第58話 女になるということ
二十八階層、草原・灌木エリア――。
「ブフォォォォォ!!」
「ブフォフォフォォォォ!!」
木製の棍棒や槍を持ち、ブヒブヒ騒ぎながら、太っちょ一つ目オークが丘を登ってくる。数十ほどの集団を作って、目にはギラギラと敵意が宿っている。それもそうだろう。彼らに感情があるのか判然としないが、すでに数百という彼らの同胞を血祭りに上げている。中には胸当てや兜を被ったものもちらほらいて、武装という概念が彼らにも芽生えてきたと思われる。
「ここまででおさらいだけど、あの敵の群れをひとりで殲滅することができる?」
「ああ? できるに決まってんだろ。朝飯前だっつの」
「その意気や良し。じゃあ、具体的な方法を考えようか」
「決まってんだろ。ヒーリングしてやるんだ」
「グッド! 癒やしの手? いいえ、治せると言うことは、壊せるということなのです。理解できない人間が愚かなのです」
「うるせえな。ちんたらしてる間にあたしが全部平らげてやるからな」
「どうぞ。できるのならば」
フフフとキャラ変しつつ、藤磨先輩は後方腕組み待機である。金髪ヤンキーの鶲輝は顔にぞっとするような笑みを浮かべ、鉄バッドを肩にかけていた。その鉄バッドも夜蘭の付与魔術で強化してあり、微弱な光を発している。丘を登り掛けのブヒブヒ集団に向けて、単騎殴り込みを掛ける。
振り抜くバッドが先頭の一つ目オークの頭をぶっ飛ばしたが、続く棍棒とは拮抗し、槍を突き刺されて体勢を崩す。鉄バッドで槍先を弾くが、後ろから続く魔物が続々と鶲輝を囲みつつある。鶲輝は周囲に視線を巡らし、逆に落ち着いたように深呼吸を行う。
この二ヶ月間である程度ものになったスキルを、その取得した最初の日を振り返っていた――。
最初の頃の鶲輝は二年の藤磨の言うことを聞くつもりなど微塵もなかった。実力がなければボコしてやろうとさえ思っていた。その思い上がった考えが吹き飛んだのは、一つ目オークが三体出てきて劣勢になったときだ。傍観者を決めていた藤磨が、見かねたのか近づいてきた。大きな盾を剣の柄で打ち鳴らし、魔物に対して挑発を行った。
尻餅をついていた鶲輝と見下ろす三体の一つ目オークという構図だったが、すべて引き寄せられるように藤磨の方に向かっていった。
「近接戦闘の素人じゃないの。それじゃあダメよ、ダメダメ。まったくなっちゃいないわ。もう、お仕置きしちゃいたい」
「キモいオカマ口調やめろ」
「あ、そう? それじゃあ言わせてもらうけど、戦闘舐めてんの? もうちょっとうまく立ち回ろうよ。小学生がバット持って公園で遊んでるんじゃないんだから」
「ああ? んだとこら」
鶲輝が睨む中、三体の魔物に囲まれた藤磨は武器を構えることもしなかった。そして一体が殴りつけたのを皮切りに、集団リンチになった……かに思われたが、藤磨は到って涼しげに攻撃を受けていた。顔に喰らった拳さえ平然としている。
鶲輝は一瞬呆気に取られたが、よく見れば防御魔術で攻撃を無効化し、かつ少しでもダメージがあれば一瞬にして回復しているのがわかった。そして一瞥もせず拳だけでパンパパンと一瞬にして殲滅する姿は上級生の面目躍如だ。明るい金髪がふわっと翻る様子が少しだけ恨めしい。
「自分の切れる手札をちゃんと吟味してる? 使えるものを使わないなんて宝の持ち腐れだよ」
「うっせーな」
「まずはそこからかな。できることを全部出していこう。こう見えて理系的なタイプなんで、全部出し切るまで付き合うよ」
「なにするっちゅーねん」
「まずはジョブとスキルがわかるステータスかな。こんなこともあろうかと、君たちの新しいパーティのリーダーくんから機密情報は受け取っている」
「個人情報保護法はどうなった?」
「難しい言葉知ってるんだねー。でも迷宮の中だから関係ありませーん」(※迷宮だろうとダメなことはダメ)
名前 / 天道鶲輝
年齢 / 16歳(4月17日)
種族 / 鳥人族Lv.56(※種族レベルは職種レベルの合計値)
職種 / 治癒師Lv.24 武僧侶v.30
ポジション / ヒーラー
HP:320/320
MP:405/405
SP:190/190
STR(筋力値):50
DEX(器用値):170
VIT(耐久値):80
AGI(敏捷値):230(+300)
