佐島良想2
「佐島さん」
名前を呼ばれて振り返る。
夕焼けが人物をシルエットにしていた。それが、にこりと笑った気がした。
シルエットに徐々に近づいてくると、それが同じ学校の制服を着た男の子だったと分かる。
彼はやはり笑っていた。とても不快な顔だった。
名前は中川君だったと思う。だったというのは、初めて名前を聞いたのはつい先日の事。私が飽田良祐が住んでいた部屋の窓から飛び降りた日だった。
奴の部屋を捜索し、あるものを見つけた。目星のものでは無かったが、次の手掛かりになるものを鞄の中に入れた。その時、外から、カンカンと、階段を上る足音が聞こえた。乱暴に足音を鳴らしてくるところをみると、恐らく大柄の男ではないかと思わせる。
カッ、と頭に血が上る。
私はつま先立ちで窓まで走り、開けた窓から飛び降りた。
ふわりとスカートがめくれ上がったのを感じる。私は、誰かに見られたらどうしようと、羞恥に顔が熱くして、とん、と着地した。そして、直ぐさまスカートを押さえた。
今さら押さえたところで、先ほどめくれ上がった事実は消えやしない。しかし、反射的に押さえてしまう。そうしなければ嫌だったし、悔しかったからだ。
私は歯を食い縛り、その場をあとにした。
最悪な気分だった。
その気分は翌朝、中川君に呼び止められる時まで続く。なんと彼は、昨日の最悪な瞬間を写真で撮影していた。新聞部の彼はいつも、カメラを制服の内ポケットに、し舞い込んでいるらしい。
「今日もどこかに?」
私は首を振った。彼がこのジェスチャーをどう解釈するのかなんて、知ったことか。私は答えない。けれど、無視することは出来ない。
出歯亀に弱味を握られている限り、下手に刺激を与えるわけにはいかない。
そんなことをして、彼が私に取り返しのつかないことをしでかしては、たまったものではない。
もし仮に彼が恐慌に走った場合、その時、私はどう行動するのだろう。目なり鼻なり潰して、徹底的かつ非情に正義を執行することを妄想しているのだが、いざ現実におこった時、私はきっと怯えているんじゃないだろうか。悲しみに枕を濡らして、微睡みの中、痛みと快楽に溺れて、陶酔するのかもしれない。
私は弱い。トンと体を押されれば、力の流れのまま倒れてしまう。そして、二度起き上がれない。だから今、このいつ崩されるのか分からない関係は、私にとって恐怖でしかない。
「僕、佐島さんの名前って、好きなんだ」
聞いてない。
「良く想うって書いて、『りょうそ』って読むんだよね。『りょうそう』じゃなく『りょうそ』。その響きが凄くいい。流石は飽田先生だと思うよ。先生はきっとその響きが良くて、佐島さんにその名前をつけたんじゃないかな?」
不快極まる。私の名付け親はお婆ちゃんだ。
「だからさ。僕も、良想さん、て呼んでもいい?」
何がだから? 前後の言葉に全く繋がりが無いのだけど。
会話不足がたたる、彼の怪文みたいな言葉。私の我慢は限界にきていた。
本当に、最悪な虫が付いたと思った。
中川君は照れているのか、視線をキョドロかせなから、こちらを覗いては視線を背ける。
私は眉間をひきつけながら言った。勿論、彼には見せないように。
「いやよ」
ここまで読んで下さり、ありがとうございます。