出来ないはずよ」
「……成程な。魔法でコピーできないなら、あとは似た物を用意するしかない。だが、市販のものならともかく君の趣味で作ったアイテムならば、相手もそう簡単に用意は出来ないだろう。ガワだけを寄せても実際にこのアイテムを使えばすぐに本物か偽物かが分かる」
「ふむ。盗難対策と言っていましたが、具体的には?」
「これ、登録した人の魔力を記憶することが出来るの。だから偽者には使えないし、誰かのアイテムに触れれば本物だと証明することが出来るわ」
「なるほど……いやはや。驚きましたね。まさかこんな代物を独自に開発していたとは。可能ならば治安部に導入したいぐらいだ」
さしものノア様もかなり驚いているらしい。眼鏡の奥にある彼の静謐な瞳は、好奇心に満ちた色を宿している。
「考えておいてあげる。これ、一応趣味で作ったとは言ったけどそこそこ苦労したし、結構頑張ったんだから」
「そういえば、いつもの趣味にしては姫様随分とそれを造るのに真剣になってましたよね。何日か徹夜もしたりして」
「当たり前じゃない。だって、こういうのがあれば離れていてもリオンの声を聞くことが出来るでしょ? だから、リオンの声をよく聞けるように繋がりやすさを重視してみたの」
「そんな理由でそのアイテムを開発しちゃったんですか!?」
「そうよ。悪い?」
「いや、悪くはないですけど……言ってくださればいつでもすぐにでも駆けつけるのに……ああ、もうっ。俺がどうにかすれば済む用事で徹夜しないでください! 姫様はもう少しご自愛下さいね!」
「ふふっ。そうね。うん。覚えておくわ」
笑っていらっしゃるが姫様、本当に分かっているのだろうか。
「…………マリアさん。あの二人はいつもああなのか?」
「ええ。私が来てからまだ日が浅いですが、だいたいいつもあんな感じです」
「…………そうか」
「まあ、そっとしておいてあげましょう。それより、話し合わなければならない問題はもう一つあります」
化ける魔法対策も確立させることが出来たところで、ノア様が話の軌道を修正する。
「マリアさんを狙った黒マントの男……彼の目的と、その裏側にいる何者かについてです」