File:02 襲撃
その輸送機は穢界――もとい地球の上空を飛んでいた。その中にいるのは軍の兵士達と"積荷"である罪人達だ。ユートピアの社会の掟では重罪を犯した人間はユートピアの脅威になりかねないとして穢界に棄てられることとなる。ドラグーンの様に超人化してない一般人であれば死刑宣告も同然、終身刑の方がまだマシという程度だった。
棄てられたら自力で生き延びるしかない。ユートピアでは考えられない自給自足の生活を送る羽目になる。運が良ければ穢界探索に来たドラグーンに拾われてユートピアに帰ることも可能ではあるがそんなことは奇跡でもない限り起きることはない。
大量虐殺、放火などといった大罪を犯した人間は楽園であるユートピアには必要とされず、穢界という名のゴミ捨て場行きとなるという話はユートピア住民なら子供の頃から言い聞かされていた。だがそんなことも忘れ己の為がだけに罪を犯し言い聞かせの通りになる愚か者も世の中には存在する。
事実、積荷の一人――エドウィン・ヒルデブラントは強盗という罪を犯し、軍警に捕まって揉み合いになった後相手を射殺してしまい罪に罪を重ねる結果となり廃棄刑となった。
彼には母親と弟がいた。父親は数年前に病で亡くなっており、そこから母親の精神がおかしくなってしまった。そして父につられるかのように弟も病気になった。治せるとは言われたがヒルデブラント家は生憎貧乏な家庭であり、治療費を稼げずにいた。そこでエドウィンは弟を助けるため、母に楽をさせるためにと罪を犯し、結果的には悪い状況に陥る羽目になった。
そんなエドウィンの横にもう一人、目付きの悪い男がいた。彼はカルロス・ネイソンと言い、数年前から指名手配されていた猟奇殺人鬼であった。カルロスがどんな悪行をしていたのかはエドウィンはエデンの自宅のテレビで見ていたから知ってはいた。だが横にその本物がいるとなると話が変わってくる。自分には関係がないだろうという人間がすぐ側にいるのだから。
するとカルロスがエドウィンに話しかけてきた。
「お前、ここにはふさわしくない顔だな」
事実その言葉は合っているかもしれない。エドウィンはまだ13歳。まだまだ童顔のか弱い少年だった。それに比べてカルロスは30代前半という歳だった。エドウィンから見ればずいぶん年上である。
「母さんと弟の為にやった、でも失敗した。二人には迷惑をかけてしまったよ」
「おふくろさんがいるだけありがたいと思え坊主。俺にはな、物心付いた時からおふくろなんていなかった。孤児だったんだよ。そりゃあエデンで孤児つったら珍しい生き物ではあるがな」
カルロスの言うとおり、ユートピアでは孤児は希少な存在だった。子を捨てる様な歪んだ親は滅多にいないからだ。仮に別れるしても養子に出す程度だ――それも少なかったが。
「俺は家族がいないから好きにやってきた。だがお前には家族がいる。大人しく静かに過ごしてりゃよかったんじゃねえか?まあ俺が言えることじゃないがな」
エドウィンはその言葉を耳にした時に微かな怒りを覚えた。この男は何もわかってはいない。僕が貧しいことも、弟が病気なのも――。
ユートピアという宇宙の楽園にでも貧富の差というものはある。所詮ユートピアは"代わりの地球"であって、決して完璧な理想郷というわけではないのだ。100%幸せで埋めつくされているのかというとそうではない。
「あんたに何がわかるって――」
ガンッ
輸送機の機体が大きく揺れ、衝撃音が鳴った。
「な、何だよ今の!?」
エドウィンは叫んだ。慣れない空の中での恐怖感というものは尋常ではない。
ヴーヴーヴーヴーヴーヴーヴーヴー
