ぷるタコ
お盆には、水に入っちゃいけないという。
厳密には、この期間、死んだ人達は海から帰ってくる。
そんな中のんきに海で遊んでると足を引っ張られるぞ、という事らしい。
「ふーん…で、お前信じてんの?」
「別に信じちゃいないけどさ。昔、ばあちゃんの言うこと聞かないで海行ってさぁ…従兄弟が溺れかけたんだわ。それ以来ちょっとトラウマ。」
「うははは、めっちゃ気にしてんじゃん。ま、いいから泳ごうぜ。」
言うなり柿崎はプールへ飛び込んだ。重い水しぶきがこっちにまでかかる。
オレも横に置いてあったビート板をつかんで、水に突っ込んでいった。
8月、お盆…とくに14日と15日はほとんど店が休みになる。
ま、田舎だから仕方ないけど。町営プールも例外じゃなく休みだったので、オレ達は町外れの農業地帯へと移動した。
目的は、今はあまり使われていない『地区プール』!!
もちろんここだって『お盆休み』なのだが、町営プールよりも管理が緩い。
そこに目をつけたのが柿崎だった。ガタガタの柵を乗り越えバカになっている鍵をこじ開け、1週間に1回しか水を入れ替えないプールへと潜り込んだのだ。
衛生的にはアレかもしれないけど、この暑さだ。ちょっとぐらい遊んだっていいだろう?
…まぁ、それにしても真面目に泳ぐなんて10分ぐらいで飽きる。
潜水から犬かき、しまいにはビート板を挟んで立ち泳ぎ競争をやっていると、急に柿崎の顔がこわばった。
「…?どうしたんだよ。」
「な、なんか…変な奴?入ってきたぞ…。」
ベタン
妙に肉厚でべたついた音が聞こえたので、オレは恐る恐る振り返る。
プールサイドで、やけに背筋のしっかりしているタコが体操をしていた。
昔の火星人のイメージに近い感じ…ていうか、え?ええ?オレも柿崎同様、固まってしまう。
そいつは一本の足をちょっと上げてオレ達に挨拶した後、ずるりと水の中へ入ってきた。そのまま潜水してこちらへ近づいてくる…。おいおい、何かヤバくね、と言おうとした瞬間!
「うわっぶ!!」「ぐわっ!!」
オレと柿崎は2人揃ってひっくり返った。
両足で挟んでいたビート板を抜き取られたのだ。アイツは頭だけ出して、ケケケと笑っている。
そしてクルリと向きを変えて、向こうの方へ泳いでいった。ご丁寧に2本の手(足?)でつかんだビート板二つ、頭の上でひらひらさせて。
「くっそー、あのヤロ、やりやがったなー!」
「おい、止めろって。ヘンに刺激するなよ。なんだアレは?!」
「でも見ろよあれ、あのタコ絶対挑発してるぞ!!」
オレ達から大分離れた場所に移動したタコは、動きを止めてこちらの様子をうかがっている。が、自分のことを話していると気付いたのだろう、ビート板をひとつ足に乗せるとバスケットボールを回すように、シュルルルルと回転させビシッとポーズを決めた。そして(お前にできるかぁ?)とでも言いたげにもう一つのビート板をこちらへ投げてよこす。
「ぐぬ…できるに決まってんだろー!!…と…それっ!」
「うわっ!!こっちに飛ばすなっ!アブねーだろ!」
柿崎の手から離れたビート板が顔の前に飛んできて、オレはのけぞった。
くやしそうな柿崎の向こうで、タコが水面叩いて爆笑している。
間違いない。完全におちょくられているようだ。
「ちくしょー…。」
「柿崎よ、ここはプールだ。ならば、泳ぎで勝負すんのが筋ってモンだろ。おらぁ!!」
オレはクロール全速力で、タコの方へ突っ込んでいった。これでも小学校の時はクラス1位だぜ…!!
タコは慌ててオレをかわすと、グニャグニャと飛び込み台の方へ逃げた。オレも方向転換して後を追う。くくく、甘いな。そっちの方には柿崎が…
…てアレ?いない?
その時、ふっと目の前か暗くなった気がした。やな予感。
「とっつかまえて焼き鳥にしてやるー!!」
飛び込み台から大ジャンプをかました柿崎が、急降下で降ってきた!!
「うわっバカあぶっ……!!!!」
ガコォ……ン
「大丈夫かい?」
目を開けると、20代ぐらいの知らない男性が、こちらを見下ろしていた。
いつの間にかオレはプールサイドに横たわっている。…て、そりゃそうだよな、あのバカ崎のせいで…あー、いてぇ。
はしゃぐ声が聞こえるのでプールに目をやると、あのタコとバカが仲良く遊んでいた。さっきまで『焼き鳥』だの叫んでたくせに。
ていうか、何でだよ!それいうなら『タコ焼き』だろっ!
