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迷宮世界で男子高生で斥候職で  作者: 多真樹
When a dog walks, even a ogre's eyes bring tears.
41/65

第41階層 二十階層攻略開始

 21階層・草原エリア——


 草原に風が吹く。

 ひんやりとして草の匂いを風が運んでくる。目を閉じればぽかぽかした陽射しを感じて、ここが迷宮の中だと忘れそうな開放感だった。我慢できなくなった誰かさんが諸手を挙げて丘を駆け下りても文句は言えないだろう。魔物がそこら中に見えていて、駆けだした不注意なお馬鹿さんを狙い澄まして突撃していなければ、だが。


「日が出てるのにパイセン元気」

「レベルアップのステータス上昇効果で昼行衰弱のデバフが徐々に打ち消されていると見るのが妥当な解釈ですかね、くい」

「リーダーは眼鏡をかけていないが、その仕草に意味はあるのだろうか?」


 解説眼鏡キャラをやったら龍村にガチ目に訝しまれた。あたりには警戒するほどの危険はないし、ちょっとしたピクニック気分である。姫叉羅もぐーっと伸びをして、緊張感はほとんどない。

 と思っていられたのも、油断しきった闇音に魔物たちが殺到するまでの話であった。


「やっぱり迷宮の階層は部分的な空間を切り取った閉鎖空間であるという学説が一番しっくりくるかな。見てよ、空が青いんだよ」

「見てる暇ねーよ! 龍村、そっちに二匹こぼした!」

「太陽も雲も風もあるけど、目印をつけてまっすぐ歩くと、半日もすれば同じ場所に一周しちゃうらしいし。検証厨ほどじゃないけど、このオープンエリアの端っこってやつを一度調べてみたいと思わない? 僕、マップを埋める作業って好きなんだよね」

「私は殲滅するのが好きだ。姫叉羅、こっちは問題ない。早く荷物の確保を」


 言い切る龍村が魔猪の突撃を大楯で抑える。その横腹をすかさず槍で貫き倒していく。先行する姫叉羅がトゲ付きメイスでとりあえず突っ込んでくる魔獣をぶん殴り、文字通り一撃必殺で仕留めている。

 十頭の群れを構築していたLv.40台の魔猪だったが、ふたりは取りこぼしもなくあっという間に殲滅してしまった。本来なら突進の勢いを受け止めきれずに苦戦する魔物だが、龍村は自分の倍に比する大きさの、たとえば暴走トラックが突っ込んできても冷静に受け止める胆力がある。翼蛇コアトルとの死闘をくぐり抜けたことは無駄ではなかったようだ。

 レベルが上がると各種ステータスが成長するので、車に轢かれても傷ひとつ負わない身体ができてしまう。だから公式世界大会のどの競技でも、レベルの上がった冒険者は別枠で色物中継されている。正しく実力とは言いがたいからだ。

 魔猪は瞬殺だったので、周りの魔物をおびき寄せる暇もなく、続けざまの連戦はなかった。不動の盾役がいて、攻撃力の高いアタッカーがいれば、戦闘は驚くほど安定して終わる。危うく轢かれかけた黒いお餅は、ギリギリのところで姫叉羅に首根っこ引っ張られて回避し、いまは草原の一部となって寝転がっていた。


「やりこみ要素も好きだったな。アイテムコンプやモンスター図鑑も揃っていたほうが満足できたし」

「いとこのお兄ちゃんのとこでやったことあるけど、アタシは一回クリアすれば満足だったな」

「ゲームというのをやったことがないんだが」

「うちはクリア前に飽きる」


 それぞれの性格が出ている答えだことで。

 一周クリアするまで攻略法は一切見ない情熱はいまもある。しかし現実の迷宮に攻略情報はないし、これまでに先人たちが残した記録がすべて正しいとも限らない。得た情報は鵜呑みにするのではなく、自分のパーティにどう活かすかが重要になってくる。調べる時間はいくらあっても足りないのだ。だから迷宮の中が現実世界に比べて時間を引き延ばしていることを利用して、コピーした資料を持ち込み夜な夜な読み解いている。図書館の蔵書が迷宮への持ち込み禁止なのが痛いが、それも死に戻りしたら荷物の何割かをロストすることを考えれば当然の配慮だった。


