俺にとってのオタク文化とオタク文化禁止政策
今の自分の全力をこの文にこめました。ぜひ読んでいってください
オタク文化。それは俺、清水秋葉にとって血であり、肉であり、命の核だった。
とにかく俺はオタク文化を心の底から愛している。
俺が六歳の時、あるきっかけでオタク文化に触れた。
その瞬間、今まで見てきた世界は色を変え、俺を変えた。
読めば読むほど、楽しめ楽しむほど、俺は取りつかれたようにオタク文化を追い求め続けた。
暇さえあればラノベを読んでいたし、休日はアニメ鑑賞をはじめ、平日に読み切れなかったラノベ、漫画を読む。
そんな日々が本当に楽しくて、うれしかった。
まあ、こんな奴に友達などできるわけがなく、小、中学生の時は休み時間に一人でラノベを読んでいた。
でも、そんな学校生活を俺は後悔していない。
だって学校生活を捨ててまで、俺はライトノベルが、オタク文化が大好きだったという証だから。
それはちっぽけな証だけど、俺にとっては心の底から誇れるものだ。
使える時間のすべてをオタク文化に使ってきた。
それでも俺はまだまだ満ち足りない。まだまだ見ていないラノベが、漫画が、アニメが数え切れないほどあるんだから。
そして見たことのない物語が、また俺を変えてくれるだろうから。
長々と語ったがとにかく俺はオタク文化が大好きで、生きがいなんだ。
そして俺が十三歳の秋。
――俺はこの日に生きがいが奪われることになった。
それはいつものありふれた朝、だった。
あくびをしながらリビングに入り、リモコンからテレビを無造作につける。
それと一緒に今日はどのラノベを読もうかなと心躍らせる。
起動音がテレビから漏れ、ニュースが映し出される。画面には速報と書かれた、赤いテロップ。
最初は気にせず、ちらと見ただけだった。しかしそこには見逃せない単語があり、食い入るように読む。
それを読んだ俺は、数秒の絶句。そのあと震えた声が漏れ出た。
「オタク文化を……規制、だと」
テレビで流れていたその内容は、にわかには信じられないものだった。
『オタク文化禁止政策』その文字が襲ってくるように目に入る。
キャスターはこの政策の内容を淡々と説明する。
『この政策では、現在一部の愛好家によく扱われるアニメや二次元の文化を禁止し、その人口をなくすという目的で施行されます』
ふざけるな。おかしいだろ。こんなこと聞きたくない。そうは思っていても俺の耳はキャスターの一語一句を正確に聞き取っていた。
『おもにライトノベルと呼称される、国が指定したもの全般、性描写や暴力描写の強いマンガ、アニメなど青少年や社会人などにふさわしくない、また悪影響を与えるものが禁止対象となっています』
禁止対象? 今まで散々クールジャパンともてはやしていたものを?
国の手のひら返しに思わず吐き気が起きる。
俺はテレビを消した。プッツンと今までの元凶が消える。
そして持っていたリモコンを思わず、床に叩きつける。
ガッとすさまじい音を立てて、リモコンは跳ねた。
「ふざけたこと言ってんじゃねえよ……」
本当にこんなことがありえるのだろうか。夢じゃないかと疑うが、この行き場のない苛立ちは明らかに現実だった。
こんな政策が認められたら、もうラノベも、アニメも、マンガも全部楽しめなくなるのか?
そして、俺がこれを認めたら、今までのラノベを読み、漫画を読み、アニメを観賞していた日々……こんな生活をしていた自分を否定することになるのか?
ふざけるな。
俺はこのオタク生活を後悔したことなど、一度もない。
だったら、俺には何ができるんだ?
俺の生きがいを守るためにする行動は何だ?
