一日目が終わり
パチパチと薪の燃える音が森に響きわたる。はぁ、家の電気さえ使えれば外で火を起こす必要なんてないのに。かと言って今日はこれ以上負担をかけさせる訳にもいかないし。
件の子供は俺が台風に備えて買い溜めしたレーションとカップ麺をもくもくと食べている。少しばかりあった生肉と生魚には流石に手を付けられなかった。腹を壊されたらこちらとしても困るからな。
「……美味しい?」
せめて口にあってくれるといいんだが。ただ不味いと言われても代わりの物があるわけでもないのでその場合は無理矢理食べさせるしかない。
「うん、美味しいよ。このヌードルスープとパンは。」
ほほう、どうやら俺の作った生焼け芯入り野菜炒めはお口に召さなかったようだ。流石に栄養バランスが悪いだろうと必死こいて作ったのだが一口手をつけた後それを口にすることは二度となかった。
企業努力って凄いねほんと。異世界人もビックリだ。問題無いことはわかったので俺も黙って食事を食べることにする。醤油ラーメンとチーズと濃味野菜炒めの相性はまずまずといったところか。
「で、明日はどうする?」
近くの小川で汲んだ水で食べ終わったフライパンと箸を洗面器で洗いながら水浴びを終えたロイにたずねる。夜道だし危ないから洗い物が終ったら一緒に行こうと提案したのだが、物凄い勢いで却下された。まぁ、思春期だしな。
替えの服が無いとの事なので上だけ俺のTシャツを貸しているが、ブラウスをそのままTシャツに変えたことで、元の世界基準的にはその年齢にふさわしくないファッションセンスになってしまった。それでも着こなしているのは顔の良さのせいか。正面に堂々とちくわぶとか書いてるのに! なんでだ!
「まずは換金するために村へ行かないと。」
手の中にあるのは熊が残した灰色の結晶だった。理屈はロイにもわからないらしいが、魔獣を倒すとなぜかこの結晶を落として死んでいくそうだ。
そうこれこそがカタリザの原石……と言う訳でもなく、特に使い道も無いので装飾品やオブジェとして使うらしい。RPGっぽく言い換えれば換金アイテムか。
「ボクもトトの家に住む以上必要な物は買っておきたいし。後は結界も貼り直さなくちゃならない。それに家が汚すぎるから掃除用具も必要だね。」
今更ながら報告させてもらうと全てが一段落した後に話合いを行った結果、どうやっても家が動かせない以上二人で住むしかないという結論に至った。
家の弁償云々が無くなったわけではなく保留止まりなのが少し厄介ではあるがそこは割り切ろう。それよりもっと気になる琴がある。
「本当に俺のこと『トト』って呼ぶつもり?」
何も言わずコクコクと頭を縦に振る。本人曰く「名前が言いづらい」とのことだが、ここまで流暢に日本語を喋っておきながらトナミやトシキが言いづらいってそんなことはないだろう絶対。
それでも断固として譲らなかった。なんだそのおこだわりは。
今までの人生あだ名で呼ばれたことが無いのでかなりむず痒い。特に響きがなんか小型犬の名前っぽい所がむず痒さを加速させる。よく成人男性をみてそんなあだ名がつけられたものだ。
「ふわぁ……。」
俺の意見は聞かれることも無く、同居人から早く眠りたいとの催促が来た。ショボショボした目をしながら船を漕ぐその姿は今にも頭を打ちそうでヒヤヒヤする。
……明日の予定も決まったし色んな事があり過ぎて俺ももうヘトヘトだ。
「よし、寝るか。先に家の中に入っててくれ。」
ゴシゴシと目を擦りながら指示に従う同居人の後ろ姿はなんだか弱々しかった。でも前線で戦ってた人間と同一人物なんだよなぁ。信じられんが。
俺も早く家に入るためにそのまま食器を洗い終え、水を替えブラウスまで洗った時にふと思いついた。
異世界物にはステータスやらチートスキルやらがあると聞いたことがある。気になる、俺がどんなスキルを持ってるのか。ステータスがどんな状態なのか。
さっと後ろを向き確認するが、ドアには既に人影は無いし、キチンと閉まっている。試すなら今しかない。
呼吸を整え気合を入れる。これで何か有能なスキルでもあれば万々歳だ。せめて戦闘に関するスキルは持っていて欲しい。でなければロイが倒れた瞬間、冒険の書が気の毒にも消えてしまう。
「ス、ステータスオープン……。」
気合を入れたはずなんだが、なんだろう近くに人がいるからだろうかこの単語を発するのが妙に恥ずかしい。
恥ずかしさに耐えたにもかかわらず、認識エラーかそれらしきウィンドウは何も出ていない。
「ステータスオープン。」
いやいやこれは重要な事なのだ、と自分を説得して今度は地声に、思い付きで宙に指をさしてみる。それでもボップアップは無い。
なんだ声量か? 滑舌か? 動きか? 何が足りないんだ? ここまで出てこないと意地でも出したくなってきた。仕方ない迷惑にならない程度に大声で。そしてダイナミックな動きをつけて……!
「ステータス!オーープン!!」
ガチャ
ギギギと首だけが開くはずの無い扉に向けられる。これだけやっても画面は一向に出てこなかった。代わりに背後にねぼすけさんが召喚されてしまったようだ。
「ととー、なにやってるの?」
ぐぅッ!? 何だその色っぽい声は! 女子か! ちくわぶのくせに! とすぐに言い返せなかった。
それよりも10個も下の子供に中腰になりながら左手を頭にのせ右手を宙にビシッと伸ばしているのを見られたことの恥ずかしさが勝っていた。
「ハイ、スグニネマス。」
その場ではそう返すしか俺にはできない。戦いにも勝負にも負けた哀れな男はユラユラと揺れながら、布団まで案内を行い水で濡らしたタオルで体を拭いてから床についた。
翌日何をやってたか説明を強いられた。あんなにポワンポワンな動きだったくせに何故か全部覚えていたせいで、結局は話さざるを得なかった。
一連の話を聞いたロイは腹を抱えて大爆笑し、村に到着するまでずーっと思い出し笑いを続けていた。く、くそぅ覚えてろよ。自業自得なのだが妙に腹立たしかった。
ちなみにステータスなんてものは存在しないそうです。