美少女との出会い
そして今午前十時頃。
朝日が薄汚れた看板の美少女を照らし始めるころから始まった戦闘がやっと終わりを迎えそうだった。
本部からの撤退命令を聞いたあと、俺達は基地に戻る。
ひび割れが目立ち始めた壁には無数の弾痕がめり込み、三年間、人の手で整備されない自然は自由に枝や茎を巡らせていた。
そびえたつビルの物陰に隠れ、銃を構えながら進行方向に敵がいないか確認する。
敵がいないことをしっかりと確認、素早く建物の間を移動して、また同じ行動を行う。
灰色の建物にかかる特大の美少女ポスターがボロボロになりながらも揺られていた。
後ろにいる俺を含めた四人が足音を潜めつつ、ゆっくりと基地に向かう道を戻っていくと十字路に行きついた。
そこには十字路の中央で誰かが立っていた。
隊員達が一斉に銃を構える。
おかしい。戦場に一人で立っているなんて。
何かの罠かと警戒しながら一歩一歩近づく。ぼんやりとしていた人影がやっと見えてくる。
それは一人の少女だった。
その少女はただ茫然とぼろぼろの建物、一戸建ての家を見つめていた。
その光景がここでは異様で、それでもなにか神々しさがあった。
また一歩近づくとその少女は俺たちの存在に気付いたのか、こっちに顔を向ける。
腰ぐらいまであるストレートの髪が揺れた。
また一歩進む。少女の相貌が見える。戦場に似つかわしくないその少女はまさに天から舞い降りたようだった。
一歩。かわいいというのがぴったりな小さい顔。整った顔立ちは十人が十人かわいいと断言するだろう。服は少し汚れていた。
一歩。肌はとてもきめ細かく、白ユリのように白かった。
そして彼女の目。
遠くからは見えなかったが、今ならわかる。彼女の目からにじみ出る決意の芯のこもった瞳。
その目に俺は吸い込まれるように見とれていた。
そして俺はこの少女をどこかで見たような気がしていた。
心の中に棘として突き刺さっているような。
一歩。そして俺は彼女に向き合えるほどの近さまで接近していた。
彼女にゆっくりと声をかける。
「君は……」
その言葉は最後までつづかなかった。
その少女が小さく口を開け、言葉を発したが俺には聞こえなかった。
突然の銃撃音が俺の耳をつんざいた。
「しまっ……」
声を出す時間さえもったいない。俺はすぐに行動に移す。
俺は呆然としている少女とっさに抱きかかえ、急いでビルの陰へと隠れようと走る。
銃と一緒にかかる一人分の体重の重さがスタートの足を鈍らせた。
オタク禁止軍の打った数々の銃弾が俺の脾腹と左腕に当たった。
「うっ!」
肉が離れるような激痛が走るが足は止めない。
今回は、弱装弾だったようだ。
通常、俺たちが使うたまには二つある。一つは弱体弾。これは普通の銃弾を弱くして撃ったものだ。
そしてもう一つは麻痺弾。これはその名の通り、当たった部分を麻痺させ動けなくする。これは弱体弾より効果なものだ。
なぜ、二つあるのかというと、あくまで政府軍もこちらも殺したいわけではないからだ。あくまで政府軍は逮捕という名目のため、こちらの侵攻を止めたり、逮捕させたりするためだ。
俺は少女を投げるようにしてビルの陰に隠れさせる。そのあと、銃を持ち、ビルに体が隠れるようにし、そこから相手に銃弾を撃つ。サブマシンガンの振動が体全体に加わる。さっき弾丸が当たったところが痛むが気にしてられない。
少し打ち続けると弾丸が切れ、マガジンを突っ込んでいる間に、あの少女を一瞥。
少し擦りむいたのか膝から血が出ていた。少女はその傷に目を向けることなくただ強い意志をもって俺を見つめていた。
やはりこの少女はどこかで見たときがある。
そんな疑問を一瞬で頭からはがし、銃撃を続ける。