ぽつり、ぽつりとフローリングに涙のあとが落ちる。
だめだ、俺にはなにもできない。俺一人の力じゃ、いくら心の中で慟哭したって無意味。
俺にはオタク文化を守れるだけの力がないから。
自分の無力さをかみしめ、涙を流すだけだった。
この後の記憶はひどくあいまいだった。
今何時だかも分からない。起きていたか寝ていのかすらも分からない。いたのは俺の部屋のラノベの棚の前だった。
俺の下には、少しの水滴があった。
そうだ。本屋に行かなきゃ。
階段を下りる。体がだるい。足が重い。
ドアを開けると、日光が直接目に入り顔をしかめる。朝だった。
無気力なまま、俺の足は行きつけの本屋に向かった。
途中で今日は学校だと浮かんだが、かまわない。どうでもいい。
空はきれいな青空。何も変わっていない。
一歩一歩がおもりをつけたように重かった。前は本屋に向かう道のりはこれ以上ないほどに楽しい道だったのに。
本屋までの道のりでたくさんの人が俺の横を通り過ぎる。
横断歩道に来れば、信号に従い、大人が群れをなすように移動しているのを俺は無感動に見る。
それもまた日々と変わらない光景。
何度も見てきた風景。
いつもの三十分ほど時間をかけてやっと本屋へ着き、ドアをくぐる。
俺はゆっくりと踏みしめるように階段を上り、ラノベコーナーに向かう。
ラノベコーナーだった場所には本などだけなく、ただの物置のように本棚がおかれている。
驚くことに何の感情も現れなかった。
ゆっくりとした歩みで漫画コーナーへ向かう。
そこには、ところどころの本棚に隙間があく漫画コーナーがあった。
それを見た後、俺は本屋を出た。
ふと空を見上げると、さっきと同じ青色だった。
目線を下げ、横断歩道を見る。
横断歩道を渡るという行動もさっき見たのと同じ。変わらない日常。
すると、心から水が湧き出るように声が出た。
――なんなんだよ。
心にぽっかりと穴があいたような、あるべきところにないような感じ。そんな気持ちが心の中で渦巻いていた。
太陽は空に上がっていて、大人達は俺なんかいないように前を通り過ぎる。
なにごともなかったような、今まで通りの、昨日と変わらない世界。何も変わらない世界。
――おかしいだろ。
今まで抑えていた感情が氾濫したように、飛び出た。
俺は、この変わらない世界がいやだ。
今まで通り地球が回るのが。空がこんなに青いのが。今も社会が動いているのが。人が動いているのが。太陽が昇っているのが。
分かりたくなかった。
オタク文化がなくなっても変わらない日常があることが。
いやでいやでいやでいやでいやで、たまらなかった。認めたくなかった。
ここで世界中に叫びたかった。世間に問いたかった。
「こんな世の中まちがっているじゃないか!」と。
無意識に口が開くのが分かる。それでも漏れ出るのは枯れたゾンビのようなうめき声。
これだけ心の中で叫んでいるというのに、どうしてでない。でろよ。でろよ!
そう思っても、実は心の底ではわかっていた。声が出ない理由が。
正しいのは、今だから。娯楽なんてなくても人間は生活できるから。そんなもんに社会は関わってられないから。
――俺が一番まちがっているから。
またいつのまにか俺の部屋の本棚の前にいた。
今の本棚にはラノベがあるようでない。
物としてあっても、心の中にない。
俺はもう一度、部屋から出て、階段を下りる。
リビングに入り、なにも考えずテレビをつける
どうやらリモコンは正常に作動したらしい。テレビが音を立てて作動する。
なにも考えずというのは違う。
心の中で政策が行われないことを夢見たのかもしれない。
しばらくしてテレビの画面が映しだされると、数秒間、俺は息をするのを忘れた。
それぐらい衝撃的なことが映し出されていた。
そこには数々の男の姿。
男の後ろには、『俺の嫁を返せ!』と書かれている旗。
ところどころでは火の手が上がり、まるでラノベのクライマックスのようだった。
男たちの魂の叫びが俺の耳に、そして心に響いてくる。テレビの画面からでもあの男たちと一緒にいるような感覚。
心臓が何かを求めるように鼓動が速くなったのが分かった。
『俺たちが、オタク文化を守るッ!』
テレビから聞こえた声が、全身の血流を早め、体がサウナに入ってるように熱くなる。
顔が思わずほころぶ。久しぶりに表情を変えたせいか、顔の筋肉が痛む。
ああ、分かった。
あの男たちはオタクであり、勇者だ。
自分の愛する作品、自分の愛する嫁を守るために立ち上がった英雄だ。
やっぱり考える事は一緒だ。
こんな政策は間違っていると、政府に、世間に伝えているんだ。
かっこいい。
俺は心の底から思った。
俺は勇者に、英雄に、オタクに、憧れた。心が突き動かされた。
俺もこんなふうになろう。
自分が信じられるものを守れる男に。
俺は突き動かされるようにドアを開ける。日光に目をしかめる。庭にある自転車を手に取る。
ここに行けば、みんなと一緒に戦える! オタク文化を守れるんだ!
