第61話 最終戦・準備
闇音がすんすんと泣いているのを、鶲輝はどうしていいかわからないまま、ただ手を引っ張っていた。死んでも死に戻りするだけだ、と言うなら簡単だが、それ以上の心の喪失を闇音が味わっているのだとしたら、掛ける言葉は鶲輝には持ち合わせていなかった。
なにより食糧や生活のサポートが今後一切断たれてしまったことで、過酷な籠城戦がじわじわと現実味を帯びてきた。いまあるもので、いまいる面子でなんとかしなければならない。二年の先輩は高見の見物だし、いまさら彼らを頼ったところで、死に戻りすればいいと言われるのがオチだ。しかしそれは鶲輝のプライドが許さないので、絶対に選びたくなかった。
「文字通りの生命線を初手で失ってしまったわけだが、ボクたちはどうすべきか話し合う必要がある」
這々の体で第二の城壁へと逃げ込んだ鶲輝たちは、会議室に集まっていた。空きのある円卓では緒流流と夜蘭が寄り添い、意気消沈した闇音は部屋の隅から動こうとせず、鶲輝はしょうがないと諦めその横に胡坐を掻いて座った。女貫太郎は席を立ったままリーダーシップを取ろうとしている。全員が見た目は女であることに、鶲輝は自嘲めいた笑みを浮かべる。気が楽なはずなのに、気が重いのだ。精神的支柱の消失。その言葉が思い浮かぶ。
「やるべきことはなんだろうか。明確にしていこう」
「まずはごはんと使えるものがどれだけあるのか調べないとね☆ あのでっかいボスを倒したから勢いは弱まってるけど、すぐに次の防衛ラインまで攻めてくるよ☆」
「おるるん~、大砲はもうないの~?」
「第一防衛ラインでリーダーが全部回収してくれたから、一門も残ってないよ☆」
なんて皮肉な話だ。必要だと思ってすべて回収したら、結局一門も使えなくなるとは。
「そのまま残してくれれば良かったんだ。全部消えた。これじゃあ反撃のしようがない」
「リーダーが悪いって言うのかあぁん? 人を責めるなら誰でもできるんだよ。いまはあるものでなんとかしようっつう話だろうが」
「そんなことはわかっている。だが、どうしても悔やまれる。広範囲で誰でも殲滅できる兵器を初戦で失ったのは大きいと思ってな」
「砲台は作れると思うけど、夜通し準備して一門くらい☆ でもそこから弾を用意するのが大変かも☆」
「魔導弾もリーダーのアイテムボックスに入ってたからね~」
遠距離攻撃は女貫太郎と緒流流の土魔術しかないだろう。闇音は闇魔術を持っていたが、フレンドリーファイアが怖くてリーダーの許可がないと使えないことになっている。前衛は鶲輝と闇音、夜蘭が付与魔術でサポートすることになるだろう。バランスはいいが、それはあくまでパーティ戦に限った話だ。大規模戦闘に耐えうるかは不安が残る。あくまで遠距離攻撃が主力で、取りこぼした敵兵を鶲輝と闇音が潰していくのが理想だった。しかしそのバランスがすでに崩れたいま、城壁は敵の波を一時的に押さえる防波堤の役割しかなく、いずれ溢れて雪崩れ込んでくる。食い止められるのは最初のうちで、徐々に繕えなって最後には食い破られるだろう。
「ね~、悪い話があるんだけど、聞きたい~?」
「もったいぶらずに言ってくれ。会議にならない」
「あのね~、外見て~。城壁の向こう、巨人の頭が見えるよ~」
「しかも三つだね☆ ピンチだね☆」
明るい口調とは裏腹に、緒流流の顔は引きつっていた。夜蘭も笑うしかないといった様子だ。立ち上がって窓辺にかじりついた鶲輝が見たのは、ゆっくりと近づいてくる三体の巨人の一つ目オーク。一体だけでも食い止めるのに苦労したが、一気に三倍になって押し寄せてきた。
「はは、怖くねえし。やってやるし」
「姉御、声が震えてますぜ」
「ば、ばかやろう。武者震いだっての」
のっそりと横から覗き込んできた闇音の頭を押し戻しながら、鶲輝は空元気を装う。
「ボクは地形を変化させて、隘路や高低差で進軍を遅らそうと思う。元々迷路のように仕掛けを作っていたけど、巨人を足止めするには心許ないからね」
