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第13話 護衛はお姫様の笑顔を護りたい

 荒々しく、力強く、雄々しく。

 何より――――目の前から迫りくる拳は、速かった。


「ッ!」


 詰められた距離。共に放たれるは、刃と錯覚するほどの鋭い拳。

 腕を盾にする。だがそれは真正面から受ける為ではない。弾き、受け流し、軌道を逸らすためだ。

 デレク様の拳が腕を掠める。イストール兄貴の拳に比べれば大したことはないが。それでも、重い。受け流したはずなのに掠っただけで僅かだが衝撃を感じた。


「…………良いな。実に良い。まさかこうも容易く受け流されるとは思わなかった」


「そちらこそ見事な拳です。デレク様の重ねられた修練の一端が垣間見えました」


「フッ……そうか。ならば遠慮なくいこう」


 繰り出される一撃。流れるような二撃目。間髪入れずの三撃目。

 その体格に似合わぬスピードには驚いた。パワーは言わずもがなといった感じだ。

 まるでイストール兄貴だが――――やはり、兄貴本人と比べればまだまだぬるい。俺がいつも受けていた拳の方がよほど重い。


「……っと。デレク様、どうですか。身体を動かしてみて何か思うところとか、ありますか」


「思うところがあるとしたら……君への驚愕の気持ちだな。まさかこうも容易く流される上に、気軽に話しかけてくるまでの余裕があるとはな。オレもまだまだ修練が足りないと気づかされた」


「そ、そうですか」


 俺が引き出したい言葉とはまた違うけど、まだこの模擬戦は始まったばかりだ。


「それに……今のやり方では、君を相手にするには不足しているらしい」


 ポツリと呟くと、デレク様は一度下がって距離を取ってきた。


「これはどうだ」


 魔力を練り上げた震脚。解き放たれるは土の属性を有する魔法。

 大地は隆起し、獣の爪へと形を成して襲い掛かってきた。

 俺と姫様が学院に入学した日。治安部の部屋で戦ったオスカー先輩も土属性の魔法を使用していた。今発動されたのはアレと同じ『グランドビルド』という名の魔法だ。

 段階的には中級に位置する魔法だが……さすがはデレク様。威力はもはや上級魔法にまで底上げされている。だが、俺は土のエレメントを司る四天王、アレド兄さんからの指導を受けている。


 ――――いいですかリオン。土属性は何かを『造る』という行為を得意としている属性です。故にこの技術さえ学んでおけば、実践時に敵が土属性の魔法を使用してきた際には役に立つはずです。


 アレド兄さんからの指導を思い出し、俺は迫りくる土の爪に対して拳をぶつける。接触の瞬間、素早く土の隙間に魔力を走らせ、土の爪を一気に分解する。


「様子見のつもりだったが……これは、驚いたな。まさかただの技術だけで、この魔法を突破するとは。とても学生とは思えん実力だ」


「指導者に恵まれていますから」


「それだけではない。君も、オレの想像の絶するほどの鍛錬を積んだのだろう。綻びのない流れるような動き。己に迫る魔法に対して臆することも一切なかった。……月並みの言葉しか出ないが…………素晴らしい」


 だが、と。デレク様は、言葉を繋げて。


「なぜ、君はそこまでの高みに至ることが出来た? 魔界という、己を存在を拒むかのような環境で。なぜ君はそこまでの努力を為すことが出来た。何が……君という存在を、突き動かした?」


 デレク様のその問いは、彼の心の中にある何かを引きずり出したものなのだろう。そういう意味では、俺は今この場で、彼の言葉を更に引き出すための何かを言うべきだ。

 頭ではそう分かっている。分かっているが、彼への言葉を虚構で飾り立てることは出来なかった。少なくとも今、この瞬間の彼は誠実だった。そんなデレク様に対して、耳障りが良いだけの、偽りの言葉をかけることなんて出来なかった。


