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第1話 プロローグ

 魔界は人間にとっては厳しく険しい環境である。

 高濃度の魔力に加え、外界に比べて遥かに強力な魔物たち。

 平穏と呼べる街にさえ、魔物の襲撃なんてザラにある。

 そんな魔界を治めているのが魔王であり、彼がもっとも信頼する四人の幹部こそが『魔王軍四天王』である。


 火のイストール。

 水のレイラ。

 土のアレド。

 風のネモイ。


 この四天王こそが魔王軍の最高戦力と呼ばれており、かつて魔界を滅亡の危機に陥れた魔神や邪竜の数々を葬り去った。更には全ての種族を滅ぼし、世界を征服する野望を抱いていた邪神を魔王や勇者たちと共に討ち、魔界だけでなく世界に平和と均衡を齎してきた者たちだ。


 戦後も平和維持に貢献してきた彼らはこの世界における英雄のようなものであり、実力も知名度も高い。なにしろ単体で国を滅ぼすことすら可能な四人である。相手になる者など世界中を見渡してもそうはいない。


「さて、どうしたものか……」


 真紅のローブをまとい、眉間に皺を寄せながら魔王城の中を歩くのは『火』のイストールである。彼の得意とする『焔撃魔法』は、拳に焔を纏い敵に打撃を与える魔法だ。その拳は大地を砕き、闇を焦がし、天をも穿つ。真正面からの殴り合いを好む彼は、かつての『邪神戦争』においても変わらず真正面から邪竜を殴り殺したという話はあまりにも有名で、人間界では英雄の物語として語り継がれている。


 鋼をも砕く肉体を持つ大男は、かつてないほど難解な問題を文字通り抱えていた。

 一人答えの出ぬまま魔王城の『四天の間』へと入ると、そこには残りの四天王も揃っており、イストールの腕の中に抱えられているソレを見て怪訝な顔をする。


「あァら、イストール。脳筋のアンタが珍しく難しい顔をしていると思ったら……どうしたの、ソレ」


 問うてきたのは、『水』のレイラである。

 青く長い髪と、ローブの下にドレスを身に着けた妖艶な女性だ。その美貌は多くの男を魅了し、今も世界各国の権力者たちからの見合いが殺到しているほど。加えて彼女には水を操る能力があり、かつて街一つを飲み込むほどの津波が起こった際も指先一つで津波をおさめ、その街は今やレイラを女神として崇め称えている。


 そんな彼女の言うソレとは、イストールの腕の中ですやすやと眠っているのは男の子の赤ん坊である。……魔族ではない――――人間の、だ。


「拾った」


 端的に答えると、緑色の髪をした少女がケラケラと笑った。


「あははははは! イストールって、たまぁに面白いコトするよねぇ。まさか人間の赤ん坊を拾ってくるとは思わなかったよ!」


 イストールを笑っている、緑色のローブをまとった少女は『風』のネモイ。

 風を自在に操り、時には天候を操り嵐を呼ぶことすら可能である。楽しいこと、面白いことが大好きであり、四天王の中では一番子供らしいというのが彼女だ。しかし、ネモイも四天王の一人。戦いとあらば戦場を駆ける一陣の風となり、誰よりも早く敵を斬り刻んできた。


「笑いごとではありませんよ、ネモイ。……イストールさん。その赤ん坊、どこから拾ってきたんですか」


 眼鏡をくいっと上げながら冷静にイストールに問いを投げかけたのは、黄色いローブを身にまとった青年。彼こそ『土』のアレドであり、魔法や魔道具といった様々な魔法関連の技術の研究開発に日夜勤しんでいる。彼の持つ技術で魔界だけでなく幾つもの国が救われており、その功績を称えられてこれまで千三百五十六の勲章を授与された。


「東にある魔蠢の森だ。魔物に襲われかけていたところを発見してな……思わず連れ帰ってしまった」


「どうして人間の子が魔界の森に捨てられてるのよ」


「ふむ……この赤ん坊、見たところ人間基準で考えても、生まれ持った魔力の量が少ないようですね。おそらく、そのせいで捨てられたのではないでしょうか」


 アレドの見解に、レイラは露骨に顔をしかめた。


「…………もしかして、貴族階級の子かしら」


「かもしれませんね。貴族階級において魔力の量と質は最も重要視されるもの。生まれ持った魔力の少ない子が捨てられるという話はたまにあると聞きます。加えて、魔界というのは人知れず不要な子を処分するのに適していますから」


 なにしろ人間界よりも厳しい環境にある。どこかに放っておくだけで魔物や気候をはじめとする様々な環境が勝手に処分してくれる。


「人間ってさぁ~、別にそこまで嫌いじゃないケド、こーいうトコロは嫌いだな、ボク」


「珍しく意見が合うわねネモイ。アタシもよ」


「それは私も同意見ですよ、レイラさん。とはいえ……今はこの赤ん坊をどうするかです」


 全員の視線が一斉にイストールに集まった。

 この問いを投げかけられることは目に見えており、既に答えは用意していた。


「オレが育てる」


「「「はァッ!?」」」


 三人全員が目を見開き、叫び声をあげた。


「ちょっ、アンタ本気なの!?」


「本気だ。拾ってしまった以上、責任はとる」


「あはははははは! あははははははははははははははッ! あはっげほっげほっ、あ、やばい。笑いすぎてお腹つりそう」


「イストールさん、ここは魔界ですよ!? 人間の赤ん坊を育てるには不適切な環境ですし、何より子育てなんて経験ないでしょうアンタ! っていうかこの場にいる全員がですけど!」


 何しろ全員が、魔王に仕え、魔王軍の四天王としての日々に明け暮れてきた。

 今でこそ世界は安定しているが、これまでの魔王軍四天王の日々に子育てといった経験が介入する余地などなかった。


「…………やはり、ダメか?」


「ダメ……ってわけじゃァないんでしょうけどぉ……『子育て』って、大変だと思うわよぉ? それに、アタシたち魔族でしょう? 人間を育てるなんて出来るのかしら……」


「しかしな、見てくれ。この子……かわいいぞ? かわいくないか? かわいいだろう?」


 イストールの腕の中にいる赤ん坊の顔を三人は覗き込む。

 すやすやと可愛らしく眠る顔に、魔王軍四天王の面々の顔が綻んだ。


「……うん。いいオトコになりそうじゃない。将来が楽しみねぇ」


「ボク的には面白い子になるって思うな!」


「私的にはしっかりと勉強して知識もつけていただきたいところです」


「オレが直々に鍛えて立派な戦士にしてやるのもいいだろう」


「まずは魔王様の許可をとった方がいいかしら」


「それは先んじてオレがとっておいた」


「へー! イストールにしては準備いいねぇ! ていうか、魔王様もよく許したねぇ」


「姫が生まれたばかりですからね。友達か遊び相手にでもと思ったのではないでしょうか。……さてと。では私は、人間の育て方を調べてきます」


「あっ、この子の服はアタシに選ばせなさい! 絶対よ!」


「その前にこの子の名前どうする? いつまでも『この子』のままじゃそれこそかわいそうだよねぇ」


「オレがつけよう」


「ずるいですよイストールさん。ここは皆で話し合って決めるべきです」


 その後、魔王軍四天王が三日かけた話し合いで、最終的に赤ん坊はリオンと名付けられ、以来、魔王城からは赤ん坊の泣き声や子育てに奮闘する四天王の慌ただしい足音が響くようになった。


 リオンと名付けられた人間の赤ん坊は、親から愛を受けられず捨てられた代わりに、魔族最強クラスの四人からたっぷりと愛情を注がれて育ち――――、





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