第14話 護衛は心を開かせたい
リオンの体を覆う真紅の焔。
あの力強い焔には、アリシアにも覚えがあった。
「イストールの炎。……いいえ。ネモイの風と混ぜ合わせて、より強力な『焔』を生み出している。でも、一体どういうこと……?」
王族は己が授けた『権能』の気配を感じ取ることが出来る。リオンから感じる気配からして、アレがリオンに与えた『魔法支配の権能』であることは間違いない。だが、それ以上のことはアリシアには分からない。別の何かが混じっているような、妙な気配がしていることは確かだ。
「アリシア様。リオン様の『権能』はあのような力まで有していたのですか?」
「いいえ。そんなはずないわ。わたしが知る限り、リオンの持つ『権能』は魔法の支配だったはず。だけどアレは……まるで、イストールとネモイの『権能』を『支配』しているみたい」
無論、本人の力を直接支配しているわけではないのだろう。リオンに宿っているアレは、見たところ力の欠片のようなものだ。当然オリジナルには及ばない。だが、欠片同士を組み合わせ、繋げることで獣闘衣に対抗できるだけの『焔』を生み出しているのだ。しかし、それ以上のことはアリシアにも分からなかった。
「…………やはり」
ポツリと、ノアが零した言葉。それは本人も言葉として口に出そうと、意図したものではなかったのだろう。すぐに何かをしまい込んだかのように沈黙する。だがそれでも、彼の瞳には不思議な色が浮かんでいる。……アリシアには、それがどこか喜んでいるようにも見えた。
「…………ノア。貴方、何か知っているの?」
「そう怖い顔をして聞かないでください。魔界の姫よ」
「とぼけないで。明らかに何か知ってますって顔してるわよ、貴方」
「私としても、今は心中穏やかではありません。彼が纏う美しい焔のように――――熱く、燃え盛ってる」
それ以上のことは語る気はないらしい。彼は口を閉じ、沈黙を選んだ。
☆
全身を覆う真紅の焔。俺が普段使っている火属性の魔法とはレベルが違う。
デレク様が纏う『野生』の獣闘衣にすら対抗できるほどのパワーを持った焔。
魔王軍四天王。イストール兄貴とネモイ姉さん。
これは彼の『火を支配する権能』を、『風を支配する権能』が増幅・強化したことで生み出された焔だ。それがどういうわけか、俺の身体から放出されている。
詳しい理由は定かではない。分かっているのは、どういうわけか俺の持つ『魔法を支配する権能』が発動状態にあること。加えて、その『権能』に微かな違和感を抱いていることだ。まるで別の何かが混ざっているような……そもそも俺の『権能』は魔法を支配するものであって『権能』を支配できるものではないのに。
いや、今はそこを気にしている場合じゃない。俺がやるべきことは決まっているのだから。
「…………では、いくぞ!」
獣闘衣を纏うデレク様が突っ込んでくる。堂々と、真正面から。
迫りくる拳に対し、俺もまた焔を纏った拳を合わせる。
激突と同時に、空間が鳴動する。
「いける…………!」
パワー負けはしていない。むしろ僅かに押し出している。
「そうでなくてはな!」
嬉々とした表情でラッシュを叩きつけてくる。俺は敢えて回避を選ばず、拳を以て応じる。獣のオーラと焔が激突し、魔力の爆発が巻き起こる。爆ぜては荒れ狂う嵐の最中、俺たちはひたすら拳を打ち合っていた。
デレク様が大変嬉しそうにしているので、こちらとしても頑張っているかいがあるというものだが……いや、まずいな。この焔、確かに凄まじいまでの出力があるものの、魔力消費がかなり激しい。元々、魔力量に恵まれなかった俺にはそう長く扱える代物じゃない。継続して使い続けるのはせいぜい五分が限界だ。その前に何としても、デレク様から本心を引き出さなくては。
「楽しそうですね。デレク様」
「ああ、楽しい。楽しいともッ! 礼を言おう、リオン君。この高揚感……開放感! 長らく感じていなかったものだ!」
嬉々とした表情で更なる追撃を仕掛けてくる。当然、受ける。
拳には拳で。蹴りには蹴りで。
この強大な力への戸惑いは、とうに失せていた。むしろ安心すら出来る。
当然だ。俺を育ててくださったあの方々の力ならば――――何を恐れる必要がある?
