第28階層 鑑定士
コアトルはすでに二階層で暴れ回っており、点々と残る魔物の断片や死骸を追っていけばよかった。しかし魔物の死骸を見る限り、オーク以外で好戦的な魔物はあまりいないようだ。その他の魔物はオークの餌になるような雑魚なのか、ときどき迷宮の分岐点で見かけたりするが、闇に引っ込んであっという間に逃げられた。
「ふんふん!」
闇音がシャドーボクシングをしている。
昼とは別人のようで、僕はもう慣れた。姫叉羅はパーティを組んでからひと月経つものの、いまだに闇音の上がり下がりする精神性を受け止めきれておらず、切り替えるのに十分くらい必要だった。
昼は何を言ってもやる気がなくてダメで、夜は何を言っても聞く耳を持たないからダメなのだ。闇音にはなから期待してはいけないというのに、真面目な性格だから、食器洗いをやらせようとして言うことを聞かずイライラ、テントの設置を手伝わせようとして逃げられイライラしている。
そんなことだから、基本的に眺めるだけの僕は、折を見て姫叉羅を宥めるために、色々と話しかけ怒りの矛先を霧散させている。おかげで、姫叉羅の趣味が割と乙女寄りで、お菓子作りが得意なことまで聞き出してしまった。「他の奴に言ったら殴る」と念を押されているが、顔を赤くした姫叉羅は年相応の乙女だ。テンションの高いときの闇音がそれをめざとく見つけて、指差して「赤鬼だ」とケラケラ笑ったときは、さすがにフォローのしようがなくこれから起こることに耳を塞いだ。乙女から一瞬にして修羅へと表情を変えた姫叉羅は、伊達に鬼人族らしく二本の角が生えてないなと思った。
「ジョブスロットを増やしたら、うち《呪術師》がほしいなあ」
「なんでオカルト系の職業ばっかりなんですか。絶対勝手に決めないでくださいよ? 《獣戦士》にするために連れてきたんですから」
「うち、なんかそうやって決められるのやだー」
「じゃあ今後のことを考えつつ自分が最善と思う方法を言ってくださいよ。それが正しいと思えば引き下がりますので」
「うーん……暴れて、寝て、食べて、寝る?」
腕を組んで小首を傾げる姿に愛嬌がないこともない。いつも眠そうな目はカッと開かれ、外を駆け回る小学生の爛々とした目に近いし、三角帽子を脱げば、そこには黒髪ストレートの中からぴょこんと飛び出す黒犬耳があるはずだ。ローブの下から、尻尾がさわり、さわりと動いているのもわかった。
「そういうのを無計画って言うんですよ」
「へぇ、うち初めて知った」
「少し賢くなってよかったデスね」
「うん」
これがちょっと頭の回る子なら皮肉の応酬になるところだが、闇音は良くも悪くも裏表がない。言葉通りに受け取り、思ったことを口走るのだ。臆面もなく言えることが彼女の強みだろう。決して羨ましくはない。
闇音はぐっと体を伸ばした。ちんまり体なので、腕を天井に目いっぱい伸ばしても、僕の身長よりちょっと高くに手が届くくらいだ。彼女の両手は空いており、持ち物のほとんどは〈アイテムボックスLv.1〉に放り込んでいる。
前回の迷宮の戦果で得たものを売り払い、それでも足りなかったので僕と姫叉羅からお金を貸して、闇音が〈アイテムボックスLv.1〉を購入する援助をした。彼女の借金は二百五十万。それは、迷宮で得たものから差っ引いていくことになる。後で返してと言ったところで、彼女が衝動的に有り金を使ってしまうのを知っているから、こちらで金銭の管理をしたほうがいいということになった。
ちなみに闇音のステータスはこんな感じだ。
名前 / 黛闇音
年齢 / 16歳(2月4日)
種族 / 半吸血鬼族(吸血鬼・狼獣人のハーフ)Lv.23(※種族レベルは職種レベルの合計値)
職種 / 闇魔術師Lv.9 影魔術師Lv.14
ポジション / アウトサイドアタッカー
HP:112/112
MP:250/364
SP:45/45
STR(筋力値):33
DEX(器用値):31+250
