File:06 救助
「走れ!とにかく走れ!」
穢界の瘴海ではカルロスや兵士達が迫ってくるゼーヴァを銃で迎撃しつつ、エドウィン達非戦闘員の人間達を逃げさせていた。
「ったく、このままじゃ埒があかねえ!もっと先へ進め!どこかに避難しろ!」
「そう言ったってここは草一つ生えてないような真っ裸の大地だよ!?隠れるところなんてありゃしないよ!」
「じゃあ走れっつってんだろ!一生走れなくなるまで走れよ!こんなクソみてぇな場所でくたばりたいなら休むがいいだろうよ!――えい、面倒だな。おいゼーヴァ野郎、こいつを食らいな!」
カルロスがそう叫ぶと急に彼はゼーヴァ達に右手の掌を翳した。するとそこから煌々と輝く"炎の吐息"がゼーヴァ達に噴かれた。
「どうだ、こんな寒いところで火当てられたら暖かいだろ!?それ、死ぬまで暖まっていきな!」
これこそカルロスの正体であるドラグーンの扱う「イオン魔術」である。今カルロスが用いたのは「火炎術式」と呼ばれる魔法式だ。イオンを変換させ擬似的な炎を精製し対象へと噴射する。擬似的とはいえその熱さは火傷や火脹れ程度では済まない。
「お前…ドラグーンだったのか…!?」
兵士の一人が呟いた。まさか自分達が収容し運搬してきた荷物である犯罪者がまさか超人的な力を持つドラグーンだったことなどその力を目の当たりにするまで兵士のみならず他の人間達も気付かなかった――ただ一人、エドウィンを除いては。
「カルロスさん…やっぱあんたはドラグーンだったんだな。腕の竜の刻印を見てから疑問に思ってたけど、予想は合ってたんだ」
「坊主、逃げろっつったのになんで他の連中と一緒になって傍観してんだ。てめえらが死んだりヤツらと同族になったりしたら元も子もねえからな。戦う意味も無くなる」
「そうだね。じゃあ僕は皆をゼーヴァの群れから遠ざける。カルロスさん、あとは頼むよ」
「おうおう、ここは俺一人に任せろよ。兵士共は一般人の護衛に回って一緒に避難してな。安心しろ、後で合流する」
兵士達もその言葉に頷き、他の人間達と一緒に安全地帯を求めてカルロスのもとから去った。
「さてと…ひと暴れしますか…。全員ここで殺してやるからな」
そう言ってカルロスは銃を構え直した。そこにすかさずゼーヴァ達が襲いかかる。
「――邪魔だ」
その刹那、ゼーヴァの口を数発の弾丸がぶち抜いた。カルロスの銃によって撃たれたゼーヴァはその場に倒れ、そのまま死体はでろでろと液状化した。
「意外と大したことないんだなてめぇら。だったらさっさと片付けるしか他はねぇな」
そう言いながらカルロスは素早く別のゼーヴァのもとへ走り寄り、今度は銃口の部分をゼーヴァの口腔内へと突き立てトリガーを引いた。撃たれた個体は体液を傷口から噴き出させながら再び液状化していった。
カルロスは倒れた個体を目で追いやると、ゼーヴァの体液まみれの銃口を掴み銃を持ち変えた。そして今度はまた別の個体の頭部と思われしき部分に銃身を叩きつけた。しかし、あまりものカルロスの力に銃は耐えきれずゼーヴァに命中した瞬間四散した。
「武器が無くなっちまったか…じゃあ素手でやるしかねぇな」
殴られた衝撃でよろめいているゼーヴァに視線を当てたその瞬間、カルロスは飛びかかり空中で両手をお互いに握り合わせた。アームハンマーという技の構えだ。
「おらぁ!!」
技を受けたゼーヴァは骨格を歪ませられ、その場に倒れた。身動きはしないが液状化はしていない。絶命に至るほどの痛みと傷ではなかったようらしい。
ゼーヴァを倒せていないことに動揺しているカルロスの所に他のゼーヴァが飛びかかった。飛びかかれた瞬間、空中にいるゼーヴァを正拳で殴り返したまではいいが、いかんせんゼーヴァの質量にはドラグーンとはいえ人間サイズの拳では勝てない。
「くそが…撤退かここは…」
ゼーヴァの体液まみれになった拳を服で拭いながら彼はエドウィン達の後を追った。
「ったく…俺が勝てないだと…?あんなクソッたれゼーヴァ共に勝てねえってのか!?ドラグーンの俺が!?ふざけんな!!」
カルロスは走りながら怒りに歯を食い縛り顔を歪ませた。
「武器も無しにあんなやつらの一匹すら殺せねえのかよ俺は!こんな弱さのままじゃ坊主達を守りきるなんってこたぁ無理に決まってやがる!兵士の連中も頼れねえから俺がやるしかねえのに!畜生、畜生、畜生!!」
立ち止まり、ゼーヴァでできた地面を殴りつけようとしたその瞬間――
ゴゴゴゴゴゴ
「おいおい、なんだこの揺れは…!不味い、坊主達が危ない!」
そう叫び彼は先ほどより速く走ろうと脚を懸命に動かしエドウィン達に一刻も早く追い付かんとばかりに疾走した。
その揺れの中、瘴海の底から巨大な生き物が地面へ這い出ようとしていた。それは我々が"カニ"と呼ぶものに似ていた。片方だけの巨大なハサミはシオマネキの如く、柱のような堅牢な八本脚はタラバガニの如く。その"カニ"は静かにゆっくりと、しかし大きな振動を起こしながら地上へと向かっていた。
ただ一つ言えることがある。この巨大なカニの反応を感じたある男女のうちの一人がこう呟いていた。
「そうら、"ファナスケナウス"のお出ましまでもう時間がねえぜ?」