【第1章】第1話:名もなき兄と、選ばれし名前
いよいよ異世界に到着しました。 しかし、ステータス画面を見る前から、既に不穏な空気が……。
ふっと意識が浮上する。
固い感触。少しカビ臭いシーツ。そして、窓の外から聞こえる喧騒。
どうやら、無事に「同期」は完了したらしい。
俺はゆっくりと目を開け、ベッドの上で自分の身体を確認した。
使い慣れた節くれだった手。
腹筋は……うん、現役で鍛えているだけあって、うっすらと割れている(細マッチョだ)。
たるんだ肉がないことに安堵しつつ、俺はふと違和感に気づいた。
「……おいゼノン。ちょっと待て」
『おはようございます、マスター! 接続、成功です! どうされました?』
脳内にゼノンの明るい声が響く。
俺はペタペタと自分の顔や肩を触り、深いため息をついた。
「なんで俺、おっさんのままなんだよ。
異世界転移の特典と言えば『若返り』だろ?
せめてこう、もう少し美形に盛るとか、肌の艶を良くするとか、アバター補正くらいあってもいいじゃないか」
『あ、それは……ジェマ様が「歴戦の渋いおじ様こそ至高」という性癖設定を優先しまして……若返りリソース(予算)が割り振られませんでした』
「知るか! 俺のモチベーション管理はどうなってる!」
幸先が悪い。
俺はぼやきながら、身体を起こした。
さて、まずは現状把握(現状分析)といきたいところだが……。
「なあゼノン。ステータス画面とか、そういうUIはあるのか? いちいちコマンド入力が必要なのか?」
『いえ、閲覧(View)モードなら思考操作だけで可能です!
心の中で強く「ステータス・オープン」と念じてみてください』
(なるほど、戦闘中にとっさに確認できるように最適化されてるわけか)
俺は試しに、心の中で唱えてみた。
――ステータス・オープン。
シュン、と視界の端に半透明のウィンドウがポップアップする。
邪魔にならない絶妙な透過率だ。
【名前:NULL】[編集可能]
【立場:勇者の兄】
【年齢:4X歳】
【職業:エンジニア】
【加護:NULL】
【外見:渋みを増したナイスミドル(実戦仕様)】
【有利な特徴:論理的思考、剣術(達人級)】
【不利な特徴:四十肩、理屈っぽい】
【行動傾向:リスクヘッジ優先、安全第一】
【スキル:
・言語理解Lv.MAX
・解析Lv.MAX
・論理構築Lv.MAX
・剣術Lv.MAX】
「……なんだこれ。『渋みを増したナイスミドル』って」
俺はウィンドウを睨みつけた。
名前と加護以外、勝手に――しかも妙にリアルに埋まっている。
四十肩までデバフとして認識されているのは腹立たしいが……ふと、俺は考え直した。
「まあ、いいか。
もしピカピカの美少年にでもなっていたら、俺自身がキャラ作り(ロールプレイ)をしなきゃいけないところだった。
『僕、がんばる!』なんて歳じゃないしな。
中身も外見もそのままなら、変に演じる必要がない。素の俺として動ける分、精神的負荷は少ないか」
『ポジティブですね、マスター! さすがの適応力です!』
「問題はこっちだ」
俺はウィンドウの一点を指差した。
「【加護:NULL】……
つまり、俺には女神様のチート能力は『無』ってことだろ?」
『はい……。あちらの世界の住人は何かしらの加護を持っていますが、マスターは完全な「素」の状態です』
「堂々としたもんだな。
いいかゼノン、魔王と戦うってのは、バグだらけのスパゲッティコードを修正するようなもんだ。
普通は『無限MP』とか『即死無効』とか、強力なデバッグツール(加護)を持って挑むもんだぞ?
