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第11話 護衛は自分の考えを話してみたい

「いやはや、恐ろしい『権能』ですね。指先一つ動かすことなく、四大種族の中では最も身体能力に優れた獣人たちを抑えつけ、完封してしまうとは」


 ついに獣人側の島主であるデレク様の屋敷に辿り着いた。

 姫様が自ら『権能』を振るう様を見ることは滅多にない。レアな光景を見ることが出来たともいえるが、学院の行事等でもない限り姫様自らが戦うようなことは普通はあってはならないのだ。だからいつもは俺が動くのだが、今回のような発散が必要なケースも稀にある。

 相手の獣人たちは強硬策に出る相手を間違ったということだ。ストレス発散の相手になってしまったことにはやや同情するものの、そもそも今回はあっちが喧嘩を売ってきたということもあるのでそこまで同情はしないが。


「これが魔界の姫の実力の一端……勉強になりましたよ」


「あら。わたしとしては学院の治安部長様の実力もお勉強させて頂きたいところだけど?」


「披露する機会があれば、いくらでも」


 バチバチと二人の間で火花のようなものが見える。『島主』同士、もう少し仲良くしてほしいんだけどなぁ……。さすがに獣人族や妖精族のように敵意というレベルまで深刻なわけではないので放置しているが。


「………………」


「どうした、マリア」


「分かってはいたことなのですが、『島主』というものは凄まじい力を持っているのですね。愚かな私は姫様の命を狙い、リオン様に止めていただけましたが……仮にあの場でリオン様がいなくとも、私は返り討ちにされていたかもしれません」


「だろうな。その場合、お前はあの獣人たちみたいに重力で抑えつけられていたわけだ」


「なるほど……………………アリですね」


「ナシに決まってんだろ」


 このバカは一体何を考えているのだろうか。いや、分かりたくもないのだが。


「で、やっと門まで辿り着いたワケだけど……今度は門番でも出てくるのかしら」


 目の前にあるのは堂々とした構えのお屋敷だ。周辺が雄々しい自然に満ちていることは変わらない。


「お待ちしておりましたにゃ」


 出迎えと思われる少年が、ゆらりと門の陰から現れた。獣の耳に尻尾があるところを見ると、この少年もまたデレク様に仕える獣人なのだろう。


「主がお待ちしておりますにゃ。どうぞ、こちらへ」


「あら。随分と素直に入れてくれるのね」


「にゃはは。別にアレは主が命令したわけじゃないからにゃー。でもまあ、にゃーからも謝っとくにゃ」


 けらけらと楽し気に笑う獣人の少年。どことなく飄々としているというか、軽薄そうながらも掴み切れない部分を感じる。……身のこなしも随分としなやかで独特だ。相当な使い手であるということは伺える。

 俺たちは屋敷の中に案内され、客間まで通された。


「……なんか、最初の歓迎がアレだっただけに拍子抜けですね」


「そうね。わたしもてっきり、もう一波乱あるかと思ったけれど」


 妖精族と敵対しているという物騒な現状から、もう少し荒っぽいことが立て続けに起こるかもしれないとも思ったのだが。


「今でこそ『こう』ですが、昔はデレクとローラの二人も仲は良かったらしいです。その名残かもしれません」


「それは……意外ですね?」


 ノア様の言葉に驚きを隠せない。

 俺と姫様があの二人と出会った当初は、とてもそんな様子ではなかったが。


「元々、獣人と妖精族は共に自然の中で生きる種族です。いわば同じ縄張りで生きていたわけですが……まあ、歴史を重ねるごとに妖精族と獣人族の仲は悪化の一途を辿り、深い溝が生まれていました。表向き、今は和解していますが水面下ではまだ溝は埋まっていなくてもおかしくはありません。ですが、そんな中でもあの二人は幼少の頃からの付き合いで、友人として、良きライバルとして共に過ごしていたことがあったらしいです。……しかし、ある時に起きた事件を境に二人は離れるようになったらしいのですが」


「ある事件?」


「詳細は分かりません。ただ、デレクが原因でローラが危うく命を落とすところだった、とか」


「ノア。貴方、そんな重要な情報をどうして教えてくれなかったのよ」


「私の護衛が掴んできてくれたばかりの情報だったんですよ。それをどう使うか考えていたところに貴方たちが来たのです」


 と、姫様とノアがまたやり取りをしていると客間の扉が開いた。

 威圧感と高貴さを兼ね備えた大柄な男。獣人族側の王族にして『島主』。

 デレク・ギャロウェイ様。


「…………わざわざ足を運んでもらってすまなかった。それと、オレの仲間たちが君たちに無礼を働いた件も……すまない」


「そちらにも『島主』としての予定があるのでしょう。それに、アレが貴方の命令じゃないってことも分かってる。気にしてないわ」


「…………ありがとう。助かる」


 本人の見た目にはかなりの威圧感があるものの、声も雰囲気も随分と穏やかだ。


「…………ノア」


「心配しなくとも、彼らを拘束したりはしませんよ。ここは学院の外ですからね。大目に見てあげましょう」


「…………感謝する。オレからも、彼らにはよく言い含めておく」


 外でいきなり喧嘩を売ってきた連中に比べると、随分落ち着いているな。それどころか風格すら感じる。


「…………それで、今日は何の要件だ?」


「分かってるくせに。真面目そうな顔して誤魔化さないで」


 姫様の指摘にデレク様は顔色一つ変えない。この人、シレッととぼけてくる辺りただ武骨なだけの男じゃないな。


「だけど言ってあげましょう。わたしたちが要求するのは四葉の塔の『鍵』。もっと言えば、妖精族との和解よ」


 真っすぐな要求にデレク様は沈黙し、その隙を狙って姫様は更にたたみかける。


「様々な種族が手を取り合って暮らす楽園。だから『楽園島』と名付けられた。そんな島の学校で、種族間の対立なんて状況が起きてしまっている。しかもその中心人物が『島主』。王族なんだもの……これって、とても無様なことだと思わない?」


