金の亡者と、平均的貴族夫人と、人の心の無い美貌の持ち主と、魔法バカ少女
ヒロインや悪役令嬢よりも美しい、俺
https://ncode.syosetu.com/n1608mr/ のヒロインのお兄ちゃんのお話で、←のお話よりは前の話で学生でまだ未婚。
人の心のない美貌の持ち主と書かれていますが、あんまり性格悪くないと思われます。
うちの父親は守銭奴。
うちの妹は、魔法バカ少女。
そんな尖った家族がいるせいか、母親の自己肯定感は頗る低い。
だが、全てを平均に持っていくという、物理的な強ささえ持っている能力のなんと凄い事か。
レーダーチャート式で一つでも尖っているものに憧れを抱く母には、ほぼ正円に近いような結果を出せる事がどれだけ凄い事を分かっていないのだろう。
そう。
美貌しか取り柄の無い俺には、家族全員が羨ましい。
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なんて、殊勝な事を考えていた、センチメンタルで繊細で可愛らしい少年時代を過ごした俺も、今ではその顔じゃなかったらとっくに殺されていたというほどに、逞しく育った。
「いや、それ、逞しいじゃなくて太々しいって言うと思うわ」
などと言うのは、魔法の才能に能力を全振りした、魔法バカ少女の妹だ。
お金大好き!でお金の精霊憑きの父親のように、魔法特化の精霊憑きの妹である。
四大元素の精霊とはまた違う精霊だとは母親が言っていた。
「いや、あれは魔法特化と言うか、あんな事いいなできたらいいな、を叶えてくれると言うか……」
父親についているお金の精霊は、異国の通貨の形をしているが、妹もそんな感じなのかと尋ねれば、似たようなものだと母親が頷いた。
「タヌキ、ではなく、ネコなんだけど、その青くて、二頭身で、こう、皆に愛されてると言うか……」
月に一度、妹だけが異国から取り寄せた、アズキ、とやらをパンケーキで挟んだスイーツを食べるのも、精霊が求めるかららしい。
なるほど、分からん。
「だからあの子、純粋な魔法使いと言うよりは、魔道具師に近いのよね……」
確かに、魔法使いはどちらかと言うと自身でのみ勝負をするが、魔道具師は道具を使って勝負をするところがある。
妹は単純に魔法を使用するのも上手いが、どちらかと言うと魔道具を作る方が適性があるのかもしれない。
「じゃあ、転移魔法をあの謎のピンクのドアにかけようとしているのも、精霊のせい?」
「100%そうよ」
母親がきっぱりと言い切る。
いつも貴族らしく、婉曲な物言いをする母親にしては珍しいくらいのきっぱりっぷりだ。
「風魔法を使えば空も飛べるのに、あえて道具を使用しようとするのも、精霊のせいよ」
そこまで精霊に引っ張られるものか?と思うが、うちの家族はその傾向が顕著だ。
守銭奴の父親など、舞台で「お金より愛が大事よ!」というセリフを聞いただけで、気持ち悪―!と叫んで、舞台を台無しにするくらいに、お金が大好きなのである。
そのせいで賠償金を払ったけれど、あそこの1回の公演の大体の金額が分かったから、情報料みたいなもんだ、と笑って、更なる儲けへと走っていたので、呆れとか関心を超えた先にいる人なのだなと思う。
訳が分からんな、と溜息を吐けば、母親が苦笑を浮かべた。
「相変わらず薔薇の匂いがするわ」
ニンニクを丸かじりしたとしても、俺の息は薔薇や、時折百合の匂いがするらしい。
俺は別に花の匂いなんて好きでもなんでもないけど、美しい人は花の匂いがすると、俺についている精霊は思い込んでいるからだろう。
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「今日は食堂で食事とるから、席取っといて」
「お安い御用さ!」
そう言って、王太子が教室から走って出ていった。
それを取り巻き達が慌てて追いかける。
「さ、行こうぜ」
俺が友人達に振り向くと、何とも言えない表情を浮かべていた。
「世界広しと言えど、王太子殿下を使いっ走りにすんのはお前だけだろうなあ」
「褒めるなよ」
「決して褒めてねえよ」
「だって、効率を考えたら王太子に頼むのが一番だろ?」