心の中でツッコミしつつ身体を起こそうとすると、男性が手を貸してくれた。多少クラッとしたけど、痛みは大分ひいたようだ。
「丁度、僕が入ってきたところでね、飛び込みした子と君が激突してたものだから、急いで水から引き上げたんだよ。」
「はぁ…すみません本当に。ありがとうございました。」
「…で、君たち、今日ここ休みのはずなんだけど?」
男性が準備運動をしながら聞いてくる。やべぇ…
「う、それは、ちょっと…って、そっちだって勝手に入ってるだろ?お互い様じゃん。」
「僕はこの地区の住人だから。……ま、いいか。勝手に入っているのは事実だな。それじゃぁ、お互いに他言無用ということで。」
オレの逆ギレに、イタヅラそうな笑みを浮かべると男性はプールへ入っていった。
…今日は貸し切り状態のはずだったのに、意外と利用(不正利用?)されているらしい。
「おーい、何やってんだよ、早く来いよ。」
柿崎が呼んでいる。……後でヤツには礼をしておかないといけないな。
オレは簡単に身体を動かしてから、再び水の中へ入っていった。
人数が増えたこともあって、プールではかなり盛り上がった。水中鬼ごっこは基本として、競争したり某TVのマネをして浮かべたビート板の上を走ったり、シンクロしたり。
(…冷静に考えると、高校生にもなってなにしてんだと思わなくもない)
男性には、昔の泳ぎ方…古式泳法とかいうのを教えてもらった。これをマスターすれば、ビート板を足で挟まなくても立泳ぎできるのだ。頭の上に物を載せてリレーをしたり…下手したら今までで一番プールで楽しんだかもしれない。
何時間経っただろう、ふと柿崎があたりを見回して言った。
「暗くなってきたな-。」
確かに薄暗い気がする…でも黙って入り込んでいる以上勝手に電気をつけるわけにもいかないしなぁ。
「そうだな、君たちはもう帰った方が良い。」
男性が水から顔をあげてオレ達に言う。
「お兄さんは?」
「僕はもう少し泳いで帰るよ。大体、君たちはこの近辺じゃないのだろう?家に着く頃には真っ暗になっているぞ。」
タコも、足をクルクル回して同意した。
もう少し遊んでいたいけれど、仕方がないか。柿崎も残念そうにプールサイドへ上がった。
「じゃぁ、帰っかー。おいタコ、またな。また近いうちに遊ぼうぜ。」
「それじゃぁ。」
着替えをして、荷物を詰める。
帰るときにプール内を振り返ると、男性とタコが手を振って見送ってくれた。玄関のドアをそっと開けて、俺たちは外へ出た。少し風が出てきたようだ。
「結構、面白かったな。」
柿崎は至って上機嫌だった。オレも頷きながら自転車を…
「…?!」
「それにすっげー腹減った…途中でコンビニ寄ってこうぜ。ん?どうしたんだよ。」
オレは地面を見つめたまま、やっとの思いで声を絞り出した。
「…。お前、コレ、知ってる?この…」
オレ達の自転車が止めてあるその横に、ちょこんっと『ナスの牛』と『キュウリの馬』が並んでいたのである。
「おお、そういや婆ちゃんが仏壇に供えてたなー。お盆のなんかだろ?今日はお盆だし、ここに飾ってあっても不思議じゃなくね?」
「バカ、日本人なら意味ぐらい知っとけ!」
オレは恐る恐る、プールの入り口の戸を開けて、プールサイドの方をのぞき込んだ。
タコと男性が楽しそうにのんびり泳いでいる…なぜ中はもう薄暗いのに2人(?)がはっきり見えるのか?考えなくても分かる。それは…
「なんか…あいつら…光ってね?」珍しく真剣な声で柿崎が呟いた。
「おうい、早く帰るんだぞ。」
俺たちが覗いているのに気が付いたのだろう、男性が大声て叫んだ。
「は、はぁーい。」
オレ達はにこやかに答えると、ゆっくり扉を閉めた。
と同時に、光に速さで外に出て自転車にまたがり猛スピードで道路を走った!オレも柿崎も無我夢中だった。
やがて、地区プールが見えなくなって町の灯りがようやく大きくなってきた頃、どちらともなくスピードを落として、そして自転車を止めた。
「…今、思ったんだけどさ。何も焦って逃げなくても良かったんじゃねーかな。」
「…オレも今そう思った。」
空はすっかり暗くなり、星がチカチカ輝いている。
「…幽霊、ってことだったんだよな。あの2人。」
あの世かどこか知らないが、現世に帰ってきたのだろう。毎年、お盆休みのプールで遊んでいたのかもしれない。ひょっとすると、オレ達邪魔したのかもしれないな…。
「いい人だったよなー。それに、タコの幽霊なんて初めて見たな。」
「宇宙人の霊だったんじゃないのかアレ…。」
なぜそんなものがココにいたのか分らないが。
でも考えてみれば、最初から変なことをしていたんだ、勝手にプールに忍び込むという。
普通じゃないことをやって普通じゃない事態に巻き込まれる。そう考えれば、あそこで出会ったことなんて不思議でもなんでもないのかもしれない。
「来年、また会えっかなー。今度は縦野達とか誘って行こうぜ!」
「そだな。」
オレ達は、町灯りに向かって自転車を走らせた。
お読みくださりありがとうございます。
地区プール近辺捜索したら、墜落したUFOとか出てくるかもね。
※地区プールは、イメージ的に1~2の町内会で運営している小さなプールと思っていただければ。私の知ってるとこはもう物置になりました。