「じゃあウチは大砲作るよ☆」
「あーしはリーダーのいない分、サポートに回るよ~」
「オレと闇音は見張りだな。まあ期待せずにいろよ」
「それでは会議は終了とする。各自自分の持ち場で最大限の奮闘を期待する」
そう言って颯爽と部屋を出ていく女貫太郎の背中を見送りながら、誰も死なずに成し遂げるのは無理そうだな、と鶲輝は思っていた。
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緒流流は工房に籠もって大砲をイチから作り出そうとしていた。土魔術で鉄を生み出すことも不可能ではないが、イメージ通りにぱっと作ることなど神の領域である。合金の配合、形成作業、細々とした調整、それらを一瞬でできるほど緒流流は化け物染みていない。何度もトライ&エラーを繰り返し、感覚を掴むしかないのである。弓道で的を射るために様々な段階を踏むように、土魔術にも人それぞれに必ずと言って良いほど一連の流れがある。緒流流はまず製図に起こし、重さ、形、触感などを体に覚えさせてからでないとイメージがうまくいかない。天才肌だとは思っていない。魔術はイメージだ、といって本当に想像だけで現実に耐えうる傑作を実現する天才もいるのだろうが、緒流流は自分が努力の積み重ねでしか成功を掴めない人間だと思っていた。
いつもの明るさを引っ込めて、真剣な顔つきで大砲の筒を形成する。ドラムを叩いているときの腹に響く音の奔流も好きだが、自らの手で形作る静謐なこの瞬間も緒流流は大好きだった。有り体に言えば熱中できた。
ひとつ目ができたが、砲身がわずかに歪んでいる。失敗。世界に形が定着する前に、土塊に戻す。再度イメージを調整し、土をこねるように二回目に移る。どれほど魔力を練っただろうか。今度はゆがみをなくすことに心血注いだために、砲身の長さが足りなくなった。失敗。魔力がきつくなったら魔力回復ポーションを一気に飲み干す。それを差し出してくれたのは、いつも横にいてくれる夜蘭だった。彼女が様々なバフを掛けてくれるおかげで、より繊細な作業に集中力を投入できる。
「るーちゃんにはやるべきことがあるんだね~」
「うん☆ 頼りにされるのっていいものだね☆ 応えられるように頑張らないと☆」
「あーしはなんもないな~」
「よっちゃんはたぶん、戦闘が始まる前に死ぬほど駆り出されると思うよ☆」
夜蘭の付与魔術には時間制限がある。だから戦闘開始前にバフを掛けまくらなければならない。緒流流が活躍する場所が準備段階のいまだとすれば、夜蘭は戦闘直前になって激務となるだろう。特に前線で戦う鶲輝と闇音には、頭の兜からパンツにいたるまでなんでもいいからとりあえずバフを盛り盛りでジャンボパフェにしてから送り出す必要があった。魔力回復ポーションを飲みながら青い顔をして仕事する夜蘭の顔が思い浮かび、緒流流は笑ってしまった。
「それぞれの戦場があるってことだね☆ ウチは勝っちゃうから、よっちゃんも負けないでね☆」
「うん~。るーちゃんが完成させるって誰も疑ってないし~、あーしが優勝しちゃうのも決定事項だね~」
夜蘭と笑い合い、ピタッと手を重ねる。肌がひりつくような迷宮攻略には興味がなかったが、ふたりはちょっとだけわくわくしていた。文化祭の準備をするような、とても前向きな気持ちだ。後悔しないように、そのために自分のできる場所で、全力を出す。緒流流と夜蘭には、いまそれが肌にピリつくほどわかっていた。演奏をするときだって、いつだって練習や準備をどれだけやったかで完成度が決まるのだ。
「明日はでっかい花火を打ち上げてやるね☆」
「あーしはバフを重ねすぎて蛍みたいに光らせてやるもんね~」
どちらともなく手を繋いで話すのは、やはり不安がすぐ後ろに忍び寄っているからかもしれなかった。しかしそれを吹き飛ばすほどの信頼をお互いに抱いている。緒流流と夜蘭は小学校からの付き合いで、その友情はいまも変わらずここにあった。
