六
水上の運転で海沿いの道を南に向かって走っているとき、後部座席の天水が西の方を見ながら、
「あれって、富士山? ニッポンのフジヤマ?」
「ここからでも見えるんですね。新幹線からも見えましたし」
「え? 私見てないよ」
「天水は寝てた」
「起こせよー」
天水は隣の古泉の肩をゆすったが、古泉は気にせず、海の向こうの富士山に目をそそいでいた。天気はいいが、距離があるため少しぼやけていて山肌が青い。山の形と色がなんとなく見えるくらいだが、それだけで富士山だとわかるのはさすが日本一の山だ、と古泉は思った。
彼女たちが住んでいる町からも、海を隔ててあの山が見える。ここから見るより小さいが。縁もゆかりもないような遠くの土地に来たと思っていたが、ほんのちょっとこの町に親近感がわいた。
「冬ならもっとはっきりと見えるよ」
運転し始めてから口数の少なくなった水上が、誰にともなく言った。
小さな山の上にある城跡に行き、そのあとに車で移動して崖の中腹に観音像のある寺に行った。寺から出ると昼時となったので、次の目的地の途中にあるパーキングエリア兼道の駅で昼食をとった。
そこから、天水が運転手になった。次に行くのは水上も行ったことのない場所だそうだ。インターネットで調べて見つけた場所だ。ナビの案内があるので、迷うことはないだろう。
「写真見た限りだと眺めがよかったし、行ってみようと思って」
後部座席に移った水上が言った。水上と夏川は天水の運転にビクビクしていたが、走り始めると特に何事も無いので安心したようだ。高速道路の標識に『動物注意』があり、鹿の影が描かれていた。
古泉は旅行などで行く場所の写真をあまり見ない。知らない人の撮った写真よりも、まずは自分の目で見たい。先入観があると素直に楽しめない気がするからだ。
一般道に下りると、道は海の方に向かいやがて内陸側に曲がってカーブの多い山道となった。牧場のそばを通っったとき、天水が脇見運転をしそうになったが、助手席の夏川が何とか阻止した。
目的地は山の上で、広い駐車場とやぐらのような展望台があった。天水は展望台を走るように上って、夏川がそのあとを歩いてついていった。古泉は展望台の先にある柵の所まで行った。
眼下には丘と呼んでいいような起伏がいくつもあり、正面の遠くにはそれらよりも高い山が見えた。それらの間に町や田畑がある。
標高の高い山からの景色のようだった。いくつもの山が重なっているようだった。山の間からその後ろの山が見える。
近くに今いるところと同じか、それよりも高い山がないからこうやって見えるのだと思った。
「我が県の誇る三百メートル超の山々だ」
水上が誇らしげに紹介した。
「低い」
古泉は思ったことをそのまま言った。
「高さはともかく、この景色は写真に収まりきらないだろうな」
「うん」
この広大さを写真で表現するのは難しいだろうなと古泉は思った。
展望台の上には写真付きの案内板があり、ここから見える山の名前と標高が書いてあった。