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1. ある嵐の悲劇

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嵐の夜。


「おぎゃー! おぎゃー!!」


とあるファンタジー世界。

ありふれた民家備え付けの納屋に積まれていた家畜用の藁の上に神によって産み落とされた俺は精一杯大声で泣く。

赤子にとっての自己表現手段はこれしかない。


「おぎゃあっ! おぎゃー!!」


遠くから老夫婦の声が聞こえてきた。


「あなた、早く来て! 納屋から赤ちゃんの泣き声がするのよ」


「分かったから引っ張らないでくれ。今行くよ」


「きっとこれは神様からの贈り物よ!

いつまでも子供ができない私たちに、神様が子を授けてくださったんだわ!」


そう。そうだ!

俺は今ちょうど、異世界転生したばかりの元社畜、沖屋はいとだ。

今はこうして生まれ変わり、赤子をやらせてもらっている。


それにしても……なんて好都合な展開!

この子なしの不幸な老夫婦が俺を拾い、青年になるまで育ててくれて、その間に甘酸っぱい出会いなんかがあったりして、俺の素晴らしい異世界生活が開花していくのだろう。

社畜から一転、この地で俺は思う存分充実したスローライフを謳歌するんだ。

今からでも楽しみで笑みがこぼれる。

……だめだだめだ。今は精一杯泣いて、両親を獲得しないと。


「おぎゃあ! おぎゃー!!」


「はいはいっ。今行きますからねー……って、ま!!」


俺のこれからの母親が納屋の戸を開ける。

その瞬間、なぜか硬直する未来のお母さん。


「おぎゃー!! おぎゃ、……なんだ? どうかしたのかなって、俺普通にしゃべれるのかよ!!

ていうか、もう十分育ち切ってんじゃん!?」


俺が自分自身の身体を確認するとそれはどこからどう見ても成人男性の立派なものであった。


「あなたー!! 助けてー!!

赤ちゃんかと思ったら、納屋に、……納屋におむつを履いた変態男がー!!」


奥さんは俺を見るなり、血の気を引かせ、両頬に手をつき悶絶する。


「ま、待ってください、奥さん! 俺としても、これには認識の齟齬があって……」


あのクソ女神、成人の男を丸裸で転生させるなよ!

しかも、泣きじゃくっていたのだって最初から自分の意志だったわけじゃない。

気が付くとこの体制で泣いていたのだ。

こんなの誰だって赤ん坊として転生したと思うだろ!

薄々感づいてはいたが、女神が言ってた特殊スキル"幼児退行"って、こういうことなのか……?


俺が一考しているうちに、夫であろう屈強な男が納屋の戸を跨ぐ。


「貴様、何者だ!!