 撲殺された魔猪から素材を剥ぎ取るのは僕の仕事だった。血の臭いで集まってくる魔狼から、いかに早く回収を終えるかが腕の見せ所である。魔狼の他にも空には数羽の魔鳥が旋回しているが、こちらは腐肉漁りを目的としていて、離れるまで近寄ってこないので戦闘にはならない。ナイフを的確に動かし、必要部位だけ切り取っていく。魔猪から取れるものは、牙、猪肉、毛皮、魔石である。骨や内臓も一部とっていくが、これは《調合師》のジョブを持っているので必要素材だからだ。《錬金術師》や《魔術師》でも素材として使うが、うちのパーティは必要としていなかった。


 姫叉羅はべっとりと血糊のついたメイスをぼろ布で拭っていた。三人でパーティを組んでいた頃は腕力にものをいわせた戦闘だったが、龍村との連携を踏んで行くにつれて、無駄な攻撃回数を減らすように立ち回るようになった。それまではとりあえず叩くというモグラ叩きのようなスタンスだったのだ。攻撃自体にも冴えが見えてきており、一頭にてこずって取り囲まれるような愚を避けるために、急所を狙った一撃でうまく仕留めているところも高評価だ。本人曰く、闇音が技術もなく武器を振り回すだけの戦闘姿を見せるものだから、妙に冷静になって自分を客観視してしまい、ただ得物を振り回すことしかできない素人姿が恥ずかしくなったのだそうな。


 《獣戦士》を取得してからの闇音は、夜限定で前衛に慣らしているが、その戦いっぷりは素人に毛が生えたものだ。周りがサポートしてなんとか戦えている風に見えているだけで、そのことに本人が気づいているかは定かではない。いずれ気づいて恥ずかしい黒歴史になるのかは想像の域を出ないが、いまは見栄えより少しでも経験値を積んで戦闘に慣れ、武器に習熟し、レベルを上げることが大事な時期だった。慣れていけば自然と連携を覚えるし、一回の戦闘も楽になる。これからも迷宮には、体感時間で何か月も籠もるようになることを思えば、浅いうちから目標を持って鍛えた方が効果的だった。

 それに、レベルが上がらなければステータスは低いままだし、覚えられるスキルの数も限られてくるし、ジョブを上位へ昇格させることもできない。上位職のほうが有能なスキルを覚えるし、ステータスに高い補正がつくし、幾度も上位職へ昇華したものしか迷宮の深層へは進めないのである。

 僕の目算では、盾濱迷宮の最下層百五十四層、在学中最高到達階層八十二層の記録を考えるに、少なくともジョブを二つとも、二ランクは上位職へクラスアップしていなければ在学中に最高到達階層すら届かないだろう。現在の世界最高峰冒険者がクラスアップを五以上こなしていることを考えれば、在学中に盾濱迷宮を攻略する予定の僕は、ジョブ六つを最低でも三回クラスアップする必要がある。総レベル数でいうと、九百は当たり前に超えることになる。しかし決して難しいというわけでもないのだ。


「あ、オオカミきたよー。行ってくるねー」

「行かなくていい! ……って、ああもう! パイセンの単細胞!」


 姫叉羅が制止する間もなく、弾丸のように闇音が駆け出していた。それを追いかけて、姫叉羅も走り出す。


「前々から気になっていたのだが、あの娘は自殺願望があるのだろうか?」

「目の前にニンジンがぶら下がっていたら走り出さずにはいられない子なんです……」

「いくら死んでも治らないバカなんだよ、パイセンは!」


 龍村の疑問に、なんだか恥ずかしい思いをしながら答える。物覚えの悪い子を持った親の気分だ。振り返って怒鳴る姫叉羅が父親で、僕が母親ポジションである。

 龍村もしぶしぶ走り出し、僕もそれに合わせて並走する。闇音の姿があっという間に米粒になっていくが、一撃でやられるほど弱いとも思っていないので、そこまで全力で走っているわけではなかった。


