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第16話 お姫様たちは己の使命を果たしたい

 姫様の放ったその一言に、デレク様たちは驚きの表情を露わにしている。だがそれは邪竜の上に佇むローラ様(と思われる者)も同じのようで、一瞬の硬直を見せた。

 それは明確な隙であり、俺の身体は反射的に動く。デレク様との戦いを思い出し、拳に火と風を混ぜ合わせて生まれた『焔』を纏い、右手に集約させる。


 仮に目の前にいるのが本物のローラ様だった場合だろうと、邪竜というかつての戦争で大いなる破壊を齎した存在を引き連れているとなると、多少強引な手段を取られても文句は言えない。邪竜は今でも明確な最上級危険魔法生物に認定されている。もし相手が本物のローラ様であったとしても、その時は俺一人の命を投げうってでも責任を取ればいい。


「…………そこだ!」


 右腕を突き出し、焔の奔流を解き放つ。紅蓮の閃光は隙を見せたローラ様へと真っすぐに突き進み――――、


「くッ……!?」


 咄嗟に反応してみせたらしいローラ様は、俺が放った焔の閃光を、上半身を捻って躱す。焔は僅かに彼女の身体を掠めたのみだった。


「外した……!」


「いいえ。上出来よ、リオン」


 姫様の言葉の意味が、邪竜の上に佇むローラ様に現れる。

 彼女の体の表面がドロリと溶け出している。まるで上に被っていた皮か何かが、溶けだしたかのように。


「文字通り、化けの皮が剥がれたってところかしら」


「…………どうやって見破った?」


 ローラ様の身体は完全に融け、中から現れたのは、研ぎ澄まされた刃のような表情を持つ、黒いマントを纏った男だ。好奇心を示しながらも警戒を怠らぬ鋭い目つきは、これまで幾多の修羅場を潜り抜けてきたことが伺える。いつの間にか体格も変わっているところ見るに、魔法で姿を変えていたのだろうが、その魔法はこれまで見破られたことなどほぼなかったのだろう。だからこそ姫様の指摘に隙を見せてしまった。


「貴方からは全くといっていいほど『権能』の気配を感じなかったわ。……あとの決め手は勘よ。的中してくれたようで何よりね」


「なるほど。……まったく、迂闊に『権能』の保有者に化けるべきではなかったか。いや、それより誤算だったのはこの型破りなお姫様の存在か? いずれにしても、俺には油断と驕りがあり、運が無かったということか」


 言葉とは裏腹に男は不気味ながらも笑みを漏らす。正体を見破られたばかりだというのに、彼には余裕というものが未だ健在していた。


「まァ、いい。ならばこのまま、要件を済ませていくとしよう」


 黒マントの男に促されるように、邪竜が咆哮をあげる。

 周囲に放たれる魔力の波動。その圧力はまさに暴風にも等しく、その場に踏ん張るだけでも体力を削られていく。これがかつての戦争で猛威を振るった怪物の力か。


「姫様、お下がりください。ここは俺が」


「いいえ。それは違うわ、リオン」


 言葉と共に、空間支配によって発動した重力が解き放たれる。邪竜の身体は大きく地にひれ伏し、その動きを硬直させた。そこに一つの影が迫る。腰から剣を引き抜き、全身に魔力纏いながら邪竜に接近。一瞬見惚れてしまいそうになるほどの鮮やかで、洗練された太刀筋が漆黒の鱗に炸裂し、斬り裂いた。


「むしろここは、我らが為さねばならぬ場面といえるでしょう」


 姫様と共に並び立つように着地したのは、『団結』の権能を発動させたノア様。

 全身から権能によって強化された魔力が迸っている。デレク様の獣闘衣オーラにも匹敵する力はまさに圧巻の一言だ。あれを涼し気な顔で操っているのだから、相当な鍛錬を積んだに違いない。


