第12話 護衛はお姫様からご褒美をもらいたい?
「リオン。わたしのリオン」
いつもの調子で、姫様は語り掛けてくる。
「あなた、まだ何か思うところがあるんでしょう?」
――――まったく。どうしてこの方は、俺のことをこんなにも分かってくれているのか。
「いや……でもこれ以上、差し出がましいマネをするのは」
「言ってみなさい。大丈夫。何があっても、わたしが責任をとるわ」
ちくしょう。……自分の主に、ここまで言わせてしまって。
引き下がれるわけがない。
「…………姫様」
「リオン?」
「本当にすみません。ちょっとだけ、勝手してもいいですか」
俺の突然な申し出に、姫様は嫌な顔一つすることなく。それどころか嬉しそうな顔をして。
「ええ。いいわよ。あなたのワガママ、聞いてあげる。好きにやりなさい」
これじゃいつもの逆だな。まあ、姫様にはたまにはワガママを聞く側になって頂くのも良いかもしれないけど。
「デレク様。俺は、貴方が何に対して悩んでいるのか。何が貴方を抑えつけているのかは分かりません。ですが……俺には貴方が、とても窮屈そうに。息苦しそうにしているように見えます」
だから、と。
俺は思い切っての提案をぶつけてみることにした。
「デレク様。俺と、殴り合ってみませんか」
突拍子だと自分でも分かっている。でも、俺には姫様のように策や狙いを講じるようなことは出来ない。だからこれしかないと思った。
「リオン君……それは一体、どういう意図の提案でしょう?」
ノア様は戸惑いを隠せない様子のまま問うてきた。が、俺自身明確な目的があるわけじゃない。絶対という確信も無い。
「魔界にいた頃、俺が悩んでる時はイストール様とよく模擬戦をしながら悩みを聞いて貰ってたことがありまして。つまり、えーっと……こう、拳をぶつけ合えば見えてくるものもあるかもしれないし、溜まっているものも吐き出しやすいんじゃないかなぁ、と……」
「ふむ……なるほど。そういう手段もあるのですね? 私にはまったく思いつかなかったことです」
いや、あんま真剣に考察されても特に深い考えがあるわけではないので俺としても困るというか。
「ふふっ。いいわね、リオン。面白いわ。うん。とっても面白くて素敵よ」
姫様のツボには入ったらしい、ころころと楽しそうに笑っている。
「ねぇ、貴方もそう思うでしょう?」
「…………いや、オレは」
「いいではありませんかデレク。なに、軽い模擬戦とでも考えれば。魔界の姫のように、良いストレスの発散になるかもしれません」
「引っかかる言い方ね?」
「特に他意はありませんよ?」
なんであの二人はまた勝手にバチバチやっているんだ。
だが、よくよく考えれば王族相手に対して不躾にも程がある。
それでも言ってしまった以上は引き下がれない。
俺の顔をじっと見つめてくるデレク様と視線が交錯する。
やがて、
「…………分かった。君の提案に乗らせてもらおう」
少しの沈黙の後、彼は静かに頷いた。
☆
魔人と獣人。
この二つの種族に共通していることの一つとしてあるのは、『力』を尊重する文化があったということだ。デレク様が引き受けてくれたのは、そうした文化を持つ種族だからこそなのかもしれない。逆に言えば、俺はここで力を示すことが出来なければ彼の中にある何かを引き出すことは出来ないだろう。
「ここは普段、鍛錬に利用している場所でな。かなり頑丈に出来ているから暴れても問題ない」
「それは……どうも」
周囲を強固な壁に囲まれた空間。魔界にいた頃、こういう修練場はよく使用していたので懐かしさを感じる。まだ魔界を離れてそんなに時間は経っていないはずなんだけど。
「リオン」
姫様に呼ばれ、振り向く。彼女は軽やかな足取りで間合いを詰めると、耳元で囁いた。
「もしこの模擬戦に勝てたら――――わたしが、ご褒美をあげる」
「あの、姫様? これって別にデレク様を倒すわけにやるわけじゃないんですけど……」
「やるからには勝ちなさい。わたし、リオンが負けるところを見るのは嫌よ」
