第10話 お姫様は優雅に堂々と完封したい
この『楽園島』には四人の島主が存在し、各々の拠点となる屋敷も存在している。
デレク様の元へと訪ねるにあたり今回はその屋敷に向かうこととなった。
雄々しく生い茂る自然に囲まれた、屋敷に続く石畳の道は姫様や俺たちが普段暮らしている屋敷には無いものなので新鮮だ。
「ここの魔力はちょっとだけ荒々しい感じがする。でも……悪くないわ。こっちが気持ち良くなるぐらい純粋だし」
「ふむ。魔力……いや、世界そのものに対する感覚が鋭いのでしょうか。『空間』の支配を成すだけのことはありますね」
「……アナタ、私の『権能』を知っているの?」
「空間に干渉する魔法は最上位のランクに位置しています。そんな魔法を容易く操る稀代の天才の『権能』は存じておりますとも。……そういう貴方とて、私の『権能』はご存知でしょう?」
神々より授かりし『権能』は、魔族だけのものではない。当然、人間族の『島主』であるノア様も姫様たち魔族とは違う属性のそれを有している。
「『団結』の属性、でしょう?」
「その通り。……リオンくん。君は『団結』の属性についてはご存じですか?」
「魔力を強化する『権能』だと聞いております。王から『権能』を与えられた者……『保有者』の数が多ければ多いほど、その強化の力は強くなっていくとか」
「その通り。私たち人間は、他種族に比べて肉体的には脆弱な種族ですからね。だからこそ団結する。ようは『人の繋がりを力に変える権能』といったところでしょうか。『支配』属性のように『保有者』によって個別の能力が顕現することがないのが残念です」
「条件さえ満たせばかなり安定した力を発揮できる『権能』を持っておいて何言ってんのよ……で、いきなりこういう話をしてどういうつもりかしら」
「私なりの忠告のようなものですよ。なにせここから先は同じ『島主』の領域ですからね。可愛い後輩に対してつい助言のようなものをしてしまっただけです。噂をすれば――――」
ノア様の言葉よりも早く、既に俺やマリアは反応していた。
周囲の茂みから、俺たちの行く手に立ちはだかるかのように、学院の制服に身を包んだ獣人の生徒たちが現れた。数はおよそ十人ちょっと。全員が警戒していることが丸わかりの視線を俺たちに向けている。
「お出ましのようです」
「見たらわかるわよ」
流石というべきか、お二人とも目の前に明らかにこちらを全力で警戒している獣人たちがこの数いるというのに一切怯んでいない。それどころか余裕すら感じられる。
「マリア。警戒しておけよ」
「言われずとも」
なんだかんだとコイツも元暗殺者なだけあって戦闘力が高い。俺と二人ならこの数相手でも問題はないはずだ。
「貴方たち。一体何のつもりかしら。わたしたち今からそこを通るんだけど?」
「何のつもりか、というのはこっちのセリフだ。『敵』を招き入れるなど、どういうつもりだ?」
獣人の一人がチラリとマリアに視線を向けながら、逆に姫様に対して問うてきた。
……まあ、あっちの言い分は真っ当といえば真っ当だし、間違っていると言えば間違っている。今のこの時期にわざわざエルフ族の生徒を連れて乗り込もうというのだから。ただ、言ってしまえばこの現状は『魔法学院の生徒同士の喧嘩』に過ぎない。姫様が誰を連れてどこに行こうが、それは姫様の勝手だ。
「……アリシア様、申し訳ありません。やはり私が無用なトラブルを招いたようです」
「貴方が謝ることじゃないし、謝るようなことでもないわ。向こうが勝手に因縁をつけてきているだけだもの」
「姫様、そういう相手を刺激するようなことを言わないでくださいよ」
「…………ほぅ。魔界の姫は挑発がお得意らしいな」
ほらー、相手も苛立ってるじゃないですかー。
というかノア様、なんて楽しそうにこの状況を眺めているんだろう。確かに見ているだけとは言ったが。ただ面白がってるだけにも見えちゃうのはなぜだろうね。
「さっさとそこを退きなさい。今ならわたしの部下に対する非礼を許してあげる」