INT(知力値):200
RES(抵抗値):140(+550)
《治癒師》 治癒Lv.13 抵抗値+Lv.11
《武僧侶》 闘気Lv.10 内丹Lv.14 敏捷値+Lv.6
パッシブスキル / アイテムボックスLv.2
種族スキル / 飛行Lv.5(未装備)
「あー、ひっくいねーひっくいねー。ステータスひっくいねー。これが一年かー。幼稚園児と高校生くらい違うの草生える」
「てめー! 言いたい放題だなクソが! レベルいくつだよ!」
「合計値の種族レベルは200超えてるよ。二年のトップランカーなら最低のラインかな。三年は卒業までに300超えて、クラスアップも星3か4だろうし」
「ぐ、ぅぅ……」
100にも届かない鶲輝はぐうの音も出なかった。しかし勘違いしてはいけない。一年のこの時期なら、ほとんど横一列で変わらない。一部の先行集団、姫叉羅や龍村が100を超えてクラスアップしている方が異常なスピードなのだ。一馬身遅れてエルフクランにパワーレベリングしてもらっているのが、今年のトップレベルと言われるエルメスである。
「スキル枠は限られているから、リーダーくんに荷物全部持ってもらって、アイテムボックス外すのもあり」
「それはちょっとやだな。荷物見られるってことだろ?」
「他の女の子たちはみんな荷物預けているらしいよ」
「げええ、まじかよ……」
「あとヒーラーとモンクの組み合わせはガチだね。内丹と治癒を活用すれば永久機関作れるよ。イイジョブ選んだよ。グッジョブ」
「そ、そうか?」
「でもヒーラー必須の〈魔力自動回復〉がないのが痛いな。これはレベルが上がればいずれ習得するから、迷宮から出たら〈抵抗値+〉か〈アイテムボックス〉捨てて付け替えよう。《武僧侶》のスキルバランスは悪くない。問題はスキルレベルが鼻くそなところかな」
「鼻くそだと? 何様だコラ」
藤磨の言葉に一喜一憂しころころと表情を変える鶲輝は、単純に素直だった。
「最終的には全部のスキルを同時に使用し続けて、半日動き続けるのが目標かな。つまり寝てるとき以外はスキル全使用して徹底的にスキル熟練度を上げまくる。まあ最初は五分と持たないと思うけど」
「そんなことできるのか?」
「できるかじゃないよ。やらなきゃ強くなれないって言ってんの。勘違いしてるかも知れないけど、これって最初のスタートラインに立つための訓練だよ?」
「うへぇ」
「扱かれてる一年はみんなそんな顔してると思うけど、これもリーダーくんのオーダーだからね。魔力回復薬はあらかじめリーダーくんから大量に預かっているから、そっちの心配もしなくてもいいね。安心してよ、できないことはボクは言わないんだ」
にこりと白い歯を見せて笑う藤磨。しかし勘違いしてはいけない。藤磨はどちらかと言えば天才肌の人間。理論的に強くなるステップアップを考えてはいるが、それはあくまで机上の持論である。自分ができるんだからみんなできるよね?というスタンスだった。
「さあやってみよう。全力で絞り出すんだ」
そう言われて鶲輝は強くなることを選んだが、速攻で後悔した。
闘気と内丹の同時使用がもう意味分からないし、そこに治癒をかけ続けて動き続けるなど脳の血管が何度となくぶっちんしかけ、鼻血が大量に出る始末だった。闘気を発動し、続けて維持しながらの内丹を発動、そして自分に治癒をかけ続けるオートヒールまでに、五分かかる。そして戦闘に突入すると、体の動きがぎこちなくなってしまう。
いつもなら目で見て避けられた攻撃が、水の中で動いているみたいに鈍いのだ。ギリギリで避けられるはずもなく、いまは盛大に大の字にぶっ倒れて、鼻血を噴き出し指ひとつ動かせない。
「そもそも集中しなきゃ闘気も内丹も治癒もできねえよ!」
「それは熟練度不足だね。頭で計算する前に、ぱっと暗算できるようになるまで体に刻みつけるしかないよ。これって外国語を覚えるようなものだよ。耳で聞いて、頭で自分の言語に変換して、理解するって工程を経ると思うけど、そういうのすっ飛ばして、耳で聞いて理解しろって言ってるんだよ。自分の話している言語はそれができるんだから、慣れればできるよね」
「生まれて十六年の中で培われたもんだと思うんだが」
