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第15話 お姫様は護衛にご褒美をあげたい

「黙って聞いてたら……さっきからなにソレ。勝手に決めつけて、勝手に諦めているだけじゃない」


「アリシア・アークライト……」


「ひ、姫様……?」


 不満げであることを隠すことなく表情に出している姫様が、つかつかとこちら側に歩み寄ってきた。


「デレク。貴方がローラと一緒に真の和解を成そうとしていたって聞いた時……わたし、貴方のことを……貴方たちのことを、凄いって思ったわ。ちょっとだけどね」


 わざわざ「ちょっと」なんて付け足すあたりが姫様らしい。

 素直に凄いと認めるのはそれこそ「ちょっと」恥ずかしいものがあるのだろう。


「貴方が失敗したことは確かにショックだったかもしれない。わたしも、自分の失敗で大切な人を傷つけてしまったらと思うと……怖いわ。とても」


 姫様は俺の方に視線を移し、己の言葉を噛み締めるように目を伏せた。


「…………その気持ちは少しだけどわかる。でもね、皆が望んでいるのは妖精族と相対するリーダーとしての貴方ですって? それだけは納得できないし、それを理由に諦めた貴方にも納得できないわ」


「納得、できない……?」


「まだ分からないの? ねぇ、デレク。妖精族と敵対するリーダーとしての貴方を皆が望んでいると言ったけれど。それがどうして諦める理由になるのかしら?」


 姫様の言葉に対してデレク様は思うところがあったらしい。

 呆気にとられたような表情をして、ただ姫様の目を見つめている。


「貴方、言ったわよね。わたしの自由さが羨ましいって。だったら貴方も、多少なりとも自由になればいいじゃない。そんな窮屈そうな、息苦しそうな顔をしてないで。ローラと一緒にまたやり直せばいいじゃない」


「しかし……皆は、賛同してくれないだろう。それだけ妖精族との溝は深い。ましてやそう願うオレの姿など、望んではいないはずだ」


「だから何?」


 デレク様の言葉に、姫様は間髪入れずに言い返す。


「仮に貴方の願いをその『皆』とやらが否定したとしても、そんなの笑い飛ばしてやりなさい。これが自分の願いだって。これが自分の心だって。……その上で喧嘩になったのなら、存分に喧嘩して、どんな手段を使ってでも、自分の心を叩きつけてねじ込んでやりなさい。少なくとも、わたしはこれまでそうしてきたわよ」


「確かに魔王様にワガママをいう時は、よく大喧嘩して勝ちをもぎ取ってきてましたねぇ。この前も何やら魔王様と凄い言い合いをされていて……あれ、一体何のことで喧嘩してたんですか?」


「………………………………リオンには、教えてあげないわ」


「えっ、俺にだけ!?」


 ぷいっと顔を逸らしてきた姫様。地味にショックだなこれ……!?


「ひ、姫様? それだとやっぱ、逆に気になってくるんですが……?」


「だめ。リオンにはまだ教えてあげないわ」


 俺にはどうあっても教えてくれる気はないらしい。

 姫様の意志は固く、聞きだせそうにない。


「しかし……オレたちは王族だ。勝手は許されない。民あっての王族である以上、オレたちは民のために動くべきだ」


「そうね。――――でも、貴方がローラと一緒に真の和解を成そうとしていたのも、民のためだったんじゃないの?」


「――――っ」


 会心の一撃、と言ったところか。

 姫様のカウンターが綺麗に決まった。


「第一、考えてもみなさいよ。民の上に立つ王族が息苦しそうに、窮屈そうにしていてどうするの? そんな顔してると、民まで不安になっちゃうじゃない。だからこそわたしたちは堂々としてなきゃいけないの。胸を張って、大丈夫だって。安心して、日々を生きてもらうためにね。貴方の場合、たまにワガママを言うぐらいが丁度いいんじゃない?」


「姫様の場合は、もう少し大人しくして頂けるとありがたいんですけどねぇ」


「あら。リオンはそういうわたしの方が好きなの?」


 普段はもう少し大人しくしてくださいと言っているが、いざ大人しくしている姫様を想像すると――――なんだろう。ちょっと物足りなさのようなものを感じてしまう自分がいる。姫様に振り回されるのが楽しいと思っている俺もいる。


「で、ですがまあ、デレク様。姫様の言う通り、貴方はもう少し自分の本心を皆にぶつけてみるのもいいかもしれませんね。……俺が口を挟むようなことではないとは思うのですが」


