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迷宮世界で男子高生で斥候職で  作者: 多真樹
Obstinate Dragonewt and Field dungeon.
21/65

第21階層 濡れ鼠

 さて、あくる日の放課後の十八時、僕らは支度を整え校内のダンジョン前までやってきた。

 ダンジョンアタックのピークである十六時~十七時を過ぎた時間のため、小綺麗なエントランスには人がまばらだ。しかしより癖のある上級生のクランが一角で車座になって打ち合わせしているのを見ると、こっちまで身が引き締まる思いだった。

 たとえオタクの祭典でカメラを前にポーズをとるような奇抜な格好が揃い踏みだとしても、そこに流れる緊張感は死と隣り合わせのものなのだ。真面目にふざけているようで未だに慣れないが、自分だって身軽な革製の防具を付けて冒険者を名乗っているのだ、彼らと似たようなものだ。

 姫叉羅と闇音を車座に座らせ、なぜか姫叉羅の膝にちょこんと乗っかる白猫太刀丸も含めてブリーフィングを始める。太刀丸はもう、うちのマスコットだな。


「さて、これから十一層を攻略していくわけだけど、十一階層から環境変化が解放されてより難しい攻略になると思う」

「はい」

「はい、闇音さん」

「ビーフジャーキーはおやつに入りますか?」

「うん、おつまみだね。咥えてていいからもう黙ってなさい」

「やたー」

「丸も! 丸も食べるです!」

「塩気が強いからやめといたほうがいいよ」


 日が落ちているから闇音のエンジンはあったまってきている。応じて食欲も増大するらしく、主に肉を好んで食べていた。


「先に進めてくれよ」

「あ、うん」


 頭が茶髪だが真面目な姫叉羅は、途中で話が遮られることに不満げだ。


「調べたところだと、三十を超えるエリアがあるらしくて、狙ってエリアを選択することはほぼ不可能だと言う」

「調べたって、何を調べたのさ。調べようがないじゃん」

「そんなことはないさ。その三十にも及ぶエリアの特徴と出現する魔物は全部、ネット掲示板や図書室に行けば調べられるからね」


 闇音は試験勉強よりも苦行であるその作業を想像したのか、嫌そうな顔をした。


「よくそんな面倒なことを」

「戦えないなら戦えないなりの戦い方があるんだよ」


 姫叉羅は特に何も言わなかったが、自分が前衛戦闘職でよかったと思っていそうなホッとした顔をしている。だから脳筋と言われるのにね。


「調べ物は嫌いじゃないからね」


 僕からすれば迷宮関連の授業はまるでゲームの攻略法を真面目腐って講義しているようにしか見えないので、全然苦にならない。誰だって好きなことには、他者には理解しがたい熱情を注ぐものだ。こと迷宮関連において、僕は朝から晩まで机にかじりつくことができる。本当はギャルゲーの攻略法の方が時間を忘れて没頭できるなんて、ぶっちゃけられないけどな。


「一番多いパターンが森林、草原かな。なんと太陽があって雨が降ってくるんだよね。迷宮とは思えないオープンフィールド」

「迷宮だからな」


 それですべての説明がつくのがおかしいから。姫叉羅は当たり前とばかりに納得しているが、僕は未だに理解できない。太陽は擬似的なものか、はたまた異次元の世界を切り取ったような空間なのか、こういう一見理解不能な分野の論文を読むのもいい気晴らしになったりする。僕のお気に入りは異世界空間の断片的召喚説だ。かくいう僕が異世界から迷宮に連れてこられた存在なので、ならばフィールドだって同じように召喚されたと考えても不思議ではない。いまは仮説の段階だが、これが解明された暁には、コアトルを倒す以外の僕の帰還方法がわかるかもしれない。


「その他、低確率で渓谷や山地なんてこともある。もっと低いと海とか島とか」

「水辺は丸苦手です。濡れるの、嫌いです」


 猫は水が苦手だからな。しかし本当になんでもありだなと思う。世界という世界のごった煮が迷宮なのかもしれない。その闇鍋チックなスープを無理にでも美味しそうに食べるのが冒険者という職業だ。