VIT(耐久値):21
AGI(敏捷値):32
INT(知力値):56+24
RES(抵抗値):92+400
《闇魔術師》 享楽地獄Lv.2 高魔術抵抗+Lv.7
《影魔術師》 影縛Lv.6 影棘Lv.4 擬態Lv.4
パッシブスキル / アイテムボックスLv.1
潜在スキル / 吸血Lv.8(未装備) 獣化Lv.7(未装備)
ユニークスキルである〈吸血〉と〈獣化〉を実装できないのがとても勿体ない。どっちとも使用した場合の姿はまるきり野生の獣なのだが、攻撃力アップと回復によって無尽蔵に立ち回れるところが魅力的なのだ。安定したアタッカーの姫叉羅がいる中で、敵集団をかき回す闇音という配役が望ましい。あとひとつ贅沢を付け加えるのならば、僕を守るタンクが一枚あると嬉しい。なければないで逃げ回るだけなんだけどね。魔術師としての活躍は……残念ながら見送りである。器用値と知力値を頑張って上げることで味方誤射はなくなるはずなのだが、闇音が別に巻き込んでもいいやーと開き直っているため、そのあたりを改善しなければどうにもならないという結論が出た。十一階層から先に進んでいないのも、こうした試みを続けているからということもある。
確かユニークジョブで《吸血鬼》があったはずで、これは影魔術師と闇魔術師を足してさらにユニークスキルを追加したような強ジョブなのだが、いろいろステータスが足らなくていまの闇音では使いこなすことができない。
そもそもが獣人族が《獣戦士》を、ドワーフが《鍛冶師》を持っているように、種族特性で初めから備わっているはずのジョブなのだが、半吸血鬼扱いのために取得に条件が発生したとのこと。つくづく惜しいひとだ。未完の大器とはよく言ったものである。未完のまま大きくならないのが頭痛の種なのだが。
「〈影縛〉! か~ら~の~、〈影棘〉!」
「おいちょっと! こっちまで攻撃飛んできてる!」
闇音の高らかに放った影魔術、闇魔術は、正面の緑色のオークの足を絡め取って動きを封じたところで、闇から棘のようなものが全身を貫くという脅威の攻撃力だ。遺跡は闇が深く、そこら中に影があるから、闇音の魔術攻撃力も普段より補正効果が発生する。知ってか知らずか、こういう場所では適材であった。
しかし無差別な攻撃は僕にも被害が及び、僕まで貫こうとする闇色の棘をおかしな体勢で避けることになった。それを見てケラケラ笑うし。
二階層、遺跡の石畳は、ところどころめくれて土が見えていた。段差があるので足を取られないようにしなければならない。景色は相変わらず石造りで、壁にはところどころに松明をかけるための縁があった。通路は入り組んでいて、一階層のときよりまっすぐではない。通路の左右にたまに小部屋があり、コアトルが取りこぼしたオークがのっそりと現れることがある。そいつらは肌着を着ていたり、革で防具を拵えたり、決して素手ではなく生き物の骨を棍棒代わりにしたり、たまに錆びた鉄剣を武器にするものもいた。
一階層は原始的なオークだったが、二階層になってより知能の高いオークと遭遇するようになった。それでも高ぶっている闇音が割と洒落にならない攻撃で蹴散らしてくれるので危機的な状況にはいまだに陥っていない。
これまでの戦績で言うと、僕が六体、闇音が八体を仕留めている。その八体を仕留める間に、僕は三回も巻き添えを喰らいかけているのだが、これはもう諦めた。僕のステータスはひとより高めなので、最悪闇音の攻撃を喰らっても、手持ちで十分に回復することができると判断しているからだ。それでも痛いのは嫌なので、全力で回避する。
諦めた代わりに、闇魔術の〈享楽地獄〉だけは使用を封じた。状態異常にランダムでかかるエグイ魔術なので、死に戻りのできない野良迷宮で使うリスクは負いたくない。状態異常――即死が本気で洒落にならないし、それでもついとか言って使っちゃうのが闇音さんなんだ。いつも危機と隣合わせだった。
