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弱者でごめんなさい。けれど……

 というわけで、俺とアルカはサイーゴの村を救うべく骸龍エンゲルス討伐に乗り出したのだった。アルカのマッピングと俺の召雷を組み合わせる、という相変わらずの戦術で俺たちは絶炎の洞窟の2階までは、苦も無く降りることができた。

「……ここらで休憩するか?」

「ですね」

 俺らはその辺の岩石に腰を掛ける。アルカが腰元から携帯の着火剤を取り出し、簡易的なたき火を作ってくれる。

 このフロアにはもはや敵は居ない。俺が全部やっつけたからだ。もっとも敵の姿を見る前に殺しているから罪悪感も達成感も湧いてこないのだが。

 アルカが手元でカチャカチャと鍵を外す練習をしていた。

「……それ、何やってるんだ」

「何って、鍵解除のスキル上げですよ。いざという時に、封印の間の扉があかなかったら困りますからね。少しでもスキルレベルを上げておかないと」

「……お前って案外マメだな」

「マメ……。マメっていうか、ふつうですよ。スギーさんが少し横着しすぎなだけです」

「そうなの? 」

 まあ、自分のスキルが生死にかかわることなのだから、少しの空き時間でも訓練をしておくことは大事なのかもしれないが……。

「ちなみに、俺の『召雷』はスキルレベルはどのくらいなの?」

「スギーさんのスキルレベルはレベル30です。言っておきますけど、レベルマックスですよ」

「うそっ、なんでそんなに」

「スギーさんの使う機雷も微雷も射雷も、全部『召雷』の発展形でしょう?

 それぞれのレベルが上がれば、大本の『召雷』のスキルにもつれて経験値が入ってたみたいですね。なかなかずる賢い作戦です。知ってか知らずか……」

「なるほど」


 ……。

 カチャカチャと、俺とアルカの間に開錠の音が響いている。

 しばらく沈黙が、俺とアルカの間に流れていた。


 俺の「召雷」のスキルレベルがマックスだということは喜ぶべきことだ。その分威力が増す。……だが同時に、それはどうしようもない事実も示している。つまり、「俺の攻撃がダメージソースにならなければ、勝負にならない」ということだった。もし、そうであれば? ……その先は考えるだけ無駄だった。せいぜい必死に悪あがくしかない。

「行こう」

 俺の言葉に、アルカはうなずいた。



 地下三階。この階でも俺らの戦術は通じた。敵に見つからない場所から、超遠距離攻撃で仕留めていく。敵の死骸を踏み越えながら、俺らは次の階層への階段を探す。

 うず高く積まれた死体の――モンスターの大きさが徐々に巨大になっている。アルカは顔色一つ変えず、モンスターのうんちくを語ってくれたが……正直頭の中には入ってこない。緊張をしているのだ。俺は知らずのうちに、両手が汗ばんでいるのに気付いた。

 4階層。

「スギーさん、隣の部屋に3匹です」

「『散雷』」

 俺が唱えると、部屋の壁越しに隣の部屋に轟音が響く。

 ……。

 アルカが俺を見て、そんな表情を見るのは初めてだったが――、首を横に振った。

「まだです」

「『散雷』」

「……、やったみたいですね」

 確認のために、隠密スキルを使用して、アルカが隣の部屋の様子を見てくる。

 確かにモンスターは絶命しているようだった。

 俺のスキルで一撃で倒せない。

 下層に行くにしたがって、モンスターの耐久力が増えていく。

 ……それは分かっていたことだったが。

「大丈夫、ですよ!」

 アルカは俺の顔色を呼んで、励ましの言葉を口にした。

「スギーさんの魔法は通じてます! 無効化されたならともかく。

 そんなに暗い顔しなくて、ぜんぜん平気です」

「……だと、いいんだけどな」


 そして思いがけず、最下層への階段を俺らは見つけてしまう。


 ごくり、と唾を飲み込む。

 この先に乗り込む。見たことのない強敵が居る。

 ……俺とアルカは顔を見合わせて。


 ……ふ。

 どちらともなく、笑いが漏れた。

「ふふふ、スギーさん、どうして笑ってるんですか」

「ははは、お前こそ。さっきまで空元気だったじゃないか」

「へへ、へへ、これから骸龍エンゲルスと戦うと思うと、へへ、その」

「そうだよな、ははは」

 それは恐怖からくる笑いであったのかもしれない。

 俺らはそしてしばらく笑いあって。

 そして呼吸を整えた。

「……でもおかしいですよね」

「おかしい? 何が」

「パーティ最弱の私と、モブキャラのはずのスギーさん。

 2人で村を救うために、難敵に挑もうっていうんですから」

「倒したら伝説になれるぜ」

「ふふ、そうですね。語り草ですよ!