「今回から飛行系の魔物も相手にする可能性があるから、対策をいくつか考えよう」

「といってもアタシは近接特化だよ?」

「うちは影と闇魔術だからね」

「姫叉羅はしょうがないね。飛行系を撃ち落としてから素早くとどめを刺す役目で。闇音は日のあるうちは戦力外だとしても、夜になれば無双じゃない? 範囲攻撃も制限されないし」

「言われてみれば」


 自分のことが一番わからないとは言うが、闇音の場合、一度も深く考えたことがなさそうだ。人生に悩みもなく過ごしているのだろうが、ハタから見ればただのおバカさんである。


「飛び道具を持ってないのが辛いけど、迎え撃つ感じで対処しよう」

「丸がいればジャンプして撃ち落します」

「アタシいま、ネコがハトに飛びかかる光景が思い浮かんだ」

「丸はハト、襲わないです」

「ごめんごめん」

「僕らがここで手こずるような魔物は出ないと思うから安心して」

「それはよかったね」


 身内が一番手こずるんだと、ジャーキーをムシャムシャしている闇音に言ってもいいかな。言うだけ無駄だろうな。


「よし、じゃあ行こうか」


 パンと手を叩き、僕らは気合を入れて十一階層に臨んだ。太刀丸はちょこんと座って、白い尻尾をくねくねっと揺らしながら見送ってくれた。





 青い光に飲まれ、転送が開始される。直後、景色が変わる。一気に暗がりになり、視界が奪われる。そして、足元に何もない浮遊感に包まれる。エレベーターでよくある股間の竦む感覚。ヒヤッとするよね。しかし笑い事じゃない。

 身体がそのまま落ちていく。


「う、うわぁぁぁぁぁ!」


 悲鳴が後を引く。一瞬ののち、ドボンッと水面を割って三つの水柱が上がった。服の隙間という隙間に入り込んでくる氷水のような冷水に全身が震えた。

 水を必死に掻いて水面から顔を出し、苦しかった呼吸を二度三度と繰り返す。

 落ち着いて辺りを見渡すと、天井は鍾乳洞となっており、少し遠くに陸地が見え、十一階層は地底湖のエリアだったとわかる。


「プハ! ごぼっ! ごほっ!」


 姫叉羅もなんとか水面に上がれたようだ。


「闇音は?」

「…………」


 僕と姫叉羅は顔を見合わせると、ほぼ同時に大きく息を吸い込み、仄暗い水へ潜っていった。三分後、僕が息継ぎに顔を出す。額に付く前髪を掻き上げ、顔を拭う。姫叉羅が水面に戻ってくると、その腕に顔面蒼白な闇音がへばりついていた。黒髪がすっかりワカメのようにテラテラ光り、水を飲んだのか口から盛大に水を吹いた。ついでに水と一緒に粘り気のある鼻汁も出した。


「ぐぉぉ、なぜうちの弱点が水だとわかったぁぁぁ」


 勇者の前に膝をつく魔王みたいなことを言っている。誰も闇音がカナヅチなんて知らんがな。


「姫叉羅、まずは岸辺に移動しよう。水中の魔物に襲われたら勝ち目がないよ」

「そうだな、なんにしてもまずは地に足つけてからだよな」


 僕たちは水を吸い込んだ衣服と装備の重さに体力を奪われながら、必死に遠くに見える岩場を目指す。


「おいパイセン、ちゃんと泳いでくれよ」

「む、無理ぃ、うち泳ぎだけはダメなの」


 泳ぎ『も』だろと思うが、姫叉羅が先に言っていた。僕は泳ぐのに必死だ。ひとかきひとかきの腕が重い。そして冷たくて心臓がきゅっとなる。


「闇音、犬掻きでもいいから!」

「ごぼっ、ごぼぼぼぼぼっ!」


 姫叉羅に掴まっているのに水を飲んでしまう様子だ。


「だからパイセンは狼だって」

「ごばぁぁぁっ!」


 それは返事?