「誰かが手綱を握らないと、いずれ我々も巻き込む危険があるぞ」

「むしろ巻き込まれた経験があるだけに何も言えねえ!」

「浅い階層だからとどこかで楽観視していたんです。重々承知はしているんです。ねえ、お父さん」

「誰がお父さんだ! パイセン産んだんか!」


 子どもの失態にペコペコ謝罪する親の心境である。そうすると龍村は近所のお節介おじさんポジションだな。


「勝てないよ助けて!」


 魔狼に追いかけられて、頭から盛大に血を流す闇音が逃げ帰ってくる。龍村の脇をすり抜けて闇音がズザザーと頭からスライディングを決める。


「タッチダゥゥゥゥゥゥン!」

「うるさいよ」


 下草を頬にくっつけながら、やり遂げた顔で固く拳を突き上げる闇音の頭をド突いてやりたい。どんな子どもでもよしよしと迎え入れてやるのが優しい親なのだろう。しかし闇音の胸ぐらをむんずと掴んで、手近な魔狼に向かって投擲するのが鬼の姫叉羅パパである。


「んぎゃーーーーー!!!」

「パイセンもちょっとは役に立て」

「私に集める! 〈大円盾〉!」


 龍村が〈威圧感〉のスキルで魔狼十二頭のヘイトを取り、向かってくる灰色の肉食獣たちをスキルの盾で跳ね返している間に、闇音をぶつけて怯んだはぐれの魔狼の頭を姫叉羅がかち割っていた。


「おら、次だ、パイセン。背後から狩りまくりだ」

「もっと割れ物注意で扱ってよ。うぅ……」


 気が抜けるようなやりとりの間にも、龍村が威嚇して足を止めたおかげで、闇音の拙い爪攻撃でも魔狼のバックアタックを取ることができていた。ちなみに闇音は《獣戦士》を取得してから、武器は手甲に三本爪のついた近接武器を使用している。決してウル〇リンとは言ってはいけない。

 《獣戦士》の空きスロットには敏捷値+Lv.5のみが実装されており、いまのところジョブの恩恵はほぼ戦闘ステータスの上昇である。闇音に小手先のスキルはまだいらない。それに、闇音の潜在スキルには種族特性の〈獣化〉があるため、こちらをまず伸ばすことが急務であった。

 四つん這いの姿から瞬転、魔狼の背中に爪を立てている。攻撃自体は急所を外しているし、傷は浅いものであるが、そこは戦闘訓練のつもりで一対一になるように姫叉羅と龍村がうまく誘導している。龍村と姫叉羅はもはや作業のようにヘイトを奪い、背後から一撃という黄金律を確立させている。


「ふ、ふう、なかなかやるようだな。貴様、まさか名のあるボスではないのか!」

「いやいや、名もなき雑魚だろ」


 奮闘むなしく押され気味な闇音を観戦し、姫叉羅が呆れたようにため息を吐いた。自慢のメイスを拭っており、もはや戦闘に参加する素振りはない。龍村の方も周囲を警戒しているが、闇音を助けようとはしていなかった。

 まるで中ボスとの一騎打ちのように魔狼と一進一退の激戦を繰り広げる闇音である。お気に入りの黒いフードがボロボロである。

 さて、僕は素材剥ぎに精を出そうっと。闇音と戦った魔物は傷だらけで素材としての価値が大幅に落ちてしまうので、それ以外の一撃で仕留められた魔物を手慣れたナイフ捌きでサクサク解体していく。


