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5月 春のかまくら

「ねぇねぇこんな噂知ってる?」

平日午後六時頃。

少し沈みかけた赤い夕日が見える放課後の教室をオレンジ色の光が包み込む。

あと数十分ほどで最終下校時間ということも有り、僕ともう1人を残して他のクラスメイトは部活や下校でここから去っていった。

静かで生暖かい春の風が開いた窓から吹いてくる。

それをただ目をつむって感じる。

僕は昔から夕焼けが落ちる瞬間が大好きで、小さい頃もマンションの屋上に登っては夕日を沈むまで見ていたらしい。

勿論その時と変わらず目で見るのも良いのだけど、最近は目を瞑っている。

暖かい今日の最後の灯火の温度を感じたいし、それと共に吹くその季節の風が心地良い。

どうでもいい話かもしれないけれど、僕には人生の重要な行動だ。

暫くして声が聞こえた。

さっきから呼びかけていたようだ。

「何?」

と聞くと一呼吸も吸わない間に

「ねぇ。この街にある13不思議って知ってる?」

と聞いてきた。

声の主は教室に残っていたもう1人のものらしい。

この街の13不思議など聞いたこともない。

学校の七不思議のような本でよく見るような話の派生だろうか。

そもそも僕はオカルトや怪談を信じない。

原理は説明できないわけだしそもそも見たことがないのを考えても意味などないと思っているから。

とにかく興味のない話なので片目だけを開けて窓の方を向いたままで答える。

「いいや。どういう?」

興味がないとはいえこのまま話を終わらせるのは悪い気がして問い返す。

すると何が嬉しかったのかニヤッと笑って人差し指を口の前に持ってくる。

「じゃあ一つだけ」

少し声の大きさとトーンを下げて彼女は話し始める。

「片側に満開の桜が並ぶ公園、もう片方に川が流れているコンクリートの歩道。そこをある少年が遊び帰りに通っていました。その日は少し帰るのが遅くなり、もう次期日が沈みそうでした。そこで少年はある少女を見ました。その少女は道の真ん中で泣いていて、俯いているため目元は見えませんでした。しかし、きれいに揃えられた長めの前髪と肩まで伸びた後ろ髪。少し黒と鞠や花等の装飾が描いてある赤い着物。華奢な体つき。目元を押さえている細くて整った手とその指。そして真紅に染まった唇。夕焼けでそれが橙色に美しく染まっていたことや、桜が舞い散る川沿いの綺麗な風景があったこともあったのでしょう。彼は彼女から目が離せなくなりました。その時少女が口を開きました。「ねぇ、かまくらに行こう。」可愛げのあるしかし透き通った声でした。直後に彼は返事をしようと口を開きました、がその時にはもう2人の姿は何処にもありませんでした。彼の消える直前の目には川に赤い小橋がかけてあるのと雪が降る世界が映っていたそうです。」

綺麗だったんだろうな。

一番に浮かんだのがそれだった。

話し方に抑揚があるからか鮮やかな色が浮かんできた。

しかし何処か...

「さぁ、何処かに違和感を感じた?」

普通の声のトーンに戻ったと共に自分の心を汲み取ったかのように質問を投げてきた。

「違和感というか疑問なら」

自分を元の感情し戻そうとしながら相変わらず目を合わせないまま一呼吸置く。

「何で春なのに『かまくら』だったんでしょう...?だって季節は春なのn」

最後まで言わない間に口に手を当てられた。

何かいけないことでも言っただろうか?

よっぽど違ったものだったのか。

少しの間とはいえ、なぜ僕は彼女の返事を待ってしまったのだろうか。

「どうだろうねぇ?」

それを聞いた瞬間鳥肌が一気に立った。

話を途切れさせただけではない。

彼女が何に反応したのか知らない。

しかし先程の声の主とは明らかに違う声。

それを聞いた瞬間そちら側を向いてしまったことに心から後悔した。

こんな奴、クラスにいない。

そう理解した瞬間、ありえないほどの力で手を掴まれ、逃げることができなくなった。

今すぐ目を背けたいのに離せない。

真っ赤で引き裂かれているのではと思うほど大きく広がった口、目に少し被っている前髪と肩の近くまで伸びた整えられているのにいっさい光沢のない黒い後ろ髪。

そして一切光が入っていない真っ黒で大きな狂気じみた目。

そして返り血で染めたような色の着物。

特徴だけ見れば今さっき聞いた女の子の大きくなった姿のようなものだった。

誰かに聞こえるようにと叫ぼうとしたが遅いことがわかっていた気がする。

「あんたは気づいてたはずなのに、分からなかったんだねぇ...」

殺気に満ちた強い声に押しつぶされそうになる。

「さぁ、かまくらへ行こう。」

僕は思い切り言い放ちたかった言葉を言おうとした瞬間、その話と同じ様になった。

ぼやける視界の向こう側、窓の外には確かに赤い小橋と雪が見えた気がした。


世界が暗転した瞬間、僕は絶望的な最期にしては随分と幸せな言葉をこぼした。

「あぁ。すごく綺麗だなぁ」

かまくら、赤い橋、雪。

情景の裏の意味。

それさえ分かっていたらまた変わったかもしれない。

無知って罪だね。

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