三
バスの乗車券をあらかじめ買っておき、乗車時間にバス乗り場に集合ということに決まった。
水上は、「目的地までの路線がよくわからない」と言う古泉と一緒に古本屋街の案内所まで行って、そこで別れた。古泉はその後、古本屋と書店を見て回り、喫茶店で休憩してから近くの大きな神社に行ったそうだ。
天水と夏川は二人で中古カメラ屋巡りと、なにやらおしゃれそうな町に行ったそうだ。そんな話をバス乗り場で聞いた。水上は古本屋で買った本を喫茶店で読んでいた。人が増えたら席を立ったので、いくつかの喫茶店に入った。
彼らが乗ったバスの終点は水上家の最寄駅だった。バスの止まった東口は予備校や居酒屋のある、いかにもな駅前だった。オレンジ色の瓦屋根の駅構内を通って、西口に向かった。
西口の正面には海がある。駅前の通りにはヤシの木が並んでいて、駅舎と同じオレンジ色の屋根の建物がいくらかあった。しかし、夜なので街灯の明かりの届くところしか見えない。海も暗くてよくわからない。
「昼間でもたいしたことないぞ」
慰めのつもりでもなく、水上が言った。
「水上家まではどのくらい?」
「駅から全力疾走で三分の好立地でございます」
「歩いてくださいよ」
西口の階段を下りて駅の外に出た。歩道をまっすぐ進んでいって、駅前広場を出たところで海の方に曲がった。少し歩いたところで先頭の水上が立ち止まり、左手の垣根を指さして、
「ここ」
と短く言った。垣根の内側に入ると、玄関から少し離れた位置にいる犬が激しく吠えだした。が、暗くてわからなかったのか、水上の姿を認めると吠えるのをやめた。
中型の柴犬は彼らの方を見て、風を起こしそうなくらい元気に尻尾を振った。無論、近付いてなでる。
犬小屋の正面に木札がついていて、縦書きで『成信』と刻まれていた。
「なんて読むの? せいしん?」
天水が、玄関に向かおうとする水上に聞いた。水上は「しげのぶ」と言った。
「しげのぶー」
と言いながら、古泉は柴犬をなで回した。
三人が柴犬に構っているうちに、水上はインターホンを押した。家の中から水上の母が出てきた。
「ただいま」
「はい、おかえりなさい。あれ、他の子らは?」
水上が犬小屋の方を指さし、母も玄関から顔を出してそちらを見た。
「長旅おつかれさま。さ、中に入って荷物おろしちゃって」
「おじゃまします」
天水と古泉は客間を、夏川は水上の兄の部屋を使わせてもらった。夕食は駅前の海鮮料理屋まで行って食べた。
夕食のあと、海岸に行った。海岸まではすぐだった。風は穏やかで波も低い。遠くの方にいくつも船の明かりが見えた。
「明日、花火しない?」
と、天水が提案し、三人は賛成した。
客間で、天水が昼間買ったという無電源ゲームを四人でやって、あまり遅くならないうちにそれぞれの部屋に戻った。移動時間にずっと寝ていた天水は物足りなそうだった。
寝る前に母が「明日面白いものが見られるかも」と、水上に言った。それだけで、詳しいことは教えてもらえなかった。実家の布団は正月以来だったが、なんの違和感もなく眠れた。
目覚ましをかけていないのに、水上はいつもより早く起きた。顔を洗ってリビングにおりると、台所には母が立っていて、窓の外で古泉が犬小屋の方にカメラを向けていた。
古泉が家の中の水上に気付いて、顔の前に人差し指を立てた。「静かに」ということらしい。
気になったが指示通りにして、あとで何があったか聞くことにした。