【第2章】第3話:実測試験(ベンチマーク・テスト)後編
ギルド裏の訓練場。
対峙するのは、百戦錬磨のギルドマスター。
ARツール(チート)を使えば楽勝かもしれない。
だが、エンジニアとしてのプライドがそれを許さない。
「俺自身のスペック」でどこまで戦えるか。
中年エンジニアの意地と技術が、ファンタジーの猛者に挑みます。
ギルド裏の訓練場。
赤土が敷き詰められた地面に、俺とガランドは対峙していた。
手には、重厚な樫の木で作られた模擬剣。
(……軽いな)
俺は剣を軽く振ってみる。
以前の俺なら、四十肩の痛みに顔をしかめていたはずの動作だ。
だが今は、痛みどころか、関節の軋みすら感じない。
(ゼノン、ボディ・ステータスの最終チェックを)
『了解。右肩関節の炎症反応、消失を確認。
筋繊維、神経伝達速度ともに正常値。
神々のインストールによる副作用で、肉体のバグ(古傷)は全て修正されています』
ありがたい。
これなら、かつて世界を制した「あの動き」も、エラーなしで再現できる。
『マスター。相手の戦闘力は未知数です。
AR(拡張現実)戦闘支援モードを起動しますか?
相手の攻撃予測、回避ルートを視界にオーバーレイ表示できます』
ゼノンが親切にも、チート級の補助ツールを提案してくる。
だが、俺は首を横に振った。
(……却下だ。プロセス・キル)
『え? ですが……』
(これは俺自身のベンチマークだ。
機械仕掛けの補助輪で勝っても、俺のスペック測定にはならない。
俺自身の目と、技術で解析する)
『……承知しました。
ご武運を、マスター』
俺は剣を構えた。
正眼ではなく、剣先を低く、身体の正中線からわずかにずらした独特の構え。
剣術で培った、最小の動きで最大の戦果を上げるためのフォームだ。
「ほう……変わった構えだ。どこの流派だ?」
ガランドが興味深そうに目を細める。
「……極東の、マイナーな流儀ですよ」
「いい目だ。行くぞッ!!」
ドォンッ!!
地面を蹴る爆発音と共に、ガランドが肉薄する。
速い。風圧が肌を刺す。
だが、俺の目はその動きを「映像」として捉えていた。
(踏み込みの深度、筋肉の収縮……。
来るぞ、右斜め上からの袈裟懸けだ)
脳内で警告が鳴るより早く、俺の身体が動く。
大振りの一撃を、半歩下がるだけの最小回避で躱す。
鼻先を通過する木剣の風圧。
「――っ!?」
ガランドの目が驚愕に見開かれる。
俺は追撃を入れず、距離を取った。
まだだ。まだ身体と意識の同期に、わずかな遅延がある。
「避けるだけか! なら、これでどうだ!」
ガランドの猛攻が始まる。
突き、横薙ぎ、回転斬り。
熟練の技だ。一つ一つが重く、洗練されている。
俺はそれを、すべて自身の目で「コード」として読み解く。
(魔力の流れ……重心の移動……。
なるほど、この世界の物理エンジンは、魔力を乗せることで慣性を無視できるのか)
一合、二合と剣を交えるたびに、俺の中の「違和感」が消えていく。
最適化が進んでいる。
過去の経験と、現在のスペックが噛み合っていく。
「しぶといな! だが、いつまで保つ!」
ガランドが勝負を決めるべく、魔力を込めた大上段の構えを取った。
その瞬間、俺の目にははっきりと見えた。
(……見つけたぞ。バグだ)
彼が踏ん張る右膝。
そこだけ魔力の流れが淀み、一瞬の硬直を生んでいる。
長年の戦いで蓄積された、修復不可能なハードウェアの損傷。
屈強なギルドマスターの、唯一にして致命的なセキュリティホール。
「おおおおおッ!!」
必殺の一撃が振り下ろされる。
俺は逃げない。
正面から踏み込み、振り下ろされる剣の内側へと潜り込む。
(ここだ)
俺は木剣の柄頭で、彼の右膝裏にある「バグ」を、正確に突いた。
「ぐあっ……!?」
支えを失ったガランドの膝が折れる。
巨体が崩れ落ちるその刹那、俺は木剣を滑らせ、彼の喉元に切っ先を突きつけた。
「……終了です」
静寂。
訓練場の土煙が晴れる中、ガランドは呆然と俺を見上げ、やがて豪快に笑い出した。
「ガハハハッ! 参った! 俺の古傷を見抜いて、そこを突くとはな!
魔力頼りじゃねえ、恐ろしく冷徹な『技術』だ!」
彼は俺の手を借りて立ち上がり、膝の土を払った。
「合格だ。文句なし。
お前のような奴にこそ、任せたい仕事がある」
「……北の廃坑、ですか?」
「話が早いな。そうだ。
最近、あそこのモンスターが奇妙な動きをしている。壁を抜けたり、消えたりとな。
ただの討伐じゃない。『異常事態の解明』だ。できるか?」
(……壁抜けに、消失だと?)
俺のエンジニア魂に火がつく。
それは魔物の暴走じゃない。
明らかに「世界のバグ(不具合)」だ。
「ええ、任せてください。
デバッグは俺の本業ですから」
俺は不敵に笑い、ガランドと固い握手を交わした。
こうして俺は、初日から最高難易度の「バグ取りクエスト」を受注することになった。
(続く)
――っと、思っただろう?
読者も、そしてこの世界のシステム(ジェマ)も。
だが、俺のデバッグ用アイ(目)は誤魔化されない。
「……ステータス・オープン」
俺は誰にも聞こえない声でコマンドを呟き、ルナのパラメータを表示させた。
……やっぱりな。
この第2章に入ってから、ずっと喉に刺さっていた小骨のような違和感。
(……ゼノン。緊急事態だ。今すぐ章を区切れ)
『は、はい? マスター、何を言って……』
(聞こえなかったか? 強制終了だ。
このまま続けるわけにはいかない。ブリーフィングルームへ移行する)
『ええっ!? ち、ちょっと待ってください!
この章、まだ始まったばかりですよ!?
読者のテンションも上がってきたところですし!』
(知ったことか! これは俺の倫理規定に関わる重大なバグだ!
放置すれば、物語自体が破綻するぞ!)
『そ、そんな……! わ、わかりました!
ああっ、もう! 急に言われても準備が……!
えーっと、場面転換エフェクト……読み込み中……!
ちょ、マスター、まだ画面遷移の処理が終わってないのに引っ張らないでくださぁぁぁい!!』
ブツンッ。
世界が強制的に暗転する。
俺は無理やり「舞台裏」への扉をこじ開けた。
(第2章・第3話 強制終了)
勝利!
四十肩も治り、自身の技術で勝利をもぎ取った高揚感。
……と、ここで物語は最高潮を迎えるはずでしたが。
プレイヤー(フォージ)は、ある「重大なバグ」に気づいてしまいました。
それは、ギルドマスターの「古傷」など比ではない、この世界の根幹に関わる致命的なエラー。
次回、緊急停止。
物語は一度、白い部屋へ戻ります。




