光る朝日の中で
ドアの開閉音が聞こえたのは早朝のことだった。内側からチェーンもを掛けてある以上外部からの侵入者では無い。
つまりロイかスーのどちらかが家を出たらしい。だがこんな時間にどこへ?手元の懐中時計をみればまだ出発まで時間がある。
昇り始めた太陽に照らされた窓の外をみると、黒い帽子が森へ向かっていくところだった。確かあっちは小川の方でもリュウの村の方でもない、最東端へ続く道のはずだ。
枕元に置いた妖喚刀を手に持ち、後を追う事にしよう。万が一怪我でもされたら大変だしな。
黄金のレンガ道を昨日とは逆の方に歩いていくのを確認したら、姿が見えなくなるまで森の中に身をひそめる。
このまま森の中から追いかけたら物音でばれるし、遮蔽物が無いレンガ道をに出たら一発で見つかるので論外である。
遮蔽物どころかレンガの道には何もない。生い茂った森の中なのに草木がレンガの隙間から生える事もないし、枝葉が道の上を覆い隠す事もない。常に日に照らされキラキラとまばゆい光を放っている。
昨日ここを歩いた時は気にしなかったがここまで綺麗だと恐怖すら感じるのは俺だけだろうか。
水清ければ魚棲まず、という訳ではないけれども傷ひとつないのはさすがに不自然すぎる。これも魔法がなせる業か? でもロイのカタリザは傷ついてたもんなぁ……あっ。
すでにターゲットをロストしていた事に気づき、慌てて追いかけようと足を出したはいいが躓く所が何とも情けない。どうやら俺には探偵業は向かないらしい。
道の終わりは唐突にやってきた。刃物がそこを通ったようにレンガがまっすぐ切り取られ、地面がむき出しになっている。
かなり距離を取られていたので探すのは難しいかと思っていたがあっけなく見つかった。道の延長線上、大地の上に小さな祠が鎮座していた。
色とりどりの花に囲まれた、小さな青い石造りの祠の前にひざまづくロイ。空から降りてくる光の中、祈りをささげる様子はさながら絵画のようで、しばし目を奪われてしまった。
何か真剣な様子だし、話かけられるような雰囲気でもない。帰るか。そう決心し後ろを振り向いたところで、
パキッ
小枝を踏むというお約束。静かな森に響き渡る枯れた音、気づかないはずがない。見たくない、見たくないけど見るしかないよなぁ。
……うん、こっち見てる。ものすごーくジトーーッとした目で見てる。
怒ってる感じではないのが救いか。
「何してるの?」
「急に家を出たから心配したんだ。また熊に襲われたら大変だろ。」
それでもまだ何か言いたげな様子ではあったが諦めたようにため息を大きく吐き、その場でゆっくりと立ち上がる。けれど動く気配はないのでこちらから近づく。
祠は俺の腰辺りまでの高さしかない棒の上にちょこんと乗せられていた。透き通るように青い石はとても幻想的で、そのまま吸い込まれてしまう恐れさえある。
特に扉などは無かったため本尊がむき出しのまま置かれている。本尊は祠と同じ材質の板に、何か長い動物が描かれているようだが風化しているのか良く見えない。ただその目だけが爛々と輝いている。
「きれいな場所だな。」
「そうだね。」
風が後ろを通り過ぎる。それをきっかけに口を開いたのはロイの方だった。
「人は天より生まれ、天へと還る。」
「何の話?」
「……ここにね。ボクのお父さんとお母さんが眠ってるんだ。」
視線はまっすぐ祠を見ている。その顔に悲しみや寂しさの色は見えない。
「お父さん達だけじゃない。ここにはヒウンの人たちが眠っている神聖な場所なんだ。死者はその魂を火をもって天に送り、体をここに撒いて新たな命の糧となる。そしてずっとボクらを見守ってくれるんだ。
だからこれから旅に出ることの報告と……。」
ちらっとこっちに視線を向けたが、目が合いそうになるとふいと目をそらす。
「この旅が何事もなく終わるよう見守ってほしいってお願いしに来たんだ。」
言い終わるや否やさっと踵を返し勢いよくレンガ道に向かって走りだした。
「ほらトト!もうすぐ出発なんだから早く帰ろうよ!」
誰のせいだ誰の!そう思いながらも後を追いかける。帰りがけにもう一度祠に顔を向ける。風に揺れる花々がこんな異世界人にも優しく手を振ってくれていた。
「なぁ。」
「何?」
「なんでタイガまでついてきてくれるんだ?」
家までの帰り道、つい気になっていたことを聞いてしまう。流れで一緒に行く雰囲気になっていたが、旅の理由は俺の私物の修理だ。実際のところロイがタイガの町についてくる必要はない。
むしろ約8日間の旅に連れて行って大けがなんかしてしまったら、クロウに合わせる顔もないし何をされるかわからない。
だから昨日も家で留守番をするよう話をした。それでも一緒に来ることを望んだ。あの時は何が何でも行くという熱意に負け詳しくは聞けなかったがやっぱり気になるものは気になるのだ。
「うーん、壊したのはボクだからその責任もっていうのもあるけど、一番の理由は楽しそうだからかな。」
え……それだけ?
「他人と旅なんてしたことないからね! シャシイも初めていくからもう今からワクワクしてるんだ!」
その年頃らしく興奮する姿に少しばかり安心感も覚えた。最初にあったころは生意気だと思っていたが、徐々に笑顔が増えてきた。もしかしたらずっと一人で寂しかったのかもしれない。
それなのにこんな子供をまた独りぼっちにするような判断をしようとするなんて。俺はどれだけ愚かだったのだろう。
「そうかぁ……。なら楽しくゆっくりと遊びに行くか!」
「いいね! ねぇせっかくだから途中でオウブにもよろうよ! 一泊くらいならたぶん問題ないよ!」
そんな計画を立てながら朝日に照らされた黄金色の小道を二人で歩く。昨日は少し不安だったが、これからの旅はきっと楽しいものになるだろう。気楽に行こう!
……そう、その時はまだ知らなかった。
家に着いた後、半泣きになった腹ペコ怪獣に二人してどこに行っていたのかと烈火のごとく怒られることを。