第46階層 三つ巴
ブー垂れていた先輩方の雰囲気が変わったのは、二十五階層で要塞トーチカから監視していたときのことだ。
すでに四日が経過しており、木々がまばらの山の斜面には腰まで埋まるほどの雪が積もっていて、さらに風が出ていて雪が横から吹き付けていた。二十六階層への階段が、すり鉢状の窪地のど真ん中に設置されていて、ここほど監視のしやすい場所はなかったのだ。周辺に痕跡もなかったことから、痕跡が消えるほど前に二十六階層へ抜けていないことを、あるいは他の階段がないことを祈りつつ、土魔術で斜面に穴掘って地下に要塞を作りだし、外面は幻で周りの雪と同化させて隠蔽しているのだ。
龍村は暖炉の前で置物と化し、先輩方は塹壕の中でカードゲームを繰り広げて「ドロー!」だの「俺のターン!」など白熱するカオスな状況だ。「何勘違いしてるんだ、まだ我輩のバトルフェイズは終了してないぜ!」とか「私の勝利の方程式は貴様が考える以上に完璧だ!!」とかセリフじみた言葉が聞こえるんだよなあ。
次の階層に続く階段は一応交代制で監視しているが、龍村はみんなが気を遣って除外している。筱原先輩が作ったレンガの凹みに消えない松明をいくつか投げ込んで作った即席暖炉で、毛布にくるまってじっと暖まっている龍村。湯気を立てるマグを手渡すと、うとうとしながら静かにずずっと啜っている。目つきがきつ過ぎる所為で正面から向き合えない先輩方が、油断しきっている険がほとんどない彼女を、にちゃっとおじさん笑いで眺めて和んでいた。気づかないのは本人ばかりなり。遠くから眺めるだけでも先輩方の潤いになるようで、割と士気が高いのである。
そんな中、監視から一日経過したあたりでついにパーティを捕捉した。
深い雪道を炎の魔術で溶かして真っ直ぐ道を作る先頭は、なんとエルフ。その後に続く五人。金髪が神々しいまでに光ってそうなエルフが、パーティの真ん中で周りの風も雪も相殺して、何の障害もなく進んでいる。
おまえかよと思わずにはいられなかった。精霊に近い種族のエルフの中でも真祖とも呼ばれる古代エルフはこの学校にたったひとりしかいない。
エルメス・アールヴ。
まあ一年パーティで先行しているのは僕らか彼らの二パーティだけだ。狙われる要素は間違いなくあった。エルメスの頭の上で火の精霊が飛び回っており、雪が積もることもないのだろう。少し空が薄暗くなってきたので、見つけやすさに関しては右に出るものはいない。忘れていたが藤吉も確認できた。エルメスの三歩後ろに付き従っている従者ポジである。
エルフが三人、藤吉ともうひとりの前衛戦士ポジは獣人だろうか。エルメスを中心に全方位警戒するという陣形だ。真っ直ぐに階段を目指している。この階層に留まるかは、次の階層を確認したところで決まるだろう。日も暮れてきているので過ごしやすい方で野営するはずだ。
階段まで辿り着いたエルフパーティは、藤吉と前衛戦士が先行して階段を進んでいき、その間にノーマルエルフが土精霊で拠点を構築する流れになっている。僕も次の階層を確認したが、ずっと吹雪いている階層だったので、休むなら雪がちらつくだけのこの階層なのは間違いない。
先輩たちに合図を出すと、三人ともトーチカの横に細長い監視窓から外を覗いた。
「エルフだよ。あれを襲うとかよくやるよ。後が怖いとか思わないのかね」
「我輩思うに、バレる可能性がないと思ってるんだろ常考」
「精霊って危機察知も優秀なんじゃなかった? 私は精霊に詳しくないけど、あれはヤバいでしょ」
「精霊に聞けば大抵は答えてくれるって言いますもんね」
そういう意味では狙うのは難しい相手だが、だからこそレベル差があるうちにエルフ狩りがしたかったのだろうか。ちなみに期末試験で精霊を呼び出して解答を埋めようとしたため、再試になった男である。エルメスという男は。
「まあ、エルフがローパーでどう鳴くのか試してみたいまであるよね」