「また随分な無茶を言いますね……相手は『権能』を持つ王族なのに」
「だからこそ、何かモチベーションになるようなことをあげたいの。ご褒美は何がいいか、ちゃーんと考えておきなさい。わたしがなんでもしてあげるから」
「な、なんでもですか」
「えぇ。なんでも、よ」
一瞬、頭がクラッとした。姫様が耳元で囁いてくる言葉に甘い香りがしたせいか。それとも、なぜか心臓の鼓動がドキッと跳ね上がってしまったせいか。
「リオンは欲しくないの? わたしからのご褒美」
「…………そ、そのことは置いておきましょう」
「…………リオンのいくじなし」
「いくじなし!?」
なぜ俺はショックを受けているのだろうか。分からない。分からない、が……姫様に「いくじなし」と言われて、言葉にし難い謎の衝撃が来る。
「で、デレク様を待たせているので……姫様、そろそろ離れてください」
「逃げたわね」
「うぐぅ!?」
「……まあ、いいわ。がんばってね、わたしのリオン」
それだけを言い残して、姫様はどこか機嫌の良さそうな足取りで壁際まで下がる。
「えーっと……お、お待たせしました」
「謝ることじゃない。オレは特に気にしていない」
「大変助かります。ホント」
「…………オレはこういうことに疎いのだが、君たちは付き合っているのか?」
「ごほっ!?」
かなり真面目な顔をしてトンデモナイ爆弾をぶち込んできたなぁこの人!?
しかもめちゃくちゃ自然な流れで突っ込んできたので、思わずむせてしまった。
「いや、違いますよ!? むしろ俺のような脆弱な人間が姫様のような素晴らしいお方とお付き合いだなんて……!」
「そうだったのか……すまない。ヘンなことを聞いてしまったな」
「というか、どうしてそんな突拍子もない考えに至ったんですか?」
「君たちの様子は、学院内でも時折見かけることはあった。それにこの屋敷に来てからの様子や、今のやり取りもそうだが……彼女は随分と君に心を預けている様子だった」
「そ、そうですか? まあ、姫様とは生まれてからずっと一緒にいるので……そのせいかもしれません」
「そうか……てっきり恋人同士なのかと思ったが……すまなかった。ヘンなことを言ってしまって。やはりオレは、こういうことには疎いらしい」
「いえ……あ、謝って頂くようなことでもないので大丈夫です」
「そうか。それは、助かる」
調子狂うなぁ……。まさか模擬戦を優位に進めようという罠だったりするのだろうか。いや、それはないか。こんなところで策を弄してどうするんだって感じだし。
「では……始めましょうか」
「そうだな……重ねて、感謝する」
「……? 俺たちとしては一応、鍵を回収するためにこういうことをしているのですが……むしろデレク様としては都合が悪いのでは?」
「そうだな。そうかもしれん。だが……君の言葉は、オレに響いた。だから、拳を交えたいと思った。その衝動とも呼べる感情に、抗うことが出来なかっただけだ」
「……光栄です。獣人界の王族。『権能』を持つ『島主』にそう言って頂けるとは」
「かしこまる必要はない。今、ここにいるオレはただの獣人だ。王族や『島主』といった立場など関係のない。ただの、一人の戦士だ」
言いながら、デレク様は構えをとる。拳を使った戦闘スタイル。その構えには一切の隙が無い。探そうにも綻び一つ見当たらない。雄々しさの中に美しさすら感じる。
対する俺も拳を構える。目の前にいる一人の戦士に対して、失礼のないように。
「……良い構えだ。四天王が直々に鍛えただけのことはある」
「ありがとうございます。あの方々への賞賛は、俺にとって何よりも代えがたい栄光となります」
「フッ……そうか。ならば期待させてもらうが……気を付けてくれ。君がオレの思いを吐き出させてくれるというのなら」
告げると同時に。デレク様に獣人としての、力強くも鋭い。研ぎ澄まされた刃のような眼光が宿る。迸る威圧感。まるで空間全体が荒れ狂っているかのような。
「――――途中で、壊れてくれるなよ」