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迷宮世界で男子高生で斥候職で  作者: 多真樹
Obstinate Dragonewt and Field dungeon.
20/65

第20階層 作戦会議?

 最近なんか楽しい。

 教室の窓際の席で、黒いローブを頭から被って丸くなり、黒まんじゅうと化した物体は思った。

物体は溶けたアイスのように気怠げであったが、昼日中ではそれも仕方ない。日中は吸血鬼という特性上、顔が濡れて力が出ない某パンマンのように使えない子であった。

 これまで無為に過ごしていた時間が、突如として一変していた。今までと違って、ひだまりがやけに心地よい。

 当然ながら授業はあまり耳に入ってこない。教師に当てられたところで聞こえないフリを決め込むのはいつものことだ。

 うとうとしつつ、食堂のステーキ定食の味を思い出してヨダレを垂らす。



 ――ぷす。



 教師の声が子守唄となる昼の眠くなるような教室に、陽気さとは別の不穏な空気音が広まる。


「クッサッ!」


 男子のひとりが椅子を引きずって悲鳴混じりに仰け反ると、なんだなんだとばかりに生徒たちが振り返り、同様に強烈な臭気に鼻を押さえた。

 クラスはあっという間にどよめきに包まれた。「誰だ誰だ」と犯人探しが始まり、「おまえじゃね?」「いや、ちげーし」と罪のなすり付け合いが始まった。教師が静かにさせようと声を張るが、生徒たちは収まらない。十一月の冷たい風が吹き込むのも構わず窓を全開に開け放って換気を行うことで、ようやく喧騒は落ち着きを取り戻した。

 そんな中でも黒まんじゅうなる物体は、我関せずとばかりにすぴーと鼻ちょうちんを膨らまし、むにゃむにゃと惰眠を貪っている。





 夕方、場所は学外の飲食店。個人経営のステーキショップに僕らはいた。目に優しいウッドテイストの内装が居心地良くて好きだ。馬車の車輪や鹿の角が壁に掛けられ、フォークギターやカウボーイハットの小物がアクセントになっていた。店内には緩いカントリー&ウェスタンのBGMが流れ、ノロノロと揺れる馬車を思い浮かべてしまいそうだ。口ひげを蓄え、革のベストを着込んだ恰幅の良い店長さんが、人の良さそうな笑顔を浮かべてでいつでもニコニコしている。「テキサスバーガーおいしーよー」が口癖だった。確かに美味い。


 陽が落ちるのが早い季節だからか、十八時にもならないのに梁を通した天井付近の小さな丸窓からは紺碧の闇空が見えた。誰かさんの活動時刻である。

 いの一番に肉厚テンガロンステーキを注文し、分厚い赤身から肉汁滴るステーキをナイフで大ぶりに切り分けて口に限界まで押し込むと、思う存分もぎゅもぎゅしている。黒ローブにとんがり黒帽子――は室内と言うことで外させ、いまは黒い犬耳がぴょこんと飛び出している魔女っ娘。黒まんじゅうこと未来のヒキニート、(まゆずみ)闇音(あんね)さんだ。拍手!


 その食べっぷりに呆れながらグラスを傾けリンゴジュースを上品に飲むのは、小柄な闇音と比べると小学生と大人ほども身長差・体格差のある、スーパーアタッカーの(きり)(さき)()()()。バレーボール部の試合着を着せれば校内イチ似合うと僕は思っている、胸元も豊満な身長百八十越えの小麦肌乙女である。こめかみの両側に三センチくらいの角がこんもりと生えている鬼人族の少女で、部活はダンス部に所属しているんだそうな。

 ちなみに彼女の前には薄切り肉のレモンステーキが鉄板の上でじぅじぅ音を立てている。


 そんなふたりと同席する男子生徒が、この物語の主人公――そう僕だ。

 いたって平凡、強いて挙げるなら、「優しそー、でもムッツリ系」「なにそれわかるー」と評価されそうな黒髪黒目の少年だ。

 僕はギャルゲーを買いに秋葉原へ足を運んだところ、ビルと並んでこちらを見る巨大蛇に突然喰われた。こうしてピンピンして高校生をやっているくせになにを言ってるのだと思うだろうが、喰われた僕は召喚士になって、僕を喰らったコアトルが召喚可能になっていた。意味が分からない。僕もわからない。ついでに僕の世界とよく似た並行世界に飛ばされていた。本当になに言ってんだろうね?