 何より迷いなく浮かんでしまった。

 俺に愛情を注いでくれる四人。

 そして――――いつも俺を振り回す困ったお方の、果てしないまでの魅力を持つ笑顔が。

 これだけは偽りで飾ることが出来ない、俺の気持ちだ。


「追いかけたい方々がいたんです。……傍に在り続けたい方がいたんです。だから俺は頑張れました」


「そうか…………やはり君は強いな。オレなんかよりも、ずっと」


 どういう意味があっての言葉なのか、俺に知る由もなかった。

 問いかける前に、彼は全身から凄まじいまでの魔力爆発させていた。


「これ以上の様子見は君に対して失礼に当たると感じた。よってここからは、オレの全力を以て相手をさせてもらう。強者に対し、全身全霊の敬意を捧げて」


 ……感じる。この気配、姫様やノア様と同じだ。

 獣人の王族が持つ『権能』。

 宿す属性は、


「『野生』…………!」


「そうだ。我が一族が神より与えられし『権能』。この身に宿りし『野生』の属性を以て、君の拳に応じよう」


 言葉と共に、デレク様の全身を追う魔力が、『獣闘衣オーラ』と呼ばれるモノに変換されてゆく。あれが『野生』属性の権能。獣闘衣オーラと呼ばれる、魔力とは異なる特別なエネルギーを全身に纏い、獣人としての身体能力を高める力。ノア様の持つ『団結』属性と性質としては類似している。目立つ弱点のない、常に安定した力を発揮できるゴリゴリの強化型の『権能』だ。


「…………いくぞ」


 宣言と共に、デレク様は大地を蹴った。次の瞬間には既に目の前におり、拳を繰り出している。


「ッ…………!」


 咄嗟に反応し、身を捻って躱す。今度は受け流す余裕などなかった。


「躱した、か。どうやら、君の強さに少しは届いたようだな」


「いやホント、嬉しいものですね……! 獣人界の王族にそこまで言って頂けるとは……!」


 一度下がり、距離を取る。が、その傍から獣闘衣オーラを纏ったデレク様が距離を詰めてくる。今度は俺が牽制をする番とばかりに、掌から魔力を固めて作り出した炎の弾を何発か打ち出す。

 だが、デレク様は一切の避けるという動作を行わなかった。行うそぶりも見せない。

 それも当然だ。俺が放った炎の魔法は、デレク様の纏う獣闘衣オーラによって全て弾かれ、霧散した。アレは獣人としての力を何者にも阻まれることなく発揮する為の鎧ということらしい。


「フッ…………!」


 デレク様の放った拳。地面を蹴って後ろに飛ぶことでかろうじて回避には成功する。だが、修練場の床が爆発したかのように盛大に砕け、弾けた。

 飛び散る破片を獣闘衣オーラで蹴散らしながら、デレク様は追撃を仕掛けてくる。

 放たれる拳の連撃。これ以上の回避は難しいと判断した俺は、何とか一発一発を出来る範囲で見切り、いなしていく。だがそれも不完全だ。何発かは腕で防御するものの、先ほどとは格段にパワーもスピードも強化されている。あまりの重さに反撃に転じる余裕がじわじわと削られていく。


(兄貴との特訓を思い出せ……!)


 荒れ狂う獣のような連撃。その隙間を見切り、腕をぶつけ合う。

 タイミングを合致させることで威力を相殺させ、さながら剣の鍔競り合いのような体勢になんとか持っていくことが出来た。


「君には、幾度も驚かされるな。こうまで完璧にタイミングを合わせ、衝撃を殺してくるとは」


「こちらこそ驚きました。『野生』の『権能』……相手にしたのは初めてですが、凄まじい力です」


「嬉しいよ。君からの賛辞は。…………君は、アリシアから『権能』を授けられた『保有者ホルダー』なのだろう? 使わないのか。『支配』の力を」


「生憎と、俺の『権能』はこの状況……というか、デレク様のようなタイプ相手には役に立ちませんので。使いたくても使えないというのが本音です」


 俺の持つ『権能』は『魔法の支配』。

 デレク様の持つ獣闘衣オーラは魔法の範疇には入らないので効果は望めない。

 完全に相性が悪い相手だ。『支配』属性は、保有者ホルダーによって個別の能力が発現するという点はかなり特別かつ強力ではある。だが、言い換えれば保有者ホルダーによってどんな能力が発現するかは分からないということだ。今の俺のように、相手や状況によっては使うことが出来ない、なんて状況に陥ることもある。


 そういった点では、『団結』属性にしても『野生』属性にしても、純粋な強化系の能力は単純だが、単純故に目立った弱点がなく安定した強さを常に発揮できる。俺が護衛として目指すべき強さはまさにコレだ。