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闇音が部屋に引きこもってしまったが、いつもの怠惰の延長ではなさそうだった。鶲輝はまだ付き合いが浅いものの、舎弟たちの人となりはなんとなく掴んでいるつもりだ。リーダーなら広い視野を持っているように見えて興味を持てるものにしか熱量を抱けない人間だし、緒流流は明るく見えて実は臆病だし、夜蘭はぼぅっとしているように見えて気遣いしぃだ。ただ貫太郎だけは、裏表なく自己中である。良くも悪くも客観視が苦手なのである。肝心の闇音は自分のメンタルをコントロールできない三歳児のようなやつである。それも特殊な性質の所為だというのはリーダーから聞いたし、最近はレベルが上がってデバフを抑えるスキルを獲得したことで緩和されてきたのも目に見えて気づいていた。蓋を開けてみれば、面倒くさがりではなく、ただ余裕を持つことがいままでできなかっただけなのだと知ることが出来た。
鶲輝が人を見るようになったのは、やはり育ちが悪い所為だろう。生まれてから父親を知らないし、母親はろくでもない人間だし、ほとんど母の舎弟だった男に育てられたようなものである。
この世界には優しさが当たり前に広まっているものではなく、恵まれているものの特権だということを早くから気づかされた。舎弟の男だって無条件に優しかったわけではない。空気を吸うように目の前で煙草を吸うし、ときどき女が出来たときは浮かれて臭い香水を振りかけまくっていたし、いつも髪をテッカテカにしていたし、触られるのを烈火の如く嫌っていた。ふざけた代償に顔を殴られて、二週間も腫らしていたことがあった。暴力をふるわれたことを母親に言っても、面倒をかけるなと突き放された。人と人はルールの押し付け合いなのだ。弱い方が、強い方のルールで生きねばならないだけのことだ。そう思ってこれまで生きてきた。
同年代の友人などほとんどできず、いつも近所の不良と呼ばれる少年少女の集まりに居させてもらっていた。それが鶲輝にとっては心地よいものであったが、世間からは蛇蝎の如く嫌われるものだということもいつの頃か気づいていた。
闇音は自分とは境遇が違うだろうが、世間からのはみ出しものなのは短い付き合いでもわかった。境遇がそうさせて、本人がそれを是としていた所為だ。彼女をいいほうへ変えたリーダーだが、彼は決して闇音に同情したわけではない。磨けば光るダイヤモンドを見つけて、ウキウキ気分で磨いていただけだろう。野良迷宮をいくつも走破して、ジョブ枠やスキル枠を増やして、闇音を強くして自分好みにしているだけだ。お気に入りのモンスターを育成するゲーム感覚である。
しかし不思議なことに、闇音の方がそれを望んでいた。自分ひとりではなにもやる気が起きないから、命じられているほうが楽なのだという。決定権を人に押しつけて、その代わり自分の面倒を見ろとはどういう了見だと思ったが、案外とふたりの関係性はバランスが保てていた。難しい言葉で共依存というらしいが、鶲輝にははまって見えていただけのことだ。片方がいなくなって意気消沈する闇音を見ていると、ごはんを作る人がいなくなったというだけではない、心からの失意が感じ取れるのだ。
部屋に入ると薄暗かった。煌々と光るふたつの目が、闇の中から鶲輝を見つめていた。
「闇音、起きてんなら手伝えよな。やることがたくさんあって寝る時間がねえ」
「……やだ」
闇音が真っ向から拒絶することなどいままで一度もなかった。いや、面倒臭がっていつも拒むところから入るか、と思い直す。無理矢理引きずって恐怖でなんでも従わせてきたが、その効力がもっと別なものの力でかき消されているのだ。
「迷宮から出たら変わらないリーダーがいるってのに、それでも落ち込み続けるのかよ? もうそういうのには慣れただろ?」
「……リーダーは死なない。いなくならないの」
「でも死んじまったぞ。だから残ったヤツと、残ったモノでなんとかしなきゃなんねぇんだろうが」