 私、お母さんたちに自慢しよっと」

 そういってアルカは勢いよく飛び跳ねた。



「それじゃ」

「行くぞ」


 アルカはうなずき。

 俺は最下層へと一歩足を踏み出した。



 最下層に足を踏み入れた瞬間。

 まず最初に気になったのは腐臭。それから全身を覆いつくす悪寒。一瞬で命などひねりつぶしてしまうかのような、プレッシャー。骸龍と対面せずともこの存在感。もしも、直接目の前にしてしまったら、俺は逃げ出してしまうかもしれない。

 せめて、最初の一撃くらいはしくじらないように。

 俺は自分のほほを叩き、気合を入れる。

 アルカはかすかに青白い顔で、「マッピング」とスキルを行使した。

「……このフロアの構造は単純ですね。

 階段を下りてきたこの部屋。次に前室があり、骸龍エンゲルスが居ると思わしき大広間に続いている。隠し部屋は、今わかる範囲で3つ。手前側に2つ、奥に1つ……」

「封印の間は?」

「……ちょうど骸龍エンゲルスの真後ろに」

 想定はしていたが、あまりよくないパターンだった。

 「封印の間」に仮に骸龍エンゲルスを倒せる「切り札」があったとしても、そこへたどりつくためにはエンゲルスを移動させなければいけない。ってことはどっちかが囮になる必要がある――。いや、「開錠スキル」を持っているのはアルカしか居ないのだから、必然的に陽動役は俺がやるしかないのだ。……大変不本意ながら。

 俺の膝が笑っていた。

「……できると思うか、この調子で」

「できないっても、やるしかないんです」

 おお。アルカの瞳に灯った決意の灯は揺るがない。そういえばこいつも勇者パーティの一員だったんだよな。ということは正義感の強さも人一倍か。勝てないと分かっていてもしり込みするような奴ではないってことだ。そこはやはり、「この世界で生まれた」ものの強さとして俺は尊敬してしまう。なんせ俺は「このまま知らんぷりして逃げちゃってもいいんじゃねーの」って少しずつ思い始めたからな。あまりにも怖すぎて。仮に村が壊されても、まぁ人間って意外としぶといからこの世界のどこかで生きられるんじゃねえか? とかそんなことを思い、しり込み始めた時。。



 ふしゅるるるるるるるるるるるる。



 ゴウン。



 と、部屋を揺るがしたのは骸龍エンゲルスの吐息だろうか。

「スギーさん。補足されてます。

 恐らく匂いで」

 そう。

 そんな風に俺が逡巡してる間に「逃げる」選択肢すらなくなったってことか!


「行くぞアルカ! 座標で場所を教えてくれ」

「はい! 座標軸 30.55に居ます!」

「喰らえエンゲルス! 『召雷』!」

 俺の手から生み出された黒い稲光は、扉を貫通し、一直線にフロア正面の骸龍のもとへと疾走していく!

 ばぢいいいいい!

 と、すさまじい衝撃音が部屋を揺らすが、

「スギーさん、油断しないでください! 死んでません!」

「分かってるよ!」


 召雷、召雷!


 俺は祈るように、すがるように自身に与えられた唯一の攻撃手段を行使する!

 それはまるで牙をむくというよりは、赤子が駄々をこねるかに等しかったに違いない。

 ……。


「スギーさん、補足されました!」

 言われて、すぐにアルカは覆いかぶさってきた。


 次の瞬間。


 ズゴゴゴゴゴゴゴゴ。


 骸龍の放った攻撃……おそらく火炎のブレスが、部屋の中を一掃していた。俺はアルカに回復呪文をかけてやるが、アルカは弱弱しく笑い、自分の怪我を強がってみせる。

 俺たちに相手の攻撃を防御する術はない! ひたすらに逃げの一手である。


「召雷! アルカ、歩けるか!」

「はい、なんとか!」

「このまま隠れ部屋にいったん引く。その後は二手に分かれる。

 俺が骸龍を引き付ける! お前が後ろをつけ!」

「スギーさん、それはでも……」

「うるさい! 俺だってやりたくないんだ!