この変態野郎、今すぐ出てけ!!!!」


「誤解なんだよ~!!!!」




……時間は少し遡り、異世界転生前の天界での出来事。


「次の方、どうぞー。

あっ、担当部署違いますね。

他当たってください。

はい、次の人ー」


仏頂面で明らかにこちらを見下している転生課受付担当の女神様は無慈悲にもそう俺におっしゃる。


こんな風に市役所みたいにたらい回しにされている(なんなら見た目も小汚いオフィスビル)が、ここは立派な死後の世界……らしい。

さっきからこの広大なオフィスの中を次はここの部署へ、その次はここの部署へとかれこれ10周は回り続けている。


「いや、もう何十部署でそう言って投げられてるんですけど……。

結局、俺はどこに行けばいいんですか」


くたくたになった俺は目の前の女神様にそう問う。


「さぁ、そもそもあなたの話を全く聞いていなかったので」


「ふざけんな!! 俺は今さっき死んで、転生するためにここに来てんだよ!」


「あー、それはうちの部署ですね。

早く言って下さい」


「最初から言ってるわ!」


あー……、イライラする。

この天界にカスタマーサポートセンターはないのか。


まあ、でもいい。

なんてったって、俺はこれから異世界に行けるのだ。

あの、ライトノベルなんかで良く耳にする異世界だ。

ハーレム、チート、なんでもありの異世界。

こんな天界でのストレスなんて些細なことだ。


前世の俺は社畜として会社にこき使われるだけの人生を送った。

そう、思い返すといろんなことがあったな。

あれは確か5年前……。




「あ、回想行くのやめてください。転生前の苦労話とか、そういうのもう飽きるほど聞いてるんで」


「ちょっとはホスピタリティ持ってくれよ! ていうか、女神だからって勝手に俺の思念に入ってくるなよ!」


「あなたたち人間の考えていることは私たちからは全て筒抜けなのです。

資料作成の気が散るので何番禅師の前世話はせずに黙っていてください」


「人の人生を何だと思ってるんだ……」


こっちのことなど気にもせず、転生課の女神様は古臭いブラウン管のモニターとワープロで何やら手続きの入力をしている。

天界にわくわく感を感じていた俺としては、なんとも古めかしくあまりにもがっかりな光景だな……。


「さて、あらかた個人情報の入力は終わりました。

後は、転生先の異世界での本人情報の登録ですね。

住所は……そうだ。

かっぱ沼なんてどうですかね。

そんなものあるかは知りませんが。

名前は……"あああ"っと」


「いい加減にしろ!!」


俺は声を荒げて机を叩く。


「冗談ですって。

本当にこんな適当に入力するわけないじゃないですか、由緒正しき天界ですよ? ここは。

全く、下等生物である人間はやはり落ち着きがないですね。

そんなに気が短いと血管が切れて早死にしますよ? あ、あなたはもう死んでるんでしたね」


「あ"あ"あ"あ"!!! こんのクソ女神ー!!!!

落ち着け落ち着け……、もうすぐ楽しい異世界、もうすぐたのしいいせかい!!!!」


ストレスが限界に達している俺をしり目に女神は優雅にワープロを打ち鳴らす。


「はいはい。登録できましたよ。

名前は前世のままにしておきました。

これであなたは異世界へ飛べます」


俺は極限まで体に力を入れてストレスを誤魔化す。


「ワー! アリガトウゴザイマス! ソレデハメガミサマ、サヨナラ!」


俺がなんとも高度経済成長期の味を感じる異世界課のオフィスを出ようとしたその時。


「あ。ちょっと待ってください。

今キャンペーンでスキルガチャ一回サービスしてるんです。

はい。これ引いてください」


女神が差し出したのは年季の入った紙製のミステリーボックス。

商店街の福引かよ……。

スキルガチャというあまりにもそそられる要素なのに、こんなに悲壮感が漂うのは何故なのか。


俺は女神に言われるがまま、その福引に手を突っ込み、中でずさんに2つ折りにされたくじの内の一つを適当に引く。


「じゃあ、これで……」


女神は俺から受け取ったくじを開き確認する。


「うげっ……」


さっきまでの仏頂面を崩し、顔を歪ませる。

なんだよその反応。


「さっきまであなたに冷たくしていたのを少し後悔します。

ここまで不憫な人間なら、もう少し優しく接してあげてもよかったのかもしれません……」


「なっ、なんですか?!

俺何引いちゃったんですか?!

スキルっていいものですよね?!」


俺は焦ってまくし立てる。


「いえ、これは史上最悪のデバフスキルです。

この字面を見るだけでも反吐が出ます」


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!

それ、俺のこれから起きるであろう平穏な異世界スローライフに何も関与しませんよね?!」


女神様は重く首を横に振る。


「いいえ。スローライフだとか、そんな生ぬるい生活はもう無理です。

あなたが獲得したスキル、それは……」


俺は生唾を飲む。


「強制発動特殊スキル、"幼児退行"」

ここまで読んでくださりありがとうございます!

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次回【異世界転生した俺、幼児退行の呪いのせいで転生初日にセクハラで捕まる】

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― 新着の感想 ―
Xからきました。 いや~良い意味でぶっ飛んでますね! 面白い設定です! オムツ姿のまま会話してるのを想像すると、つい笑ってしまいました。 面白かったので、ブクマと評価入れさせていただいております!
相変わらずのブラックユーモアに笑いつつ、物語の“理屈”がさらに深まっているのが印象的でした。 まず、神様からの転生ミッションが「サキュバスの母乳」をめぐるお題という設定がユニークです。前話で提示され…
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