ヒロイン達の計略で婚約破棄された令嬢の、恋の話
「見損なったよ、ディアマンテ。君は、今日、この場で罪を認めて償うと信じていたのに……。」
スターライト王国の王太子、アレキサンドライトは、悲しそうな瞳をして言った。
今日は貴族の子息、令嬢達が通う学院の卒業パーティーである。王宮で開かれるこの舞踏会をもって、学院生達は大人の道を歩み始める。
「男爵令嬢だという理由で、ペリドットをずっといじめていたこと、私は許すことができない。君のような女性を、王太子妃として、、、ゆくゆくは王妃とすることなどできない」
輝く金髪に紫の瞳。女性の理想を集めて作ったような美しい王子は、公爵令嬢ディアマンテの婚約者のはずだった。
本来なら、その腕を取り、エスコートされているのはディアマンテ。それなのに、今、ディアマンテの婚約者は、明るい緑色の瞳に金色の髪の美女の腰を抱いている。
ディアマンテは背中に冷たい汗が流れるのを感じつつ、できるだけ冷静に答えた。
「アレク様、誤解です。私はそのようなことはしておりません」
輝く銀色の髪をアップにして、ワインレッドカラーの美しいリボンで飾り、その華奢な体をシルバーグレーの輝くようなドレスに包んだディアマンテは、悲劇に見舞われた儚くか弱き美しい令嬢だ。けれど、この舞踏会の会場に彼女の味方をする者は誰一人としていない。
「姉さん、失望したよ。僕は弟として恥ずかしい」
王太子とペリドットを庇うように立ち、そう告げるのはディアマンテの弟、ターコイズだ。
「サンマルク公爵家の人間としてもね。この会場には、姉さんの悪行の数々の証人がたくさんいるんだ」
ディアマンテは驚いて周囲を見回す。
すると、先ほどまでは自分に微笑んでいた令嬢達が、皆目をそらした。
なんてこと……。
まさかこの会場の皆が……。
「ディアマンテ。私はここに宣言する。今この時をもって、君との婚約を破棄することを」
会場内に、わっと歓声が上がる。
それは、王宮の舞踏会に来ていたほとんどの人間が……と言っても、貴族の子息令嬢達だが……喜びの声をあげたためだった。
絶句するディアマンテを、騎士団長の息子が連れ出す。
「ディアマンテ嬢、本日はもうお帰りください。この場は、あなたに相応しくない」
それから1ヶ月後。
公爵邸で謹慎という名の軟禁状態であったディアマンテは、ペリドットの父親で、その醜さから「カエル男爵」と揶揄われている、フォグス男爵の後妻として、フォグス男爵領へと旅立って行った。
男爵令嬢ながら、新しく王太子の婚約者となったペリドットと、義理の母娘関係になることにより、公爵家もこの婚約破棄からのペリドットの婚約を、支持していると知らしめるために。
「ディア〜聞いてよ〜あんの馬鹿王太子、マジでどつきたくなるくらい頭がお花畑なんですけど!」
魔道具のテレフォネごしに、今や王太子の婚約者となったペリドットの絶叫が響いた。テレフォネは、最近発売された小さな通信機で、フォグス男爵の持つ商会から販売されている。
「そうよね、殿下って昔からそうなのよ……わかるわ」
ディアマンテはため息をつきつつ答える。
そして
「ペリー、苦労をかけさせてしまってごめんなさい。殿下のフォローは、本来なら私が一生背負わなければいけなかったことなのよね……」
少しだけしゅんとした声でディアマンテが言うと、ペリドットは慌てて答えた。
「あ、ごめんごめん! ディアのせいじゃないから! そもそも王太子としてまともな教育を受けていながら身になってない、あのアホのせいだから!」
それはすごい問題発言だと思うのだけれど……。
ディアマンテは思わず苦笑してしまう。
ディアとペリー。
1年前の断罪で、堕ちてしまった公爵令嬢と、その地位を奪った男爵令嬢。
実はこの2人、学園で共に学び始めた時よりさらに5年前から付き合いのある大親友だった。
ただし、その事実は、王家と公爵家には隠されていた。ディアマンテと、彼女を支援する者達の手によって。
公爵令嬢ディアマンテ。
誰もが称賛した美しく淑やかで賢い彼女は、実は誰もがドン引きしてしまうほどの発明マニアだった。
「ディア〜、この計算機なんだけど……って、ペリーかい?」
