騎士団長との対面
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ぞろぞろと興味ありげに様子を伺う群衆を他所に、精鋭騎士団の軍隊は城までの道を進んでいく。
石畳に蹄鉄が打ち付けられた音が辺りに延々と鳴り続く。
その中で明らかに周りと比べて高価な金の鎧を纏った騎士がいた。
紅一点、女性だ。
「オスフェル様だわ!」
「いつ見ても凛々しくお美しいわね」
商人の女性たちはオスフェルという名のその騎士に見惚れてもう商売どころではないといった様子だ。
「なあ、あの先頭にいる女騎士」
そう俺が尋ねると、ピンプはニヤリとした。
「お目が高いねぇ、旦那。
あの人はオスフェル・グリザード、騎士団長だ。
この国が出来てから初めて女で騎士団長になった人で、庶民の女子からはやけに人気が出てんだ。
実際、戦闘はお手のもの、政治に関してもいい線行ってるってんで、この辺りの市民のヒーローってわけさ。
って、どうしたギャリーお前の分のメシはもう食ったろ」
さっきからピンプのジャイアントカタツムリの肉を半分にしてもらっていたギャリーは俺の手元に来て肉をねだってくる。
「ピュー……」
「すまんね。コイツこんな小さい体して食いしん坊でよく食うのよ。
おい、おやつだって食ったろ?
まあ気にせんでくれ」
俺は肉の置かれた鉄板をギャリーに近づける。
「俺の分もいいよ。一緒に食おうぜ」
ギャリーは満遍の笑みでこちらの顔を見上げ、ピューピュー言いながら肉を頬張り出す。
「はは。こいつってば」
俺たちの目前でオスフェル一向の歩みが止まる。
「オスフェル様!」
城の方向から大急ぎで家臣らしき男がやってくる。
「どうした、ルシファード」
凛とした顔を崩さずに、そう尋ねる。
「お嬢様が! アウネスお嬢様が城内のどこにも居ないのです!」
オスフェルは額に手を当て苦虫を噛んだ顔をする。
「アウネス様……。またしてもおいたをなさって……」
そうして項垂れてから顔を引き締め直し、後続の騎士たちを向く。
「皆のもの、魔物討伐で疲れているところ悪いが、新しい仕事が増えた。
アウネス様が"また"城を抜け出し行方不明だそうだ。
城に帰り次第我々で捜索隊を作る。
早急にお探しし、安全を確保せねばならぬ。
よいか」
「「ハッッ」」
オスフェルに対し、大柄な男どもが野太い声をあげて返事をする。
その声からは単なる仕事の関係ではなく、相手を信頼し忠誠を誓った奴らだということが誰にもわかる。
「アウネス様もお人が悪いねぇ。
こうも、精鋭騎士団があの方のわがままに振り回されているところを見ると心が痛むぜ」
ピンプは同情するような口振りでつぶやく。
「アウネスっていうのは?」
俺はピンプに尋ねる。
「この国の王様の娘さんさ。
王も手を焼くお転婆娘で、こんな感じで城を抜け出してはしょっちゅう行方をくらまし捜索隊が作られんだ。
なかなかな厄介者だよ。
女王に似てなかなかの別嬪さんではあんだがな。
ま、あんたもこの辺に残ってりゃそのうち顔を拝む機会があるよ」
その時、頭に考えが過ぎる。
この騎士団、魔物の討伐から帰ってきたって言ってたよな。
「ピンプ、この辺りには魔物が出るのか?」
ピンプは不思議そうにこちらを見る。
「ああ。
最近はやけに多くなったな。
基本的にはここから少し離れた森の辺りで出るもんだが、街の付近で魔物を見たとなれば、こうして騎士団が出動し、対峙することでここの平和は守られてんだ」
俺は食事の手を止めピンプの目を見る。
「サキュバスは出るか?」
ピンプは面食らっている。
「サキュバスぅ?
そいつはちょっとどうだろうな。
まあ、無いと断言はできないが、この辺りじゃ聞いたことねぇな。
まあ、実際のところを知るには討伐隊本人に聞くでもしないと……、っておい!
ハイト、お前どうした?!」
俺はピンプの話を聞き終える前に店を飛び出した。
今の俺にはサキュバスの行方の手がかりが何もない。
魔物退治を日々行なっている彼らなら、サキュバスに関しての情報を何か持ってるかもしれない。
そう思い、騎士団長オスフェルの元に駆け寄り目前に立つ。
「すみません!