「それは出来ないな。我らも主を護るという使命がある」
「デレクも承知していること?」
「たとえ主の意に背く形であろうとだ」
「そう。だったら無理やりにでも押し通るわ」
俺が一歩前に出ると、姫様はそれを制する。
「……姫様?」
「ごめんね、リオン。今日はちょっとわたしがやりたい気分なの」
「いやしかしですね。俺は一応、あなたの護衛なんですが……」
「そうだけど。……うん。あなたに護ってもらうのは、とても嬉しいけれど……今日は許してくれない? ノアの相手をしてストレスもたまってるし、マリアにもヘンな因縁をつけられて苛立ってるし。たまにはいいじゃない。ね?」
なにが「ね?」だ。まったくこの人は。めちゃくちゃ可愛いけど、それはそれ、これはこれだ。……ただ、ストレスがたまってるのは確かなのでここらで解消させてあげたいという気持ちもある。というかこのワガママは聞いておかないとまた拗ねそうだし、そうなるとこの後のデレク様との話し合いに影響が出るかもしれない。
「…………分かりましたよ。その代わり、傍にはいさせてください」
「ふふっ。ありがとリオン。大好きよ」
またこの人は「大好き」なんて言葉を軽率に使って……。いや、そこがとても愛おしい部分でもあるのだが。こういうのは簡単に男に対して使わないように言っておかないと。
「では参りましょう、姫様」
「そうね。行きましょうか」
そのまま姫様は石畳の上を歩きはじめる。一歩一歩。優雅に。
まるでその辺に散歩に出かけているような気軽さで。
俺はただそんな彼女の傍に付き従い、歩を進めるのみ。
何の躊躇いもなく歩みを進める姫様の姿に、獣人たちは驚愕の表情を露わにしている。
「一度だけ忠告してあげる。自分から退くなら今の内よ。そうでないなら、貴方たちはわたしにひれ伏すことになる」
「冗談も過ぎると不愉快だな」
「その言葉、そっくりそのままお返ししましょう」
やり取りの後。歩みを止めない姫様に対し、獣人の一人が動いた。
おそらく牽制するためのものだろう。植物の蔦を生み出し、操る魔法を発動させていた。術者の意思に従った軌跡を描く蔦は姫様に向かっている。だが、ソレが彼女の体に届くことはなかった。
途中で、蔦が地面に叩きつけられたからだ。
地に伏した蔦はピクリとも動かない。大きな力で抑えつけられているかのように潰れていく。
「植物は好きよ。だから、潰してしまうのは心苦しいわ」
「ッ……!?」
得体の知れない大きな力。それを今、獣人たちは感じ取っているはずだ。
「くっ……意地でも通すな!」
一人の叫びが合図となって、残りの獣人たちが一斉に飛び掛かってきた。
だが姫様は顔色一つ変えることなく歩みを進めている。
「――――ひれ伏しなさい」
告げるだけで、世界が蠢く。
十数人の獣人たちが一斉にひれ伏した。否――――地面に叩き落された。
「う……ご、お……ッ…………!?」
大いなる力によって抑えつけられたように、地べたに獣人たちは倒れ伏している。身体を動かそうと足掻いているが、『支配』の力によって指先一つ動かない。
「世界の全てはわたしにひれ伏す。だから貴方もわたしにひれ伏す。……とても簡単なことでしょう?」
「…………う……ぐッ……!?」
獣人は何も答えることが出来ない。ただただ、地面に叩きつけられ、身動きが取れないでいるのみだ。
これが姫様の持つ『支配』属性の『権能』。
空間の支配。転移魔法すら容易く成す彼女は、重力をも操作出来てしまう。
獣人たちがひれ伏している仕組みは簡単で、姫様が操作した重力によって上から抑えつけられているだけだ。物体だけではなく魔法すらも重力の影響下に置くことが可能となっている。……まったく、相変わらず反則的な力だ。
「お出迎えご苦労様。――――では、ごきげんよう」
姫様はただの一度も歩を止めることはおろか、指先一つも動かすことなく、十数人の獣人たちと一瞬で無力化してしまった。
誰より優雅に、誰より堂々と。
姫様は『島主』の待つ屋敷への道を進んでいった。