この学園で一番権力のある男を使えば、いつでも混んでいる食堂の席も難なくとれるというものだ。
友人に頼んだところで、良い席が取れる確率は少々低い。
「お前が自分で走って取りに行くという選択は無いのか?」
「俺が慌てて走ったりしたら、学園中の皆が心配するじゃないか」
俺はいつでも、平穏で、優雅にしているのが平和なんだよ、とニッコリ笑えば、友人達が黙った。
そりゃあ、俺だって入学当初は、食堂の席取りに走ったりしたものだが、流れる汗、紅潮する頬、乱れる息のせいで、学園の風紀が乱れるので、注意と言うかあまり走らないでくれと頼まれた。
まあ、俺の成績は良い方じゃないので、教師に目を付けられるのもな、とゆっくり行ったのだが、案の定席は空いていない。
どうしたもんかな、と思ったら、この席が空くから!と親切な生徒がいた。
食べてる途中では?と思いつつ、ありがとうと言えば、俺の席も空いてる!私の席も空いてる!と争いが起きた。
空を舞うパン。
踊るサラダ。
飛び散るスープ。
えええ……、とドン引きしている俺が何故か怒られた。
これだけは今でも解せぬ。
なので、怒った教師の妻に泣きつき、教師を逆に怒ってもらった。
入り婿の立場が弱いって本当なんだなあ(鼻ほじ)。
ゆっくりと到着した食堂では、王太子が満面の笑みで手を振っている。
王子様スマイルってやつかあ、と思いながら、俺は一応礼は言う。
礼を言った方が、次に繋がりやすいと分かっているからだ。
「ありがとう。もう上の隔離席の方に行って良いぜ?」
王族や公爵家くらいまでの高位貴族は、食堂の2階にある個室の部屋を使用できる。
うちは所詮伯爵家なので、使用権利が無いけれど。
「いや、あの、僕は君と……」
「あ、お前は命令系で言われる方が良かったんだっけ?さっさと行けよ」
「…………ふぁいっ……」
恍惚とした表情で、王太子が階段に向かった。
取り巻きの高位貴族の息子達が俺を睨む。
そいつらに微笑んだら、くそう覚えてろよ、みたいな表情を浮かべつつ、顔を赤くして王太子の後に続いた。
「めんどくせえ……」
ボソッと呟いた俺に、友人達が疲れ切った表情を浮かべる。
「なんか、お前が聖女とか男爵令嬢とかだったら、流行りの悪役令嬢物の物語のヒロインポジションになれそうだな」
高位貴族がちやほやして、そっから婚約破棄祭りみたいな、と言う友人を俺は鼻で笑う。
「そんなド五流くらいのヒロインと俺を一緒にしてほしくねえな。俺なら、俺を憎むはずの婚約者だって骨抜きにできるぜ?」
現に、王太子殿下に向かってなんて態度を!と怒ってきた王太子の婚約者の公爵令嬢は、俺が微笑むだけで大人しくなった。
殿下にもお友達は必要ですし、殿下のお友達は私のお友達でも良いと思いますの、と媚びも見せた。
まあ、俺は俺よりも容姿の劣る令嬢には興味が無いので、俺に相応しくなったら友達になってやっても良いと言ったら、その日からこれまで以上に王太子妃教育に力を入れて挑んでるらしい。
まあ、国が平和になれば、俺も平和だしなあ。
「本当お前、顔が良くなかったら1年に52回は刺されてると思う」
週1で刺されるのか。
まあ、そんなもんだろうな。
「でも、俺、顔が良いから」
ある程度俺の美貌に耐性のある友人も黙る。
俺の顔なんか見慣れている、魔法バカ少女の妹でさえちょっとは効き目のある俺の満面の笑みだ。
なお、母親はちょっと心揺らぐが最終的にはお小言を言ったりできるし、父親なんかは、「で、その顔使って商売しない?」と目を金貨のように輝かせながら尋ねるだけだが。
俺の両親(ある意味)すげえよな。
「もし、物語のような天真爛漫系、養女とか庶子の男爵令嬢がやってきたらどうなるか気になるわー」
どっちが王太子殿下達を落とすのかねえ、と友人の1人が笑う。
あ、と一瞬思ったが後の祭りだ。
精霊が見える母親曰く、その友人にも四大元素系以外の特殊な精霊が付いているらしい。
「えっとね、その、本?の妖精みたいな感じでね、その、表紙にノストラ夕゛ムスって書いてて……」
ノストラ夕゛ムス?誰?と思う俺に、そこは置いといてえ、と母親が僅かに呻いた。
とにかく、そこまで強い妖精ではないが、時折予言めいた事が当たると思う、と母親は言っていた。
確かに、友人は毎回ではないが、たまに言った事が実現する事がある。
