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決断と契約

　夢を見ていた。

その夢は悪夢と表現するのも優しく、まさに地獄だった。

「起きろ人間。」

誰かが隆一に声をかけている。

その声は綺麗でまさに歌姫のような美声だった。

隆一はそんな美声で目を覚ますのは幸せだと思ったが、俺の身体は目を覚ますのを否定する。

「起きぬか...なら」

隆一の顔に何処からか現れた蛇が舐める。

冷たく顔を舐められるこそばゆさに隆一は目を覚ます。

目が覚めたその時みた光景は地獄だった。

「夢じゃなかったのか...」

隆一は気絶する前の事を思い出す。

ゴブリンに殺されかけたこと、そしてそのゴブリンを木っ端微塵にしたこの彼女の事を。

「目が覚めたか人間。もう目が覚めぬものかと思ったぞ？」

彼女は心配していたようで隆一の目が覚めたことに安心したようだ。

もしかしたら彼女は優しい存在なのかもしれないと希望が隆一の心を安心させる。

「折角手に入れた玩具が壊れてしまったら興醒めだからな。」

隆一の希望は一瞬にして消え去る。

やはり彼女は優しい存在などではなかった。

「人間ここから出たいか？」

「そりゃあ出れるなら出たいですよ！」

当たり前だ。

こんな場所で生涯を終えたいと思うのは戦闘狂か英雄だけだろう。

「そうかそうか。なら我と契約しろ。」

「契約？」

「そうじゃ、我と契約すればここから生きて帰れるじゃろう。」

隆一はよく分からない契約という単語を聞き、警戒する。

「契約ってなんだよ！？それにここはどこなんだ？」

「まぁ、焦るな一つずつ説明してやる。まずお主は此処を知らずに来たのか?」

「知らねぇよ！目が覚めたらここに居たんだから！」

「あぁ、なるほど漂流者か。」

彼女は納得したような顔をする。

「漂流者？」

「あぁ、その名の通りここに流れ着いたものの事じゃ。

お主ここに来る前に声を聴いたじゃろ？」

隆一は気を失う前の声の事を思い出す。

あのどこか優しいようでいて、どこか冷たい声。

忘れたくても忘れられなかった。

「あぁ、聴いた...」

「やはりな。それは誘惑の声と言ってな。たまに神殿が人間を引きずり込むために使うものなんじゃ。」

「神殿！？」

「なんだそれすら知らなかったのか。」

　隆一は突然明かされた事実に驚く。

神殿、それはある冒険家　エドワウ・ジョンが発見したと発表した場所。

だが、後日その場所を探索したが何もなく、虚偽の発見を報告したとしてエドワウ・ジョンは学会を追放された。

その後の彼は嘘つきや、詐欺師と言われ姿を消した。

そんな話を考古学か何かの授業で聞いたことがあった。

エドワウ・ジョンの話を真実とするのなら彼はそこで何度も死にかけたと言う。

歴戦の冒険家とされていた彼がだ。

そんな場所に普通の人間が入り込んだらどうなるか。それが分からぬ隆一ではなかった。

「ここは●●●の迷宮と言われる神殿で●●●が作り出した神殿じゃ。」

彼女の言葉に何故かノイズのようなものが走る。

彼女は気にせず話を続ける。

「全く最低な神のダンジョンに来るとはついてないのー。」

彼女は隆一の不運に同情したようで、哀れみの目を向けてくる。

その目にはどこか嬉しそうな感じがし、改めて化け物なのだなと認識できた。

「今不敬な事を考えなかったか？」

彼女は隆一に刃を向ける。

どうやら彼女には人の考えが読めるようだ。

いや、隆一の考えが分かりやすかったのかもしれない。

「とんでもない！美しい人だなと！」

「人などと一緒にするな！我は...」

彼女は何故かそこで言い淀む。

彼女は悔しそうでどこか悲しげな目をしていた。

その目は遠くのなにかを見ているようだった。

「とにかく、お前はダンジョンに落とされたんじゃ。」

「そんなー　なら俺の命は...」

　隆一は絶望する。

多くの冒険者ですら出ることも出来なかった。

迷宮に一般人が落とされる。

それはピラニアの檻に入れられたエサのようなもの。

化け物に気づかれれば入れ食い状態といっても過言ではないだろう。

「だが安心せい。お主は幸運じゃ我と契約すれば生きて帰れるのじゃからな！」

彼女は自信満々といった顔でそう力説する。

「その契約ってなんなんだ？」

「なんじゃ、案外冷静じゃのこんな状況なら聞かずに契約しそうなもんじゃが。」

この女はそれを狙っていたようで少し残念そうだった。

「また無礼な事を考えたな。」

彼女はまた隆一に刃物を向けどんどん近づけてくる。