「邪神と邪竜。この二つの脅威に対抗するために、我ら王族は『権能』を授かった。今この時代に、再び邪竜が現れたのならば……我らが立ち上がり、討伐する。それが王族としての使命だ」


 立ち上がり、デレク様は獣闘衣オーラを纏う。


「貴方、リオンとの戦いで消耗してるんじゃないの?」


「己だけただ指を加えて見ているわけにはいかんからな」


 突発的に現れた邪竜に対し、三人とも驚き自体はあったようだが物怖じは一切していない。それこそ堂々と立ち向かおうとしている。いつでもこのような事態が起きてもいいような心構えを常日頃からされている証拠だ。


「……この歳で既にあそこまでの覚悟をされているとは。アリシア様には幾度も驚かされますね」


「伊達にこれからの世界を担う宿命を背負ってはいないってことだろうな。マリアが驚く気持ちも、少しは分かるよ。特に姫様は普段あんなだしな」


「ちょっとリオン。それはどういう意味かしら?」


「いや、別に他意はありませんよ。姫様は立派だなぁと。それだけです、ホント」


 苦笑しつつも、俺は全身に『焔』を纏う。邪竜相手に出し惜しみはなしだ。消耗は激しいが、周囲への被害を抑えるためにも一気に決着をつけなければならない。


「マリア。お前は行けるか?」


「……ええ。当然です。今の私は、アリシア様に仕えているので。それに…………なぜでしょうか。あの男を見ていると、頭がズキズキと痛むのです。不愉快とさえ思うほどに」


「それはどういう……いや、待て」


 よく見てみると、邪竜の上に佇んでいたはずの黒マントの姿がない。

 姫様の重力魔法から逃れた。……違う。重力魔法で抑えつけられる前にどこかへと脱出していたのか。だとすれば、奴は一体どこに消えた?


「リオン!」


 具体的な内容の無い、ただ俺の名を呼ぶだけの指示とも呼べない指示。

 だが、彼女の視線や声から伝わってる緊迫感。あとは姫様の言葉を借りるなら『勘』で指示の内容を察する。

 拳に『焔』を纏い、俺は躊躇いなく――――、


「ッ! リオン様……!?」


 マリアに向けて、その拳を振るう。

 姫様に対する信頼のもと放たれた焔纏う拳は、驚愕するマリアに当たることはなかった。

 彼女の身体は突如としてその場から消失したからだ。

 これは姫様が使用された短距離転移魔法によるもの。マリアの身体を俺の目の前から転移させたのだ。


「ッ!?」


 不意を突かれたような声を漏らしているのは、黒マントの男だ。彼はいつの間にかマリアの背後に回り込んでおり、おそらく彼女の首を狙ったであろう軌道で刃を振るっていた。だが当然、姫様の短距離転移魔法によって姿を消したマリアにその刃が当たることはなく、ただ空を切るのみ。

 位置的には丁度、俺が放つ拳の軌道上に現れてくれたことになる。


「チィッ!」


 相手からすれば、俺があらかじめ予見していたかのような一撃。だがこれはいち早く敵の狙いに気づいた姫様が咄嗟に作り出した状況。

 俺の放った焔纏う拳に対し、黒マントの男は腕を防御に回した。焔が腕を焼き焦がし、俺は力の限り腕ごと黒マントの男を殴り飛ばす。


「ぐッ――――!?」


 確かな手ごたえと共に、黒マントの男が地面に叩きつけられ転がってゆく。

 咄嗟にガードされたので完全なヒットとは言えないが、ある程度のダメージは入ったはずだ。

 いやそれにしても、咄嗟のこととはいえ姫様も無茶なことをさせてくるなぁ……本当にマリアに当たりかけたら寸止めしてたけど。

 その姫様はというと、咄嗟に転移させたであろうマリアを抱きかかえている。もっと言えば、お姫様抱っこしている。お姫様がお姫様抱っこをする方になるのは初めて見たぞアレ。


