人生上手く回らない
熊と聞いてあなたはどんな生き物をを想像しますか?
もちろんどこぞの蜂蜜中毒な黄色いのや世界的な可愛いヌイグルミの話でなく本物の動物の方だ。
ちなみに俺は、分厚い毛皮に覆われ、鋭い爪と太い四肢を持ち、二本足で歩行することができ、木に登り身の丈は自分以上にあるのに素早い動きで獲物を追う、けれども実は臆病。そんな猛獣を頭に浮かべる。
俺のイメージが100%あなたと一緒かはわからないが、まあ少なくともシルエットは誰もが知ってるあの熊だ。
ただ一つ「眼」を除いては。
本来眼があるべき穴は毛皮によって塞がれている。代わりに眉間は大きく縦に裂けており、そこから血走った瞳がこちらを覗き込んでいる。
鼻筋全てが瞳に覆われ、口からは絶えず息が漏れていた。多分興奮状態にあるのだろう。手は本来の灰色の毛をおそらく血で赤く汚しており、その丸太の様な太い腕ごと振り回しながらこちらに迫っていた。
「な、なんだよあれ。」
違う。俺の知ってる熊じゃない。あれはもっと恐ろしいナニカだ。俺は一体どんな悪い事をしてしまったのだろう。パッとは思いつかない。
でもかなりの罪を犯したらしい。でなければこんなのを見る理由もない。
そんな俺とは違い、ガキンチョの方は少し焦っている様だがそこまで怯えてはいなかった。ポケットから何かをとりだし、右手に付けている。
「あれは…指輪?」
確かに指輪だった。装飾の無いリングの上にやや小振りな台座が乗っている。その台座には何か赤い石がついていた。宝石じゃない……のかな?光りかたが宝石のそれじゃない。
どちらかと言えば河原の石を研磨剤で丸く光らせただけのようだ。もしかしたらそういう宝石もあるのかも知れないが少なくとも俺にはそう見えない。
「とりあえず2個、かな?」
……いやいやいや! 何を悠長に化け物を前にしておめかししてるんだ!?
「おい、何して……」
ボウッ
俺が言い終わる前にガキンチョは指輪をした手の平から火を出していた。ライターとかチャッカマンとかを使った訳じゃない。間違いなく火は何も持っていない手から出ていた。真っ赤な炎は最初こそユラユラと揺れていたが段々手の中で丸く、球に形成されていく。
そうしている間にも熊はこちらを目指し近づいてきている。もう目と鼻の先だ。
それでも逃げなかった。ただしジッと相手を見つめている。そして森と広場の境目まで来たときにガキンチョは動いた。
「喰らえ!」
振りかぶって大きく投げつけた! 火の玉を! 化け物に向かって!
想像していたとはいえその光景が実際に目の前に広がるとただ事実を受け入れるしかできなかった。火の玉はまっすぐ熊を捉え、その顔を、いや眼を焼いた。
グガァ!?
化け物は眼を抑えその場で暴れまわる。小さな竜巻がそこに現れているかのように、熊が動くたびに木が、草が、土が荒らされていく。大きな力がただただ周りを巻き込み破壊していく。
そこには何も残ってはいない。ただ残骸が横たわっているだけ。
その景色をただただ呆然と見ていた俺の腕を引っ張られたのはその時だった。見ればさっき手の平から炎を出したお子様だ。
「なにしてるのさ!魔除けの結界があるとは言っても万が一がある!ここでボーッとしてたらアイツに喰われるよ!早く家の中へ!」
建物に入るのは得策じゃないような気もするが、かと言って森に逃げる訳にも行かない。それに結界があるらしいし、ここは素直に従っておこう。
あらん限りの力で俺は駆け出した。全くドアまでそんなに距離は無いはずなのだが、化け物が威圧してきた影響なのだろう、さっきから動悸が止まらない、呼吸もままならない。それでも足は止められない。
止まれば、きっと俺なんかあっという間にひき肉だ。骨も残らないかもしれない。そんな死に方まっぴらごめんだ!
二人して命からがら家に飛び込み、息を整えながらドアを閉めるとき、俺は確かに見た。アイツがこちらを睨んでいるのを。そのおぞましい瞳が敵意をむき出しにしながら。