そして、俺の美貌の妖精は、ただただ美しいだけなので、特に力が無い。
なので、俺がヤバイ状態になりそうになると、怯えてしまい、それが何となく伝わるのだ。
嫌な予感がするなあ、と俺は本日のスペシャルランチを黙々と食べながら、顔を顰めるのであった。
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「アン・ディンクルです。最近ディンクル男爵家に養子となったばかりで、貴族のルールとかよく分かってなくて、皆さんにご迷惑をおかけするかもしれませんが、よろしくお願いいたします」
ペコンと膝に手を置いて、90度に腰を曲げて頭を下げた彼女を見て、ほへえ、と俺はぼんやりと眺めていた。
なんせ、足の爪先が上がるような勢いのお辞儀だ。
ついつい視線が釘付けになるというものだろう。
ピンクに髪にピンクの目。
悪役令嬢に対抗するヒロインに相応しい容姿の少女。
クラスの男子共が、可愛い、とざわざわし、マナーのなっていない様子に女子達が密かに眉を顰める。
これだからド五流の女は、と俺は鼻で笑ってしまう。
もし俺が同じ事をしても、男子はもちろん、女子も可愛い、と骨抜きにできる自信がある。
何故なら俺は美しいから。
「ふうむ」
俺は左手首につけているブレスレットを見る。
魔法バカ少女の妹にもらった、魔力探知機だ。
「魔力、探知機ブレスレット~」と若干のダミ声(妹は何故か魔法道具を見せる時だけ声が変わる)でアイテム名を述べて渡してくれた物である。
「お兄ちゃんって、美しいだけで全然知力も腕力も無いから、魔法一つで攫われちゃうもんね」
「まあ、俺なら攫われた先で王国を作れるだろうがな」
何を馬鹿な事を言ってるの、と軽く母親に叱られたが、まあ俺が知力も腕力も無いのには変わりない。
剣や攻撃魔法で俺を傷付けるなんて事は、やった瞬間に相手が後悔で自殺するだろうが、眠らせたり痺れさせたりして連れ去りというのは考えられる。
と言うか、過去何百回と攫われてるし、うちの家の金目的でも最終的に俺目的になる。
なので、魔法が周囲で使われたら反応するブレスレットなのだが、それがピカピカと光っているのである。
「可愛いなあ……」
普段は俺の美しさもたまに忘れてツッコミを入れられるような友人が、男爵令嬢に見惚れている。
これは魅了、というやつじゃないだろうか。
「なあ、俺とどっちが可愛い?」
「そんなのアンちゃんに決まって…………、いや、お前の方が可愛いな」
悔しそうに言うものの、友人は少し我に返ったようだが正気には戻り切ってないようだ。
だって、でも可愛いな、まあ、お前の次に、なんて言うのだ。
アレは俺の次でも烏滸がましいレベルだろうが。
これは完全に魅了魔法だ。
まあ、俺に害が無いなら良いか。
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なんて風に考えてる時代が俺にもありました。
ド五流令嬢は、王太子を始め、高位貴族の子息も含めて次々に男を落とし始めた。
時には寄り添い、時にはおもしれー女ムーブを決め込み、と、その手練手管は傍目から見ていても凄いなと思った。
まあ、俺ならただそこにいるだけで、男が勝手に落ちていくんだけれども。
王太子は俺のために食堂の席を取りに行ってくれなくなったが、男共がゾロゾロとド五流令嬢に侍っているため、食堂の空席ができているので、俺としては問題無い。
本日のスペシャルランチも美味いな、と堪能していると、2階席からド五流令嬢御一行様(笑)が下りてきた。
介護老人よりも手厚くエスコートされるド五流令嬢御一行様に、王太子の婚約者の公爵令嬢が近付いた。
「殿下!」
から始まる文句は、それこそ物語でも読んでいるようなセリフの数々だ。
王太子も、友人だと言う割には、ド五流令嬢が可愛いだの優しいだのと褒めちぎる。
ふうむ。
美貌しか褒めるところのない俺以上に褒めるところがあるじゃん。
公爵令嬢はバカにされ、心無い言葉を投げかけられる。
こういう時、ヒーローは助けに行ったり、優しい声をかけに行ったりするのかもしれんが、俺は行く気はない。
だって、面倒だし、俺には関係ない女だ。