「ごめんなさいね、マリア。咄嗟のこととはいえ、貴方に怖い思いをさせてしまったわ」


「あ、アリシアしゃまぁ…………」


 マリアは抱きかかえられたまま、見惚れたように姫様に熱い視線を送っている。

 また何か拗らせなければ良いのだが……。いや、もう既に拗らせてるけど。


「――――なるほど。この邪竜は囮だったということですか」


 重い肉塊が落ちた音と共に、ノア様が剣を軽く払って血を飛ばす。

 彼の背後には、首を斬り落とされ屍と化した邪竜の姿があった。身体には切断痕と、拳で幾度も殴り飛ばされたような跡も残っている。


「…………貴様の狙いはマリアさんだった、と。そういうことか?」


 獣闘衣オーラを纏うデレク様は、俺との戦いでの消耗をまるで感じさせない気迫を放っている。俺は生まれ持った魔力が少ないから、デレク様のようなスタミナのある方を見るとつい羨ましくなってしまうな。


「ほゥ……邪竜を意にも介さぬか。流石は王族といったところか」


「これが本物の邪竜だったのなら、その誉め言葉も素直に受け取れたのですがね。……むしろ、私たちも舐められたものです。このような偽物如きで斃せると思われていたとは」


 ですが、と。ノア様は剣の切っ先を黒マントの男に向ける。


「この邪竜。偽物とはいえ性質そのものは邪竜といって良い代物です。出来の良い贋作とも言える。……気になるのは、一体何処の誰がこれを製造したのかです」


「…………生憎と、守秘義務に反するのでな。ソレの始末にもしくじった以上、この場にも用はない。今日のところは退かせてもらおう」


「あら。わたしたちが、貴方を逃がすと思ってるの?」


「結果的にはそうなる」


 有無を言わさない重力操作が黒マントの男を襲う。だが、黒マントの男はそれよりも一瞬早く懐から小瓶のようなものを取り出すと、そのまま地面に叩きつけた。中から禍々しい光が飛び散ったかと思うと、邪竜を伴ってこの場に現れた時と同様に空間に亀裂が入り、砕ける。黒マントの男はその中に滑り込むと、姿を消してしまった。


「今のは……空間転移ですか。アリシア姫、追跡は出来ますか?」


「…………いや、無理ね。痕跡があまりにも歪み過ぎて追えないわ」


 ひとまずの脅威は去った。しかし、何かが解決したわけではない。むしろ新しい脅威が現れたことによって、俺たち全員の心の中に、暗澹とした靄のような気持ちだけが残った。


 ☆


 楽園島魔法学院の教師たちの大半は、自らこの学院で教鞭をとることを志した者たちだ。

 だが治安部の顧問を務めている教師、ナイジェル・タルボットに関してはその限りではない。彼はこの学院の教師に個別に与えられる専用の研究室という『特典』目当てに教職に就いたと言ってもいい。故に彼にとって教師職というものは研究の時間の妨げとなるモノなのだが、それでも高額な機材が揃い、使い放題となる『研究室』のためにと我慢している。


 何しろ一日中普通の設備で研究に没頭するよりも、教師業との掛け持ちをしながらでも、園島特有の技術で構築された専用の機材を使用する方が遥かに研究は進む。そうでなくてはナイジェルはとっくにこのような学院の教師など辞めている。

 彼は授業ノルマを終えると足早に研究室に向かうのが常なのだが、その日は同僚と呼べる教師に呼び止められた。確か彼は、ナイジェルと同じように研究設備が目的でこの学院の教師になった者だ。ナイジェルからすればいわば同類である。そのよしみで、ナイジェルは立ち止まってやった。


「ナイジェル先生。これをどうぞ」


 手渡されたのは、小洒落たラッピングの施された菓子だ。


「これは?」


「生徒からの贈り物だそうです。なんでも、料理部の生徒たちが日頃の感謝を込めて私たちのために作ってくれたそうですよ。こういうのを貰うと、教師冥利に尽きますよねぇ。最初は研究機材が目的でこの学院の教師になったのですが……ははは。今では教員生活も悪くないと思っている自分がいますよ」