警報のアラームが機内に鳴り響いた。
「何事だ!?コックピット、応答せよ!」
警備の兵士の一人が叫んだ。積荷の暴動を抑える為の突撃銃を構え直しつつ状況を把握しようとした。
『まずい、何らかの襲撃を受けた…!この衝撃は…まさか!?』
「ちっ、何がどうなっていやがるのか…」
エドウィンや他の積荷が怯えパニックに陥っている中カルロスは一人落ちついた反応を見せていた。
「おい、そこの兵隊さん。この揺れ方、何か分かってるか?」
すぐ側の兵士がそれに返答した。
「わかるか!どうせ穢界の巨鷲とかなのか!?」
「アホかてめえ。そんなカスな奴で済むと思ってるのか。こいつは――"ゼーヴァ"だ」
ゼーヴァ、という単語に積荷達も兵士達も沈黙した。まさか人類最大の敵である連中が今自分らの命を狙っていることなど想像もしなかったからだ。
「ゼーヴァ…おい嘘だろ!?嘘と言ってくれ!!」
「あのな、普通の穢界の有翼生物はこんな成層圏を飛びなんてしないし飛べるわけがない。考えられるとするならば、有翼型ゼーヴァがここを襲いに来たってことだな」
その刹那――
バリバリバリバリ
コックピットの方向から肉の砕ける音と何かの雄叫びが聞こえた。パイロットの悲鳴など一瞬たりとも聞こえはしなかった。そして機体はバランスを失い始めた。
「おい、お前!その銃貸せ!」
カルロスはそう叫ぶと自信の拘束具を呆気なく破り、目の前の兵士の突撃銃を引ったくろうとした。バランスがとれずよろけながらではあるが必死にカルロスは兵士にしがみついていた。
「待て、貴様!何をしている!」
「今ここで皆死にたいなら渡さなくていい。貴様ら都市の警備しかしてない軟弱な兵士じゃゼーヴァ相手にゃ話にならん」
そして強引に銃を引ったくったカルロスはコックピットのドアを開けようとした。だが大抵コックピットのドアは内側からしか開けられないというのが決まりだ。いくら取っ手を引っ張ってもドアはびくともしない。しかしドアの隙間から鮮血の匂いは漏れていた。パイロットは生きていない可能性が高い。
そこでカルロスはドアを"蹴破った"。後ろで悲鳴が聞こえる中、彼はコックピット内に侵入した。するとそこには――
グエエエエエエエエエ
「手遅れだったか」
中には長い腕に翼膜の付いた有翼の人型の怪物とパイロットの死体。その怪物の顔の9割を占める巨大な口には屍肉がこびりついていた。これこそが人類の敵であるゼーヴァの一種の外見だった。
コックピットの窓が割れていたためドアを開けたカルロスは吹き飛ばされそうになりすぐさまドアを閉め、中の人間達に言い放った。
「全員パラシュートを着けて脱出しろ!急げ!兵士は積荷の拘束を解け!」
兵士によって拘束が解かれた積荷達は座席の下にあるパラシュートを背負った。エドウィンも周りにつられて装着し、指示を待った。兵士達とカルロスもパラシュートを着け、脱出準備をした。
「全員パラシュートを着けたな!今からここを脱出するぞ!」
そこに更なる衝撃がきた。まるでゼーヴァが増えて総員で輸送機を襲ってるかの如く。
「俺に続いて脱出しろ!」
そう言うとカルロスは今度は機体の壁を"タックルでぶち破り"空の彼方に消えて行った。その穴から残された人々が次々と脱出して行った。
エドウィンは落ちて行く中遥か上の輸送機を見上げた。そこには空飛ぶ"人に似て人ではない生き物"達が多数群がっていた。そして彼は落下中カルロスに近づいた。そこでエドウィンは驚く物を目にした。カルロスの右腕には"謎のタトゥー"が入っていた。エドウィンは悟った。それがドラグーン特有の"烙印"であることを――。
彼らはそのまま地表へと落ちていった。