騎士団長さん。
少しいいですか」
周りは騒然とする。
突然身元不明の俺が騎士団長に声をかけたのだから当然か。
無礼なのは承知だ。
今はこれしか手がかりがない。
「無礼者!
貴様、何者だ!」
オスフェルの周りの騎士が俺を突き飛ばす。
石畳の路地に体中を強く打ち付けられ、腕の皮が捲れる。
痛い。
その痛みとともに、俺の中で何か新しい感情が芽生えていることに気付く。
芽生える、というよりすり替わるに近いような。
それは人類の原始の感覚。
母親の体内から現世に出、何も分からず自信を守る力もない心細さ。
そして、その心からなる何者かに縋りたい、母性を求める気持ち……!
思い出した!
これは、俺が会社帰り必ずやっていた1人赤ちゃんプレイと全く同じ心境!
架空のママを求めて本能が暴走するこの感覚、間違いない。
……って、なんでこの状況で赤ちゃんプレイのスイッチが入ってるんだ、俺?!
確かに心細い状況ではあるが、そんな風に情に浸っている場合ではないだろ!
いくら俺の趣味が赤ちゃんプレイだとしても、普段の俺には理性が働いている。
こんな公然の場で己の欲望を解放するわけがない。
しかも、感情の昂り方もいつもの赤ちゃんプレイと比べ度を越している。
それは指数関数的な増大の仕方で、もはや俺自身に制御は不可能だ。
どう考えてもおかしい。
まさか、これが女神様の言っていた、サキュバスの呪いによって起こる災いだとでも言うのか……?!
いや、そうなのだろう。
つまり、俺がかかったサキュバスの呪いとは自分自身の心細さなんかの原始的な心の澱みをきっかけに精神を赤子そのものにしてしまう、言わば"幼児退行の呪い"なのだった。
「くっ、お願いです。
話を聞いてください」
俺はなんとか踏ん張り声を出す。
近くの槍持の男が持っている槍で俺の腹を小突く。
「君、いい度胸してんねえ。
お前みたいな身の程を弁えない奴がいると、精鋭騎士団の顔に泥塗ることになんだよ。
2度とこんなやつが現れないよう、コイツを見せしめに……」
男が槍を振りかぶろうとしたとき、
「待て!
いくらなんでもやりすぎた!
この者はただ私に用事があっただけなのだろう?
それを暴力で制するとは、それこそ精鋭騎士団の顔に泥を塗る行為ではないか!」
そう声高らかに言ったのは騎士団長であるオスフェル本人だった。
俺を囲んだ騎士たちはビクッと肩を震えさせる。
心底この女性を恐れているようだ。
「お前達、後で会議室に来い。話をせねばならなくなった」
「「はっ、はいっ!」」
呼びつけられた2名は背筋をピンと伸ばし敬礼をする。
そうして奥に捌けていくとオスフェルはこちらを向く。
「君、大丈夫か。
済まなかったな。
乱暴な奴らで申し訳ない。
後で私がしっかり指導しておくから……。
立てるか?」
そう言って少し屈むと、俺に手を差し伸べるオスフェル。
その手を俺は取る。
しかし、俺の理性はオスフェルに逃げろと言っている。
俺は気づいていた。今の自分が人ならざるものに取って代わっていることに。
いや、むしろありのままの人間というべきか。
本来なら、今すぐ立ち上がり、オスフェルに無礼を詫び感謝を伝え手短にサキュバスの件を聞くべきだ。
しかし、体が言うことを聞かない。
なぜか。
-俺は赤ちゃんになっていたのだ-
「? おい、本当に大丈夫か」
一向に起き上がらない俺を見てオスフェルは不安げに尋ねる。
「ま……」
俺の皮を被った赤ん坊が声を出す。
「ま?」
オスフェルがキョトンとする。
「まんまー!
ぱいぱいくだちゃーい!」
認めたくは無いが、確かに俺はこう口に出し、オスフェルの胸元に近づく。
「は? お前、何を言って……あん…」
俺の手はオスフェルが差し出した手をスルーし、その奥にある豊満なバストに鎧の隙間から手を当てがう。
だめだ!
俺!
一体何をしているんだ!
早く手をどけろ!
まずい!
このままでは暴走した俺がオスフェルの乳を飲み出してしまう!
