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綺麗の基準

「ねぇねぇ知ってる?学校で流れてるこんな噂」

時間は夕暮れ時。

自分ともう1人しか残っていない放課後の教室に橙色に光る今日の最後の暖かい灯火がゆらゆらとまるで今にも消えそうになりながら差し込んでくる。

自分はこの時間が好きで、この景色が好きで本を開き続けている。

目を閉じて窓の隙間から入り込んでくる生暖かいような涼しいような風を感じる。

しばらくそうしている間に突然前の席から質問された。

正直この時間を邪魔されるのは嫌いなのでなるべく会話はしたくないんだけどな。

そう思いながら自分は必要以上に無愛想に机から目を離さないまま問い返す。

「知りませんね」

そもそもクラスメイトとなんてしっかり顔も合わせないから目が合うのが気まずい。

本当はそれだけなのかもな。

自分に自分で見栄張っても意味ないな。

と、考え終わるのを待たず、なぜか相手は更に無邪気な声になって応えた。

「文字化け解読死っていう都市伝説のこと!」

文字化け解読死なんて聞いたこともない。

そもそも都市伝説なんてほぼ知らない。

しかし字面から直訳すれば…結局なかなか訳がわからない。

そもそも文字化けというのは簡単に説明すると機械の文字コードの不一致。まぁバグとかだ。それで機械が正しく文字が表示されなくなることもしくはそれのことだ。

最近は普通の文字をそれに変換したり、解読したり出来るサイトもある。

まぁそれだけ有名でそこそこの一定数に人気がある。

つまり解読する人も多少出てくる訳だ。

そこまで考えてようやく返答する。

「へぇ。そんなん本当にあったら一定数の死者が出てしまいますね。」

都市伝説をそれほど知らない理由の一つに怪談や噂話などそう言う系統を微塵も信じないレベルで信用していないまであるので笑い話にして流そうとした。

しかし目の前のは今までだけでわかる通りそんな空気を読むような奴ではなかった。

情緒不安定というか豹変が凄すぎるというかで引くレベルに一気に真剣になって、

「うん。でもその死ってね。なんかちょっと普通の死とは違うんだよね。」

なんて話し始める。

おそらく自分の相槌を待っていたのだろう。

少しの間が空いた。

数秒経ってからようやく返答をする気ではないとでも気づいたのか彼女は再び長くなりそうな話を続ける。

「食われるんだって。何かに。でもね、食われるのはその人の魂だけ。」

恐らくまた更に真剣な空気にしたそうに間を空ける。

「だから体とか、話し方とか、それに今までその人がして来た行動とかの記憶まで。」

「そのまま完璧にその化け物に受け継がれる訳ですか…。ではその人の魂は理性とか精神っていうことですかね?」

余りにも焦らして遅く話すので我慢できずそのまま話しそうなことを言う。

「正解!!完璧にとはいかないけどね。」

そう言ってふふっと少し声に出して笑うのが聞こえた。

「ちょっと違うけどスワンプマンみたいだよね。」

トーン切り替えの速さにも少し違和感はあるがもうほぼ慣れてきたな…。

それはそうとスワンプマン…か。

何かの本に出てきていた気がする。

確か何処かの哲学者が唱えた思考問題だったか。

「沼の傍を歩いていたある男が雷に打たれて死亡し、沼に落ちて消えた。しかしその時何らかの化学反応が起きて沼からその男と全く同じ姿形や記憶を持ったモノが生まれた。そのモノ、もしくはそのことをスワンプマンとか言うんでしたっけ。」