「あ、ごまかした」


 ここはノーコメントを貫き通させてもらおう。


「…………そうか。オレは、自分で自分を閉じ込め過ぎていたのかもしれないな」


 ポツリと。デレク様は、何かを振り絞るかのような呟きを漏らした。だが、その表情には憑き物が落ちたような顔をしていて。

 きっともう大丈夫だと、俺たちは自然と確信した。


「…………ありがとう。心からの感謝を、君たちに送ろう」


 そう言って、デレク様が懐から取り出したのは獅子の意匠が施された金色の鍵。

 俺たちの目的。『四葉の塔』を解放する為に必要な、鍵の一つだ。


「君たちにこれを託す。だが……和解の件に関しては、まだ考えさせてくれないか」


「構わないわ。貴方にも次の一歩を踏み出すために心の整理が必要だろうし。……まあ、期待はしておくけどね?」


「フッ……その期待に応えられるかは分からないが、な」


「応えてくれるわよ。きっと」


 どこか確信めいた表情で、姫様はデレク様から金色の鍵を受け取った。

 きっと姫様には見えているのだろう。デレク様が覚悟を抱えて、己の道を歩み始める姿が。


 ☆


 ひとまず俺とデレク様の殴り合いという名の語り合いを終え、俺たちは修練場を後にした。「オレが送っていこう。また何かトラブルが起きた時、対処が出来るからな」というデレク様のお言葉に甘えてぞろぞろと屋敷の外に出る。道中、姫様がひれ伏させた獣人たちは既に回収されているらしく、周囲には生い茂る荒々しい自然があるのみだ。


「お見事でしたよ、リオン君、アリシア姫。とても素晴らしい働きでした。この短期間で鍵を一つ集められるとは……やはり、君たちに応援を頼んで良かった。特にリオン君。君にはとても驚かされましたよ」


「ど、どうも……っていうか、どちらかというと姫様が色々と話を進めてくださったりしてましたし、最後の最後も姫様がいたからこそですが」


「リオン。あなたのそういう謙虚なところはとても素敵だと思うけど、ちょっとは自分を誇りなさい」


 護衛という身としては謙虚であることはそんなに間違いじゃない気がするんだけどなぁ……。いや、でも、姫様に仕える者としては素直にこの功績を受け入れた方が良いのか?


 ……などと考えていると、不意に俺の身体が誰かに抱きしめられた。

 また姫様かと思ったが違う。俺はいつの間にかノア様の腕の中にいた。


「よく頑張りましたね。…………君は、これまで本当によく頑張ってきました」


「…………いや、あの。ノア様? 急にどうしたんですか?」


「治安部長として後輩を労っているだけですとも」


 …………治安部ではこの労い方が普通なのだろうか? いや、でもこれ女の子にやったら色々と不味いのでは?


「ノア。貴方、一体何をしているのかしらっ!?」


 言うや否や、姫様はノア様から俺を引っぺがし、今度は取られないようにするとでも言わんばかりに抱きしめてきた。ノア様と違い女性特有の柔らかさとでもよぶべき感触が凄まじい暴力として襲ってくる。が、姫様はそんなことは気にしていないとばかりに全力警戒状態のままノア様を睨みつけている。


「リオンはわたしのだって、何度も言っているでしょう?」


「これは失礼しました、アリシア姫。わたしとしてはただ労いの気持ちを体で表現したかったというだけなのですがね?」


「それはホントみたいだけど、全部じゃないでしょう?」


「さて。一体何のことやら」


 はぐらかすようなニコニコ笑顔のノア様と、警戒心の塊のような状態になっている姫様。お互いの間にバチバチとした火花のようなものが見えるが気のせいだろうか。…………ていうか、あの。とりあえず俺を離してくれませんかね。


「リオン。あとでわたしの部屋に来なさい。ノアなんかに負けないぐらい、たくさんたくさん、たーっくさん、労いの気持ちを体で表現してあげる」


「えーっと……それは色々と誤解を生みかねない発言なので訂正して頂けると助かります」


 俺の言葉に不満げな表情をなさる姫様。が、何かを思い出したらしい。こそっと俺の耳元に顔を寄せてきて、


「そういえば……ご褒美の件はどうするつもり?」


「……べ、別に俺が勝ったわけじゃないので。無効。無効でお願いします」


「でも負けてもいなかったわよね? むしろ最後はあなたが押し勝ってたし……だから、ね?」


 いや、「ね?」じゃなくて。でもこの調子じゃ姫様も引き下がらないだろうが、かといってここを乗り切る妙案が浮かばない。


「か、考えておきます……」


「ふふっ。楽しみにしておくわ」


 何とかこの局面を乗り切った。……だけど同時に爆弾を抱えてしまった気がしないでもないが、今は考えるのはやめておこう。

 誤魔化すための意味も含めて周囲に視線を向けてみると、近くではデレク様と……なぜかマリアの二人が並んで歩いている。どうやら何か会話をしているらしい。耳を傾けてみると、