この野良迷宮では死体はすぐに消えない。一日かけて迷宮が消化するらしい。だから、見るに堪えない姿でコアトルに齧られた死骸がそのまま転がっているし、そういうスプラッタ―現場は喜んでみたいものではない。
「ちょっといいですか?」
「なん?」
「オークから剥ぎ取りをしたいので」
「うえ」
闇音が顔を顰める。
僕だって同じ気持ちだ。なぜならオークは臭いから。身体を洗ったことのない体臭は、酸っぱいを通り越して狂気だ。臭いを嗅ぐだけで病気になってしまいそうになる。
気持ち悪いし触りたくないし、臭いし不愉快だし気分が悪くなるのは変わらないが、そういった気持ちの置きどころをいったん忘れて無心になる。無心になるように努める。頭のどこかにあるスイッチを切り替えるのだ。これは仕事だと。
オークにナイフを突き立て、取り出すのは精巣。こいつらの股間はそれはもう酷い臭いだが、息を止めている間に我慢して切り離す。間違えて精巣を割ろうものならさらに酷い臭いが蔓延する。たぶん、狼獣人の血が半分流れる闇音の嗅覚では耐えられない臭気だろう。
精巣は高値で売れるのだ。オークの精子から必要な成分を抽出して臭いを抑えたものが、魔物避けの道具になる。アンデッド系には効果がないが、獣系や虫系などには効果があり、オークの臭いを感じ取って逃げ出すのだ。レベルが高いと通用しないが、虫除けに使えるので野良迷宮を狩場にする冒険者には人気がある。
ちなみに低階層で使えば、十階層まで魔物と出会わないで進める可能性もある。ズルなので積極的に使おうとは思わないが。
「くちゃい……」
「いましまいます」
透明の袋で、口を密封できるジップ〇ックである。野良迷宮では魔物の一部が手に入るので、こうして戦利品をしまい込む道具は持ってきている。鮮度がいちばんだから、念には念を入れてスーパーに普通に売っている半透明で正方形の専用のタッパーを使い、アイテムボックスに放り込んで終了だ。
一階層では剥ぎ取りをやらなかった。なぜなら雑魚だから。〈鑑察眼Lv.6〉があるので調べてみたが、一階層のオークはLv.30前後。二階層からLv.45~50で出現する。もっと下に行けばレベルは高くなるだろう。高レベルの魔物の方が収穫物も良質だった。
「そんなもの集めて変な趣味だね」
「調合の素材になるんです。それに、売ったらそれなりの値段になるんですから。これも副業ですよ」
校内に設置された鑑定所でもそこそこの値段で売れるが、やはり堅気ではない連中に流した方が金にはなる。喜ぶべきか、悲しむべきか、僕は以前、裏社会の方々と関わる機会を持ってしまった。
儲け話が好きな藤吉がもしこのことを知ったら、やはり怒るだろうなと思う。「ズルでもなんでも手段があるなら使えよ!」と歯を剥いて声を荒らげるだろうし、そう言われるとわかっているから言い出さなかった。
きっとサル顔の彼は楽することに慣れてしまう。闇音なら自分ひとりで動くことはないが、味を占めたサルはひとりで野良迷宮へ繰り出すかもしれない。最初はよくても、それが通じなくなってきたときにはもう手遅れで、実力が備わっていない場面に直面したとき、なす術もなくやられてしまうだろう。それまでに経験を磨いておけば対処できたことを、楽優先で基礎を疎かにするために、先を急いでしまうところが藤吉にはある。最近だとエルフのエルメス・アールヴに金魚の糞よろしく付き従って、上級生のエルフだけが所属する優秀なクラン『聖樹の枝』に荷物持ちで入り込んだと耳にしたし。
白猫の太刀丸なら、金儲けの話があっても「丸はどっちでもいいです」と興味なさげに言うだろう。
彼は割とシビアで、自分の実力を中心に考えるところがある。野良迷宮でも無理ならすぐに撤退するだろうし、僕みたいなサポート役をそれほど頼らないが、不必要だとも思っていない。猫らしい気ままな関係が心地よかったのだ。そんな彼も、上級生の猫人族だけのクラン、『猫股股旅団』に入団している。