これは実際に起きたものでも都市伝説でもなく哲学問題だけども、確かに結果論だけ見ればほぼスワンプマンみたいなものだな。

問題はそのスワンプマンと死んだ男は同じと言えるのかみたいなものだったか。

「そうそう!細かく僕は知らないけどね!」

自分が長く応えたのが嬉しかったのか今までで一番声のトーンを上げてそう答える。

「でもやっぱり本当の人間とは違う部分があるんだって。」

何だと思うかと問いかけてきたがさぁとだけ返した。

口を開くところまで待っていたが何故か止めたくなってやっぱりいいやとだけ言って突き放した。

初めてしっかり目が合った彼女の顔はハッとするほど綺麗だった。

しかしそんなことより急いで帰るのを優先した。

感じたことのない悪寒がした。

これ以上聞きたくなかった。

申し訳ないけど。

帰ってからベッドで寝転がる。

…気になる。

あんなに冷たい対応をしたのに今更どうなるのか知りたくなる。

所詮自分も他と変わらない人間だな。

自分の欲に忠実で嫌になる。

そう思いながらもノートパソコンを開いた。

カタカタと罪悪感の音を立てて文字が打ち込まれていく。

予想外にもかなりの記事があった。

しかし大抵噂話なのだろう。

感情の感じられない文字の羅列。

これだからデジタルは嫌いだ。

大雑把になっていてもう聞いた話と似たり寄ったりしている。

やっぱり明日謝って話の続きを聞こうか。

そう思っていた矢先、一つの文が目に針のように入ってきた。

『そのバケモノになった人は自分の名前を書けなくなった。そして自分の名前を言えなくなり、そしてそれの存在さえ忘れ、バケモノに近づいていく。自分の存在が薄れていく。それを知っているほんの一握りのもう自我がなくなった人々の自我がある時、彼らはそれをこう言った。『魂が食われる。』そして1番わかりやすい変化が」

そしてその続きの文に思わず目を開く。

『荳€豌励↓髟キ縺�ィ€闡峨r隧ア縺帙↑縺上↑繧九→縺輔l縺ヲ縺�k縲�』

なんだ、これ。

文字化けしていてなんと書いてあるかわからない。

きっとこう書かれていたのではない。

書き込んだ人もそうしていないだろう。

バケモノがやったのか。

そんな馬鹿みたいな考えが頭によぎる。

いや、普通のバグだろう。

ただ解読したいと言う気持ちと恐怖心が混ざり合う。

ゆっくりと押されるキーボードの音だけが部屋に響く。

「文字化け 復元」

ゆっくりとカーソルを動かしてクリックする。

そしてコピーした文字化けを空欄にペーストする。

しかし命と好奇心は比べられるような代物じゃない。

復元までカーソルを持ってきてから目が覚めたような気持ちになる。

明日彼女に聞けばいい。

そういえば名前…

……。

…あれ…

…嘘だよな?

自分が聞いてないからだよな。

…うん。

自分から言わない人だって沢山いるし。

そう信じたくて席の位置と名前が書いてある紙を広げる。

前に来るまで自分の2つ前一つ横の席にいたはずだ。

その席は…。

「自分の幼馴染の席…。」

背筋が凍った。

よりによって…紙をグシャリとつぶす。

そんなの絶対調べられない!

今すぐ消さないと。






…そう思ったのがだめだった。

焦ってる時のよくあるミス。

間違えてEnterの部分を押してしまうそれ。



「本当に駄目な奴。」



『�?気に長�?�?葉を話せなくなるとされて�?���?』

画面にはそう映っていた。

「 一気に長い言葉を話せなくなるとされている」とでもったところだろうか。

そう考えた瞬間後ろに気配を感じて振り返る。

にっこりとハイライトの入っていない大きな黒目を細めた「それ」がいた。

「あーあ。防げたのに。ならなくてもよかったのに。実に人間って感じ。」

それは息を大きく吐いた。

それは息を大きく吸った。

「ほんっとうに馬鹿だね。」

その2文字。

それが胸に刺さった気がした。

目に映っている「同類」。

それは全部を飲み込んだ黒の色のぐにゃぐにゃになっていた。

一体目だったのかも。

特別に見えた。

感覚でわかる。

自分がなくなりそうだ。

最後にみえたのはそんな形の。

"俺“は息を大きく吸った。

最後の言葉を口にした。




「凄く綺麗。」

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