「そのときは『しゅき兄』とは別でやってくれ部長よ。我ハーフだけど、本家がどれほど理不尽か知ってるぞ」
「そう言えばここにも太ったエルフがいるじゃん」
「我輩をローパー責めにしてあひんあひんさせるつもりなのね、この鬼畜ネギ!」
「ハーフエルフだからほとんどヒト族と変わらないでしょ。本家は精霊さんだから太らないし、う〇こ穴があるか検証してみたい件について」
「存在の格がすでに違う……いや、先輩方も」
ハーフエルフの先輩と古代エルフのエルメスが隣同士に並んでみたら、悲しい現実を嫌でも突きつけられるだろう。早河先輩のノリの良さは嫌いではないし、比べるものでもないのだろうけど。
「あ、使いっぱたちが帰ってきた」
藤吉と前衛戦士が二年のエルフと何やら話し込んでいたが、結局先に進むことなく藤吉と前衛戦士のふたりで食事の準備を始めた。見張りのエルフ以外は休み、エルメスは中心で当たり前のようにふんぞり返っている。そういう態度を直すべきと彩羽に発破をかけられたはずだが、早々には変わらないらしい。それでもエルメスの火精霊が飛び回って周辺の雪を一瞬にして溶かし、土精霊が建物の外壁を生み出していく。筱原先輩の土魔術に比肩する速さだ。ただ造形にこだわりはないのか、ただの箱といった感じである。筱原先輩なら勝手に地下やら個人部屋を作って要塞化してしまうが、せめて調理場と休憩室は分けておくのが吉である。
拠点を作り終えて各々過ごし始めたところに、近づくものたちを目に捉えた。彼らは雪に隠れるように白い外套で姿を覆っている。
「ついに来たな、PKパーティ。ローパーの触手がどこまで入るのか楽しみだ」
「せいぜい我輩を楽しませてくれよ。いや、実力の十分の一でも我TUEEEでわからせタイムになってしまうか」
「私が思うに一方的に狩るために攻撃力と俊敏性に全振りだろうから、その紙装甲を横から蹂躙してやればいいのだよ」
先輩方がヤル気になってくれるのはいいが、完全に殺る気になっていないだろうか。ローパーの方がマシと思う日がくるなんて。どちらにしろ完全にヴィランムーブなのには呆れを通り越して感動すら覚え始めた。自分が主人公という見栄を一切捨てて欲望に忠実なのだ。
警戒網があったのか、風精霊が近づくPKパーティに気づいて雪のちらつく空を舞う。しかしPKパーティの方が一枚上手だった。緑色っぽい石が投げられ、風精霊はそれに飛びつくようにぶつかっていき、あっという間に石に封じ込められてしまった。
「あれって精霊石? 高い買い物したね。オレが知ってるだけでもうん百万円かな?」
「我輩すでに所有者のいる精霊を捕獲できるなんて聞いてない。我輩の水精霊捕まっちゃう」
「それだけ非正規品ってことだろうね。無尽蔵に精霊石があるとは思わないけど」
先輩たちは飛び出すタイミングを見計らいながらめいめい感想を言い合っている。
「何人やられると思う? オレは肉壁と古代・ノーマルエルフ全滅させて、荷物持ちひとりだけ生かす気だと思う」
「我輩雑魚エルフは全滅させて、古代エルフの精霊全部剥ぎ取って止めると予想」
「ハーフエルフが本家を雑魚とか言うもんじゃないよ。私は普通エルフ三名は潰して、前衛戦士くんも殺っちゃうんじゃないかなあと読むね」
できたらアールヴや藤吉たちが傷つく前に飛び込んでもらいたいが、こちらが返り討ちに遭っては意味がない。安全マージンを取るのは当然とは言える。ちょっとだけ複雑な気分だが、これもシビアな世界の掟。我が家の護衛が暖炉の前でいまだにぬくぬくと置物と化しているのも、きっとこの世界の真理なのだろう。
警戒網を潜り抜けて、六人の同じ格好をしたPKパーティが拠点に接近した。そこからの展開は速かった。まず、正面扉から飛び込んだPK組のひとりが逆に吹っ飛んだのだ。さらに扉前に待機していたふたりが突然地面に突っ伏したのは、おそらくエルメスの重力魔術だろう。精霊が捕まったところで襲撃者の存在に気づいたのかもしれない。