「そうか。…………それは残念だ」


「遠慮することはありません。貴方の相手を務められるよう、尽力いたします」


 まだ俺は、デレク様の内にある心を完全に引き出せてはいない。むしろここからが踏ん張りどころといえる。


「ならば君の言葉通り……遠慮なくいかせてもらおう」


 デレク様の全身から更なる獣闘衣オーラが迸る。

 俺の身体は強引に弾き飛ばされ、フワリと微かに宙を舞う。


「ッく…………!」


 無理やり足を大地に着け、下がる身体を減速させる。だが、そんなことをしている間にデレク様は更に距離を詰めてきた。そのまま拳の連撃を放ち、俺は腕を防御に回す。が、あまりにも重い連撃にガードが緩んだ。


 目の前の男は、それを見逃す愚鈍さは持ち合わせていない。


「ハァッ――――!」


「ぐッ――――!」


 渾身の回し蹴り。咄嗟に腕のガードを固めるが、俺の身体はその衝撃を受け止めきれずに今度こそ派手に宙を舞う。このままされるがままに吹き飛ばされれば、確実に壁に叩きつけられるだろうという、その刹那に…………姫様と、目が合った。


 いつもは堂々とされている姫様。だけど今、その表情は不安に揺れている。

 お優しいあの方のことだ。俺なんかの身を心配してくれているのだろう。この模擬戦が始まる前は、あんなにも堂々としていたのに。……俺が、彼女にあんな表情をさせてしまったのだろう。護衛失格だ。護るべき主に、あんな心配そうな表情をさせてしまうのは。


 ……だというのに、姫様本人はまだ信じている。俺は負けないと。子供のように。純粋に。不安そうに揺れているけど、それでも信じてくれているんだ。

 っていうか、姫様分かってるのかな。これ、勝ち負けとかそういうものじゃないんだけど。俺がやらなければならないのは、この模擬戦を通してデレク様の心を引き出すことだ。


 そんなことを忘れて、俺を本気で心配して。俺が勝つと信じていて。目的を見失ってませんかね。何やってんだか。……ああ、でも。そうだ。そうだな。俺は、あなたのそういうところが、たまらなく愛おしい。


「本当に勘弁してくださいよ姫様。……意地でも、なんとかしたくなるじゃないですか…………!」


 己の体を叱咤する。己の心に叫ぶ。

 歯を食いしばり、力を絞り出す。

 たとえ『権能』が通用しなくとも。たとえ目的とはズレているとしても。……今この瞬間、俺はもっと頑張ってみたい。姫様に安心して見ていてほしい。いつもみたいに何の不安もなく、堂々としていてほしい。


 心の中で、焔が灯る。繋がりを秘めた、力強い焔。

 ソレを。心の中に在る焔を、爆発させる――――!


「ッ――――!」


 衝撃のまま、俺の身体は壁に激突する。頑丈であると明言されていた壁は砕け散り、瓦礫の山となった。だが――――俺の身体に、痛みはない。


「これ、は…………?」


 ――――いつの間にか、俺の全身からは焔が溢れていた。

 この全身を覆う焔が衝撃から護ってくれたのだ。

 俺はこんな魔法を発動させた覚えはない。それどころかこれは、この焔には覚えがある。

 この焔は、


「イストール兄貴? それに…………ネモイ姉さん……?」


 俺が幾度も目にした、魔王軍四天王の力。

 火のエレメントを司る、イストール兄貴。

 風のエレメントを司る、ネモイ姉さん。

 兄貴の『火』と姉さんの『風』が混ざり合っている。風によって増幅された、強力な『焔』。

 どういうわけかは分からないが俺は今、どこからか流れ込んできた兄貴と姉さんの力の欠片のようなものを『支配』し、繋げ、『焔』を生み出して全身に纏っているのだ。


「それが君の『権能』か?」


「いや……すみません。俺の『権能』の力は感じるんですけど、正直何が起こっているのか、自分でもよく分からなくて……ああ、でも」


 拳を握る。焔が滾り、燃え盛る。


「これなら、貴方の全力にきちんと応えることが出来そうです」


「…………そうか。それは、嬉しいな」


「俺もです。こんな状態で恐縮ですが、続きを始めましょう」


 拳を構える。イストール兄貴とネモイ姉さんの持つ、力強い焔を纏いながら。


「貴方の心を、聞かせてください」







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