「……知らない。なにもしたくない」
怠け者の姿を知っているだけあって、完全引きこもりの闇音は初めて見る。面倒だから動きたくないのと、すべてを拒んで殻に閉じこもるのは別種のものだ。
「オレはおまえの親分だぞ。言うこと聞け」
「……やだ」
「~~~~~~!!!」
鶲輝はイライラが頂点に達して闇音を部屋から引きずり出してやろうかと思ったが、寸前で思いとどまった。何の解決もしていない闇音を引っ張り出したところで、黒まんじゅうのお荷物が増えるだけだ。しかしこのままでは自発的に動くこともなく、放っておけば餓死しそうな勢いだった。
鶲輝は考える。なにかうまいこと発破をかけられないかと。
「おまえ、リーダーのことが好きなのか?」
「好き?」
「恋してる~ってことだよ。ちゅっちゅしたいとか、匂いをずっと嗅いでたいとか、思ってんの?」
「……わかんない。いてくれればいい。ごはんくれる」
「空気みたいな関係ってヤツか」
恋人を通り越して熟年夫婦の域である。単にリーダーと闇音の間に恋愛感情が生まれていないだけだろうが。
いや、そもそもの話、リーダーは《調教師》のジョブで闇音を使役していたではないか。そのパスが切れたから、一時的に虚無になっているだけのような気もする。そりゃ安心して一緒に眠れる相手でもあったのだから、喪失感は大きいか。
押し黙ったまま、しばらくいろいろ考えた。闇音を動かすためには、なにが最善か。
「おし、わかった。リーダーの代わりにオレについてこいよ。ずっとオレの背中を見て、オレの背中を守れ。その分オレが闇音を守ってやるよ」
「……すぴー」
「なんで寝るんだよ! さっきまで起きてただろうがよ!」
丸まって黒まんじゅうのような姿を見て、鶲輝は思わず脱力する。本気で蹴飛ばそうかと思った。
「まったく自由奔放なヤツだよ」
呆れ、そして笑っていた。鶲輝は知らず知らずのうちに肩に力が入っていたようだ。決して悠長に構えていられない状況の中で、最善のために行動しなければと力んでいた。これまでどれだけ気を張らざるを得なかったのか、そして鶲輝自身もリーダーの存在がどれだけ安心感に繋がっていたのかを思い知って、「弱いくせに勝てねえなあ」と漏らした。
「はぁ……調子を狂わされっぱなしだよ、おまえとリーダーにはよ」
鶲輝はベッドへとダイブした。跳ね上がっても起きる様子のない闇音の横にごろんと寝そべる。闇音の肩がぶつかる距離で、すーすーと安らかな寝息を聞いた。鶲輝も「ふわぁ」と欠伸をひとつ漏らし、気力を振り絞って立ち上がった。これから夜通し警戒しなければならない。
それでも明日はやってくる。次の日も生き続けられるかは、全員の活躍次第だと思って、鶲輝は腹を括ることにした。
朝、揺れる音に目が覚めた。夜中の間に女貫太郎が見張りの替わりを買って出てくれたので、闇音と一緒に部屋で三時間ほど眠ることができた。遠くから少しずつ近づいてくる地響き。窓の外を見れば、デカい魔物がゆっくりと近づいてくる。
朝食のために集まったリビングにはすでに面子が揃っており、二年の三人が隅っこで食事をしつつ、鶲輝に手を振ってくる。一年と二年の表情に天と地の差があった。彼らは一切手を貸さないので、空気と思って問題ない。キッチンから、夜蘭が用意してくれた炒り卵やハム、レタスなどの具沢山なサンドイッチを手に円卓で闇音と並んで座る。
「揃ったから、朝食ついでに話を聞いてほしい」
「あーしは一応外を見てるね~」
ずっと哨戒していた女貫太郎の目の下には、うっすら隈ができていた。朝食プレートをテーブルに置いていたが、手は付けずにいて、立ち上がって注目を集めている。夜蘭は窓際で外を見張りながらイチゴジャムのサンドイッチを頬張っていた。