「フォグ様……ごめんなさい、もし不具合なら電話が終わった後で見ておきますから、そちらに症状を書いて置いておいてくださる?」
「ああ。ま、ペリーの愚痴なんてどうせたいしたことないから、ほどほどに」
クスリと笑って、ディアマンテの愛しい人はメモ帳とペンを手に取る。
テレフォネからは、
「パパが来たのね。私のこと悪く言ってるの丸聞こえなんだから! そんなふうに娘に言ってると、愛しい奥さんに愛想尽かされちゃうんだからね〜だ」
ペリドットの声が響いている。
ディアマンテはクスクス笑いながら、そんな日は一生来ないわ、と微笑んだ。
そして、そっと、丸くなったお腹に手を当てる。
まさかこんな幸せが私に来るなんて……フォグ様と出会った時には想像もできなかったわ……。
サンマルク家の公爵令嬢として、そして王太子の婚約者としてしか生きることを許されなかったディアマンテ。しかし、彼女には夢があった。
それは、自分の発明品で、住み良い世界を作ること。
昔から、魔道具を分解することが好きだった。
さらにそれを組み立て直すのも好きだった。いつのまにか、王太子妃教育の合間に図面を引き、材料を探し、時には手作りし、寝る間も惜しんで自分の思い描く道具を作り上げていった。
そして、ふとした瞬間湧いてくる、素晴らしいアイデアを形にしては、仲の良い侍女達に使ってもらった。そのうち、商会のオーナーと面識のあった侍女の進言により、フォグス男爵の持つ商会で販売をし始めた。
さらに途中からは、その発明品で得た利益で雇った侍女を、公爵家に自分の影武者として残し、これまた自分で雇った護衛をつれて、ディアマンテ本人が商会へ出入りし、男爵やペリドットと仲良くなっていった。
親子ほど歳が離れているにも関わらず、誰よりもディアマンテの意見を尊重し、バックアップをしてくれるフォグス男爵に、ディアマンテが恋心を抱き始めるのに、そう時間はかからなかった。例え、その容姿がカエルそっくりだとしても、彼はいつでも熱心にディアマンテの話を聞き、時には共感し、時にはアドバイスをした。世間知らずの小娘としてではなく、立派な発明家として、ディアマンテを扱ってくれたのだ。
美しい王太子よりもずっと、ディアマンテには男爵が素敵に見えた。
しかし、王太子の婚約者であるディアマンテが、恋をしたという理由で婚約を解消できるわけもなく。
また、サンマルク公爵がそれを許すはずもなく。
いつしか年の差という壁を越え、想い合うようになっていた2人だったが、その恋心をお互い告げることなく、しかし周囲の人々はお互いが思い合っているのはバレバレだったので、本人達以外は、その切なさに胸を痛めていた。
「そういえば、ターコイズは元気にしているかしら?」
ふと思い出して言うと、
「ああ、まあね〜。私が散々こき使ってるから。でも、時々ディアの写真をこっそり眺めては、ぶつぶつ何か呟いてるわ」
「何かって……」
「姉様の愛のためなら、とか?」
弟のターコイズは、ディアマンテと男爵のことに気づいていた1人だ。
王太子を捨て、格下の男爵を選ぶなど理解できない公爵はともかく、ターコイズはいつでもディアマンテの味方だった。もちろんあの断罪の時も、だ。
そもそもあの断罪の真相は、真実の愛のために、役立たずの王太子との婚約を破棄するべくペリドットやターコイズら、ディアマンテを愛する者たちが考えたもので。
知らぬは王家と一部の貴族ばかりなり。
発明姫として有名なディアマンテには、たくさんの支援者がいて、ディアマンテを蔑ろにしてペリドットにつきまとうアホ王子より、ディアマンテの恋を応援していたのだ。
そして、元々政治に携わりたかった才女のペリドッドは、アホ王子を傀儡とすることを決意した。もちろん、ペリドットなりの、馬鹿な子ほど可愛い、と言う愛情が芽生えたからなのだが。
こうして、ディアマンテの支援者達により、あの断罪劇が行われたのだ。はっきり言えば、かなりの数の支援者が、ディアマンテの婚約破棄にあたたかい支援の拍手を与えていたのだ。
私は本当に恵まれているわ……。
ディアマンテはもう一度お腹を優しくさすり、微笑む。
あと2ヶ月で子供が生まれる。
ペリーの弟か妹。
そして私たちの愛の証。
あの日断罪されたはずの公爵令嬢は、誰よりも幸せな人生を送ることになったのだった。