ああ、でも。
「…………あの公爵令嬢が王妃になるなら良いけど、あのド五流が王族に、って事になるのは困るな」
俺はこの国で、この美貌のおかげですすれる甘い汁だけを浴びて生きたいのだ。
だからと言って、俺が動くのは面倒だし、俺は頭も良くないのでどう動けが良いのか分からない。
そしてふと、毒を以て毒を制す、なんて言葉が頭に浮かぶ。
「…………なあ、やっべー女にやっべー女ぶつけたらどうなると思う?」
「え?」
王太子達からの公爵令嬢への態度に、流石に顔を顰めていた友人が、俺の言葉で虚を突かれた表情を浮かべる。
「別に公爵令嬢はどうでもいいけど、俺のために国をよくしてくれる女が王族にならないのも困る。でも、俺があのド五流令嬢をどうにかするのも面倒だしさあ」
ぶつぶつと呟く俺に、友人が質問を投げかける。
「……やべー女って?」
「マリア」
その言葉に、友人の目が輝く。
「マリア嬢って、今隣国に留学してる?」
「ああ」
マリア・ローゼンベルク公爵令嬢。
俺でさえ認めている程に美しく、そして俺とは違って知力も腕力もあるタイプの完璧令嬢だ。
母親の友人の娘で、いわゆる幼馴染の女である。
数年前まではこの国で一緒の学校に通っていたが、だんだん一緒にいるのが面倒になったので、俺のためにレベルアップしてこいと、隣国に留学させたのだ。
「彼女が戻ってくるのか?」
友人は嬉しそうに顔も輝かせているが。
「いや、完全に戻ってこられても面倒だから、短期留学って形で呼び寄せる」
隣国に留学中の貴族令嬢を、自国の学校に短期留学させるとはこれいかに。
「…………そんな事できんのか?」
「俺がしろって言って、マリアがその通りに動かねえ訳ねえじゃん」
俺に命令される事を喜ばぬ人間はいなかった、と言い切れば、友人がしょっぱい表情を浮かべた。
だが事実である。
不思議な話だが、俺が認められる程の美貌と、公爵家という財力や権力を持ち、自身も完璧な女なのに、マリアは美貌しか取り柄のない俺が大好きなのである。
大好き、と言うか、執着していると言うか、狂信?妄信?
繊細な少年時代は、その愛情の大きさに、嫌だ、お前なんか嫌いだ、あっちいけ、死ね!とかなり嫌っていたのだが、ある日気付いたのだ。
こいつ、絶対俺の事嫌いにならなさそうだし、使えるだけ使おう、と。
世界一美しい俺の、使えるコマの一つと思ったら、ちょっと気が楽になった。
財力、権力、才能を遺憾なく発揮し、俺のためにだけ動くペットと思ったら、死ねまでは思わなくなった。
まあ、瀕死で動けないぐらいがちょうど良いとは思っているが。
「ド五流の女に、一流の女ってのを見せてやるよ」
見せるのは俺じゃないけど。
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「マリア・ローゼンベルクです。私としてはこのままこの国の学校に通いたいのですが、訳ありまして、二週間だけお世話になります」
よろしくお願いいたします、と。
訳の分からない自己紹介を挟んでも、その美しい礼と、美しい笑み、美しい声に、皆がほう、と感嘆の息を吐く。
男子共は可愛い、美人だと浮足立ち、女子共も、可愛い綺麗お人形さんみたい、と称賛の声をあげた。
「やっぱり一流となったらこうだよなあ」
ド五流令嬢は悔しそうにマリアを睨んでいる。
王太子達は、ド五流を気にしつつも、マリアに視線がいっていた。
まあ、マリアはあいつ等全員の初恋相手だもんな。
「お久しぶりですわ、アストリア王太子殿下」
「覚えててくれたのか、ローゼンベルク嬢……っ!」
「勿論でございます」
その他、王太子の取り巻き達の名前を呼ぶだけで、メロメロにさせている。
すっげえな。
まあ、俺は微笑むだけで皆をメロメロにさせれるけど。
「ねえ、アストリア様ぁ。その子だあれ?」
ド五流令嬢が、王太子の腕に絡みつきながら尋ねる。
王太子はマリアの前だからか、ちょっとその手を離そうと足掻いているが、ド五流令嬢の力は思ったより強いらしい。
なお、取り巻き達も、王太子にド五流令嬢がくっついていたら、自分達はフリーに見えるとでも思っているからか、王太子を助ける様子は無い。
いや、お前等ちゃんと婚約者がおるじゃろがい。