「大丈夫、向こうは見た目以上にすぐには近づいてこれない。ボクと緒流流嬢で前もって地形をいじっている。まあ具体的にいえば、十メートル以上の断崖に、登るのもひと苦労な傾斜のある道、真っ直ぐ進めば十メートル以上の壁が邪魔して袋小路といった具合だ。もちろん迂回する道は用意していない。だからやつらは屍をたくさん築いて道を作らなければならない。雑魚は一日もすれば復活するが、本当に恐れるべきは巨人オークだ」
作戦会議の進行を続ける女貫太郎の言葉を遮るように、ズズシーンと音が聞こえた。二度、三度と聞こえてくる。外の様子を見ていた夜蘭が首を振る。
「なんかでっかい棍棒を振り下ろしているよ~」
「崖を崩して道にしてるんじゃねえか?」
「それじゃあぜんぜん時間稼ぎにはならない。え? だよね?」
「ま、まあ? あくまで直進するつもりなら、敵軍は一点に集中するということだから、蜂の巣にするにはうってつけだ」
女貫太郎は冷や汗をふきふき答える。「ほんと?」と質問する闇音に、鶲輝は「そうなんだろ?」と返す。
「それってオレらの最終兵器が完成してるかによるんじゃね?」
「最終兵器?」
「ああ、文字通り最終兵器。緒流流の屹立した立派な大砲だぜ」
「おるちゃんの息子とも言える立派な巨砲、早くみたい~」
「おい、なにか意味が違って聞こえるぞ? それ以上はいけない」
女貫太郎が眼鏡を直しながらそわそわ慌てていた。逆に鶲輝と夜蘭はよくわかっていないような顔で首を傾げた。緒流流はここにはおらず、工房でいまも大砲の作成中なのだろう。
「ともあれいまは遅延作戦を展開するしかない。第二防衛線まで届きそうになれば、接敵してある程度減らす必要が出てくる。ボクも魔術で援護するが、なんとしても防衛線の突破を一秒でも遅らせるのが現在の目標だ」
「ついにオレたちの出番だぜ」
「はぁ、やだなぁ」
拳を手に打ち付ける鶲輝の横で、闇音は何もかも嫌になったように溜息を吐いた。
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
少し離れた席で、二年がぼそぼそと話していた。
サンドイッチを囓りながら、名無が言う。
「一年は肝が据わってるねぇ。いいことだよ」
「現実をまだ理解できてないだけだろ。食糧管理もしてねえみたいだし」
「まだ逆境とは呼べないんじゃないかな。本丸までまだ防壁はふたつあるし」
「藤磨ならどう守る?」
「ボク? ぼくならそうだね、拠点を放棄するかな」
「さすがひとり最終兵器は言うことがちげえな。オレならガッチガチに要塞を固めて爆撃掃射だぜ」
「岩成ちゃんと時任くんには荷が重いよ」
「じゃあ名無くんはどうするんだい?」
「僕はね――」
名無の作戦を聞いて、藤磨と赤迫は途端に笑った。
「相変わらずイカレてるぜ。兄しゅきのやつらはよぉ」
「ボクの作戦もかなり尖ってると思ったけど、名無くんには勝てないなあ」
「でも一年ならきっとできると思うよ。」
二年の三人が丸テーブルで優雅に食事を進めながら、そんなふうに評価していた。
「それにしても、三か月迷宮に居ただけで髪も結構伸びたよね」
「オレの中で最長記録かもしれねえ。しかし髪の手入れってのは死ぬほど面倒くせえな」
「なに言ってんの。いちばんリンスに拘ってるのは赤迫じゃん」
「ねー、古森さんからもらったコンディショナーの匂い気に入って使ってるのはどこの誰だろうねー」
「藤磨だって髪梳かしたり、髪型変えたり楽しんでるじゃねえか」
「女の子になる機会は早々ないからね。自撮りが捗るよ」
「写真集出せるレベル」
「名無くん、それ面白いアイデア。やろうよ、三人の写真集。赤迫くんの手製の服を着ないなんてもったいないからね」
「そうか? ファッションならオレに任せな」
「自前のレフ板とかカメラがあるから、そっちはボクに任せて」
いつの間にか女子会のような話に花が咲き、二年は気楽に食事を終えるまで談笑していた。どこかのカフェでお茶しているのかと思うほど楽観的だ。一年の切羽詰まった状況との落差が酷すぎて、後輩たちの目が白けていることに気づいていながら気にしていない。あくまでも彼らは傍観者だった。




