一
夏川は待ち合わせた時間の十分前に駅に着いた。あらかじめ買っておいた切符で改札を抜けると、向かいのホームに三人の姿を見つけた。早朝で人が少ないので、すぐに見つかった。通路を渡ってホームに下りたとき、彼は何か変だと思った。三人のうち二人がベンチに座ってうつむいている。
近付くと水上だけが夏川に気付き、挨拶をしたが、うつむいている二人は無反応だった。二人とも目を閉じている。
「おはようございます。何かあったんですか、これ」
とりあえず唯一正常な水上に尋ねた。
「来たときには天水が古泉の横で眠っていて、そのあと古泉も眠った」
そう言われても夏川にはさっぱりだが、水上にもこの状況の原因はわからないようだった。まもなく、乗る予定の特急が来たので二人を起こし、夏川が天水の、水上が古泉の手を引いて乗り込んだ。
「それで、なんで顔色が悪いんだ? 風邪とか病気なら今から帰るからな」
電車が動き出してから、水上が聞いた。シートを回転させ、向かい合わせにして、男二人が進行方向に背を向けて座った。
「それは大丈夫だよー」
と、ゆったりとした口調で天水が言った。古泉も頷いた。
「風邪じゃないのなら、どうしてそんなんになってるんですか?」
「実は、昨日の夜、すごいことに気付いたんだ」
天水の話すスピードは速くなったが、顔色は少し悪いようだ。誰に促されることもなく続ける。
「今日、朝早いから、起きられる自信がなくて。大きい音の目覚ましだと迷惑だし」
なぜか、しゃべる毎に生き生きとしてきた。が、何か天水の様子がおかしいと夏川は思った。
「それで、どうしたんですか?」
間があったので夏川が聞いた。
「よくぞ聞いてくれました。えらい。でね、私はこう考えたんだよ」
再び間を置いた。一種の演出のつもりなのだろうか。二人は固唾をのむこともなく天水の言葉を待った。古泉は車窓の外に目を向けていて、聞いているのかわからなかった。
「起きられないなら、寝なければいいじゃない」
天水は誇らしげな顔で言った。
「ねろ」
と、水上が言った。天水は目を閉じた。
「古泉さんは?」
視線を景色に向けたまま、古泉は少しずつ話し始めた。
「んと、今朝、牛乳が、残っているのを、発見して、飲んだから、だと思う」
「牛乳って、どのくらい飲んだんだ?」
「七割、くらい」
「一リットルのパックで?」
水上の言葉に古泉は小さく頷いた。そして、機械的な動きで二人の方を向いて、
「きもちわるい」
消え入りそうな声で言った。
「トイレ行ってこい。付き添うか?」
古泉は首を横に振って、車輌の前方へトボトボと歩いていった。
「先行きが不安ですね」
「まったくだ」
寝息をたてはじめた天水は、横に倒れて古泉の座席を占領した。