試験という運命へ、
朝焼けが地平線を染める頃、村の小さな屋根の上に霜が降りていた。
「ついにこの日が来たか」
冷たい空気を胸いっぱいに吸い込んで、俺は静かに呟いた。
今日は、魔法科学校の入学試験当日。俺の人生の大きな分岐点だ。
10歳の誕生日を迎えてから、何日数えただろうか。
あの古びた書斎にこもり、積み重ねてきた知識と努力が、ようやく形になる。
両親はすでに台所でバタバタしていた。
珍しく父・ガルは髭を剃り、母・セルは朝食を豪華にしようと張り切っている。
弟のリアムは相変わらず元気に家中を駆け回っていて、今朝に限って特別騒がしい。
「アーシェ、入学試験の準備は大丈夫か、忘れ物はないか、」
父の声が背後から聞こえた。
振り向くと、少しだけ誇らしげな顔がそこにあった。
「うん、ありがとう父上。大丈夫だよ。」
服は深い紺色に金の縁取りがあり、胸元にはフォルセイド家の小さな紋章が縫い込まれていた。
没落した家系とはいえ、かつての誇りを捨てたわけじゃない。俺はこの名を、もう一度世に示すためにここに立っている。
朝食を済ませた後、俺は村の広場に用意された馬車へと向かった。
魔法学校の試験会場までは、半日ほどの旅になる。試験は王都近郊の分校で行われ、王国中から子どもたちが集まるらしい。
「緊張してる?」と母が聞いた。
俺は少しだけ考えてから、首を横に振った。
「ううん。楽しみなだけだよ。ようやく“始まる”って感じがしてる」
その言葉に、母は少しだけ目を潤ませた。
俺がどれだけ努力してきたか、一番そばで見ていたからだろう。
馬車が揺れ始め、家族の姿が少しずつ遠ざかっていく。
弟のリアムが、大きく手を振っていた。
――絶対に、期待を裏切らない。
心の奥底でそう誓った。
試験では魔力量の測定、基礎的な魔力操作、簡易魔法の発動などが行われるらしい。
俺はこの日のために、何度も書斎で本を読み、実験し、瞑想を繰り返してきた。
父上の残した記録から、古い魔法理論まで頭に叩き込んである。
自信がないわけではない。
でも、自分の“才能”という不確かなものが試されることに、恐怖がないといえば嘘になる。
(俺は、本当に“魔法”の世界で生きていけるのか?)
そう自問しながら、俺は拳を握った。
ここで躓けば、すべてが水の泡だ。
(それでも、もう逃げない。俺は“選ばれる側”に立つ)
揺れる馬車の窓から見える王都の影が、少しずつ大きくなっていく。
今、俺はようやく“運命の扉”の前に立っている。