「それを迷宮の中にいるうちにできるようになるんだ。すごいね。リーダーくんは頑張れば一度の攻略で半年くらいは過ごせるらしいから。ボクが知っている荷役の中でも彼はトップクラスだよ」
「あたしの舎弟はすげーんだ。へっ」
指一本動かせないまま、初日は藤磨に抱えられて拠点へ戻った。
それから訓練は続き、内丹で体中に気を巡らせ、闘気で身体能力を底上げする。二日目も抱えられて拠点へ戻った。俵のように肩に担がれて。
だんだんと鉄バッドはあくまで補助的な武器として使うようになり、掌底で気を内側へ打ち込む内部破壊が本命となった。その方が確実に大ダメージを与えられることに遅まきながら気づいたのだ。それでもガス欠はどうしようもなく、まったく闘気の籠もらない掌底をぺちっと当てて、「なんだ?」という顔を一つ目オークにされたときには少しばかりイラッとした。
治癒は自身を回復させつつ、七日目にしてようやく内部破壊に応用ができた。例えば打ち込んだ気で肺を潰し、潰したままの状態で怪我を治癒という形で固着させることで、回復不可能な攻撃にすることができた。これは対人でやったらエグいことになるのはさすがの鶲輝にもわかったので、もっぱら魔物相手の攻撃手段だ。体の内側をミキサーして、回復不可能な状態に修復するとかヤバすぎる。ひと月もすると攻撃手段を確立することができたが、相変わらず最後にはガス欠で俵担ぎであった。
しかしこの攻撃も低レベルの敵にしか通用しない。基本的に魔術攻撃を防ぐための魔抵抗、あるいは魔術防御と呼ばれるものを常時纏っているので、これを突破して初めてダメージになる。この魔力壁が敵のレベルの高さとほぼ比例して厚くなるので、分厚い鎧に打ち込む一本の針を鋭く長くしなければならなかった。ここで熟練度が必要になってくるので、あとは反復練習しかなかった。俵担ぎされる度に、次こそはこの屈辱をなんとかしたいと思うのだ。
「割と最初から思っていたけど、キミ結構おっぱいあるよね」
「てめ、このタイミングで言うことそれか!」
「ああ、安心して。性転換薬使うと性的嗜好まで男女で逆転しちゃうから、男でいうところの股間を押しつけられてる状況だから、いま」
「あたしの胸は野郎のチンコじゃねえよ!」
「たとえだよ、たとえ。で、いまは男同士ならおまえなんか標準サイズおっきくね?って会話してるようなものだから。いや、でも男同士で股間押しつけられるのは拷問か」
「言いたい放題じゃねえかよ……」
「なんか感触が固いのに、深く沈むような柔らかさがあるからさ、サラシでも巻いて押さえつけてるのかと思って」
「……うっせえな。邪魔なんだよ、こんなもん」
「まあわかるよ。ボクもGカップになったときは興奮したけど、落ち着いてくるとこれっていらなくね?って思うもん」
「あんたらって男に戻んないの?」
「戻るよ。三日に一回、性転換薬を飲まないといけないんだ。でも大丈夫。大量に零子が仕入れてきたから」
「なんかそのまま女になりそう」
「迷宮の中でいくら薬を飲み続けても固定はされないけど、現実世界でひと月くらい維持し続けるとそのまま性別が固定されるみたいよ。そうなるとまた飲んだところで効果はないし、一生モノになっちゃうけど」
「オレも男になろうかな」
「そりゃもったいないって。こんな美少女そういないんだから、男になるなんて世界の喪失だよ。いまはボロ雑巾を着たお猿さんみたいだけど」
「他人事だと思って適当なこと言いやがってぇ……」
藤磨とは一緒の時間が長いので、そこそこ砕けた会話もする。というか藤磨の方が常に自然体なので、それに釣られて話をしてしまうといった方がいいのか。鶲輝は無視するのも負けた気がすると思って返事をしてしまうが、その時点ですでに術中に嵌まっている。藤磨に含むものはないのだが。
ときどき黒髪チビのリーダーが様子を見に来るのだが、藤磨が微妙に距離を詰めている気がするのだ。「あー、あっついわー」そう言って胸元を開いてパタパタ扇ぐ様子は鶲輝といるときには一度もしないのに。女に引っ張られているというのもあながち間違いなさそうだ。
そんな光景をちらちらと見ながらも、集中しないと一瞬ですべてのスキルが切れてしまう。腹を立てながらも、目の前の敵をこなしていく。それにしても近い! 鶲輝は爆発しそうになりながら、爆発する感情をそのまま魔物に叩きつけるのだった。
