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迷宮世界で男子高生で斥候職で  作者: 多真樹
High school life of the parallel world.
12/65

第12階層 霧裂姫叉羅

 霧裂姫叉羅とそのパーティはいま、食堂の片隅で言葉少なく俯いていた。

 メンバーのひとりが初の迷宮挑戦を経て、完全に心を折られたのである。足を怪我し、姫叉羅に背負われていたものの、出血多量で死に戻りした子だった。


 姫叉羅は顔をつき合わせながら、重苦しいものを感じていた。パーティメンバーのふたりは迷宮から死に戻りして、一度も目を合わせようとしない。思いつめたように俯き、何も言ってくれないのだ。姫叉羅はまだ諦めていなかった。次は更なる準備を持って挑み、攻略する。このメンバーならそれが可能だと冷静に分析もできていた。後三回は迷宮に慣れるために、攻略と撤退を繰り返すだろうが、それも必要なことである。

 だから姫叉羅としては次の攻略の相談をしたかったのだが、自分から声をかけて集めなければふたりとも寮に引きこもってしまっただろう。その理由もなんとなくわかるが、自分ばかりが歩調を崩しては悪いという思いもあるので、彼女たちのペースに合わせようとしていた。


「……頭おかしいよ」


 どれくらい経っただろうか。不意に独り言のようにヒーラーの子が呟いた。


「うん、死んで生き返って、また死にに行くとかわけわかんない」


 もうひとりのアタッカーの子も同意した。

 姫叉羅は何も言えない。おかしいとは思わないからだ。死ぬ覚悟を持って挑むだけあり、迷宮の恩恵や見返りは大きいのだ。

 普通の学生からしたら十分異常な世界だろうが、その覚悟を持って倍率三十倍以上の超難関の入試試験を突破してきたのだ。今更死ぬのが怖くて逃げ出せるかと思う。本当の迷宮ならそもそも死に戻りはできないと言うから、この学校がどれほど破格で恵まれているかわかる。

 だというのに、目の前のふたりの目はもはや戦うことを諦めていた。片方は剣道場の娘で男にも負けない剣技を修めている。もうひとりは個人院ながら医者の娘として、独学で医療系の勉強に打ち込んでいることも知っている。彼女たちのこれまでの歩みは必ず冒険者として活かすことができる。最初にパーティを組んだとき、姫叉羅は百万力にも感じたのに。

 いま彼女たちの目に映るのは、どうすれば迷宮から遠ざかることができるか、それなりのプライドはあるからただ逃げるのでは格好がつかない、だからその言い訳をこさえる必要がある、といった負い目だった。

 もはや心が折れているのは姫叉羅も察することができた。しかし、もう一度挑むだけの勇気はあると姫叉羅はどこかでこの問題を軽視し、高を括っていたのかもしれない。


「姫叉羅はいいよね」

「え? なにが?」


 剣道場を実家に持つ少女が、暗い目をして姫叉羅を見た。射竦められ、姫叉羅は嫌な汗をかく。


「姫叉羅は鬼人族だから怖さもないかもしれないけど」

「そんなわけないし。怖いのは一緒だよ。アタシなんか、最後に遭遇したカマキリの魔物に鎌で腕を――」

「やめて! 聞きたくない! 楽しそうに話さないでよ!」

「楽しそうになんて話してないよ! 死に方を楽しそうに話すってなに! 頭のおかしい人じゃん!」

「もういやぁ……」


 頭を掻き毟って俯いてしまったヒーラーの少女を見て、無理もないと思う自分もいた。

 大怪我をした経験だってないはずだ。なのにその怪我のせいでじわじわと足元に這い寄る死の恐怖と戦い、苦しみながら死んだのだ。トラウマが植え付けられても仕方がない。

 しかしそれを言うなら、姫叉羅は動かない体で自分の首を自ら断ったのだ。デスペナルティを考慮に入れても、あの場では食い殺されるのをただ待つよりは百倍マシな選択だった。姫叉羅は咄嗟の判断の中、冷静に対処したのだ。しかしこれを話してしまえば、きっとふたりから異物を見るような目で見られるのが火を見るより明らかだった。


 彼女たちはいつまでも観客としての目が変わらないのだ。テレビ越しに見る華やかな世界しか知らないし、それ以外は見ようともしない。辛く苦しい時間を耐えて歩き続けることが嫌なのだ。

 姫叉羅も少し前まではその憧れを持っていた。自分よりも強い敵と戦い、命を削り合って殺し合う高揚感。それは鬼人族の種族特性だから仕方ないにしろ、テレビで見るボス戦闘は胸を熱くさせた。


 そんなことだから、自分たちの初冒険を振り返って、こんなはずじゃない、と受け入れられないのかもしれない。罠に落ちて即死、魔力切れで失血死。華やかどころか情けないばかりの結果を冷静に受け止められない。