「マリア・ローゼンベルクですわ」
マリアは、つい5分程まえに名乗ったのにもう忘れたのかよ、という嫌味を言う女ではない。
ニコリと笑みを浮かべて、ド五流令嬢を見つめている。
「やだ、アストリア様。マリア様が睨んでくるわ」
きっとアストリア様と仲の良い私に嫉妬してよ、と甲高い声でド五流令嬢が叫ぶ。
いや、どう見ても睨んでないだろうに、もしかして嫉妬!?と浮足立った王太子は、デレデレしながらド五流令嬢に話しかける。
「マリア嬢はそんな子じゃないさ」
そんな能天気な王太子の言葉に、やだ~、ド五流令嬢こわ~い、って顔をしているけれど、男には見えないらしい。
でも、マリアにはばっちり見えてる訳で。
「私、ディンクル様に睨むような子だと思われているのですね……」
寂しそうな笑み。
決して相手を責めてませんよ、という姿勢。
それでいて、儚げで守ってあげたくなるような空気作り。
「……やっぱマリアはすげえな」
ポツリと小さな声で呟いただけなのに、俺の声がマリアにまで届いたらしい。
パーッと嬉しそうな笑みをこちらに向けてくる。
こっわ。
絶対に聞こえない距離なのに、こっわ。
そんなこんなで、1週間も経つ頃には、ド五流令嬢の位置には、マリアが立っていた。
ちやほやされてるし、適度なボディタッチもある。
けれども、そんな事をする令息達の婚約者の人心掌握もバッチリだ。
ド五流令嬢には苦言を呈してた公爵令嬢も、マリア様!と久しぶりの憧れの令嬢に出会えた喜びを隠せない状態だった。
むしろ、マリアと喋るのはワシじゃ!と言わんばかりに、王太子と公爵令嬢が喧嘩している。
その喧嘩の合間を縫って、王太子の取り巻き達がマリアに話しかける。
「カオスだなあ」
そんな呟きに返事をしてくれる友人はいない。
現在、自領で問題が起きてしまって里帰りしている状況である。
疑う事なく、マリアが何かを仕掛けたのだろう。
俺の友人という存在が邪魔で、物理的な距離を取らせたに違いない。
ここで、俺達の友情はこんな事じゃ壊れないぜ!なんて夢をみる事もない。
まあ、マリアが隣国に戻ったら、また友人も学校に戻ってくるだろうし、マリアが俺の所に嫁入りしたら、もう二度と会えない。
まあ、そんな感じだ。
ド五流のやべー女に一流のやべー女をぶつけたら、一流のやべー女が勝った。
ただそれだけの光景が俺の前に映る。
だが、ド五流のやべー女には、一流のやべー女が持っていない物を持っていた。
そう、嫉妬と愚かさである。
「アストリア様や皆は私のものよ!」
いや、お前のものじゃねえよ、なんてツッコミを誰も入れる間が無いまま、ド五流令嬢はマリアに襲い掛かった。
ド五流令嬢は普通に魔法が使えるので、魔法攻撃を行ったのである。
まあ、ド五流が簡単に勝てる程、マリアは弱い女じゃない。
躱しつつ、キャッなんて可愛い悲鳴をあげつつ、皆に守られながらド五流令嬢に勝った。
だが。
「…………」
ド五流令嬢の魔法攻撃の余波が俺にもあった。
頬っぺたに痛みを感じ、触ってみた。
…………血は出てないので、火魔法の熱がジリッと少々伝わったってところだろう。
まあ、1分もすれば忘れるようなものだが。
マリアの目が変わった。
目が見開かれ、ドロリと濁ったように見える。
許さない、と唇が動いたのが分かった。
ド五流令嬢を見たのは、この日が最後だった。
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ド五流令嬢は消えた。
人一人が消えるなんて事ある訳ない、と笑われるかもしれないが、まあ、消えた。
ディンクル男爵家では、養子をとったという経歴すらなかった事になった。
王太子達は少しばかり心配はしたようだが、それよりもマリアに侍る事に忙しかった。
あの子がいなくなって良かったと、喜ぶ女子と、どうしたんだろうな、と少しだけ心配する男子がいたが、マリアが隣国に戻るというショッキングな出来事の方が、ド五流令嬢の失踪より大きいようだった。
まあ、もうちょっと時間があればド五流令嬢もマリアの取り巻きの1人になっていたかもしれないが、1週間だとちょっと難しかったようだ。
マリアでもできねえ事あるんだなと思ったら、ちょっと気分が良かった。