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
各階層で拠点を築いてきたが、毎回赤迫先輩のコンセプトによって、東欧風宮殿だったり日本城だったりと趣味全開の要塞だった。しかし二十六階層からは緒流流と貫太郎が頭を振り絞って拠点の構築を行っていた。
魔物に攻め込まれないような地形から城壁、快適さを追求した内装の整備などに緻密さを増していった。最初は豆腐ハウスだったのだが、階層を繰り上がるごとに洗練されて、目に見える成長があった。
夜、バルコニーでお茶を啜りながら、僕は二年の藤磨先輩と名無先輩相手に雑談している。内容は迷宮のことであったり、現在放送中のアニメだったり、今後放映される映画だったり、普通の学生と変わらない話を迷宮の中でしていた。
「赤迫や名無とよく話すんだけどさー、女の体って思ってたよりもムラムラするよね。女の子は普段どうやって発散してるのかな。このままだと男を三人で犯すという同人誌みたいな展開になっちゃうかもよ」
「いやー、もうこの発言で薄い本数冊書けますって」
僕に言うなよと口元が引き攣るのを感じながら、藤磨先輩の流し目を躱している。なんだか色気がすごいので勘弁してほしい。というか胸元。下着をつけていないんじゃないかと思えるふくらみのワンピース姿だ。
「同人作家の田子作先生が喜びそうなネタだけど、彼いまホモ系に嵌まってるから。この間は戦乙女のクラン全員が男化して、男に嫌悪しながら男の欲に抗えず、嫌っている男を後ろから突く、みたいな歪みまくった作品描いてたかな」
「いろんな意味でひどい……。それって肖像権で訴えられたら100パー負ける戦いですよ?」
「そのスリルがたまんないんだろうね。ぼくには内容も心意気も理解できないけど、需要はあるっていうね」
名無先輩の方は男のときと変わらずフランクだった。
田子作先生とは、『しゅき兄』のメンバーで、種族はハーフドワーフだったと思う。工作系と荷役担当で、趣味はマンガを書くこと。例に漏れず濃い個性をしている。工作系ジョブを持つ赤迫先輩らと共同でバギーを作り上げ、迷宮内を爆走したという。『しゅき兄』のひとたちは本当にエンジョイ系と攻略組のいいとこ取りをしていると思う。
二ヶ月も過ぎると日々の生活に暇を持て余し始める。一年組は日中死ぬほど疲れてそれほどではないが、二年組の性転換三人組は攻撃されてもノーダメージで舐めプな環境では、ずっと真面目にやれという方が難しい。赤迫先輩なんかは趣味の裁縫を極めだして、横乳を隠さない膝上スカートの露出過多なメイド服を作り、それを藤磨先輩が喜んで着て食後に披露する一幕もあった。僕はあまりの刺激的な光景に目を逸らし、貫太郎は気にしない素振りをしながら眼鏡の奥でちらちらと盗み見ていた。名無先輩はローアングルなカメコになっていたが、女であることを楽しみすぎだと思う。
そして二年組は、必ず三日おきに性転換薬スポドリ味を飲む。原液はどろっとして美味しくないので、味変して少しでも飲みやすくしているらしい。飲む時間も特に決まっていないようで、朝ご飯のときに作ることもあれば、寝る前に飲んでいることもあった。気を抜くと忘れそうになるらしいので、思い出した誰かが三人分作っておくルールらしい。
そしてなにを間違ったか、三ヶ月経とうとしている朝、貫太郎が女になっていた。
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
貫太郎は誤って性転換薬を飲んでしまった。
それは給水目的で拠点の台所へ寄ったとき、ちょうどテーブルの上にスポドリがあったので飲んでしまったのだが、なぜ味の変化に気づかなかったのだろうといまでも後悔している。
貫太郎はこのパーティにそもそも積極的に関わろうと思っていなかった。自分はレアなジョブである《時魔術師》を持っており、現在校内で唯一の使い手であった。だからこそ引く手数多に思われたが、魔術の能力がトリッキーすぎたことと、貫太郎の神経質&無神経な性格が相まって、パーティを組めなくなってしまった。
