死は天使の如き神々しさで舞い降りて
白で埋め尽くされていく故郷を見て、どうにも耐え切れなくなった。
「どこに行くんだ!」
無意識のうちに足は故郷の方向にむいていた。それを、親友――ビリーの腕が止める。彼は首を横に振った。
「お前は残れ。それが妥当だろ」
英雄として祭り上げられた俺は、両軍壊滅と言う事態に陥っても旗として必要だ。だが、コイツの方が俺よりも正確に状況を分析できる目を持っている。故に、出した結論は否だった。
「ダメだ」
俺の言葉に、ビリーは心底驚いたような顔でこちらを見ていた。
「オレが行く。お前、俺の代わりをやってくれよ」
「何言ってるんだ!」
ビリーが俺の胸倉を掴んで睨む。その目に、涙が溜まっているのを見て、自分の思いが相棒に伝わったことを自覚した。
こうなってくると自軍が壊滅した事自体が幸いしてくる。俺の声と顔を知っている人間が、今この場にいるお互いだけなのだ。
つまり、やろうと思えば、『英雄は二人』になれる。
運良く俺が戻ってこれれば、俺が旗のままであり続ければ良い。運悪く俺が戻ってこれなくても、端から英雄は目の前の相棒だったことにすれば良い。
「後、頼んだぜ?」
掴まれた手を引き離す。予想以上に、その手には力が入っていなかった。お互い、疲れていたんだと思う。
掴んだ手に熱い雫がぽたりと落ちたが、それになるだけ気付かないようにしてビリーの胸に無理やり手を引かせた。そして相棒の手から手を離すと、俺は思いっきり殴られた。
知略担当の相手から、そんなある種の高等技術を拝ませてもらい、俺は面食らったまま地面に転ぶ。受身が取れたのは天才的な反射神経の賜物としか言いようが無い。
だが、受身を取ってしまってから、もっとまともに喰らってやるべきだったかと反省する。――案の定、相棒は無表情なまま怒気を膨らませていた。
だが、深紅の両目に涙をいっぱい溜めている姿を見たら、俺はどうしても顔が緩んじまう。
俺が笑ってしまったのを見て、相棒は背を向けて歩いていってしまった。アイツが予定通りの逃亡ルートに入っていくのを横になりながら見送り、そして起き上がる。
一台だけ残されたバギーを見やって、俺は目を伏せた。
雪のような粉が降っていた。
でも、コレが雪でない事を俺は知っている。コレは、死の灰だ。
ふわりふわりと降りて来て、いくつかは俺に触れてから地面へと吸い込まれていく。
「綺麗……だな……」
悲しいほどに。
空には暗雲が立ち込めて、日の光を全く通さないのに、大地だけが白くなっていく。
一歩、踏み出した。ぐしゃりと空洞のある砂をつぶすような感触が足から伝わる。
足元を見れば、ソレが元は人間の形をしていたのがわかった。
片膝を付いて、人の形をしていたそれに触れる。無残に、崩れた。もう、山のような形にしか残っていない。
真っ黒な砂と、降り注ぐ白い灰が混ざって、そこだけおかしな色になった。
かつて、ここには暖かな生活があった。
かつて、ここには人々の声があった。
かつて、ここには自分の故郷があった。
それらはどこか遠くに行ってしまったように思える、冷え切った光景。
「どうして」
誰にでもなく、呟いていた。手にした砂は、人の温かみがあるような気がした。
「お前がやったんだろうが」
頭の中で、戦友の声が浮かんで消えた。
雨が降っていた。白い雨が。
この兵器はその爆発の威力よりも、その後の威力の方が凄いのだと、研究者達が笑いながら話していたのを思い出す。それが酷く、薄ら寒かった。
ゆらゆらと視界が揺れた。それに、自身の限界を感じる。
あぁ、あの賢く愚かな研究者達の目論見どおり、この生きているモノを蝕む力は凄まじい。まさに、死の力だ。
でも、戻る約束もした。だから、生き延びてやる。
けれども、俺もやがて壊れていくのだろう。
戻れたとしても俺は俺ではないのだろう。
読んでいただきまして、まことにありがとうございます。
まずは世界観が謎過ぎるこちらから。
この『児戯』は、二つで一つの作品です。最初から単品で楽しむことは出来ない構造となっています。
ですので、どうぞ次の作品もお読み下さい。