エルメスが前衛の盾に守られて姿を現した。すぐ後ろには器と匙を手にテンパる藤吉もいた。何が起こったのかわからないまま視線が泳いでいるが、とりあえずもぐもぐと口に運んで食べているのは神経の図太さがなせるわざか。
エルフチームの勝利かと思われたが、反対側から侵入したPKチームが拠点を爆発物かなにかで吹き飛ばした。中にいた一般エルフ三人があっさりと散った。PKチームの中にどうやら爆弾魔がいるらしく、けひけひと笑っていた。
「あー、あれは薬師寺くんだなー。そうだよな。人間吹き飛ばしたかったらPKパーティに入るよな」
「部長の知り合いで草」
「どうせアングラ仲間でしょ。私も見たことあるよ。ゆくゆくは自作でC4作るんだってさ」
アングラは犯罪者の温床である。だが、使うのをやめられないのもまた事実。
「ま、これでちょうどよく数が減ったんじゃない?」
「古代くんレベル差で体力削りきれなくて草。PK組減ってない件について」
「私たちの獲物が残ってくれたんだから、むしろお礼を言わないと」
ポキリポキリと首の骨を慣らすネギ頭の寿々木先輩。
顎肉を揺らしながら謎めいたポーズを取る早河先輩。
干からびたような姿で眼鏡をすちゃっと上げる筱原先輩。
ついに彼らも動き出した。
〇〇〇〇〇〇〇
エルメス・アールヴを近くで見ていると、子どもっぽいと思うことが多々あった。
何十年と生きていても、心の成長がまだ十代なのだろう。唯一エルメスが従う相手が西蓮寺彩羽で、幼少期からの幼馴染みなのだという。藤吉なんかは女の幼馴染みだったら絶対に好きだろと思うのだが、ふたりを見ていると姉と弟のような関係性なのだと気づく。西蓮寺が面倒見の良いタイプなので、エルメスのような捻くれた不器用な人間は放っておけないのだろう。
そんな姉属性を持つ西蓮寺から離れて、エルメスはエルフ絶対主義のクランに入った。藤吉もおこぼれで所属することができ、華やかなエルフ世界の絶対的な上下関係を知った。
エルメスのような古代エルフはもはや信仰の対象で、他種族に冷ややかな二、三年のエルフ族が「天子様天子様」と憧憬に染まった目でエルメスに仕えるのだ。エルメスに命じられれば喜んで死んでしまうかもしれない狂気さも孕んでいる。
そんなエルフたちからしてみれば、ただの猿獣人である藤吉はゴミ虫以下に思われそうだが、割と扱いは丁寧だった。というのもエルメスが自分から従者に選んだ相手ということで、そこに疑問を挟む余地はないらしい。ものすごく丁寧な言葉遣いで「天子様の身の回りのお世話をできる奇跡を噛み締めなさい」と言われるのだ。藤吉も上位クランに加入して甘い汁を吸えるのだから、居座るためならなんでもやるつもりでいる。それこそ足を舐めろと言われれば爪の隙間だろうが指の合間だろうが喜んで舐める。
藤吉が自分の脇役的嗅覚を優れていると思うのは、誰に媚びを売れば安泰であるか直感で嗅ぎ取っているところだろう。精霊魔術を操りほぼほぼ魔術師の上位互換として君臨する圧倒的強さ、独善的でありながら幼馴染みに頭が上がらず思っていたよりも隙の多いイケメン、自分に付き従う限り勝利を約束しようと本気で言えるカリスマ性などなど、どこか憎めない人間味がエルメスの魅力だった。
そんなエルメスがいま、静かに怒っていた。
拠点を吹き飛ばされ、中にいた二年のエルフ先輩たちの生存が絶望になったことも、自分専用に用意していた高級羽毛のベッドが帰らぬものとなったことも、キレやすいエルメスにしたら血管ぷっつんである。
「ああなったら誰も止めらんねえよ。大人しく足に縋り付くしかオレっちたちにできることはねえ」
「だからってサル、それはあんまりにもあれな格好じゃないか?」
前衛戦士くんは見た目通りの脳筋なので、藤吉のとった行動が理解できない様子だ。元々考えることが得意ではないのだから、直感に従って生き残るように動くしかないと藤吉は思うのだ。エルメスの足に縋り付き、古代エルフの薄い尻に頬を寄せて。