 飛ばされるならギャルゲーの世界がよかったと嘆くくらいには現実を受け止め、目下コアトル本体を打倒すべく、分体に寄生された僕は仲間集めとレベル上げを迷宮高校に通いながら勤しんでいる。


 僕たちが通うのは迷宮高校――日本でも珍しい迷宮を校内に保持する学校である。元の世界の教育委員会が迷宮高校の実情を目にしたとしたら、発狂して口角泡を飛ばしそうなくらい血生臭いことをやっている学校だ。

 かつて迷宮を攻略して管理者になった冒険者が、安全に後進を育てる場として教育施設が必要だと提言、冒険者育成を専門とした教育機関の常設を法律のレベルでねじ込んだのだとか。

 この世界では人類の危機がいつも隣合わせだ。しかしそれを正しく認識するのは、上記の冒険者や前線で魔物を討伐している方々くらいだ。

 世界には迷宮がごまんと溢れ、そのどれかからいつ魔物が大量に溢れて地上が蹂躙されてもおかしくない――そんな世界。

 しかしそんな悲壮感はあまりない。なぜならこの並行世界はすでに迷宮ありきで進んでいる。迷宮を管理下に置く冒険者や、巨大化する前に野良迷宮を潰す仕事が国の支援を受けて成立する世界、僕は嫌いじゃないです。そこにはロマンがあるよね。


 管理下に置かれた迷宮は、その中身を少しいじることができる。たとえば、迷宮内で死んでも蘇るシステムとか。その"死なない"迷宮のおかげで、冒険者を純粋に志すやつも、巨万の富を求めるゲスいやつも、中二で心の成長が止まってしまった悲しい宿命を負うやつも、何度でも挑戦ができて一人前の冒険者を目指す。実際は冒険者の死亡率高いんだけどね。そんなことを言っても誰かがやらなければ危険は避けられない。倫理がどうのとうるさいこの世界の教育委員会も、黙らざるを得ない事情がある。だったら死なない迷宮で力を付けた方がよくね? となった次第である。冒険者としての成長率も、若いうちの方が伸びしろが高いと言われているし。


 テキサスバーガーをもぐもぐごっくんしたあと、僕はついに話題を切り出した。


「今日の議題は他でもなく、十一階層へ進む前の重要事項、『このままだと闇音先輩いらない子じゃないですか会議』を始めたいと思います」

「異議あり〜」

「発言は挙手してから」

「うちいらない子じゃないじゃん。マスコットじゃん?」

「マスコット業界も甘くねぇんだよ。白猫さんの人気舐めんな。金とゴミ屑くらい差があるんだからな! ……と世間一般なら言うでしょう」

「言うのかな?」

「無気力になった。今日はもう働きたくない_(:3 」∠)_」


 闇音は途端にやる気をなくし、テーブルに突っ伏して惰性の黒まんじゅうと化した。


「闇音さんの光るところは、ぶっちゃけ生まれつきの種族特性だけです」

「ぶっちゃけすぎだ。ひでぇ」


 姫叉羅が可哀想な子を見る目でちらちらと闇音を見る。


「誰もが羨む希少な才能を与えてくれたご両親に死ぬほど感謝して、才能をドブに捨てている自分に死ぬほど謝罪してください」

「うわー」


 さすがの姫叉羅もドン引きしている。まぁ半分冗談だけど。


「あーあ、息するのも疲れてきたなー。死んで詫びるかなー……もぐもぐ」


 腐ってきた闇音はそれでもステーキを食べることはやめなかった。行儀が悪いからやめてほしい。


「真昼間の教室で毒ガスもかくやというほどのすかしっ屁をぶっこいた闇音さんに朗報です」

「え? あれパイセンだったの?」

「はぁ? 知らんもん。知らんもんは知らんもん」


 容疑を認めないようだが、過剰な反応をする辺りかなりボロを出していることに気づくといいよ。


「ここで最初の議題に戻るんだけどもね、闇音さんには手っ取り早くジョブを増やしてもらって、《獣戦士(ビーストファイター)》を取得して前衛アタッカーもやってもらおうと思います」

「や。まだそのときじゃないっていうか」

「そもそもジョブってそんな簡単に増やせるの?」

「増やせるかどうかという話なら増やせるよ。野良迷宮を全攻略すれば手に入るかもしれないものだし」

「そんな簡単に言うけど、かなり危険じゃない? 」

「危険どころか一歩間違えば死ぬし。でも大抵の魔物は翼蛇(コアトルさん)が対処してくれるから、戦力外の僕でも最奥に辿り着けるってわけ」

「うちは行かないからな。そんな面倒事に首突っ込むとか、うちのポリシーに反するんだよ」

「決定事項です」

「ファッ○」

「おい、やめなさいよ」

「アナ○ファ○ク」

「年頃の娘がはしたないでしょ」

「マザ○○ァッカー」

「姫叉羅、やっておしまい」

「アタシの使い方雑じゃね?」


 と不満を漏らしつつも席を立って、ぐでっとした闇音をつまみ上げると、椅子にちょこんと座らせた。


「我が家の蛇公と新しい迷宮を攻略しに行くので、闇音さんには次の土日は一緒に旅に出てもらいます。拒否は認めません。逃げることも許しません。もしめんどくさいからってブッチしようとしたら……」