丸腰の一般人が、竹槍で戦車に挑むような不利を背負ってる自覚はあるか?」
『うぅ……申し訳ありません……。ですが、マスターなら知恵と工夫で乗り越えられると信じています!』
「いい度胸だ。望むところだよ」
俺は不敵に笑い、視線を一番上に戻した。
加護がないなら、技術でカバーするまでだ。
いつまでも『NULL』のままじゃ格好がつかない。
「ゼノン、名前の編集をしたい。どうすればいい?」
『はい! 情報の書き換え(Edit)を行う場合は、管理者権限の行使が必要です。
右手を前に出して、空中に「コンソール・オープン」と念じながらスワイプしてください!』
「コンソール、か」
言われた通り、何もない空中に向かって指を走らせる。
すると、ヒュン! という電子音と共に、さっきのウィンドウが展開され、光で構成されたキーボードが現れた。
「うおっ、思ったよりサイバーだな……」
『ジェマ様の趣味で、ファンタジー世界ですが編集モードのUIはSFチックになっています!』
「嫌いじゃないな。コマンドライン入力もできそうだ」
俺は空中に浮くキーボードを叩いてみる。
カチャカチャという打鍵感が指先にフィードバックされる。
名前の欄にカーソルを合わせ、本名を入力しようとして……俺は指を止めた。
(待てよ。この世界がどこかのサーバーと繋がっていた場合、本名を入れるのはセキュリティリスクが高い。特定班に身バレして炎上するのは御免だ)
俺はバックスペースキーを連打し、空欄に戻した。
「なぁゼノン。俺の名前、何がいいと思う?」
『えっ? 私が決めていいんですか?』
「ああ。俺の『エンジニアとしての知見』と『剣術の実績』、そして何より『この世界をあるべき姿へ導く』というミッション。
これらに相応しい、主人公にぴったりな名前を提案してくれ」
『任せてください! マスターのパーソナリティと目的変数を解析中……
……出ました! 自信作の3選です!』
ゼノンがウィンドウに候補を表示する。
そこには、ネタではない、AIの本気が並んでいた。
【提案ネーム候補】
1. **グラディウス(Gladius)**
由来:古代の剣。世界チャンピオンであるマスターの「剣技」を象徴し、敵を切り裂く強さを表現しました。
2. **ロジクス(Logix)**
由来:論理(Logic)。感情やバグに流されず、エンジニアとしての冷静な判断力で世界を解き明かす者。
3. **フォージ(Forge)**
由来:動詞では「(金属を)鍛造する」「(苦労して関係・名声を)築き上げる」名詞では「鍛冶場」を指す英単語。努力して何かを作り上げる、または固めるというコアな意味合いを持ちます。
「……なるほど、どれも悪くない」
俺は腕を組んで唸った。
『グラディウス』は分かりやすく強そうだ。剣士としての俺のプライドをくすぐる。
『ロジクス』も捨てがたい。エンジニアとしての矜持だ。
だが、俺がここに来た本当の理由はなんだ?
敵を倒して無双することか? 違う。
論理で相手を論破することか? それも違う。
一生懸命だけど空回りするAIを助け、この破綻しかけた世界を「いい感じ」に立て直すことだ。
「3番だ。……『フォージ』で行く」
『フォージ……! 素敵です! マスターのミッションに一番合致しています!』
「ああ。人生の折り返し地点を過ぎた40代だが、ここでもう一度、自分自身とこの世界を『鍛え直す』のも一興だろう」
俺はキーボードを叩き、名前欄にカタカナで入力した。
【名前:フォージ】
確定キーを押すと、システム音が鳴り響く。
これで俺は、この世界の住人だ。
「よし、行くぞゼノン。……で、ここはどこだ?」
『王都の安宿です! 「実家なんて甘えだ! 最初から宿屋暮らしで這い上がれ!」というスパルタ設定により、拠点は未設定です!』
「なるほど、ホームレス・スタートか。冒険者らしくていいじゃないか」
俺は苦笑しつつ、ギシギシ鳴るベッドから起き上がった。
とりあえず朝食だ。腹が減ってはデバッグもできない。
俺は部屋を出て、一階の食堂へと向かった。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
ステータス画面、容赦ないですね。
「四十肩」に「加護なし(NULL)」。
魔王と戦うにはあまりにも軽装備ですが、そこはエンジニアの知恵と技術でカバー……できるのか?
さて、次回は食堂へ。
そこで待っていたのは、設定盛りすぎな「あの人」でした。