「ばっかおめえ! 死にたくなけりゃエルメス様の足に縋り付けよ!」
「そんな格好の付かないことができるか」
「そんなこと言ってると巻き込まれんぞ。いまのエルメス様は容赦がねえ」
具体的に言うなら敵だろうが味方だろうが構わず重力球を生み出して、巻き込まれたものは地面へ叩きつけられるのだ。
「ぐあああ!」
「ああ、言わんこっちゃねえ」
見境のない重力球が二十、三十と増えていくと、後ろに立っていた前衛戦士の左半身が巻き込まれてぐしゃりと潰れた。いまここで一番安全なのはエルメスと密着することだけなのだ。藤吉は経験からそれを知っている。だから男の薄い尻に縋り付き頬をすり寄せることさえも、生き残りたいという渇望が凌駕してしまうのだ。しかもちょっといい匂いがするのが悔しい。
「PKパーティ捕獲部隊参上! ポリに代わっておしおきよ! オレの最近の推し彼女は地雷系ユーチューバー」
「刮目せよ! 貴様らに我輩のお力を見せてやろう! 推しの女は冗談の通じないド真面目堅物干物女!」
「闇より出でて闇より黒く、その汚れを雪ぎ浄めたまえよボンクラどもが。私の最近気になるあの子は夜のお墓で運動会系女子」
登場台詞が意味分からないが、とりあえず揃った仮面はクラン『しゅき兄』のメンバーで間違いないだろう。三人しかいないが、どうやらPKパーティを捕獲しに来たと。
「消えろなさい、雑魚ざぁこのものたち」
エルメスは新たに登場したヤツらもまとめて敵認定しているようで、藤吉はちょいちょいとマントの袖を引っ張る。
「旦那、旦那! これはラッキーです。どうやら敵同士でやり合ってくれるそうですから、いまのうちにオレっちたちは安全圏へ逃げましょう」
「……ならないのです」
「旦那、エルフ先輩たちがもういないんですから。それに戦士くんも旦那がやっちまったんですぜ? あいつの荷物を回収しないと戻ることも進むこともできないです」
「わたしたちは奪わわれたのであり、奪えばよかろうなのだ」
「容赦ない、素敵! 抱いて! 旦那の考えはもっともなんすけど、レベル差で倒し切れてないっす」
PKパーティと『しゅき兄』の魔術が飛び交う中心に藤吉たちは立っている。エルメスの精霊がこちらに飛んでくる流れ弾を自動で撃ち落としてくれているので安心安全だが、あえて渦中に飛び込んでいく必要はないと藤吉は思っている。というか言ったところで何もできない我が身なので、安全マージンを取っておきたいのだ。以前はサブタンクなんて思っていた時期もあったが、エルフの精霊が優秀すぎて、精霊兵みたいな感じに顕現して前衛ができてしまうのだ。前衛戦士と藤吉はいざというときの弾除けであり、迷宮内で世話をするサポーターの役割が強い。
エルメスと藤吉以外はクラン『聖樹の杖』の二年生であった。主にエルメスの階層更新とパワーレベリングを目的としているが、スキルは使わなければ成長しないので、護衛というか安全マージンの意味合いが強い。今回のような突発的な危機に身を挺してエルメスの残機となるのがエルフ先輩たちの役目といえる。それを喜んでやるのは藤吉からしてみれば常軌を逸しているが、そういう種族なのだ。
「旦那、オレっち寒すぎて幻見てんすかね。向こうから同級生の顔が見えるっすよ」
「幻視でないのです。あれはいちばん危険な男なのですから」
身を潜めるようにして近づいてきたのは、同じ一年のサポーターのクラスメイト。戦闘能力皆無にして、最強の切り札を持つ食わせ者。
「藤吉、エルメス、いまは何も言わずついてきて」
「全部は仕組まれていますね」
「それもちゃんと説明するから」
