File:05 仲間
ユートピアのある病院にて――
「気がついたみたいだな」
声に気付き彼は部屋を見回すと、ベッドの横に一人の女性がいた。服装から察するに軍の人間のようだ。
「お前は都市部でのゼーヴァ急襲で負傷していた。私がいなかったらお前はあいつらのお仲間になってたぞ」
そう言われ、スンホは自身の腹部に目を向けた。腹に巻かれた包帯に血がにじんでる。
「僕は…死んでないのか…」
「安心しろ、死ぬ程度の傷じゃない。それに"ゼーヴァ胞子"が体内に残留していたがそれも全部抜いている」
ゼーヴァ胞子、というのは読んで字の如くゼーヴァのばらまく胞子――いわばウィルスのようなものだ。ゼーヴァの肉体を構成する主な物質でもあり、ヒトの体内に入り込んでは細胞をどんどんゼーヴァの細胞に変えていく。摘出が間に合わなければ感染者の人間はそのままゼーヴァになる。
「ところであなたは誰ですか…?」
「あぁ、私か。私はリー・チェンシー中佐。階級はお前より上だがリーだけで構わん。…にしても大尉が亡くなってしまったことは私も…非常に悲しく思っている。こんな平和な世の中で警備しかしてなかった我々にいきなり穢界にしかいないはずの天敵のゼーヴァが現れたんだ。こんなことがあってたまるかよ…!」
スンホの目の前で彼女は悲嘆の叫び声を挙げた。中佐であるとはいえ彼女は感情的になりやすい性格のようだ。
「リー中佐…大尉のこともそうなんですが、都市部のゼーヴァは一体どうなったんでしょうか…?」
するとチェンシーは一度静かになった。そして再び声を挙げた。
「ああ、あいつらか。全部まとめてぶっ殺してやったさ!憎い憎い憎い憎い憎いクソ共なんかさっさと死んじまうがいいってな!…でもそんなことしたって死んだ住民は生き返らないしゼーヴァからヒトに戻ったりもしない。命っつーのはなんか…儚いもんだな」
「鎮圧はしてる、ということですね?」
「当たり前だ、それができなきゃ軍として機能してねえぞ。んであの一帯は隔離されてあとは"AXIS"の連中が全て指揮をとるらしい」
AXIS――Anti Xeva Interception Soldiersの略称。対ゼーヴァ用の戦力としてユートピア内にゼーヴァが出現した場合に出動する特殊部隊のことだ。
「面倒なのが介入してきましたね」
「ああ。連中は打倒ゼーヴァの為なら住民の命など惜しくない血も涙もない奴ばっかだからな。人間の姿をした単なる戦闘兵器だよあいつらは」
「住民が避難しているとはいえ、どういう対処をするんでしょうか」
「連中のことだ、軍が隔離した区域内全てを滅却するんだろうな」
スンホは怒りを覚えた。奴らは住民のことを一切考えていない。もし隔離区域の中に避難できてない人間がいたらどうするのか。仮にゼーヴァしかいなくても滅却による環境被害などは考慮しないのか。ゼーヴァの残滓でもある胞子が煙などによって雲に混ざったりしたら手がつけられなくなるかもしれない、という状況下で何を呑気なことを言っているのか。
「脳筋の考えてることなんざ私は知らん。裏で解決策があるとしてもどうせ信用できん」
「なんとかできないんでしょうか…?」
「中佐の私ではAXISの動きには干渉すら不可能だ。それこそ大佐クラスでないとな」
「ちっ、今の僕が無傷であれば…!」
「馬鹿かお前は。自分の心配を先にしろ。安心しな、私が何とかしてやる」
「そんなこと言われて『はいそうですか』なんか言えませんよ!」
「じゃあこれでどうだ?」
急にチェンシーは振り返り、スンホに自身のうなじを見せた。
「こいつが何かわかるか?」
蜘蛛のような模様をしたタトゥーがそこにあった。だがただのタトゥーには見えない。それはもっと異質な何かだった。
「知らねえなら教えてやる。こいつはなぁ、"烙印"っていうんだ」
烙印なら存在ぐらいならスンホも学校で習った。だが実物がこんなものだとは彼は知らなかった。
「こいつは"インフェルノの烙印"っていうんだ。"地獄"の烙印、つーわけだ」
烙印には7種類ある。蜘蛛型のインフェルノ、鍵型のエンピレオ、龍型のリンボ、時計型のパライソ、結晶型のプルガトリオ、家紋型のエデン、翼型のヴァルハラの烙印と形状は様々である。
そもそも烙印というのは全能なるアヴァロンから刻印される、という知識はあながち間違ってはいない。だが実際はアヴァロンの下僕である演算補助AIの七基によって刻まれる。彼らの名こそそれぞれの烙印の名前である。
アヴァロンには容赦という概念がないらしく、烙印は子供にも刻印される。だから刻印された子供はフォールクアッドにてドラグーンとしての知識などを学ぶこととなる。
「じゃあ、リー中佐も…ドラグーンってわけなんですね」
「ああ、"地獄"のドラグーンといったところだな。――さて、私はこれでおさらばするよ。早く傷を治して現場に戻れ」
そう言って去っていこうとするチェンシーをスンホは呼び止めた。
「リー中佐…僕に何か、できないでしょうか…?」
それを聞いたチェンシーはため息をつき、こう言った。
「じゃあ傷があろうとなんだろうと立て。今からAXIS共の滅却作戦を力ずくでも阻止しに行くぞ。わかったならさっさと準備しろ!!」