九
翌日も晴れた。三人は水上家と柴犬に別れを告げ、旅行の荷物を持って車に乗った。
水上の運転で西側の海沿いの道を北に進んだ。一時間ほど走ったあと、ナビに従って細い路地道に入っていった。車がすれ違えないような道だったが、幸いにも対向車はこなかった。
駐車場は空いていて楽に駐車ができた。車から降りると、ちょうどロープウェーが上っていくところだった。緑に覆われた山肌を背景に、赤いロープウェーがゆっくりと上がってゆく。
「あー、行っちゃった」
残念そうな声を出した天水は、離れていくロープウェーに向けて手を振った。
山の上の方に目を向けると、頂上付近に採石場の名残が見えた。ロープウェーの山頂駅がある辺りは、岩が切り出された跡が剥き出しになっていて、崖というより巨大な壁のようだった。
山麓駅で厚紙の切符を買ってから次の発車時間を待った。十五分間隔で出るので、この山の案内や小さなお土産コーナーを見ていたら、時間が来た。入り口で係の人に切符を渡すと、ペンチのような道具で切り込みを入れた。パチンと、気持ちのいい音がした。
「あれ使うの、初めて見ました」
「私も」
古泉も頷いていた。水上以外は改札鋏を見たことがなかったようだ。もっとも、彼も以前ここで見たことがあるだけだが。
彼らが乗るロープウェーは黄色だった。発進すると、後ろに船着き場があり、その向こうに海と対岸の工業地帯が見える。途中ですれ違う赤いロープウェーに天水が手を振った。低学年くらいの子が手をふり返してくれた。
山頂駅は展望台も兼ねていて、山の反対側の景色も見えた。砂浜が大きくカーブを描いて、その先には細い岬が海に突き刺さっているようだった。水上の実家がある方角だが、さすがにここからでは見えない。
「海に近い山ってのもいいね」
岬の方を眺めながら天水が言った。
「前行った山でも見えたよな」
「うん。どっちもいい眺めだ」
展望台から歩いて、山の中にある寺の境内に入った。森の中の石段を登っていくと分かれ道にさしかかり、入り口でもらったパンフレットで確認してから、左の道に進んだ。
そこは切り通しで、両側が彼等の背よりはるかに高い石の壁だった。切り通しを抜けると、四方が切り立った崖の広場に出た。ここは崖の底だ。
見上げると、断崖に遮られた狭い空があった。崖の上には岩がつきだしているところがあって、そこだけ宙に浮いたようになっている。岩の上には囲むような形で手すりがついていて、手すりの内側に人が立っている。
「あれが、地獄覗き?」
古泉がつきだした岩を指さして言った。
「そうだな」
「じゃあ、ここが、地獄?」
指を地面に向けて言った。
「見る人によるんじゃないか」
見上げると、そこにいた人が手を振っていたので、小さく手を振り返した。あまり距離はないが、逆光のため表情はわからなかった。
分かれ道まで戻って、石段を上った。