そう言って元来た道を返す元友人。藤吉をちらっと見たときに居心地悪そうな感じがしたのは、藤吉の方も気まずいと感じているからだろう。隠し事をされていたということに腹を立てて、藤吉はこの友人とのパーティを解消したのだ。白猫の根来太刀丸は猫人のクランにしれっと入り、このサポーターの友人は自らの目的とやらのためにクランを設立しようとして、いまはパーティメンバーを集めている。全員が女子というところに藤吉は懐疑的だったが、いずれも実力的には申し分ない。ハーレムパーティで別に羨ましくなんかないんだからねと僻む気持ちもほんのちょっと……いや、エルメスをちらっと見て、やっぱり結構あることを認めよう。
雪の斜面を駆け上がったと思ったら、何もないところに突如として前線基地が現れた。横に長い監視窓があったが、そんなものは遠くから見えなかった。
「偽装していましたのですね」
「幻術が得意な先輩がいるんだよ」
「こんなところで見張ってやがったのかよ」
そう零したくもなる。何も知らないのは自分たちだけで、虎視眈々とふたつのパーティから狙われていたということなのだから。
雪に隠れた入り口を通ると、暖かい空間に包まれる。暖炉があって、その前にポニーテールの背の高い少女が体育座りで丸まっている。
「龍村もいますか」
「寒冷地帯に弱いから、身動き取れなくなってるけどね」
「どういう集まりだよ」
入り口で雪を払い落としながら藤吉は愚痴る。友人はすでに戦闘中の監視に立っていて、エルメスは近くのテーブルから椅子を引っ張ってきて、龍村に近いところで暖炉の火に当たり始めた。藤吉はどうしようか悩んだ末に友人と肩を並べて戦闘を眺めた。
「それで、オレっちたちはただの囮だったってわけだ」
「結果的にはそうなったけど、PKパーティを追っていたら藤吉たちがたまたまいただけなんだよ」
「それを信用しろってのもな」
「今回の目的はPKパーティを捕まえることなんだ。僕も一度やられて、僕以外全滅したんだよ。何度も狙われるのは嫌だから、一度徹底的に叩こうと思って、そういうのが得意な先輩に協力してもらった感じかな。先輩たちの目的とも合致したから、こうして共同戦線を組んでるの」
「よりにもよって『しゅき兄』とか、見境がねえな」
「……実力は確かだよ」
「そりゃそうだろうよ。頭おかしいヤツほどこの業界は強ぇからよ」
エルメスしかり、この友人もしかり。頭のネジが外れているやつほど強くなる。常識に囚われないやつほどどんどん進めるのだ。藤吉は自分から積極的な目的はない。誰かに寄生してうまい汁を吸えればそれで良いとも思っていた。迷宮内の生活は嫌いではないから、エルメスに付いていくことは苦ではないのだ。何十日もサバイバル生活するのが性に合わない人間も一定数いるから、そういうやつほど最低限のノルマだけこなすだけのエンジョイ勢に落ちていく。藤吉だって一歩間違えればそちらにいた。エルメスが上昇志向の持ち主なので、それに引っ張られているだけだ。
藤吉なら間違いなくPKされても天災に遭ったと諦める。エルメスはキレるだろう。同じように犯人を探そうとするかもしれないが、見つけ出すための能力がないので結局泣き寝入りかもしれない。だが、この友人は持てる人脈と知識を総動員して逆襲撃するまでに到っている。その執念はどこから来るのだろうと思う。まるで小さな太陽のようにギラギラしている。同じように熱くなれない人間は、近くに太陽がいると熱くて逃げ出してしまうのだ。
戦況は『しゅき兄』のほうが優勢になっていた。幻術で翻弄し、土魔術で地形を操作し、魔物を操って敵にぶつけている。弱らせたPKパーティになにやら液体を振りかけて無力化している様子だ。
「あれは痺れ薬だよ。本来は魔物に使うやつだけど、自害されないように拘束するのに便利なんだ」
「それがPK組に流れないことを願うぜ」
「今日で主犯格を捕まえられれば無用な心配なんだけどね」
「そんな簡単な話かよ」
「そうだね。でも手を出せば容赦しないって顕示できるからね。それだけでも今後邪魔されないだけで楽になるから」
