【漫才】殭屍と妲己の大学生ライフ
二人「どうも、女子大生二人で漫才をやらせて頂いてます!しかし私達は二人共、タダの女子大生ではありません。」
殭屍「まずは私から自己紹介させて貰うね。私は台湾から来日した、留学生の殭屍です。殭屍の私が日本で上手くやっていけるか、最初は心配だったんです。だけど、ゼミのメンバーを始め皆さん優しいので楽しく過ごせています。」
妲己「おっ、それはゼミ友冥利に尽きるって所だね!出席の代返から苦手な教職員の粛清まで、留学生活で何かトラブったら私の事を遠慮なく頼ってくれて良いんだよ。何しろ私には心強い後ろ盾があるんだから。」
殭屍「今回の漫才も特に仲良しなゼミ友の子と一緒にエントリーしたんですけど、ちょっと困った事が起きちゃったんですよね。さっきも不穏な事を漏らしていましたけど。それと言いますのも…」
妲己「はい、どうも!殷王朝のクライマックスを飾るスーパーアイドル、その名も妲己皇后で御座います!」
殭屍「ねっ!今ので大体の事情が分かって貰えたかと思います。こうして相方を務めて貰っているゼミ友の彼女なんですが、唐突に妲己の生まれ変わりを自称するようになっちゃったんですよ。一昨日までは至って普通の日本人女子大生だったのに、こんな漢服を着込むばかりか、狐の耳と尻尾のアクセサリーまで着けちゃって…」
妲己「何しろ私の正体は九尾の狐だからね。日本じゃ玉藻前って名前で暴れ回ったんだけど、あの時期は今となっては黒歴史だったなぁ…」
殭屍「その今とやらも遠からず黒歴史になると思うよ…あのさ、蒲生さん。こういうお遊びはボチボチ止そうよ。」
妲己「……」
殭屍「もしもし、蒲生さん!蒲生希望さん!」
妲己「……」
殭屍「もう、しょうがないな…妲己ちゃん!」
妲己「んっ!何か呼んだかな、殭屍ちゃん?」
殭屍「見ましたか、皆さん?『妲己』って呼ばなかったら返事もしないんですから。何か悪い物でも食べちゃったのかな…」
妲己「人聞きの悪い事を言わないでよ。一昨日の夜も昨夜も、ビーフジャーキーを肴に軽くお酒をやっただけだってば。SNS映えするように盛り付けだって工夫したんだよ。」
殭屍「単なる晩酌でそんな事になっちゃうかな?その盛り付けってのを詳しく教えてよ。」
妲己「まず、串に刺したビーフジャーキーを発泡スチロールの土台へ植えてディスプレイしたかな。お肉の山林みたいになるようにね。」
殭屍「なかなか癖のあるディスプレイだけど、まあ良いや。それで、お酒は?」
妲己「貴女は留学生だから学生向けの賃貸マンション住まいだけど、私の実家って一戸建てでしょ。だからスコップで庭に掘った穴に洗面器を埋めたんだ。そうして池に見立てた洗面器に日本酒を…」
殭屍「それって酒池肉林じゃない!酒をもって池と為し、肉をかけて林と為す。『史記』の『殷本紀』に載っていた、あの悪名高い酒池肉林だよ!」
妲己「その時の画像をSNSに上げたら、凄い反響が来たよ。『食べ物で遊ぶなんて!』ってね。」
殭屍「それは反響じゃなくて炎上だよ!大体、貴女は『炮烙の刑』の考案者なんだから。それが炎上騒動だなんて本当に洒落にならないからね。」
妲己「おっ!紂王陛下も大絶賛の『炮烙の刑』の話、聞きたい?」
殭屍「良いよ、今更話さなくても…油を塗った銅の丸太を下から火で炙って熱々にして、そこを囚人に渡らせるだなんてメチャクチャだよ。」
妲己「そうかな?こんなのスポーツ系のバラエティ番組なら日常茶飯事じゃない。」
殭屍「そんな訳無いでしょ!どこのバラエティ番組が、そんな残酷シーンを放送するのよ?」
妲己「不安定な足場をリズミカルに飛び移ったり、ぐるぐると回転する丸太にしがみついて対岸まで渡ったり。アスリート系の参加者が華麗にステージをこなすのもカッコいいけど、芸人系の参加者が落っこちた時も番組的に美味しいよね。」
殭屍「バラエティ番組のアスレチックゲームは、真下で火を焚いたりしないよ!」
妲己「分かってないなあ…熱々おでんや熱湯風呂は、今や日本のバラエティの伝統芸だよ。芸人さんとしても美味しいと思うんだけど…」
殭屍「落ちたら火達磨だなんて、どんな汚れ芸人も出演を辞退するよ。そんな番組なんか流そう物なら、放送事故ってレベルじゃ済まないんだよ…」
妲己「ううむ…コンプライアンス、恐るべし!」