「…………そうですか。では、私は研究がありますので」


 そのままナイジェルは、自分に与えられている研究室に戻る。

 実験器具や開発した魔道具に囲まれた、無機質な空間だ。娯楽や緩みといったものが一切感じられない。己に必要なモノのみで構成した、効率を追求したような印象を受ける部屋である。


「くだらん」


 ナイジェルは手に持った菓子を一瞥することもなく、無造作にゴミ箱に放り込んだ。ゴミの中に埋もれた菓子は、その包装も無残に歪んでしまった。生徒たちが込めた想いなど欠片も気にすることもない。彼にとっては己の研究に必要のないゴミでしかないのだから。


「フッ。教員の所業とは思えんな」


 部屋の隅から、黒いマントを身に着けた男が現れる。ナイジェルはそれに驚くこともなく、ただ苛立ちの募った表情を向けた。


「黙っていろ。それより貴様、私が邪竜をくれてやったにも関わらず失敗した上に、お前の化ける能力もあの魔族の娘たちに知られたそうじゃないか! 一体何のために貴様に大金を払っていると思っている!」


「フム。そう言われてしまえば立つ瀬がないな。反論のしようもない……強いて言うならアレを邪竜と称するにはあまりにもお粗末すぎるな。王族共に簡単に殺されてしまったぞ? まあ、貴様も使い魔からの情報で既知のはずだが」


「うるさいッ! それよりも貴様のことだ、エイムズ! どう責任をとるつもりだ!」


「己が生み出した失点は取り返すとも。貴様の言う通り、大金を頂いているからな? 貰った分は働くとも。きちんと仕事はこなす。『四葉の塔』とやらは開けさせんし、種族間の仲もかき乱してやるとも。だが…………貴様の『道具』の始末に関しては別料金だ。アレは追加で発生した依頼だからな。これ以上の働きを求めるなら貴様が積んだ金では足りん」


 黒マントの男――――エイムズの言葉に、ナイジェルは言葉を詰まらせる。


「まったく。依頼主様は頭は良いが要領が悪い。首輪や呪符にあんな凝った機能を入れるぐらいなら、早々に殺してしまえば良かったのだ。死の恐怖に苦しむ者の顔を見たいなどという依頼主様の陳腐な趣味が裏目に出たな。……わざわざ監視をし、首輪を起動させるのも手間だったぞ?」


「黙れ! 黙れ黙れ黙れッ! アレは元々私の道具だ! 私が買った道具だ! どう処理しようと勝手だろう!」


「そうだったな。……安心はしていいぞ。依頼主様が首輪に施した記憶の消去は機能していた。今はマリアと呼ばれている娘は、俺や貴様の記憶を忘却していた。良かったな。だがまあ、依頼主様の臆病さも拗れたものだな。死の恐怖に歪む者の顔を眺めるための機能を入れながらも、それが解除されてしまった時のことを想定した機能を組み込んでいるとはな。何度も言うが単なる口封じならばすぐに殺した方がそんなものを組み込む手間も省けるというのに……」


 エイムズがこれだけ嫌味を零してくるのは、暗に「割に合わない仕事をさせられた」と訴えている時だ。それぐらいのことはナイジェルにだって分かる。既に一年以上の付き合いではあるのだから。


「それで? 嫌味を言うためだけに帰ってきたのか? フン! 安心しろ、目論見通り金ならばいくらでもくれてやる」


「ならば良し。で、またあの魔王の娘と裏切者とやらを殺せばいいのか?」


「いや…………」


 怒りのままに魔王の娘や裏切者を始末するように指示するのは簡単だ。

 しかし、時期的にも彼には頼みたいことが他にもあった。


「貴様には、これから大仕事を頼みたい」


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