 うわー。いきなり痛い突き方をしてくるなこの人は。

 姫様を含む『島主』たちは各種族の代表としてこの島に来ている。その立場を考えると、現状はかなり不味いし、姫様の言う通り王族としては無様もいいところだ。


「…………悪いが、鍵を渡すことは出来ない」


 デレク様の拒絶。姫様はそれもまた予想通りといった反応だ。今の指摘で話が終わっているのならノア様がとっくにどうにかしているだろうから。


「それは、妖精族側のお姫様が嫌いだから?」


 姫様は間髪入れずに突いた一撃。それがどこかしらに突き刺さったようで、デレク様の表情に僅かな揺らぎが生まれた。

 そこを見逃す姫様ではない。流れるように次の一撃を突き刺していく。


「幼少の頃には仲が良かったらしいじゃない。なのに現状はこのザマ。まさか相手が嫌いなっちゃったからとか、そんな理由じゃないわよね? ただの好き嫌い、個人的な感情で、王族としては無様にも程があるような事態を引き起こしている。もしこれが事実だったとしたら、問題解決のために尽力していただきたいものね」


 そんなこと欠片も思ってないくせに、よくもまあここまでシレっと的確に相手を煽れるものだ。ましてやこの情報はついさっきノア様の話から掴んだもの。それをさっそく武器として利用する手並みはまさに鮮やかの一言。


「…………それは、違う」


 ――――引き出した。

 デレク様の中にある何かを。

 だが、


「…………アリシア・アークライト。君は自由だな。オレにはその自由さが、羨ましい」


「っ…………?」


 またすぐに引っ込んだ。姫様は今確実に、何かを掴みかけていたのに。

 だけど、なんだろう。違和感……じゃないな。自分自身でも上手く言葉にすることが出来ないけど……なんでかな。デレク様の表情に、ちょっと親近感のようなものを抱いている。同時に、息苦しそうだなとも。


「悪いが『鍵』は渡せない。渡すつもりも……ない。申し訳ないがな」


 思っていたよりも、彼の中にある心の扉は厚く重い。

 姫様はここからどう動くべきかを決めかねているようで考え込んでいるようだ。


「この現状、『島主』の一人として恥ずべきことだと分かっている。オレも解決できるように尽力するつもりだ」


「だとしたら協力をしてほしいものだけど」


「オレのやり方で尽力するつもりだ」


 彼の頑なさは姫様の想像を超えていたらしい。情報が不足しているが故に攻め手が見つからないということもあるのだろう。甘かった、と内心では思っているのかもしれない。

 このままでは今日の訪問は空振りに終わってしまう。……それだけじゃないな。

 デレク様の表情がどこか気になって、放っておけない。理由は分からないが……俺は、この人の気持ちが分かる気がする。

 だからだろうか。俺の口は自然と、その言葉を紡ぎだしていた。


「デレク様自身は……本当に、心から妖精族との和解を望まれているのですね?」


 あまりにも唐突で、俺自身なぜその言葉が出てきたのかは分からない。

 ただの直感としか言いようのないものだった。

 しかし――――デレク様の表情が、今度は明確に揺らいだ。


「君は…………」


「姫様の護衛をしている、リオンと申します」


「…………なぜ、そう思った?」


「ああ、いえ。明確な理由はなくて直感なんですけど……なんというか、その……俺と似た感じがするっていうか…………」


 たまに姫様のフォローをすることはあっても、自分の意見をこうした王族の方にぶつけることはそうそうない。そのせいか、上手く自分の中にあるモヤモヤとした『何か』を言語化させることが出来ない。


「俺は、姫様の護衛ですけど……人間です。赤ん坊の頃に魔界に捨てられて、そこをイストール様に拾って頂いて……それからは、四天王の方々に魔界で育てていただきました」


 少しずつ、少しずつ。

 心の中にあるモヤモヤの中から、自分の言いたいことを汲み取って形にしていく。


「人間と魔族は違います。魔力や身体能力。体のつくり……そのことを自覚していく度に、魔族とは違う自分が嫌でたまらなくて。でも……姫様たちは、四天王や魔王軍の方々は俺を受け入れてくれました。……ああ、そっか。そういうことか。デレク様も同じなんですね」


 やっと、自分の言いたいことが固まってきた。

 俺がデレク様から感じ取った何かも。


「デレク様もそうなんですね。幼少の頃にローラ様と触れ合っているからこそ……貴方は、妖精族との和解を望まれている。だけど、そうすることが出来ない理由が他に……デレク様やローラ様以外のところにあるのではないのですか?」


「――――っ」


 拙いながらも吐き出すことが出来た言葉に場が静まり返り、そこでやっと俺は我に返った。


「あっ、す、すみません。急に口を挟んでしまい……申し訳ありませんでした」


「いや……良い。今のはとても良かったわ、リオン」


 姫様の瞳に、一筋の光が差した。


「あなたの言葉で、この堅物男の仮面にヒビが入ったんだもの」

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