少しの打ち合いの後、政府軍が銃撃をやめたのを確認し、こちらも銃撃を終えると司令部からの通信が入る。
『こちらラノベ隊。A-5で戦闘終了しました』
『こちら本部。すぐに帰って来い』
了解と返事をし、通信を切る。
俺はもう一度、その少女を見た。
さっきとは違って喜びと安堵のこもった目。
そこではっと思い出す。
この顔に、そして黒く長いつやのある髪。そしてあの場所。
この少女に俺は一度会っている。
あの命を捨てて大切なものを守ろうとした凛とした少女に。
最後に見たときよりずいぶんと成長した姿につい目が行ってしまいながら、あの時を思い出す。
あの本棚を体を広げて必死で守っていた少女のことを。
基地に戻るとほっと息をつく。いくらこの抗争をやっても、この緊張感は常に張り詰めるものだ。
秋が深まり、入口からオタク文化防衛隊本部へと一直線を飾る木々は赤く染まる。
正面のオタク文化防衛隊本部は俺たちを出迎えるように正面に立っていた。
さっきの少女、千香は俺たちと一緒についてきている。
今の時点でこの少女は保護対象だ。すぐに親族にわたさなければならない。
解散を命じて、とりあえず今日のラノベ隊の抗争は終わりだ。
「ねえ、わたしのこと覚えてる?えーと」
「清水秋葉、だ」
少女は突然そんなことを言い出した。少しだけさっきの場所を振り返る。
「お前は、昔に、本棚を守っていた女の子なのか?」
「そう、秋葉。わたしは白咲千香」
「あれからどうしたんだ? たぶん千葉から離れたんだろうけど」
あのリビングでは、俺が政府軍を撃ち、千香は確か安全を確保してから、基地に戻って保護された。それ以降の彼女の行方を俺は知らなかった。
「別に……」
少しだけ影を落として白咲はそう言った。
「白咲は、なんでこんなところにいたんだ?」
疑問だったことを口にするが
「それは……まだ言えない」
「そうか、どっちにしろ白咲には、必要な手続きをした後、自分の家に戻ってもらう」
すると、白咲は言葉に反応したように顔を上げた。
「それはダメッ……!」
「あんな場所にいたんだ」
「あそこにはもう帰れないの……」
そのあと、小さい、本当に小さい声で
「一人はもう……嫌なの」
ぼそりと、だけど俺の耳によく届いた、きれいな声がそう紡いだ。
その言葉は俺の考えを変えるのに十分だった。
「……俺のところにくるか?」
その言葉の理由を俺はなんとなくわかっていた。
俺の、自分自身の掟に抵触するから。
そして、もしかしたら昔の俺と同じようにならないようにするためからか。
そんなことを考えながら一応条件を付けくわえておく。
「それでも一之瀬大将のところに行ってからな」
「ダメッ!」
思わず千香の顔をまじまじと見る。
「……お願い、一之瀬のところは連れて行かないで」
その強い拒絶に俺はいぶかしむ。
「……何かあるのか?」
千香はそっぽを向くように俺から目線をそらした。
「……別にない」
「そうか。じゃあやっぱり言わなきゃな」
「それもダメッ!」
即座に顔を上げて否定する。
「じゃあ、どうすればいいんだよ……」
「秋葉がわたしをとめてくれればいいの」
さっきより少し強い態度で白咲は言った。
それはどうなんだろうか……。さっきは泊めていいといったが、俺だって年頃なのに同じ年のそしてとてもかわいい美少女を同じ部屋にするのは。
思わず白咲の体を見ると、膝にはさっきできた傷があった。
このことも俺の掟に反していた。はやく直さなければ。
「それより、白咲。けがを治しに行こう」
「ちょっと!? まだ話は終わってな……ってまってて!」
俺は白咲を強引におんぶさせる。お話はまたあとですればいいだろう。
後ろから「ちょ!? やめて! 秋葉だってけがしてるでしょ!? というか怖い!」という声を聴きながら俺は治療棟へ足を進めた。