佐島良想
飽田良祐は愚才だったと、私は思う。愚才で愚暗。おおよそ「愚か」という語感にピッタリと当てはまる人だと私は思う。証言台の上で、世を呆れさせた発言をしたあとは、獄中で遺書を残して、そそくさと死んでいくのだから。
「善なき、悪なき、世の外もなし」
誰からも理解されないことを嘯き、脊髄だけで言葉を綴る。そんな男でも、かつては愛を育む事があったというのだから驚きだ。
愛とはなんと尊いものか。
本心では、それを汚らわしい重いゴミ袋だと思いつつ、皮肉を込めて称賛する。
考えるだけで身震いする。私は潔癖症なのだ。非常識な思考は受け入れがたい。
母は一体、飽田良祐のどこに惹かれたのか。今でも理解し難い。
お恥ずかしながら、私は飽田良祐の娘である。そして今、私は飽田良祐が生前住んでいた木造アパートへと来ていた。四畳半のボロい部屋。制服姿の女が、たった一人で来る場所ではない。その上、大家の許可を取らずに、勝手に部屋へ上がったのだ。鍵はかかっていなかったという、言い訳にもならない理由では、誰かに襲われたって文句は言えない。
ゲスいな思考へ脱線した。
……言い訳をしよう。
私は読書家だ。それなりに多くの本を読んでると、推理ものではよく、儚げな美少女を性に絡ませる描写が多く見受けられる。そして私は、大変遺憾ながら、その描写に絡ませやすい容姿をしているらしい。私の鞄には、今時珍しい恋文というのがいくつか入っている。
故に私のゲスな考えは仕方がない。寧ろよくぞ気づいたと、瑞からの内に危機感を芽生えさせたことに、称賛を送るべきだ。
捜索は手早く手短に済ませて帰ろう。こんなところを何度も足を踏み入れたくはない。
私は飽田良祐が嫌いなんだ。奴と同じ空気を吸う羽目になるなんて、最悪以外の何者でもない。
(あんなものさえ見つけなければ……)
鞄のなかには、嫌々ながらもし舞い込んだ飽田良祐の遺言状が入っていた。
飽田良祐の遺言は、我が家にもあった。
「心とは言葉によって紡がれる。言葉は種子となり、静聴する者たちの心へと根付くもの。故に届く。我が心が発露され、再び芽吹くその時こそが、夢の外へと到達する。望むことなら、夢の外へとたどり着くものに、我が血も流れていることを」
鬼畜生ならぬ餓鬼畜生、見下げた外道ここに極まる。もしも血液を総入れ換えすることができればと、何度夢見たことか。
それでも私は死にたくない。こんな理由で死にたくない。
「自殺は善人のみに許された特別な権利である。悪人は不当なるこの世で、自らが踊る玩具と気付かずに、不細工なショウガイを続けなければならない」
腹立たしい時世の句。それだけが頭にこびりつく。クラリと暑くなる頭。怒りで頭を割りたくなる衝動にかられる。
私は畳に殴り付け、奴の部屋を捜索した。