魔術師はそもそもソロで攻略できるタイプではない。しかも貫太郎には攻撃スキルがサブジョブの土魔術しかない。時魔術は基本的にバフ、デバフなのだ。だから協力しなければならない場面でも、MPが減ることを嫌って魔術を使わなかったり、自分を優先的に守るようにタンクに命じたり、目に余る行動ばかり取っていた。そして本人は最優先にされて当然と思い込んでいたので、あっという間に貫太郎の周りから人がいなくなった。
教師の中でも虎牟田先生は面倒見が良く、貫太郎へのアドバイスをしていたのだが、本人ばかりが聞く耳を持たなかった。自分に相応しい優秀なパーティがいないだけ、と本気で信じていた。
結局一年留年したのは、二年へ上がるためのノルマである十階層をひとりで突破できなかったからだ。なにより最短でも五日以上かかる行程で、食料や必要物資を入れておくアイテムボックスが明らかに容量的に少なかった。Lv.2に上がる条件が、十階層を突破することという制約があって、荷物の制限を受けつつ、自ら前衛をこなさなければならないという不利が重なった。レベルが上がれば突破できるだろうと、週に一回は必ず迷宮に挑んでいた。意地でもひとりで突破する。できないことはないはずだと思っていた。
時間は残酷だ。二年になって、貫太郎は己の惨めさを痛感しながらも、それを受け入れられなかった。虎牟田先生が救済措置として無理矢理三人+『荷役』の四人で即席のパーティを組ませて迷宮へ放り込まなければ、二度目の留年を迎えることなく自主退学していただろう。
貫太郎が人を見下すような態度なのには理由があった。彼には切り札があったのだ。未来の自分を一時的に呼び出し、自分の代わりに戦闘を行わせるというものだ。未来の自分を召喚中、現在の貫太郎は一時的に眠りにつくため、呼び出している間の意識はまったくない。ただ、どんな難敵であろうと撃破しているので、未来の自分は明らかに強いのだとわかる。意識はないが、大まかな経緯は戻る瞬間に頭に入ってくるくるため、戸惑うことはほとんどない。いまは一時間から二時間ほどだが、熟練度が上がれば消費MPを抑え、継続時間も伸びるのはわかっている。
そしてたまに未来の自分から「こうしたほうがいい」というアドバイスが残っていることがある。一度は迷宮を辞めて一般人になった未来の自分から「後悔しかないから辞めるな。絶対に学校を辞めるな」と恨み節のような手紙が届いたことがあったが、未来はいくつも分岐しており、いまの行動、これからの行動如何で数多の未来が広がっている。そして前回、四人パーティで貫太郎が自らの優位性を見せるために使った召喚で、「荷役のパーティに入れ」という手紙が残されていた。意識が共有されるわけではないから、なにを持ってその選択を勧められたのかわからないが、四人パーティで十階層を攻略するという選択が、貫太郎の未来にひとつの理想的な可能性が現れたのだと思われる。
貫太郎は人の話はあまり聞かないが、未来の自分となれば別だ。唯一信じられるのは自分を置いてほかにいない。だから未来の自分が指し示すのなら、とりあえずいまの自分の気持ちは飲み込んで、頭を下げるのもやぶさかではない。実際は頭など下げていないが。
そして強化訓練の名の下に二年から受ける指導は、それはそれで有益だった。実際は黛と同じく同年代なのだが、クラスが違った赤迫は対して気にしていないし、むしろ留年していることすら知らないかもしれない。名無と藤磨は面識があったので微妙に距離感があったが、それも致し方ない。名無など、一度レアジョブ同士パーティを組むことを持ちかけたこともあり、そのときはすでにクラン結成に動いていて断られてしまった経緯から、気まずいのはお互い様だ。藤磨は同じクラスだったが、ほとんど話したことはない。陰と陽のような真逆なタイプだから、藤磨の周りには常に誰かがいたし、貫太郎の周りには常に誰も入れない円が広がっていた。
この二パーティ合同訓練中だって誰とも腹を割って話すようなことはなかったが、彼らはあまり気にしていないのか、普通に話しかけてきた。特に土魔術師として緒流流とはたくさんの討論を重ねてきた。拠点の防衛の在り方から破壊できない壁についてなどなど、女子だと意識するよりも先に言い負かされないために知識を絞り出すことにキャパを持っていかれた。
「ひとついいだろうか。ボクは望んで女になったわけじゃない。事故だったんだ」
貫太郎は女になった彼らを前に、緊張しながらも毅然とした態度で返事できたと思う。