「ッおおおおおおおおっ!」
この戦いに入って初めて。
俺は自ら前に踏み込み、攻めに転じた。デレク様は歓喜し、心躍るとでも言わんばかりに吼える。
焔を滾らせ、互いの拳を激突させる。
力と力がぶつかり合う。だが俺は、強引に殴り切り、デレク様の身体を吹き飛ばした。
「がッ…………くッ…………!」
衝撃を殺しきれず壁に叩きつけられ、ぐらりと体勢を崩すデレク様。
呼吸を整えつつ……俺は、静かに口を開いた。
「拳を交え……少しずつ、分かってきました。貴方のことが」
「ッ……ほゥ……?」
「貴方はこれまで縛られていた。抑圧されていた。……それは、たぶん…………心の底から和解を望んでいない、大人たちじゃないですか?」
「…………!」
考えてしまえば、とても簡単なことだった。
俺たちはまだ子供だ。その上には当然、大人という存在がいる。デレク様が身動きがとれないとすれば、きっとそのしがらみだ。
「…………参ったな。本当に、拳を交えるだけで見えてくるものがあるとは」
「でしょう? 意外と効くんですよ、コレ」
「…………だな」
デレク様は肩から力を抜き、同時に獣闘衣を解除する。同時に俺も、全身の焔を解除した。
「元々、獣人族と妖精族は和解を経ても互いの間に溝があった。オレの親父もそれを引きずっていてな。今もオレによく言っているよ。『妖精族には気をつけろ』『完全に心を許すな』とな。勿論、こんなことを表立って発言してはいないが……」
そう語るデレク様は、悲し気に目を伏せる。
「実は幼少の頃、この『楽園島』に連れてこられた頃があってな。……ローラと知り合ったのもその時だ。彼女とはすぐに仲良くなったよ。親父たちに隠れてこっそりと遊んだりして……オレたちは真の和解を成そうと約束もしていた」
既に手の届かぬ昔の思い出に思いを馳せるかのように、穏やかに微笑むデレク様。だが、彼の表情にはすぐに陰りがさした。
「オレたちは王族として……『権能』を持つ者として、当然魔法の扱いは厳しく鍛錬を受けていた。オレたちが受けている鍛錬について話し合ったり、お互いの鍛錬方法を試してみたりしてな。お互いの良いところは取り入れようと、彼女ははりきっていた。親父たちからは禁じられてはいたが、それでもオレたちはやめなかった。…………それがいけなかったんだろうな」
一瞬の沈黙。それでもデレク様は、声を振り絞ってくれた。
「事故が起きたんだ。あの日、オレたちは二人の魔力を組み合わせることで、新しい魔法を生み出そうという試みを行っていた。いつか、獣人族と妖精族が真に分かり合えるようにと。……だが、オレは魔力の制御を誤り、術式を暴走させてしまった。結果、魔法が暴発し……ローラは重傷を負った」
それは、きっと俺なんかじゃ知ることが出来ないほどの絶望とも呼ぶべきモノだっただろう。計り知れない後悔と苦しみ。俺には知る由もない。
「そのことがきっかけで、獣人族と妖精族の水面下での溝はより深まってしまった。オレたちは引き離され、ここの学生として新たな『島主』としてこの島を訪れるまで会うこともなかった。当然だ。オレが今更、どの面下げて和解を望める? 何より……周囲がそれを許さない」
デレク様は身動きが取れなくなっていたんだ。和解の意思はあったとしても、己を許すことが出来ない。何より、周囲がソレを許さない。
「皆が望んでいるのは妖精族と相対するリーダーとしてのオレだ。それ以外の……和解を望むオレの姿など、誰も望んでいない。オレが生きてきた世界が、それを許さない」
俺の考えは半分当たっていて、半分が外れていた。
デレク様は己を許せない。そして、彼を取り巻く世界が和解を許さない。
その二つに挟まれて、デレク様は何も身動きが取れなくなっていたのだ。
だからあんなにも息苦しそうにしていたのか。
「ははっ。こうも自分の気持ちを吐き出したのは、本当にいつぶりだ。だが……良いものだな。ありがとう、君たちには感謝している。……だが、すまない。やはりオレは――――」
「――――それ、本気で言っているの?」
どこか諦めの陰がさすデレク様の言葉を、姫様が遮った。