【第2章】第2話:実測試験(ベンチマーク・テスト)前編
「ごとき」パッチの適用により、ルナのグラフィックバグ(光害)は解消されました。
これでようやく、まともな冒険者活動が始められます。
しかし、ギルドのシステム(仕様)は、最強の勇者だろうとエンジニアだろうと、平等に「Fランク」を突きつけてくるようです。
宿屋の食堂に戻ると、そこには以前とは異なる「輝き」があった。
「お兄様! おかえりなさいませ!」
ルナが椅子から立ち上がり、駆け寄ってくる。
つい先刻まで直視すら不可能だった「物理的な発光現象」は、完全に鳴りを潜めていた。
代わりにそこに在ったのは、窓から差し込む陽光を柔らかく反射し、肌の質感や髪の艶めきが極限まで高解像度化された、圧倒的な美少女の姿だった。
(……成功だな。パッチ適用、完了だ)
俺は心の中で小さくガッツポーズをした。
先ほどのブリーフィングルームで、俺は全リソース(300RP)を投じて、彼女の設定記述に三文字の修正を加えた。
変更前:【光り輝く美貌】
変更後:【光り輝く『ごとき』美貌】
物理演算としての「発光」を、文学的な「比喩」へとクラスチェンジさせたのだ。
ジェマのやつ、「光り輝く」を文字通りに実装しようとして処理落ちさせていたが……こうして最適化してやれば、まともに視認できるようになる。
『さすがです、マスター!
これなら、GMが描きたかった本来の「ヒロイン像」が正しく出力されています!』
ゼノンが嬉しそうに声を上げた。
俺はゼノンの言葉を軽く聞き流し、目の前の少女に向き直った。
「ルナ。……ああ、よく見えるよ。綺麗な顔だ」
「えっ……? あ、ありがとうございます、お兄様……」
ルナが頬を染める。
その赤らむ描写ひとつ取っても、今のルナは完璧だ。
これなら、街を歩いても物理的な被害は出ないだろう。
「さて、行こうか。冒険者登録の続きだ」
「はい! お兄様の加護があれば、ギルドなど恐るるに足りませんわ!」
俺たちは宿を出て、大通りへと向かった。
すれ違う人々が、ルナの美しさに息を呑み、道を譲る。
それは「光害」への恐怖ではなく、純粋な「美」への畏敬だった。
(……ジェマ。お前の作りたかった『王道』は、こういうことだったんだろ?)
俺は空を見上げ、見えない後輩(GM)に心の中で語りかけた。
少し手直しはしたが、この演出は悪くない。
冒険者ギルドの扉を開けると、酒と鉄の匂いが混じった熱気が押し寄せてきた。
だが、ルナが一歩足を踏み入れた瞬間、その喧騒は静寂へと変わる。
「……おい、なんだあの美人は」
「女神の使いか?」
冒険者たちの視線が集中する。
ルナはそんな視線など意に介さず、優雅に受付へと進んだ。
「冒険者登録をお願いいたしますわ」
「は、はい! こちらの『魔力測定水晶』に手をかざしてください」
受付の女性が緊張した面持ちで水晶を差し出す。
ルナが細い指を触れさせると、水晶は眩い黄金色に輝いた。
「魔力適性Sランク! 属性……『聖』!?
こ、こんな数値、見たことがありません!」
ギルド内がどよめく。
さすがは勇者スペックだ。ジェマの設定値に間違いはない。
「次は、私のお兄様ですわ! 私など足元にも及ばない、偉大なお方ですの!」
ルナが得意げに俺を指差す。
ハードルを上げるな、と内心で毒づきつつ、俺は水晶の前に立った。
その瞬間、視界にシステムウィンドウがポップアップした。
『マスター、イベント発生です!
ここで周囲を圧倒するパフォーマンスを見せれば、一気にSランク昇格フラグが立ちます!
以下の選択肢から行動を選んでください』
【推奨アクション(Selection)】
A:意識せずに自然体で触れる(GM推奨:王道の「無自覚チート」ルート)
B:トールの雷を纏って触れる(トール推奨:ド派手な「威圧」ルート)
C:三柱の神気を全開放して触れる(オルステッド推奨:街ごと消し飛ぶ「破壊神」ルート)
(……どれも却下だ)
俺は脳内でウィンドウをスワイプして消した。
GMの書いたシナリオ通りに動くのは癪だし、神々の力を借りてイキるのも趣味じゃない。
俺はエンジニアだ。未知のハードウェア(水晶)があるなら、まずは**「仕様確認」**から入るのが流儀だろう。
(ゼノン、解析モード起動。
この水晶の入力端子構造をスキャンしろ。
魔力を流すだけじゃ能がない。……内部構造をハッキングして、俺のステータスを「適切に」表示させてやる)
『ええっ!? イベント無視ですか!?
……り、了解しました。解析開始……構造特定完了。
セキュリティホール、発見しました』
俺はニヤリと笑い、静かに手をかざした。
ただ触れるのではない。指先から極微量の魔力を、水晶の「脆弱性」へと流し込む。
さあ、管理者権限(root)でのログインを試そうか。
キィィィィィン……。
水晶が、通常の青白い光ではなく、奇妙な電子的な明滅を始めた
俺は、エンジニア時代に使っていたテスト用データ(モック・オブジェクト)の要領で、当たり障りのない、しかし「実力者」として通るデータを水晶に送信した。
水晶が、落ち着いた青色に光る。
「……測定完了です。
ほう……魔力、身体能力ともに高水準ですね。判定は『Bランク相当』。
ベテランの冒険者に匹敵する数値です」
受付嬢が感心した声を上げる。
よし、成功だ。
目立ちすぎず、かつ舐められない。自由に行動するには最適なランクだ。
「では、Bランクでの登録を……」
「いえ、それはできません」
受付嬢が申し訳なさそうに首を横に振った。
「当ギルドの規定により、どれほど高い潜在能力があっても、実績のない方は例外なく『Fランク』からのスタートとなります」
……なるほど。
いくら高性能なハードウェアでも、稼働実績がなければ信頼性は保証しないということか。堅実な運用ルールだ。
「ですが、実力があるなら話は別だ」
不意に、背後から野太い声が響いた。
振り返ると、全身に古傷を刻んだ大柄な男が、腕を組んで立っていた。
その眼光は鋭く、俺の「偽装された数値」の奥にある本質を探ろうとしているようだ。
「ギ、ギルドマスター!?」
「俺はガランド。ここの責任者だ。
兄ちゃん。お前の立ち振る舞い……ただの新人じゃねえな?
数値だけじゃ測れない『修羅場』の匂いがする」
ガランドはニヤリと笑い、俺の前に仁王立ちした。
「規定は規定だ。いきなりBランク証の発行はできねえ。
だが、俺が直々に認めた場合に限り、『特例』での昇格試験を許可している」
「特例、ですか」
「ああ。俺と一手、手合わせしろ。
お前のその『落ち着き』が、ハッタリじゃないことを証明してみせろ」
周囲の冒険者たちが息を呑む。
ギルド最強の男からの指名。断れば、この街での活動は制限されるだろう。
(……トール、アルバス。手出し無用だ。これは俺自身の技術でクリアする)
俺は一歩前に出た。
「いいでしょう。その『実測試験』、お受けします」
(続く)
「測定器破壊」というベタなイベントフラグを、技術力で回避!
Bランクという「実力はあるが目立たない」絶妙な立ち位置を確保しました。
しかし、そんな小細工を見抜く男が一人。
ギルドマスター・ガランド。
彼との「実測試験」が始まります。
次回、初のバトルが始まる!