 自信もない! けどやんなきゃならないんだろ!

 「隠密」スキルは、お前一人なら気配を消せたはずだ!」


 二発目のブレスが来る!

 そう感じた瞬間、俺は「召雷」を唱えてそれをけん制する。

 いったい何度当てれば相手は倒れるのか。

 果たして俺のスキルはダメージを与えているのか。

 あまりにも一方的で無謀な戦いだ。

 命よりも先に、心が折れたらそこまでだ!

 だから俺はあえてアルカの前で強がってみせる。

「俺はただの村人を目指してたけど……ここで伝説になってやる!

 いいか、アルカ。お前も勇者たちに一矢報いてやれ!

 なるんだろ! 伝説に!」

「……はい!」


 そして俺たちは駈け出して。

 俺の「召雷」と骸龍のブレスでボロボロになった前室を通り過ぎる。

 骸龍エンゲルスはフロアの正面に……、確かな気配を感じる! ここまで近づいてしまえばアルカのマッピングも必要ない。もはや小細工も通用しない相手だ。けれど俺たちには小細工しか残されていない!


 フロアを入り、左に折れる。

 そこにアルカの示した通り隠し部屋があった。

 俺らはそこに入り、一度呼気を整える。

「『散雷』!」

 俺が叫び、フロアの中に雷が雨の如く振り乱れる。

「行け、アルカ!」

「はい!」



 俺は部屋を飛び出し、


「くっそおおおおおおおお」


 思いっきりアルカと逆方向に走りながら、「召雷」を連発する。

「こっち見やがれ! お前の敵はここに居るぞ!

 『召雷』!」



 暗がりの中で、赤く光る眼がこちらを見た……ような気がした。


 エンゲルスはブレスを吐こうとタメをつくり、

 だがしかし、俺はそのスキを見逃さずに「射雷」でそのアゴをはじいてみせる。

 まずは一度。相手の攻撃をしのいだ。

 エンゲルスのブレスは俺の左脇数メートルをかすり、フロアの壁を音もなく消し炭に変えていく。

 俺はエンゲルスとの距離をつめていく。ブレスを連発されると、部屋のどこにいるか分からないアルカに命中してしまう可能性があるからだ。かといって引き裂き、あるいはかみつきなど接近戦で、こちらが有利になるとも思えない。

「『召雷』!」

 もう一度同じスキル。

 本当にダメージを与えているのか。 

 これで倒せるのか。

 エンゲルスをこちらへと引き寄せ、封印の間の前から移動させなければならない。


 そのためには身を躍らせて、もっとも苦手な接近戦を挑まなければ!


「くっそおおおお! こっちにこい!」

 エンゲルスは尻尾をふりかぶり、それを横一線に振り回してくる。

 それが直撃する直前に、俺は自分の周囲に張り巡らせていた「機雷」に尾がふれ、かすかにだが軌道を変えてくれる。

 俺の頭上すれすれを尾撃が通り過ぎていく。

 遠距離、中距離ではらちが明かないと思ったのだろう。

 エンゲルスはいやに律儀に距離をつめてきてくれる。

 俺は横に走りながら、エンゲルスを誘導する。

 びっ。

 エンゲルスの手先が微妙にブレた……と見えた次の瞬間。

 俺の脇腹に激痛が走る。


 くそっ、こんな小細工も持ち合わせやがって!


 否が応にも俺の速度は低下せざるを得ない。

「閃雷!」

 フロアを雷がまばゆく照らし――エンゲルスの視界を奪う。

 これで少し時間を稼げるはずだ。

 ……もしエンゲルスが視力で俺を補足していれば、の話だが。


「リ・ジェネレート(極大回復呪文)!」

 俺は自分に回復呪文をかけてみるが……淡く薄い発光体は俺の身体を包みはしたが、脇腹の激痛をやわらげる程度の効果しかない。完全に動けるようになるまでにあと何分……、いや何秒かかる? いや、その時間さえも命取りだ。もとより、守るより攻め切って時間を稼ぐほかないのだから。

「召雷!召雷!召雷!召雷!召雷!」


 俺の手から途切れることなく黒い稲光が放たれて。

 それが幾度となくエンゲルスに命中する。

 しかし一向にひるむ様子はなく……むしろ……、俺の雷を取り込み、成長しているようにさえみえる!?



