夢を見る 夢を見てる
人気のない公園。それは周りに家もない田舎町の真ん中にたたずむ、特にこれと言った特徴も無いただただ普通の公園だった。
砂場もある。ブランコもある。ベンチもある。木々は冬支度をしているので葉こそないが健気に身を寄せあっている。
そしてそんな公園の真ん中にさび付いた滑り台があった。
夕日に照らされ青かったその体は真っ赤に染まっている。おめかしした体躯の上からは悲しみの気配がする。
滑り台の頂上で男の子が泣いていた。大声を上げる事もなくただただ静かに泣いている。
掻き毟ったように爆発した頭髪に、外出しているにもかかわらず上下は青いパジャマ姿だった。靴も靴下も履いておらず、その足は真っ黒に汚れていた。
しかし周りに親らしき影は見当たらない。……いや一つだけある。
公園の外、道路から滑り台を見る男がいた。
その目は何かを悟ったように、でも特にこれと言った感情が浮かんでいる訳でもなく、ただ滑り台を見つめている。
「またこの夢か。」
ポツリとつぶやいたその唇からは湿った空気が流れ出ていた。
**********
俺の親は、特に母は世間からしたらとても厳しい親に分類されるかもしれない。
ちなみに父は海外での勤務が多く、殆ど家にいなかったため自然と俺と母親の二人で生活していた。
まぁ厳しいかはこの愚痴を聞いた人に判断を委ねるとして、少なくとも俺との反りは全く合わなかった。
覚えている限り親からは玩具を買って貰ったことは殆どない。
幼稚園の頃から近所の学習塾に入れられ、家に帰れば宿題三昧。友達と遊ぶ暇もなく、毎日のように机とにらめっこしていた。
食事の時間に見るテレビは国営放送だけ。終わればすぐに就寝の時間だった。
こうした娯楽を徹底的に排除した生活を送っても、家を離れた昼間は友達と遊ぶことになる。そうすればいやでも民間放送の話題になる。
俺の幼稚園時代は特撮冬の時代と言われ、長期シリーズだった特撮が次々と終了している時だった。
だがそんな時代でもその数0ではなく、色とりどりのヒーローが画面の向こうで戦っていた。
中でも人気だったのが【電子戦記 ウェブバスター】だった。
舞台は近未来。世界中がインターネットによって繋がった世界で悪の帝王【バイラス】が、世界を破滅に導くために怪獣を電子世界に送り込み破壊活動を繰り返していた。
それを防ぐために立ち上がった男女2人組が対抗するために作ったワクチンソフト。それが【ウェブバスター】である。
ウェブバスターは男主人公【才馬走】がパソコンに接続した【ウェブトレーサー】と言われる、自身の動きを画面内のウェブバスターとシンクロさせる装置に入って戦い、女主人公【熱斗 守】がそれをサポートするバディ物だ。
ヒーローであるウェブバスターとそれをサポートする各種メカ、中盤にはメカを鎧として身に纏った姿【グレートウェブバスター】、【パワードウェブバスター】も駆使し戦う姿は全国の子供を虜にしていた。
そんな中未視聴だった俺は他の子供たちがウェブバスターの玩具を使って遊ぶのをただただ遠巻きに見ていた。
公園で必殺技を撃ち合う子供。そこに加わらず親に手を引かれ、塾へと向かう俺。玩具どころかキャラグッズすら持たせてもらえず、子供ながらにずっともやもやした物を抱え込んでいた。
転機は俺が5歳のクリスマスの時だった。
その年、普段こちらに顔を見せない祖父母が我が家にやってきた。
俺は祖父母が大好きだった。親が買ってくれないお菓子をくれる彼らは俺にとってのヒーローだった。
そんな祖父母が外に連れて行ってくれると言う。
喜びついていき、初めての電車に乗り、やっと着いた場所は大型の玩具専門店だった。
『どれでも好きな物を買ってあげるよ。』
嬉しかった。やっと普通の子供になれた気がした。
しかしいきなりそう言われても目に映るものは全て宝物。今まで絶対に手に入らないと思ったそれらはみんな俺をかどわかしてた。
そんな中、ふと目に入ったのが前述のウェブバスターの変身アイテム【アクセサイザー】だった。
ウェブトレーサーに入った主人公がウェブバスターを起動させるためのアイテム。まさにこれから変身する俺にふさわしい物だ。
そして約束通り買って貰ったアクセサイザーは俺の左手首に装着され、ニコニコ顔のまま家までつけて帰った。
夜寝るときもそれを付け、嬉しさを噛みしめながら眠りについた。
翌朝、すべてが元に戻っていた。
腕には何もついておらず、必死になって祖父母からの贈り物を探し続けた。
それはゴミ箱の中、見るも無残な状態で横たわっていた。
『だからこういうのは嫌なのよ。ピコピコうるさくて仕事に集中できない。』
母は文字通りゴミを見るような目でそれを、いやおれをみていた。
きのうまでいろとりだったせかいが、くらく、きたなく、にごっていた。
かなしみにくれるおれに、おやは、『そんなひまがあるならべんきょうしなさい』とだけいって、へやに、はいった。
その後は覚えていない。いつの間にか俺は滑り台の上で泣いていた。
日が暮れても親は俺を探しに来なかった。寒空の中泣きつかれてそのまま眠った俺は、犬の散歩中だった近所のおじさんによって無事保護され、家に帰された。
その日から静かな親への反抗が始まった。
子供会の催し物があれば必ず参加する。特に泊りなら即出席に丸をしていた。
最初は一々キャンセルの交渉を行っていた母だったが、ある日から勝手にしなさいと言わんばかりに何も言わなくなった。
そして今の家に引っ越したのが小学校4年の頃だった。理由は不明だったが、母がこの頃、父に「ここの住人が俊樹をおかしくした。」と電話で言っていたのを覚えている。
そして中学に入ってからは演劇部で汗を流した。最初は子供の時できなかったごっこ遊びがしたかったというすごく不純な動機だった。
しかしだんだんその面白さにのめり込み、休日は友人と劇を見に街に繰り出す生活を繰り返していた。
このころから俺の成績が目を覆いたくなるほど落ちていき、親との衝突も増えて行った。
両者ともに頑固だったため話が決着することなく、うやむやのまま互いの部屋に籠る事も少なくなかった。
そのまま高校、大学と成績もあまりヨロシクは無かったにも関わらず受験に成功したことが俺に変な自信をつけた。
母に役者を目指す事を伝えたのが大学3年の春休みの時だった。
もちろん母は激昂した。口汚く俺を罵倒した。それでも俺は意思を曲げなかった。
次の日、母は家を出て行った。書き置きもなく自分の荷物だけ持ってこの家を去った。
『俺は……いったい何をしているんだろう。』
それにこたえてくれる人はそばにいなかった。
代わりに残ってるのは母がに残した言葉。俺が覚えている最後の言葉だった。
『あんたは本当に……!』
**********
「ひやぁぁぁぁぁ!」
間の抜けた叫び声で目を覚ます。
そこは森の中。他に聞こえるのは川のせせらぐ音と木々のこすれる音だけだった。まだスーもロイも来ていないことからあまり時間は経っていないらしい。
先ほどの叫び声は気のせいだったのだろうか?
グゴォォォォ
代わりに聞こえた魔物の声が気のせいではないことを教えてくれる。聞こえたのは森の先、確かスーが森の終わりだと言っていた方角だ。
まだ疲れが完全に抜けたわけではないが足が勝手に声のする方へと駆け出していた。