そして。
今日、マリアは隣国に戻る。
戻りたくありません、とベソベソ泣くが、俺からは帰れの一言である。
俺の将来のために、王太子とかに人脈を作れ、ラジャー(喜)でやってきたマリアは、用が終わったから帰れ、ら、ラジャー(涙)で帰る。
ただそれだけだ。
「お前が俺と結婚できるなら、何でも俺の言う事きくって言っただろ。だから婚約してやってるんだから、言う事は聞け」
だから帰れ、と言ったら、ベソベソと泣きながらマリアは馬車に乗って隣国に戻っていった。
「…………ここで、よく頑張ったな、とかって頭を撫でるとかも無いよね、お兄ちゃんは……」
一緒に見送っていた妹が、デレ0の俺様って、と乾いた笑いを浮かべる。
妹とて情緒は欠けている方だと思うのだが、俺はそういうレベルじゃないらしい。
「お兄ちゃんは人に興味無いもんねえ」
「他人に興味を持つ必要ってあるのか?」
不思議に思って尋ねれば、ははは、と妹が更に乾いた笑いを浮かべる。
「……まあ、お母さんの平等さとはちょっと違うけど、ある意味お兄ちゃんって誰にでも平等だもんね」
人類含め、世界は須らく美しい俺の下。
他人など地面と変わらない。
ただ直接踏むレベルの表層にあるか、人に踏まれないレベルの地中と呼ばれる場所にあるかの違いだけだ。
家族とかはまあ表層にはあるかな、もしかしたら地面の上にある石ころかなくらいには思ってるけど。
「ま、気楽だけどねえ」
天才的な魔法の才能を持つ妹が笑う。
普通の子供として平等に接する母親も、須らく金儲けに繋がるとしか思っていない父親も、人類皆俺の美の下僕としか思っていない兄も、妹にとっては異端な家族ではなく、気兼ねなく接する事ができる家族らしい。
「一応マリアの見送りも終わったし、お前の奢りで何か食べて帰ろうぜ」
BGMのような、ローゼンベルク公爵家の、お茶でも、お食事でも、なんならお泊りでも、という言葉を無視して、妹に町に寄って帰ろうと誘いかける。
「…………そこは普通、兄が妹に奢るものでは?」
「特許魔法とかで稼いでるお前の方が金持ってるんだから、出すのは当然だろ」
むしろ俺に奢れるなんて光栄じゃないか、と言えば、うえええ、と言いつつも、妹は侍女のダニエラに財布の中身を確かめてもらっている。
ここに母親がいれば、妹は付いている精霊のせいで、駄目な男に弱くて甘いんだからそこに付け込まないの!と小言の1つも与えてくるだろうが、ここにいないので無問題。
妹は俺を甘やかしてるなんて自覚も無いし、ダニエラとて、俺がニコリと笑うだけで、母親に告げ口する事もないだろう。
ま、それ以前に、ダニエラは妹がありあまる才能のせいで友人の1人もいないから、カフェでケーキを食べるというという願いを叶えられるから、良いかくらいにも思っているのかもしれない。
1人でカフェに入るのは恥ずかしいし、ダニエラは使用人だからと一緒に食べてくれないしで、いつも横目で眺めているらしい。
1人でカフェに入るのは恥ずかしいという感覚が全く分からないが、まあ、美貌しか取り柄の無い俺には、魔法バカ少女の妹の気持ちは分からないといったところだろう。
「シュトーレン1本と、揚げチーズケーキ1ホールと、クイニーアマンをいくつか食べようかな」
「ひえええ……。カロリーの暴力やでえ……」
そんなに食べたら流石のお兄ちゃんも太ったりするのでは、と呟く妹を、俺は鼻で笑う。
「だって俺美しいから、いくら食べても太らねえし、暴飲暴食で肌が荒れるなんて事もねえし」
ケーキ1個をチマチマ食べる妹の前で食べる、カロリーの暴力とはなんと楽しい事か。
「お兄ちゃんの悪魔!」
「え?俺の美しさは神や悪魔を凌駕するが?」
神も悪魔も見た事がないけど、まあ、美しさだけなら俺が勝てるような気がする。
何せ、全ての力を俺の美貌に捧げている精霊の、努力の賜物が俺だからな。
美の暴力、と妹がポツリと呟いた。
私の技量だとただのナルシストみたいになってますが、彼はいたって事実しか口にしておりません。
マリアちゃんが人間兵器のような人心掌握を発揮しきれなかったのは、やっぱり私の技量不足です。
妹ちゃんについている精霊のイメージは、今日9/3が誕生日の彼です。