「やったどー! 魔狼フェンリルを討ち取ったどー!」

「そんな大層なネームドモンスターじゃねえよ」


 闇音が肩で息をしながら興奮した様子で雄叫びを上げている。


「闇音お疲れさまー。じゃあ移動するよー」

「えー! 休ませてよ-! リーダー鬼!」

「その休憩中に魔狼を呼び寄せた奴がよく言うよ」


 姫叉羅は不満を垂れるが、ズボラな闇音に水筒を手渡してやっていた。口では色々言うが、面倒見の良い姉御肌なのが姫叉羅である。


「移動するなら何か持とう。リーダーにばかり負担をかけているからな」

「お気遣いなく。アイテムボックスには余裕があるから」

「そ、そうか。必要ならいつでも私に言ってくれ。何か役に立てることがあれば嬉しい」

「いまでも十分助かってるけどね。龍村がいて戦闘が捗ってるよ」

「そうか。それならばいいのだ」


 どもった感じの龍村は、僕に話しかけるときはいつもこんな様子だ。それを見て、姫叉羅が歯につまったような顔をするが、結局何も言わない。言いたいことはわかるが、僕が言うのもなんか違う気がするのだ。微妙な人間関係だね。


「もっとうちに優しくしてくれーー!」


 闇音が吠えるが、その姿は戦闘で勝ったのに負け犬の風情だった。




〇〇〇〇〇〇




 盾濱迷宮二十一階層、草原エリア。

 見渡す限りの地平線に、煙が一筋上っていた。遮る物のない空がオレンジに焼ける夕暮れ。だだっ広い草原でのキャンプは少々の心細さもあったが、焼ける肉の匂いが一時の間だけ忘れさせている。


「パイセンをコントロールするにはやっぱり首輪を嵌めないとダメだと思うんだよな」

「極論過ぎやしないか? 獣風情に貶めてしまったら人権も何もないだろう」

「闇音にいるかな、人権」


 そこで当然のように否定できない獣っぽさが闇音にはあった。ひとりの人間の人権を蹂躙しようというのではない。闇音では抑えきれない衝動を、外側から管理しようというのだ。ただ姫叉羅の言い方だと犬の調教のように聞こえてしまい、外聞が悪い。本人的には当たらずとも遠からずで、手のかかる飼い犬の世話をしてきた飼い主のように、これまでの苦労に投げやりな気持ちがにじんでいた。


「そうなると《調教師》のジョブは外せないかな。系統で考えると《調律師》や《司令官》も近いよ。でも行動を束縛するという意味だと、やっぱり第一候補は《調教師》だね」

「魔物を服従させる首輪があるらしいけど、それって人にも有効なのかね?」

「倫理的にやってみてはダメな類いだと思うが……」


 姫叉羅は半信半疑、龍村は常識的な感覚で眉をひそめている。


「人専用の隷属の首輪はあると思うよ。非合法だから表には絶対に出回らないだろうけど。学園内で付けてるのがバレたら一発退学だと思う」

「なんでそんなことを知ってるんだよ? 興味があるとかじゃないだろうな?」

「……そんなことないです」

「あ! 目を逸らした! こいつ怪しいぞ!」

「そういう趣味だったのか……まぁ、人それぞれではあるだろうが」

「僕だってやっちゃいけないことくらいわかってるよ。アングラだとそんなのばっかり流れてくるし。倫理的にダメだとわかってても、いや、わかってるからこそ手を伸ばしちゃう愚か者もいるんだよ……」


 遠い目をしてみても、誰にも理解されなかった。裸の女の子の首に鎖をつけて四つん這いにさせることが悪いことだと頭ではわかっているが、それはそれで二次元での需要があるのも事実だ。三次元では絶対にやっちゃダメなやつだ。しかし姫叉羅は冗談半分で受け止めているが、龍村の方は真に受けている節がある。変態趣味でも受け止める、という龍村さんに気概には脱帽です。