別に改めて友情を育むつもりなんてなかった。だが、互いに邪険にする必要もない。だが女になった日から、貫太郎の世界は一変することになる。
「やあやあ、こちらの世界へようこそ」
「興味があったなら言ってくれればよかったのに」
「言えなかったんだよな。間違えて飲んだふうを装えばどうにでもなるしよぉ」
「違う! ボクは本当に間違えて飲んだんだ!」
二年の面々はニヤニヤが顔に張り付いていた。誰も貫太郎が間違えて飲んだことをわかってくれていない。名無がどこかから持ってきた全身鏡に映っていたのは、ボブカットで焦げ茶の髪をした眼鏡女子だった。
藤磨からは素直に歓迎され、名無からは若干の勘違いを受け、赤迫からはすべてわかっているという生暖かい目を向けられる始末だ。
「一応、人数分の着ぐるみは用意してんだ。ほら、このタヌキの着ぐるみを着てくるといいぜ」
「なんで性転換した男限定で着ぐるみを着る必要があるのか」
「藤磨、そういうのは野暮だよ」
「ボクのことは放っておいてくれ! 本当に間違えただけなんだ!」
少し離れたところから向けられる一年女子からの視線は、恐ろしくて正視する気にもなれない。
「まぁ、なっちゃったものはしょうがないですから、時任さんは今日から先輩方と同じ生活スタイルでお願いします」
「つまり?」
「漢の世界へようこそ」
「いや、女の世界だろ」
赤迫の決め顔とそれに突っ込む名無。どっちでもいいが、二年組の距離がとても近い。まるで貫太郎を逃がさないと言わんばかりに両側を挟んでいる。なんならいい匂いがするのがとても癪である。
「スカート穿く? 赤迫がレースのパンティも作ってくれたよ。すごいね」
「スリングショットの水着もあるけどいっちょ着とくか?」
「貫ちゃんのおっぱいサイズはいくつくらい?」
「目測Cカップじゃね?」
「名無よりは大きいよ。赤迫がいちばんだろうけどね」
「ボクだって貧乳ってほど小さくないんだけど」
ノリの明るい連中だったが、女体化してさらに姦しくなっていないか? その波に呑まれるようにして、貫太郎は連れ去られた。そして着せ替え人形のようにアニメの世界のような服を着せられる。
「眼鏡女子はやっぱり清楚な服が似合いますね~」
「いやいや、垢抜けた服で男の子の視線を釘付けだよ☆」
「前から思ってたんだが、図書委員みてーな顔してるよな」
「生理きっついのによく女になろうと思う。理解できない」
なぜか一年女子が四人とも同席して、あれこれコメントを言われる始末。そのうち藤磨がレッドカーペットを歩く女優のようなドレスで現れ、名無がワンピースの水着姿になってランウェイ歩きで登場。赤迫が独特なセンスの服装で登場し、これまた独特なポージングでバーーーンッッッとオノマトペが聞こえてきそうだった。
音楽をやっているらしい緒流流と夜蘭が楽器を持ってきて適当な音楽を奏で始めると、鶲輝と闇音のチビコンビが騒ぎ出す。見た目が女だけの集まりになっているので、黒髪の荷役の一年は別室でひとり寂しく過ごしているのだろう。貫太郎は不思議と浮ついた気持ちでこの場にいた。他人と騒ぐことを望まない性分だったのに、女になった途端にパーティのような場にいることが苦ではなくなるとは薄情なものだ。
結局その日は女子会のノリで一日が終わった。黒髪男子がせっせと料理をパーティ料理を作って運んできていたが、これはいったい何の会なのだと貫太郎は疑問が浮かぶ。
女になったまま生活を続け、そして訓練も行う。なんだか一年や二年らの距離が昨日までより近い気がする。そしてその距離感を嫌に思っていない自分に戸惑う。
「体が変わってなにか変化がないか、ちゃんと確認しておけよ。ステータスにも若干変化があるから。スキルとか、使えるものは使って試してみな」
赤迫から言われて、確かに力は落ちている気はするが、逆に魔力は少し上がっている気もするのだ。
「あれは? 未来の自分呼ぶ奴。どうなるんだろうね」
「女装した自分が出てくるんじゃない? これを機に女性に目覚めちゃったりして」
「そんなもの試してみればわかる話だろうが」
一抹の不安があったが、《時魔術師》の切り札とも呼ぶべき未来の自分を召喚する魔術を使ってみることにした。貫太郎の意識はそこで途切れる。