「姫叉羅は防具つけたままでも平気?」

「アタシや前衛連中は大概平気だよ。春先の寒いプールで防具つけたまま水泳させられてんだから」

「お見それしました……とか言ってる間に闇音が沈んでるよ!」

「…………ごぼごぼごぼ」

「パイセ――――ン!!」


 結局泳ぎの得意な姫叉羅が闇音の首根っこを掴まえ、横泳ぎで岸を目指した。

 彼女らの後ろを警戒するように泳いでいた僕だが、不意に足を掴まれ水底に引っ張られた。


「えっ! なん――うぷっ!」


 足首を掴む何かは物凄い力で沈めようとしてくる。僕があっぷあっぷしていることに気づき、姫叉羅が闇音を抱えながら振り返る。


「ちょっと、こんなときに!」

「大丈夫! ぷはっ! 一匹だけみたいだから!」


 手を伸ばして四次元ポケットばりのアイテムボックスから丸い爆弾のようなものを取り出す。


「耳を塞いで! あと下は見ないように!」


 ピンを外して水中に突っ込む。手を離した数秒後、ちょうど僕の足元あたりで炸裂したそれは、光を出すだけの威嚇用フラッシュボム。


「ギャギィィィィ!」


 何かの悲鳴が聞こえて、足を掴んでいた魔物は足から手を離した。水面からわずかに見えた姿は、緑色をした人ほどもある生き物だった。水底に消えていくシルエットを見ながら、気味悪さを覚えた。


 それからは襲撃もなく、無事に岸に上がることができた。ひとまずの安全は確保できたが、安心したのもつかの間、一気に体温を奪われたため、足元に忍び寄ってくる冷気に身を震わせる。肉の付いていない闇音などガチガチと歯の根が合っていなかった。彼女ほど大げさではないが、気温は冷蔵庫並みで寒さがしみるのは間違いない。


「んじゃ、とりあえず火だね」


 姫叉羅が真っ先に火を熾し始めたので、僕はアイテムボックスからバスタオルや毛布を取り出していく。

 闇音はガクガク震えて蹲り、ずぶ濡れのローブで頭まで覆って一匹のダンゴムシになった。本当に役に立たない。以前は舌打ちするほどに憤っていた姫叉羅だが、いまや悟りを開いてあれはそういうもんだとばかりに気に留めなくなっている。まぁ、ただ眺める分には愛嬌がないこともないなと思う。世話をするのは嫌だけど。扱いは動物園の珍獣である。


 固形燃料に火が点くと、薪をチロチロと舐め始めた。木の焦げる臭いとともに、じんわりと熱が広がる。

 セーフエリア以外で火を使う場合、大抵魔物も集めてしまうので警戒は必要だった。毛布にくるまってもぞもぞ芋虫のように着替え始めた闇音には頼めないから、僕は目に見える水気をタオルで拭ってから歩哨に立つ。

 正直パンツまでぐっしょりなので、寒さは尋常ではない。真冬の北海道を部屋着で歩くようなものだ。吐き出す息は白く、いまにも凍りつきそうだった。


「リーダーごめん、周り任せてもいい?」

「いいよ。それが仕事だから」


 姫叉羅が優しい言葉をかけてくれる。ええ子や。これでモテないのが不思議でならない。身長が百八十センチを越えるからだろうか。全然気にならないのに。

 念のため、僕と彼女らの間に、アイテムボックスから出した衝立を置いておく。これがあるとすごく便利ということに気づいて、今回から採用した。女子にはいろいろあるからね。


 僕は彼女たちから少し距離を置いて、湖面を見渡した。僕らが泳ぎ着いたのは壁際にほんの少し残された岸辺で、そこからはどこにも繋がっていない。まず道を探す必要があるが、ハズレマップなのは確実だから、フロアのどこかにある帰還用のゲートを探す方が賢明かもしれない。


 時折水面がチャプンと波立った。鐘乳石から落ちる滴にしては大きく、水面を掻き分ける音もする。斥候のジョブの恩恵で夜目が少し利くが、さすがに水中までは見通せない。やはり先ほど足を引っ張った魔物が待ち構えていると思った方がいいだろう。得意な水中から上がってこないのは、完全な水棲生物か、警戒心が強いか、はたまた増援を待っているかだ。いつ仕掛けられてもいいように、フラッシュボムを手に神経を張り詰めていた。