近くで見るとその刃物は血塗られていて黒ずんでいるがなぜか美しさも感じる不思議なものだった。

隆一はこの刃物と彼女の顔を見て本気だという事をすぐに納得した。

「契約の事を話してくれ！」

「おぉ、そうじゃったな。」

　隆一はなんとか難を逃れるために契約の話に話を変える。

「契約とは特定の者だけが使える能力でな。自分の権能を一部分け与えることが出来るのじゃ！！　凄いじゃろ！？」

　それが出来る彼女は誇らしげにそう高らかに叫ぶ。

その叫び声はダンジョンの中を木霊する。

確かにそれが本当なら凄いことだ。

彼女の力はさっき見て凄いものと分かりきっていた。

その力を一部とはいえ貰えば確かに生き残れるかもしれない。

だが...

「代償があるんだろ？」

「そんなまさかぁー　我は優しい存在じゃから～」

明らかに彼女は話題を逸らす。

そんな凄い力を貰えるんだ。

代償が無いわけがない。

隠そうとするということはそれだけ大きな代償という事だ。

それを聞かなくて契約するほど隆一は馬鹿ではなかった。

だが彼女を問い詰めてもはかないだろう。

いや、それ以前に力の差がありすぎて問い詰めれないだろう。

どうする...

隆一がどうするか考えていると足音が聞こえる。

「親玉が戻ってきたようじゃのー」

彼女はだらけた様子で足跡の方を見ながらそう告げる。

「親玉ってさっきのゴブリンみたいなのか！？」

「そうじゃ我がさっき倒したのは雑魚の見張りじゃ。

その雑魚の連絡が無くなったからか来たのじゃろう。さっきのより強いぞ～頑張れよ～」

彼女は自分の姿を消す。

彼女はもう助けるつもりがないようだ。

契約をさせようとするのであればそれが適切だろう。

「や、やってやるよ！ゴブリンなら...」

　あの小さなゴブリンなら倒せるかもしれない。

死ぬかどうかなんだやるしかないと隆一は一生懸命自分を鼓舞する。

足音がどんどん近づいてくる。

隆一は壁に隠れ、不意打ちを狙う。

不意打ちで後頭部の攻撃なら倒せる可能性は大いにあると隆一は考えていた。

その考えはすぐに覆される。

足音が近づく度に地面が揺れる。

その足音の大きさは小さなゴブリンなんかではない。

隆一は相手を見るために不意打ちをやめ、入り口からの死角に隠れる。

その死角で見た姿は想像していたゴブリンではなく、身体が俺の倍以上大きく、大きなハンマーを持ち、

まるでオークのような見た目の化け物だった。

無理だ。

こんな化け物に不意打ちをしても勝てるわけがない。

足が震える。

鼓動が速くなる。

その鼓動を聞き付けたのかゴブリンは隆一に近づいてくる。

こうなってしまったら後はやるかやられるかだ。

「契約してやるよ化け物！なんでも持っていきやがれ！！」

「その言葉待っていたぞ人間！我の名を叫ぶのじゃ！」

どこからともなく現れた彼女はそう隆一に大声で語りかける。

彼女の名前...

何故か考える事もなく知っていた。

隆一はいつのまにか知っていた名前を叫ぶ。

「契約しろ！メドピア！」

隆一の身体が光り始める。

何が起こるか察したゴブリンは、

突然隆一に向かって走りだす。

いまやらなければやられるその恐怖がゴブリンを掻き立てる。

だが一足遅く契約は完了してしまった。

ゴブリンは勝ちを確信していた。

相手はただの人間の子供。

まさに赤子の手をひねるほどの簡単な作業だった。

だが、予想外な事が起きた。

その人間が●●●●●と契約したのだ。

あの魔物の強さをよく知らぬゴブリンでも強者の雰囲気は分かる。

ゴブリンの身体の毛が逆立ち、恐怖している。

そうそれはまるで●●●の力の一端を見たときのように。

逃走?

無理だ。ゴブリンとしてのプライドが許さなかった。

なら今の内に襲いかかるしかないと攻撃をするために素早く近づく。

攻撃をしようと手を振りかざした瞬間。

見たものは自分より速く、美しい斬撃

ゴブリンの意識はその美しい光景を最後に彼方へと消え去った。

「初めてにしては上出来じゃの。これならあやつの力を越えれるかもしれん。」

メドピアは笑顔でそう告げる。

その笑顔はまるで女神のような優しさを帯びていた。

だがその笑顔を最後に隆一の意識は消えていく。

どうやらまた意識を失うらしい。

だが、先ほどの気絶とは違い、どこか安心感があった。

これもメドピアとの契約の効果だろうか。

　力とは仮初の安心を産む。

　　　　　　　　　　　　　　　エドワウ・ジョン

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