「闇音としては、首輪をつけて命令されるのってあり?」

「ん?」


 骨付き肉に無心でかぶりつき、油で口の周りをテラテラにしている闇音に聞いてみた。


「首輪つけられたら、命令で働かされる?」

「どっちかというと勝手に動かないように命令するかな」

「じゃあいいよ」


 「じゃあいいよ」の意味がよくわからない。深く考えもせずに了承する闇音がちょっと怖かった。たとえるなら連帯保証人に署名してと言われて深く考えずに捺印を了承しているような。ことの重大さを理解していないというか、危機感がバグって考えることを放棄しているというか。


「……パイセンってよくいままでひとりで生きてこられたよな」

「腐っているかどうか嗅ぎ分ける鼻は持っているからね。ふんす」


 ない胸を張る闇音だが、もちろんそういうことではない。なんでも食べられるかの話ではなく、食い物にされるかという話ね。


「ひとつ聞きたいのだが、リーダーは六つのジョブを持っているが、《調教師》を取るならジョブの管理は大丈夫なのか? ひとつ減らすのだって痛手だろう?」

「そこはあんまり気にしてないかな。いまのところそんなに重要じゃない《盗賊》か《斥候》を削れば済む話だし」


 これまでは呪いの所為で戦闘系が軒並み不可だったことと、魔力が低いので魔術系が死んでいたという理由もあり、技術的なサポートジョブを選んで取得していた。それも野良迷宮でのソロ活動が前提で、安全マージンを得るために必要だっただけだ。パーティを組むようになって、哨戒や荷物管理にも余裕がでてきたので、ここらでパーティの底上げになるジョブを取得してもいいかと思い始めていた。

 僕の現在のジョブはざっとこんな感じだ。


《斥候》気配察知Lv.13 暗視Lv.14 無音移動Lv.15

《調合師》調合Lv.16 品質+Lv.21

《召喚士》契約Lv.5 使役Lv.8 召喚獣コアトルLv.52

《鑑定士》鑑定Lv.17 隠蔽Lv.12 観察眼Lv.15

《荷役士》生活魔術Lv.24 調理Lv.20 軽量化Lv.14

《盗賊》開錠Lv.5 罠解除Lv.6 隠密Lv.17

パッシブスキル / アイテムボックスLv.3(だいたい六畳間一部屋分)


 直接戦闘に参加できないので魔物からの経験値が少ないのと、ジョブ数が多いのでどうしても経験値が分散されてしまうためにあまり強くはない。

 新たに取得するとして、《調教師》なら闇音を効果的に戦闘に参加させられるし、《司令官》なら全体支援スキルによってパーティメンバーの体力や敏捷の向上、火や冷気耐性などのバフ効果を期待できる。《司令官》を取得するにはまず《兵士》のジョブをLv.50まで上げる必要があるが、今後を考えれば遠回りするのも悪くない。

 何を削るかだが、《召喚士》は外したくても外せない。コアトルの寄生の所為で、ロックがかかっているようなものだ。《荷役士》は戦闘以外の重要な生命線になるので残留。《鑑定士》《調合師》は趣味みたいなものだが、〈隠蔽〉のスキルは必要だし、実益も兼ねているので外す候補には入るがいまは保留。《盗賊》は外しても問題ない。中層から宝箱や罠が増えてくるため、あったらあっただけ効果を発揮するが、ジョブの大幅補正がなくともスキルさえ入れておけば経験でなんとかなる範囲か。もうちょっと視点を広げて考えてみれば、いずれ《獣戦士》の闇音に斥候職を引き継いでもらいたいのだから、《斥候》をとりあえずのチェンジ候補にしておけばいいか。


 現状でやりくりするならこんな感じだが、平行して野良迷宮の攻略は進めていくつもりなので、その際にジョブ枠が増えることも十分に考えられた。野良迷宮に龍村や姫叉羅を連れて伴ってジョブスロットを増やすことも考えたが、いまあるジョブに磨きをかけて行く方がいいかもしれない。ジョブの数だけ取得した経験値も分散してしまうのは、ときとしてデメリットにもなる。スキルスロットを増やす分にはメリットが勝るので、積極的になったほうがいいかもしれない。ふたりはエキスパートを目指して狭く深くのほうが合っている気がする。そして僕は浅く広くの器用貧乏というね……。