 一方後ろの方では、闇音が無理やり着替えさせられ抵抗する、なんとも気の抜けた声が聞こえてくる。毛布にずっとくるまっていたい闇音と、風邪を引かないようにぶっきらぼうながら甲斐甲斐しく世話をする姫叉羅との攻防だった。

 正直、早く着替えてくれと言いたい。体から熱が奪われ、手がかじかんで辛いのだ。


「やーめーてー」

「コラ逃げるな、パイセン! 大人しく脱げ!」

「おーかーさーれーるー」

「誰が犯すか! パイセンの濡れ鼠に興奮するか!」

「りーだーはうちのことエロい目で見てるから」


 見てねえし。手のかかる小学生くらいの扱いだし。


「んなわけないっしょ。リーダーがエロい目で見るならアタシの方だから……あ、いや、普通の男子はって話で」

「ナルシストか」

「んだとてめぇ」


 相変わらずのグダグダぶりだ。思わずため息が漏れる。でも姫叉羅の言葉にちょっとドキッとしたのは内緒だ。そりゃ、姫叉羅は推定Gカップですから。

 しかし、パーティをやっていく以上、異性を意識するのはご法度だ。絶対にうまくいかない。どうしても贔屓目に見てしまうし、咄嗟の判断を狂わせる要因になる。だからいかなGカップだろうと、意識しないようにしているのだ。そう、なぜかブラを付けていない闇音が寝相悪く胸チラを多発させたとしても、心頭滅却して無心になるのだ。欲望は規律を壊す。


「やめろー、ぐあぁぁぁぁ」

「こら、そこ引っ張るな!」

「あ」

「あぁっ!」


 ふたりの気の抜けた声の後に、衝立を飛び越えて何かが足元に飛んでくる。周囲を警戒したままちらりと足元を見ると、女性物の下着が落ちていた。暗がりでも〈暗視Lv.4〉のスキルが仕事をしてくれる。ふたつのメロンを包んでしまいそうな大物であった。色はピンク。花の刺繍が可愛らしい。

 バタバタと背後から音が聞こえ、にゅっと腕が伸びてきた。

 ちらりと振り返ると、膝立ちに片腕で胸元を押さえ、ピンクのブラに手を伸ばす姫叉羅とバッチリ目が合った。

 顔を真っ赤にしていることまでわかってしまう。濡れた癖っ毛の髪から色気が漂い、褐色肌の肩、肉付きの良い太ももに膝頭がチラリと見えた。涙目でブラを引っ掴むと、こぼれそうな胸をなんとか腕で押さえつけながら、逃げるように衝立の向こうに消えた。


「もうやだ……」

「乳首おっきぃねえ」


 姫叉羅の落ち込んだ声が聞こえてくる。

 パイセン、そのコメントはあんまりだ。

 闇音が衝立の上を飛んだ。「ふぅぁぁぁぁぁ」と尾を引きながら、水面が割れた。姫叉羅は闇音を水に叩き落とすことで鬱憤を晴らしたようだ。

 「ゴボボ……」と溺れかけの闇音を助け出す羽目になったが、姫叉羅のグラマラスな肌が忘れられず、冷たい湖面がむしろちょうどよかった。腕の隙間から、なんか尖ったものが見えた気がするんだよなぁ。そっかぁ……乳首大きいかぁ。

 闇音を引きずって連れて行くと、姫叉羅は毛布を頭から被ったまま俯き、顔を上げられない様子だ。心中お察しします。

 無言で立ち上がって、見張りを交代してくれたが、僕から藪蛇を突くつもりはない。


「ハックションッ!」


 僕は真っ白になった手を擦り合わせ、焚火に当たった。濡れた髪を乾かしていると、くしゃみが出て鼻をすすりあげる。横には、がちがちと歯を鳴らして震える闇音がいた。自業自得過ぎてかける言葉がなかった。

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