「それでも冒険者としての誇りがあるでしょう?」

「ないよ、そんなものない。苦しいだけの場所に何度も挑戦するとか頭おかしいよ」


 死に戻りした生徒は迷宮脇に併設された救護室で寝かされ、精神的な治療も受ける。しかしトラウマが強すぎると、その効果が完全でないときがある。姫叉羅は割とすぐに立ち直ったが、メンバーのふたりは心に深い傷を残した。


「ちょっと休んでまた挑戦しようか? 数日経てば落ち着くと思うし。不安定ならメンタルケアの《心理士》もいるよ」

「もう考えるのも嫌なの! わたしもうやめる。迷宮なんて二度と入らないから!」


 バンとテーブルを叩き、立ち上がった。


「ちょっと、落ち着きなってば」

「姫叉羅は神経図太いからわかんないんだよ!」

「は? 辛い気持ちはアタシだってわかるよ! アタシなんて首切って死んだんだからね! 首から血を流す気持ちがわかる? 痛いのも苦しいのも辛いのも全部わかるんだよ! でもそれが迷宮を諦めていい理由にはならないだけだし!」

「無理だよ……死ぬほど痛い思いなんてしたくないよ……」


 ぐずぐずと泣き出してしまったヒーラーの少女の背中を、アタッカーの少女が撫でさすった。そして姫叉羅に非難するような眼差しを向けてくる。そんな目をされる筋合いはなかった。三人で苦労して、三人が死の苦しみを味わったのだ。

 姫叉羅はようやく気づいた。彼女たちはもはや冒険者になろうと思っていない。ただ冒険者を辞める理由を欲して、姫叉羅を一方的に悪者に仕立て上げようとしていることに。

 半年間、座学に訓練、買い物や遊びに出掛けたり、お泊まり会をした仲である。ふたりは、その絆をここで断ち切りたいのだ。

 気づいてしまえば呆気ないものだった。


「わかったよ。解散しよう。このパーティじゃやってけない。やる気のない仲間に足を引っ張られるのも嫌だし」

「そんな言い方ってないよ、ひどい……」

「迷宮が楽しくて仕方ないくらいに壊れてなきゃやってけないわ」

「頭おかしいんじゃないの……」

「そうよ、どっかおかしいのよ。それがアタシとあんたらの違いだったんでしょ。迷宮に挑戦しなければ一生わからなかっただろうけど、つまりあんたたちには適性がなかったってことよ」


 それが決定打になった。ふたりは立ち上がり、肩を寄せ合って食堂を出て行った。ヒーラーの子はついに一度も顔を上げずに泣きじゃくっているし、アタッカーの子は姫叉羅を憎しみの籠った目で睨んでいた。

 姫叉羅は脱力して椅子に深く腰掛けた。


「アタシ、頭おかしいのかな……」


 自嘲気味に呟いた。

 仲良くやっていきたかったが、無理をしても遠くない未来、限界が来ていただろう。その歪みが強いか弱いかの違いで、騙し騙しやっていたらもっと酷い結果になったかもしれない。または、克服して精神的なものを迷宮に適応させる未来もあったのかもしれないが、いまの姫叉羅ではどうしようもなかった。

 わからない以上、彼女たちが決定すべきだ。戻ってくるならば歓迎するが、去るものを引き留めることはできない。


「そんなことないんじゃない? むしろ迷宮科に進学しといて死ぬの怖いですー、頭おかしいですーとか抜かすなって話よ」

「ちょ、そっとしといてあげなさいよ」


 姫叉羅が顔を上げると、クラスメイトふたりの姿が目に映った。

 その組み合わせは珍しいと言わざるをえない。むしろ初めて見た。


「ところで首を切るってどんな感じ?」

「ちょっと、デリカシーなさすぎ! 野次馬やめなさいよ!」


 ひとりは留年生の黒づくめの女子。普段からフードを深くかぶって絶不調そうにしているのだが、今日は妙なこともあるもので、いつになく明るかった。

 いや、噂では聞いていたが、見るのは初めてだと言ったほうがいい。女子寮で陽気な彼女を見かける噂は絶えずあったのだ。寮の廊下を笑顔でスキップしながら往復していたり、血だらけの格好で楽しげに出歩いたり、寮では携帯電話は寮長に預ける決まりなのに彼女のひとり部屋から誰かと楽しそうに話す声が聞こえてきたり、それはすべて夜に起こることだったので余計に不気味さが際立っていた。

ついでに、彼女の頭に耳が生えていることを初めて知った。いや、体育の授業でローブを脱がなくてはならないときに、彼女の頭に耳は付いていなかったはずである。

 では後付けか。コスプレというやつか。と思っていたら耳がピピピッとむず痒そうに動いた。どうやらホンモノだった。


「この人のことは気にしないで。それはともかく、僕も霧裂さんにデリカシーのないことを聞くね?」


 そう言ったのは隣の席の男子だった。


「パーティを解消するんだよね。向こうにいたんだけど声が聞こえてきて。じゃあ僕らのパーティに入りませんか?」


 ああ、今朝パンツを見られたことが遠いことのように感じる。

人物紹介のネタが尽きました……

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