殭屍「恐ろしいのは貴女と炮烙の刑の方だよ!そもそもコンプライアンス以前の問題じゃないの。」
妲己「それにしても…殭屍ちゃんったら、やたらと炮烙の刑を怖がってるじゃない。ちょっとビビり過ぎなんじゃないの?」
殭屍「誰だって怖がるってば!熱々の銅の丸太を渡らされて、落ちたら火達磨なんて!」
妲己「殭屍なんでしょ、貴女?もう死んでるんだし、今更何を気にしてんだか。犬のフンを踏んだスニーカーで雀の死骸を蹴飛ばすような物だよ。」
殭屍「喩えが汚いなぁ!皇后陛下がそんな事を言っちゃいけません!」
妲己「私さ、どうして殭屍ちゃんが炮烙の刑をこんなに怖がっているか分かったよ。手足の関節がコチコチだから、丸太にしがみつけないからでしょ?」
殭屍「そうそう!いつものように飛び跳ねていたら、速攻で火の海に真っ逆様…って、待ちなさい!そもそも私の手足がコチコチなのは死後硬直のせいだから、火を焚いていたら流石に緩むって!」
妲己「ああ、普通に動かす事も出来るんだ。」
殭屍「何なら私、口から冷凍ガスを吐いて丸太を冷やせるからね。それで涼しい顔して対岸まで渡ってみせるから。」
妲己「それを言うなら『涼しい顔』じゃなくって『冷え切った身体』でしょ。体温も脈拍もすっかりなくなって、顔面蒼白じゃないの。」
殭屍「このままじゃ蒼白から土気色になりそうだよ。全く、貴女と一緒だと生きた心地がしないなぁ…」
妲己「もう死んでるって!こんな怖がられている私ですけど、女子力の高い所もあるんですよ。得意料理も幾つかあるんですから。」
殭屍「ほうほう、因みに得意メニューは?」
妲己「手捏ねハンバーグにメンチカツに、それからビーフシチュー…」
殭屍「肉料理ばっかりだね。だけどハンバーグを手作り出来るのは、確かにポイントが高いよ。」
妲己「まあ、私が殷の皇后だった頃はハンバーグじゃなくて肉餅って呼ばれていたんだけどね。この肉餅だけど、外国のVIPにも喜んで貰えたんだよ。」
殭屍「おっ、凄いじゃない!詳しく聞かせてよ。」
妲己「周の国を治めていた文王っていう王様をおもてなしする時に、この手捏ね肉餅を出してあげたんだ。やっぱりおもてなしには、真心のこもった手料理が一番だよね。」
殭屍「ウゲッ!聞くんじゃなかった…あ、あのさ…もしかして文王って人に肉餅をご馳走する前に、琴の上手い人と会ったりしてない?」
妲己「そうそう、よく知ってるね!その人が連れてきたお猿さんが私に飛び掛かってきたせいで、軽く修羅場になっちゃったけど。」
殭屍「ああ、やっぱり伯邑考の事だったんだ…お父さんに息子の肉を食べさせるなんて、流石に洒落にならないよ…」
妲己「そんな事ないって!文王さんには満足して帰って頂いたよ。何しろ肉餅を頬張るや否や、涙を流しながら喜んでくれたんだもの。」
殭屍「それは喜んでいるんじゃなくて悲しんでいるんだよ!息子の伯邑考を心ならずも食べちゃったから…」
妲己「だって昔から言うじゃない、『食べてしまいたい位に可愛い』って。」
殭屍「本当に食べたら洒落にならないんだよ。」
妲己「流石に私も『貴方の息子さんのお肉です』なんて言えないからね。気を遣って大鹿の肉と説明したんだけど、やっぱり食肉偽装はまずかったか…」
殭屍「こんなの最悪の偽装食品だよ。夢も希望もありゃしない。」
妲己「さっきから黙ってたけど、殭屍ちゃんったら私への風当たりが強過ぎるよ!あんまり私にひどい事言うと、紂王陛下に言いつけちゃうから!言〜ってやろ、言ってやろ!紂王陛下に言ってやろ!」
殭屍「子供か!担任の先生に告げ口しようとする小学生みたいな事言っちゃって!」
妲己「さっき言ったもんね、私には心強い後ろ盾があるって。もう泣いて謝っても駄目だからね。紂王陛下にチクっちゃうもん!」
殭屍「もう死んだよ、紂王は!周の人達も言ってたでしょ、『紂を滅ぼすは、この女なり』って。」
妲己「あっ、そう言えばそうだった…」
殭屍「もっとも、もう死んでるのは私も同じなんだけどね。何しろ殭屍だから。これで告げ口出来なくなったけど、これからどうするの?」
妲己「ゼミの先生に話を聞いて貰うか、学生相談室に行くか。その辺が妥当かな。」
殭屍「おいおい、急に普通の女子大生に戻っても取り返しがつかないぞ!」
二人「どうも、ありがとう御座いました!」