「ところで姫叉羅と龍村さんにお願いがあるんだけど」

「何でも言ってくれ」

「急になんだ? エッチはパイセンに頼めよ」


 話を振られてわざとしなを作る闇音をちらりと見て、残念なため息を吐く。闇音は腰を横に倒して足を流し、花魁のような流し目を送ってくるが、ポテトのポタージュを飲んだあとだからか鼻の下に白ひげができていた。


「ひとつのジョブに三つのスキルスロットがあるよね? でもアイテムボックスとかのパッシブスキルを使うのに、スキルスロットがひとつ埋まっちゃうじゃん?」

「まあ、スキル管理は冒険者の永遠の悩みの種だな」

「そこで提案なんだけど、僕のアイテムボックスがLv.4に上がったら、ふたりのアイテムボックスを外してジョブスキルに割り振らない? ふたりのジョブレベルを50以上にして、ちょっとでも早く上位職に昇格させたいんだよね。上位職になればステータスアップとスキル効果も上がるから、第一目標に据えたいんだけど」


 一見するといいこと尽くめだが、もちろん落とし穴はある。姫叉羅がいい顔をしていないのも、それがわかっているからだ。


「それってアタシらの荷物を全部リーダーに預けるってことだろ? リーダーが死んだらそこでアタシらもおしまいってことだよな?」

「そうなるねえ」

「しかもプライベートな荷物も渡さないといけない。着替えとか、生理用品とか」

「そ、そうなるねえ……」

「しかもリーダーはそれをいつでも取り出すことができて、いつでも好きにできるってわけだ。下着とか下着とか下着とか」

「しないよ、しません。命賭けます。誓約書書いてもいいです」


 迷宮だけに生きる廃人ならば、プライベートなものを預けることなど大したハードルではない。しかし彼女たちは、いったん街に繰り出せばカフェでお茶し、SNSに何でもない日常を投稿するようなJKなのだ。生粋の迷宮廃人ではないため、それを強要することはできない。あくまで自分の成長を望んだ結果、より効率的な方法として、アイテムボックスを削る選択肢があるのだ。普通のJKなら勇み足どころかこの手の話題に嫌悪してもおかしくはない。


「私は構わない。もとより自己管理のできる人間ではないと痛感している。着替えもろくに畳めないような女だ」

「おま、それはどうかと思うよ?」


 言い切る龍村に姫叉羅が心配そうな目を向ける。姫叉羅は割と家庭的なタイプだからなおさらだろう。


「誰かに任せられて、それが最良の選択なら、是非もない」

「うちもいいよ-。出してほしいときに出してくれる便利屋さんってことだもんね」

「潔すぎる。女捨ててるぞ、おまえら」

「私は女だ」

「うちだって女よ、いやんいやん」


 なにをバカなと憤慨する龍村と、花魁くねくねの脳天気な闇音。ふたりとも複雑な乙女心とは無縁の、根が単純だということは言わない方がいいかもしれない。


「そういえばここにはJKである以前の子がふたりもいたんだったね」


 僕が彼女らの下着をアイテムボックスから直接手渡ししても痛くも痒くもないだろうし、いっそ清々しい顔をするだろう。実はすでに洗濯も僕が行っている。そのことに姫叉羅だけが困惑しているが、彼女の方が常識人だった。その戸惑いも常識的なものである。アタシがおかしいの? という顔をしているが、どうか安心してほしい。ほかのふたりがちょっと常識から外れているだけだ。そして迷宮はそんなネジの外れた連中にふさわしい場所でもある。早めに姫叉羅もネジを外すことをおすすめしたいが、僕が積極的に勧めるのも違うのだ。