一秒でも速くつくため、俺は全速力でペダルをこぐ。食事をとっていないせいか、こぐたびにふらつきそうになる。それに加えて運動不足により足が悲鳴を上げるが構わず前へ、前へと推し進める。
着いたのはほんの十分程度だった。
俺は自転車を投げるように建物の壁に立てかけ、人でごった返すところに突っ込んでいく。
最前列には警察らしき人によって封鎖されていた。
他にはマイクを持ったキャスター、避難するためにここまで来たメイド姿の女の人などいろんな人がいた。
それがなんだか嬉しかった。
オタク文化が世間を騒がせるなんて思いもしなかったからだろう。とまどっている警察の姿が見え、思わず「ざまぁみろ」と心の中で思う。
昨日の自分が認めてほしかったことを認めてくれたことにまた笑みがこぼれる。
なんとかあのオタク達と合流したい。
本道から入ろうとしても止められる。裏道なら止められない予想し、人を押し分けて裏道に入る。
予想通り、裏道には人はいなかった。
俺は走るスピードを速める。本道が見え、全速力で走る。
「うわっ!?」
しかし俺は図体のでかい男とぶつかった。やすやすと吹っ飛ばされ、尻もちをつく。
誰だと、顔をあげると、ヘルメットをかぶり、銃を持った男がいた。
警察か、と思わず舌打ちする。
どう逃げようか考えながら、その男を精一杯にらむ。
その男は下を向くと俺に向かって問いかけた。
「君も、守りたいのか? 大切なものを」
大切なもの。それを指す言葉はここでは一つしかない。
その言葉で同じ仲間だと思った。
証拠があるわけじゃない、それでも感じたのだ。
「はい」
俺の言葉に満足したのか男はうなずいた。
そして右手を俺に向けて差し出す。
「俺は一ノ瀬だ。オタク防衛隊へ、ようこそ」
俺はごつごつした手を握り、立ち上がった。
それは俺への希望の光だった。
二千三十年。オタク文化が浸透し、オタク人口が増加したことを政府は問題視した。
政府はオタク人口の増加によるさらに加速する少子化、ニートの増加。それだけでなく外国からも日本のオタク文化はあまりにもいきすぎているとの批難を受け、急速な対策を求められた結果、オタク文化禁止政策を施策。
国民に知らされず、水面下で会議され非難を浴びせられたが、一般の国民はなにも害がなく、それをなんとなく受け入れた。
その政策の中にオタク達にとって致命的な抜け穴があった。
それはオタク文化という言葉がまだ定義されておらず、その解釈が政府によってされることだった。
このことによって、性描写や暴力描写がないものでも肌が露出されすぎ、などのこじつけに近い理由で禁止対象になってしまうのだった。
この政策によってオタク達が爆発。秋葉原で暴動が起き、それはオタクの乱として有名な出来事となった。
全国各地で同じように暴動が起き、オタク達は千葉県と東京東部、秋葉原までをオタク文化防衛地区として武力行使でオタク文化を守ることになった。
そしてオタク文化を守るオタク防衛隊として俺、清水秋葉は戦うことにした。