 闇音の席の後ろに立った姫叉羅が、バキボキグキボキと僕でも引くような音を出す。指の関節鳴らしてるだけだが、闇音は首を竦めて音にビビっていた。黒い狼耳がせわしなく動いているから、かなりビビっているのだろう。闇音の引け腰は笑えた。


「それってアタシも行けないの?」

「姫叉羅っていま種族レベルいくつ?」

「Lv.40くらい」

「Lv.100超えてないと戦闘に参加できないよ。野良はパーティに経験値が分散しにくいからあんまり旨味もないし」

「そんな上級者向けかよ……」


 姫叉羅が呆れている。だからこそ野良迷宮を探索する冒険者には資格が必要なのであり、一般人が見つけても立ち入りが禁止されている。この日本(JAPAN)では破れば重罪になるほどだ。不十分な装備でレベルを上げられるほど容易い環境ではない。


 日本では毎年三万人近い行方不明者が出るが、その中の一割程度は迷宮関連だとされている。資格を持たずに迷宮に入る理由は様々で、度胸試し、イジメ、悪徳業者、裏稼業等々。死体が自然と迷宮に吸収されるところがポイントである。

 僕が攻略した野良迷宮のひとつがちょうど裏稼業の縄張りだったことがあって、拳銃を突きつけられたときは生きた心地がしなかった。結局コアトルが暴れ回って彼らは迷宮の肥やしになったが、社会の闇を覗いた苦い記憶である。迷宮内でコアトルが人を殺して、自分に経験値が入ったときは吐きそうになったし。


「姫叉羅は三十階層到達するまでやめておいたほうがいいかも」

「ならなんでパイセンは連れて行くんだ? 別に連れて行く必要はなくないか? 持って帰ってくればいいんじゃね?」

「あー、説明するとめんどくさいんだけど、レアアイテムとして迷宮で手に入るジョブスロットやスキルスロットの拡張系は鮮度があってね、普通のアイテムと違って特殊なんだ」

「何が違うの?」

「うまく説明できないんだよね。保存食とナマモノって例えが一番近いかも」

「保存食がスキルストーン?」

「そうそう」


 漠然とした説明で申し訳ないが、そういう言い方しかできない。というか僕もあれがなんだかよくわかっていない。たぶん迷宮の核のようなものがスロット拡張とかレアなアイテムの効果を宿している、と僕は思っている。迷宮についての文献をたくさん読んできたが、核についての説明は驚くほどされていなかった。隠されているのか、偶然か。僕だって核についてうまく説明できないし、なぜ迷宮の核が存在するのかも知る人はいない。


「とにかく、次の休みは小旅行だね」

「それってデートじゃん」


 姫叉羅がにやにや笑う。年頃の娘だから興味はあろう。


「デート相手を断る権利がうちにもあるはずだ」

「義務を果たしてから言ってください」


 この場合の義務は、迷宮攻略の際にアタッカーの役割をこなすことだ。それができないうちは人権が認められない。デートと言って断られたことに地味に傷ついたのは内緒だ。


「最初は甘やかしてくれたのに! 甘やかしてよ! なんなら甘えるよ? にゃ〜ん」

「……おい」


 あざと可愛いのが癪である。実際、小柄でくりくり目の闇音は、言動が残念だが見た目は悪くない。


「にゃんにゃんにゃ~ん♪」

「おまえは犬だろうがぁぁ! そもそも太刀丸っていうマスコットがもういるんだよぉぉ! 犬としての誇りはどうしたコラぁぁ!」

「……いや、狼じゃね?」


 すり寄ってくる闇音の顔を割と本気で押し返し、黒い犬耳をわしゃわしゃと掻き乱した。


「にゃ、にゃ〜ん」

「だから犬耳でにゃーんってなに!? 違和感がひどすぎる! 昨今のエロ同人誌だってもっと本家に寄せるわ!」

「なに言ってんだかアタシにゃわからんけど、どっちもどっちだわ」


 姫叉羅は一歩引いたところから肘をついて眺めており、ツッコミを入れながらぼうっと眺めている。すべて世はこともなし。グラスに残っていたリンゴジュースを、溶けかけの氷ごと喉に流し込んでガリゴリと嚙み砕いていた。


「テキサスバーガーおいしーよー」


 恰幅の良い店長がにこやかに言う。知ってる。自分たち以外に客はいないのに。

パーティメンバー

僕:スカウトヒーラー(回復魔術を使えるわけじゃない)

姫叉羅:前衛アタッカー(防御はあまりしない)

闇音:後衛アタッカー(味方誤射多数あり)


一発屋なパーティ構成がひしひしと……

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