どこまで見据えて動いているのか、底知れなさに藤吉は身震いする。エルメスが唯一感情をあらわにしてライバル視する相手がこの友人だということを、その意味がわずかに理解できる。直接戦う力がなくとも、これから攻略組への階段を駆け上がるビジョンが見えているのだ。エルメスはそれに置いて行かれまいと、内心穏やかではないのだと思う。
どうやら勝負あったようだ。爆弾魔の両腕両脚を拘束して、なぜかくすぐり地獄になっているのはよくわからなかったが、『しゅき兄』のほうに被害はほとんどなく、PK連中は制圧されていた。身バレしないように揃えた装備が数打ち物で弱かったことや、奇襲に特化するために守りをほとんど考えていなかったことが決定的だった。それに『しゅき兄』の方には、回復アイテムをたんまりと支給するサポーターが付いている。
その後のPK連中の末路は悲惨の一言だった。要塞の地下に作られた拷問部屋。そこで召喚されたローパーが彼らの人権を蹂躙していた。全員の覆面を剥いた後、まだ会話できる状態のときに自白剤のようなものを投与して尋問が行われたのだ。藤吉はなんとなく立ち会ってみたが、腐っても先輩を相手に無感情に話を聞き出す友人の背中が少し怖くなった。自分の知らない人間を見ているような気がしたのだ。
「……お互いのことは、話せない……そういう、誓約だからだ……」
「前回僕のパーティを襲ったかどうかは言えますか?」
「……襲った。逆に返り討ちに、遭った……思ってもみなかった……」
虚ろな目で従順に答えていくことを書き留め、六人全員に尋問を終えた。爆弾魔だけはどうやら前回いなかったようで、うち五名が前回の襲撃に参加していたらしい。
「あとひとり見つけないと終わらないのか?」
「うん。見つけ出すよ。直接素性を話せない制約でも、聞けることはごまんとあるから」
地下から出てきた友人は、目に決意が宿っていた。入れ替わりに地下に降りていったネギ頭とゾンビのような先輩ふたりが、捕虜となった六名に何をするのかの興味は藤吉にはなかった。さてこれからどうするかなと、漠然と行く末を思った。後ろから聞こえてくるおぞましい声には、とにかく耳を塞いで聞かないことにした。
「おい龍村、おまえここにいる意味があったのですか?」
「……役に立ってない」
「彩羽聞くと、笑われます」
「私は何をやってるんだろう。寒いくらいでこのありさまだ」
「彩羽は自分も笑うでしょう。パーティが解散して、何も変わることがありません」
「エルメス殿は少しずつ変わっていますよ。結果が追いついてこないんです。私もですが」
エルメスと竜人の少女の龍村が気安く話しているところに入っていくのも野暮な気がして、藤吉は破壊され尽くした拠点から荷物を回収するべく雪のちらつく外に出た。長く迷宮に潜っていれば、不測の事態とやらはこれから何度も遭遇するだろう。
ほうっと吐いた息は、あっという間に熱を奪っていった。藤吉にできることは、これから奪われるものを減らすための努力だろうと、なんとなく思うのだった。
〇ステータス表〇
九頭龍村 竜人族Lv.96
《竜騎士》Lv.47
〈威圧感〉Lv.20 〈大円盾〉Lv.17 〈竜の末裔〉Lv.10
《槍術士》Lv.49
〈槍術〉Lv.28 〈閃光突き〉Lv.11 〈敏捷値+〉Lv.10
HP:2100/2100
MP:390/390
SP:500/500
STR(筋力値):604
DEX(器用値):490
VIT(耐久値):830+460
AGI(敏捷値):455+210
INT(知力値):393
RES(抵抗値):441
ついにパッシブスキルの〈アイテムボックス〉を外し、戦闘力一本で生きていくことを決めた。女子力を犠牲に強さを手に入れる。
寒冷地には弱いことを晒してしまい、ちょっと凹んだ。何があっても盾になるという意気込みが強くなった。
一方で女子学生として、軽音部の助っ人ベースとして練習を続けている。JKの空気感を勉強中。迷宮内でギターを練習するため、持って行っていいかリーダーに相談するかで悩み中。