「…………君は、妖精族なんだな」


「はい。ここに来る道中、私がいたせいで無用なトラブルを招いてしまいました。姫様が何とかしてくださりましたが、あの方たちには悪いことをしてしまいましたね。私がいなければ、あのような強引な行動に出ることはなかったかもしれません」


「いや、君は悪くない。気にしなくていい。むしろ悪いのはオレだ。オレが半端であるばかりに、彼らには無用な気遣いをさせ、君を危険なめにあわせてしまった。本来このようなことなど……妖精族だからという理由で襲うことなどあってはならない。彼らの上に立つ者として、あらためて謝罪させてくれ」


「必要ありませんよ。貴方はこれから、変わるのでしょう? だったらそれで充分です。……私は、姫様に拾って頂いた身でして。貴方とは違う意味ですが、わたしも自由とは言えない身ではありました」


「…………今は、違うのか?」


「そうですね。違います。姫様に開放して頂けたので……良いものですよ。己の心のままに生きるというものは」


 マリアは笑いながら、姫様にやたらと熱のこもった視線を向け始めた。俺からすれば「アリシア様に踏んで欲しい……ハァハァ」と考えているようにしか見えないのだが、傍からすれば笑みを浮かべているだけに見えるようだ。

 デレク様は何かに射抜かれたような、まるで大きな衝撃を受けたようにマリアを見つめたまま、


「……………………可憐だ」


 何やら盛大な勘違いをしている感のある一言を漏らした。

 早く気付いてほしい。あなたが可憐と評している人物が、いかに危険な変態であるのかを。


「で、デレク様?」


「ん? あ、いや。何でもないぞ。ああ」


 今日一番の動揺を見せているデレク様。……一体、彼の中に何があったのか。


「アリシア・アークライト。……君たちは、次にローラのもとへ行くのだろう?」


「ええ。残りはローラの持つ銀の鍵だけだし」


「そうか……だったら、その時は菓子でも持っていくといい。彼女は甘い物が好物だからな」


「ありがとう。覚えておくわ。貴方も、心の整理がきちんとつくといいわね」


「そうだな……君たちがくれたこのチャンスを無駄にしないように――――」


「――――待って」


 最初に気づいたのは、姫様だった。続いて俺が、その次に他の方々が。

 ちょうど俺たちの前方にある空間の一部が歪曲している。次の瞬間にはバチバチという魔力のスパークが奔り、空間の一部が割れていく。


 そして――――ソレは、俺たちの前に現れた。


 刃や魔法を受けても傷一つつかない漆黒の鱗。見る者に畏怖を与える紅蓮の瞳。羽ばたき一つで竜巻すら起こすと言われる雄大なる翼。

 かつて巻き起こった邪神戦争において、数多の戦士たちを蹂躙した……邪竜と称される、最悪の怪物。


「邪竜、だと!? バカな、ありえん! 奴らはかつての戦争で滅びたはずでは……!?」


 デレク様の叫びはこの場にいた皆の頭に過ったことだ。

 邪竜は戦争時においてその全てが討ち取られたはずだ。ましてや結界が張り巡らされたこの『楽園島』に、急に現れることなど本来はありえない。


「皆さま、邪竜の上に何者かが乗っております!」


 マリアの言葉に、全員の視線が邪竜の上に集まる。

 そこで見えたのは銀色に揺れる長い髪。長い、尖った耳。

 妖精族側の『島主』、


「ローラ・スウィフト様……!?」


 俺と姫様がこの島に訪れたばかりの頃、デレク様と相対しているところを俺と姫様は目撃した。邪竜の上に佇んでいる彼女の姿は、あの時に見たローラ様そのものだ。見間違いなんかではない。


「ローラ、なぜ君が邪竜と共にいる!? 答えろ!」


「応える義理がありまして? 貴方は獣人。ワタクシの敵。……薄汚い獣に送る言の葉など、持ち合わせてはいませんの。貴方にはその身を刻む刃こそが相応しいですわ!」


 ローラ様は不敵な笑みを浮かべ、魔法で構築した風の刃を躊躇いなく射出する。

 苦い顔をしながら、デレク様は拳を構え――――


「――――ひれ伏しなさい」


 紡がれた言葉に従うように、風の刃が軌道を変える。 

 魔法にすら干渉する重力によって、ローラ様の放った風の刃は地面に叩きつけられ、砕け散って消滅した。姫様の持つ権能。『空間支配』が発動した。


「あら、魔界の姫君ではありませんか。なんですの? もしかして、貴方は薄汚い獣と手を組んだのですか? であるなら、貴方はワタクシ……否、妖精族の敵でしてよ?」


「…………ねぇ。一つ聞きたいことがあるんだけど」


 姫様はその宝石のように美しい真紅の瞳を以て、ローラ様の顔を捉える。


「さっきからローラを騙っている貴方は一体、どこの誰なのかしら?」


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