「スギーさん、成功しました!」

 どこからか、アルカの声が聞こえた。

「封印の間の開錠、成功です!

 けれどやっぱり私、才能はなかったみたい。

 精霊の加護は受けられなかった。

 でももしかしたらスギーさんなら」

「召雷! しょう、……ぜえ、ぜえ、」

 俺の息の切れ間を狙って、骸龍エンゲルスは鉤爪を振りかぶり、振り下ろした。


 死ぬ――。


 俺にはもう何の方策も残されていない。

 俺のスキルは「声」がなければ発動できない。

 どんな魔法も俺を守っていない。


 殺される。

 これまでの出来事が走馬灯のように頭を横切り――。




「スギーさんなら、解読できるかもしれないと思ったんです」

 目の前にあったのは、薄く淡く輝くアルカの顔だった。

「私、1つだけ嘘をつきました。

 敵から確実に逃げ出す「とんずら」のスキルを持ってるといいました。

 けど、あれは嘘です」

「おい、お前なんか透けて……」

「本当は「自分と仲間の居場所を入れ替える」スキルです。

 今、スギーさんと私の位相を転移します! 私はやられて、死んじゃうかもしれないけど。

 スギーさんなら、きっと……!」

「おい! 勝手なこと言うな! 俺の代わりに死ぬっていうのか!

 身勝手なことするな! 俺に押し付けて逝こうってのか!」

「ふふ、私は死んでも生き返りますから。

 またどこかで会えたらいいですね」

「勝手なことを!」

「あの日。

 あの人たちから私を連れ出してくれた日から。

 私にとっての『勇者』はまぎれもない、スギーさんでしたよ」



位相転移エスケープ



 絶体絶命だと思われた俺の目の前に広がるのは。

 紅く光る眼をしたドラゴンなどではなく。

 淡く光る室内。それから奥に鎮座された石板だった。

「加護っ、精霊の加護を……!」

 そして早くアルカを助けなければ。

 骸龍エンゲルスを倒さねば。

 俺は石板に描かれている文字を読み。

 ああそうか、この「絶炎の洞窟」の意味も、サイーゴの村に救済キャラとして俺という村人が存在している意味にも納得したのだった。


 勇者として祝福された人間は、殺されてもどこかの教会で生き返るという。

 ならば、魔王は?

 勇者に倒された魔王はどうなる?

 どうして「勇者は生き返るのに、魔王は生き返らない」と言い切ることができるのだろう? それはあまりにも人間側に都合がよすぎるじゃないか。

 この洞窟に眠っていたのは精霊などではなく、ましてや祝福などでもない。

 かつて勇者に倒され、滅びた「もう一人の魔王」の。


 俺の「召雷」は完全などではなかった。完成していなかった。スキルレベルがマックスでも、そこが終わりなどではなかった。何故ならこの魔法は、

 俺が理解し終えるよりも早く、背後からプレッシャーを感じた。

 封印の間に俺が居ることに、エンゲルスが気づいたのだろう。


 俺は胸の前に手をかざして。



深き渕に潜むもの

暗き海に沈むもの

虚ろなる時に流れし汝に誓う

我が身命を賭して汝に願う!

 悠久なる海から這い出で、我が宿敵に汝が裁きを!



「『召雷』!」



 召雷は、雷を呼ぶスキルなどではなかったのだ。

 勇者に倒され、朽ち果て忘れ去られた過去の魔王の再来を願う、禁呪の一種だったのだ。

 だから俺が呼び出したのは一世を風靡し、すべての魔物の頂点に立ち、人間界を震撼させたかつての魔王・雷帝ケヘナである。



 手から離られた黒い稲光は徐々にその形を凝集させ、一本の杖を手にしたヒトガタを象る。

 エンゲルスが、強敵の出現に気づき、遠くの方で吠えていた。

 だが、今さらだ。遅すぎる。

 たかが魔王の子飼いの竜程度――本物の魔王に勝てるわけがない!


 雷帝ケヘナは俺のほうを見て――、ニヤリと口元をゆがめた。

 ……ような気がした。


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