なんとかしないと……。
いつ斬り捨てられてもおかしくない状況だが、オスフェルは顔を真っ赤にして硬直してしまっている。
流石の騎士団長もいきなり男に胸を触られたらこういう反応をするのか……ってそんなことに意外性を感じている場合じゃない!
最低だ、俺!
我に返らないと!
理性が全く働かず、本能の幼児性だけが牙を剥いている。
なんとかして自分の中に巣食う赤子を眠らせなければ……。
……"赤子を眠らす"?
その言葉が頭によぎり、ひらめきが生まれる。
赤子を眠らすにはあやすことが重要だ。
生命としての単純な欲求で泣く彼らは自らの欲求が解消されると自然と眠りにつき静かになる。
己の中の赤子を鎮めるには欲求を叶えればいいのではないか……。
この場合の欲求とは、騎士に突き放され心細くなった感情の隙間を埋めることだ。
つまり、単純にあやしてやればいい。
そういえば、女神様は旅立つ俺に荷を詰めてくれていた。
さっきピンプと街を巡る間にさりげなく確認したところ、中にはオムツ・ガラガラ・おしゃぶり・粉ミルク・哺乳瓶と、赤ちゃん養育用品が詰められていた。
中身を確認した時は、
異世界では流石に赤ちゃんプレイは自重するわ!
ていうか余計なお世話だわ!
こんなものより食料とか武器とか、そういうものを詰めてくださいよ、女神様!
と心の中で途方に暮れていたが、これらのアイテムはこの呪いに立ち向かうために女神様が俺に持たせたんじゃ……。
寂しくなった赤子をあやすにはおしゃぶりを咥えさせればいい。
1人赤ちゃんプレイ中に実践済みだ。
そうすれば赤ちゃんはママのおっぱいを飲んだ気になり気分が落ち着いて眠ってしまうのだ。
俺は意を決してなんとか自分の手を制御し、倒れた時に散らばった荷物の中からおしゃぶりを握りしめる。
急いでそいつを口につけると、意識せずとも本能が勝手にものすごい勢いでそのニップルを吸い出した。
途端、俺は自我を取り戻す。
やっぱりそういうことか。
呪いによって開眼した己の中の赤子を鎮めるには己をあやせばいいのだった。
自力で立ち上がった俺はもうどうしたらいいか分からず心で泣きながら口を開く。
「すみません!
手が滑ってしまい、悪気はないんです!
ただ、あなたにサキュバスという魔物のことを聞きたくて……」
オスフェルにはこっちの声は全く届かず、ワナワナと体を震わせ、
「こ、こ、こ、この男が……今、わ、わた、わたしの胸を……蹂躙したぁー!!!!」
オスフェルの甲高い声が辺りにこだまする。
「お前達、こいつを捕らえ、牢獄に入れよ!
いいか!
早く!」
「「ハッ」」
騎士達はテキパキと身をこなし、俺をはがい羽交い締めにして手錠を繋ぐ。
「待ってくれ!
これには訳が!」
オスフェルはこっちをキッと睨む。
「黙れこの変態!
お前と話すことなど何もないわ!
私の、私の体に無遠慮に触れよって……。
お嫁に行けなくなったらどうするんだ!」
そう言ってよよよと泣き出す。
「あの優しいオスフェル様を乱暴し泣かすなんて、生きる価値のない人間の屑だわ……」
騒動を見ていた群衆からのヘイトが高まる。
「「 きょっけい! きょっけい!」」
群衆はそう叫ぶ。
「ま、待ってくれ!
これには神話級に深〜い訳があるんだ!
ピ、ピンプ!
そこにいるんだろ?!
助けてくれ!」
店の窓からピンプがひょこっと顔を出す。
「ハイト、お前と会えて短い間だったが楽しかったぜ。
刑務所行っても元気でな。
それから何か聞かれても絶対俺の名前は出すなよ。
じゃあな!
達者でなー、若い旅人よー!」
そう言って大荷物を背負い、スタコラサッサと通りを離れていく。
「あ、おい!
逃げんな!
薄情者ー!」
騎士が俺の手錠を引っ張る。
「さて、悪あがきはもう終わりか。来い」
沖屋はいと23歳、異世界転生初日にセクハラの現行犯で逮捕。
判決:極刑
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次回【いきなりの転落ライフ?! はいと、捕まる】