「わかったよ。死ぬほど嫌だけど、アタシだけ意識してるのもなんか変だし、それが強くなるために必要なことならやるよ。やってやるよ」


 ああ、これも集団心理というやつだろうか。姫叉羅がわずかに頬を染めながら提案に乗ってしまった。言質が取れたので有効活用させてもらうけども。しかし迷宮の深層へと潜るならば、いずれ呑んでもらわなければならない条件でもあった。JKである前に、ひとりの迷宮探索者であらねばならない。繰り返すが、強要することはできない。しかしそうやって常識の皮を一枚一枚剥ぎ取って行かなければ、いま以上に強くなることは難しい。

 迷宮探索者の『それなり』で収まるつもりならば、そこまでストイックになる必要はないのだ。卒業するだけならば、まともなパーティを組めば誰でもできる。部活の延長のような感覚で迷宮に潜る輩のように、娯楽として享受し、活動するのも悪ではないのだ。

 しかし中途半端な人間は、僕のパーティには向かないだろう。結果、僕はパーティメンバーにアスリートになることを強要しなければならなかった。それが可能であるポテンシャルを秘めている人材を集めたつもりだ。そしてこれからも増やしていく予定である。


「こちらの世界へようこそ、鬼娘よ。きーひっひっひ。うちのように立派な汚女(おとめ)となるよう教育してやろう」

「うぜえ」

「私もその『汚れ女』なのだろうな……」

「自覚あるなら気を付けようぜ! 親友の西蓮寺さんに教わってこいよ」


 専属サポーターとして戦闘と育成以外の面倒事を一手に担うのが僕の役割なんだけどね。特殊ジョブの《執事》を取得するのも、ジョブ枠に余裕ができたらありなのかもしれない。サポート能力に強補正がかかるから、バッファーとの相性がいい。だが、わざわざ貴重なジョブ枠をひとつ埋めるほどトリッキーな人間は少ないのでなり手は少ないが、エルフクランや猫人族のお世話係が取得しているという話である。


「その素質はあるってことだろ。アタシは死んでもそっちに行かねえ。プライベートなものは意地でも自分で背負ってやる」

「却下で。動きが阻害されるから全部預けて」

「そんな殺生な!」


 バックパックを背負うなら、行動を制限しない小さいものだけだ。入れるにしても、回復アイテムだったり、予備の武器だったり、緊急性と使用頻度の高いものだけに厳選すべきだと思っている。

 僕は戦闘に参加できないからこそ、迷宮内の衣食住を充実させて、不満を抱かないように舵取りしつつ迷宮攻略を後押しする。豚もおだてりゃ木に登る、ではないが、どんなパーティよりも居心地の良さを提供できる自信はあった。

 戦えないことが負い目とならないよう、できることはなんでもやる。知識を頭に叩き込んでどんな状況にも対応できるようにする。仲間の鬱憤を溜めないように執事のごとく奉仕する。万全に戦えるように仲間の体調管理を徹底する。ボクサーのセコンドのように寄り添い、檄を飛ばし、ときに背中をさする。それらはすべて、結局のところ、巡り巡って自分のためであった。


「ここを出たらスキルスロットの見直ししようね」

「ウチめんどいからリーダーやって」

「一緒にやるから」

「私もアドバイスがほしい」

「いいよ。一緒に最適なスキル構成考えよう。まず自分のスキルを一覧にまとめて、戦闘に合ったスキルをピックアップするんだ」


 闇音と龍村がひとりでできるか不安そうだったので、僕は任せてと請け負った。ひとのスキル構成を考えるのも好きである。初心者のカードデッキを喜んで組んであげるデュエリストみたいな気分だった。


「リーダー楽しそう」

「こういうパズルみたいなの好きなタイプなんだろ?」

「スキルの組み合わせによっては威力が2倍3倍の効果を発揮したりするからね。槍系の攻撃スキルと移動系のスキルを組み合わせれば、目にも留まらない速さで刺突できたりするし」

「一撃離脱は便利だな」


 ある程度の定番と呼ぶべきスキルの組み合わせが確立されているが、たまに超優良な組み合わせを独占して外に出さないようにする輩もいる。自分だけの強さを追い求めるのも冒険者の醍醐味である。

 焚き火を囲み、スキル談議で盛り上がりつつ夜は更けていった。




〇〇〇〇〇〇




151 :名無しさん@天狗になるなよ中堅:

今年の一年はどんな感じ?


152 :名無しさん@天狗になるなよ中堅:

古代エルフが頭ひとつ飛び出してる感じ


153 :名無しさん@天狗になるなよ中堅:

勧誘できない一年の名を上げても仕方ないでしょ。どうせエルフのクランに入るだろうし


154 :名無しさん@天狗になるなよ中堅:

古代エルフはエルフの中でも別格。カナヘビとニホントカゲくらい違う


155 :名無しさん@天狗になるなよ中堅:

よくわからないたとえされても


156 :名無しさん@天狗になるなよ中堅:

???


157 :名無しさん@天狗になるなよ中堅:

エルフはみんな精霊だから。真祖に近ければ近いほど人より精霊寄り


158 :名無しさん@天狗になるなよ中堅:

『戦乙女』の冠姫のひとりにエルフいたべ?


159 :名無しさん@天狗になるなよ中堅:

あれはハーフエルフ。ヒト寄りのヒト

風紀委員長でもあるから、なんなら人間味が強い


160 :名無しさん@天狗になるなよ中堅:

有り寄りの有りみたいな言い方ウケるww


161 :名無しさん@天狗になるなよ中堅:

ほかに有望な新人はいるかね?


162 :名無しさん@天狗になるなよ中堅:

猫人様がいる


163 :名無しさん@天狗になるなよ中堅:

それも猫人メインのクランに絶対入るだろ。世話好きなサポーターに可愛がられるだけの『猫股旅旅団』な


164 :名無しさん@天狗になるなよ中堅:

たまにお許しいただくもふもふが我々信者の生きる糧


165 :名無しさん@天狗になるなよ中堅:

別の意味で信者キタコレ


166 :名無しさん@天狗になるなよ中堅:

今年の一年のトップ組は女の子多いよな。人魚姫に竜人侍だろ? あと鬼姫もいたな


167 :名無しさん@天狗になるなよ中堅:

種族固定のクランに引っこ抜かれないことを祈るしかない。『ビック棍棒』とか鬼人族だし、『青竜党』は竜人族


168 :名無しさん@天狗になるなよ中堅:

ただでさえ少ない種族補正の強アタッカーが固まるなって話


169 :名無しさん@天狗になるなよ中堅:

みんなサポーターには注目してない? 虎牟田先生がかなり贔屓する一年いるでしょ


170 :名無しさん@天狗になるなよ中堅:

留年組を十階層突破させるためだけの特別要員って聞いた


171 :名無しさん@天狗になるなよ中堅:

戦闘力皆無のヤツな。いらんわ


172 :名無しさん@天狗になるなよ中堅:

《荷役》がメインジョブとか笑うしかないよな


173 :名無しさん@天狗になるなよ中堅:

数少ないパーティ枠なんだから、バフデバフかヒーラーにするわ


174 :名無しさん@天狗になるなよ中堅:

いや、上に行けば行くほど《荷役》がいるだろ


175 :名無しさん@天狗になるなよ中堅:

でもいまさら《荷役》に転職するやついないよな

だから攻略組は《荷役》を囲い込む


176 :名無しさん@天狗になるなよ中堅:

それ以外にもいろいろ噂の絶えない一年らしいぞ

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― 新着の感想 ―
[一言] 要らんわ、と言っておいて後になってから、なんで居ないの!?て驚くところまでがセットの流れですね。
[一言] >エッチはパイセンに頼めよ 龍村さんがイエスを返してくれそうなのに、パイセンに頼むのは……いやま、龍村さんとヤって責任とらなかったらハザマくんのメンタルのほうがマイナスくらいそうだけども。…
[一言] 待ってました!久々に読み返しても面白かったです! 執筆楽しみにしてます! 闇音はもうちょっと危機感を持った方がいいw
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