100 人間と魔族の混血ヒャクリ
「ば、馬鹿な!? ただ一人の人間に我が負けるだと……!?」
魔王は信じられないという表情で俺を見つめた。
彼はこの世界を支配する最強の存在だと思っていた。
だが、今、その自信は崩れ去っていた。
「それは俺が一人じゃなかったからだ」
俺の能力には1000%のバフが掛かっている。
ただの人間に過ぎない俺の力でも、それだけのバフが掛かれば強くなれる。
「魔王よ。虐げられた人々の痛みを知れぇ!!」
俺は剣を振り下ろした。
皆の想いが俺に力を与えてくれた。
一閃。
魔王の体が灰となって崩れていく。暗闇に覆われていた空に、日差しが射した。
終わった。もう魔王に怯える必要は無い。
人間は救われたのだ。
―― 完 ――
魔王を倒した後、俺は近くの街に戻った。
魔王の居城が近く、奴隷扱いされていた人達が居た街だ。
街はまだ荒れ果てたままだったが、人々は希望に満ちていた。
「ゼロ様……!」
俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。
振り返ると、頭に角が生えた少女が走ってきた。
ヒャクリは魔族と人間のハーフだ。
魔族はハーフを嫌った為に人間と同じ扱いを受けていた。
「ヒャクリ!」
俺は彼女に笑顔で応えた。
彼女は俺の仲間だった。
この街に着いた時、ヒャクリはボロボロの体だった。
食事もろく与えられずに労働をさせられていたからだ。
「もう体は大丈夫なのか?」
俺は心配そうに彼女の顔を覗き込んだ。
持っていた食事と治癒魔法でヒャクリの体調は良くなったのだが、まだ完全ではないかもしれない。
「はい、ゼロ様の御蔭です」
彼女は目を輝かせて答えた。
そして俺の腕に抱きついてくる。
きっと命の恩人という事で好意を抱いてくれたのだろう。
「ゼロ様……ゼロ様……」
彼女はしきりに俺の名前を呟いた。
俺も彼女に感謝している。
俺の恋愛バフには、もう一つの特典があった。
相手の持っているスキルを使える様になるのだ。
対魔族特攻のスキル。
魔王を一撃で倒せたのも、このスキルが恋愛バフに上乗せされたからだろう。
「俺が無傷なのはヒャクリ、君のお陰でもある」
俺は彼女に真剣な目で言った。
彼女は驚いて俺を見上げた。
そして嬉しそうに笑った。
「ゼロ様……、嬉しいです!!」
そう言ってヒャクリは体を摺り寄せてくる。
「大好きです……」
俺の事を好きだと言ってくれる。
可愛らしくて、気高き魔族の少女。
そんな君に、俺は言わなければならないのだ。
夕暮れの空に染まる森の中、俺は彼女の手を引いて小さな湖畔に連れてきた。
水面に映る二人の姿は、まるで運命の恋人のようだった。
「ヒャクリ……、大切な話があるんだ」
「ゼロ様?」
無垢な笑顔を浮かべる彼女に言わなければならない。
けれど、騙したままで居る事は御互いの為にはならないから。
眼を見つめる。
「ゼロ様……」
ヒャクリは蕩けた様な顔を浮かべた。
「……別れよう」
その顔が無残に掻き消えた。
彼女は信じられないという表情で俺を見つめた。
「ゼロ様……何を言うのですか?」
「俺の能力は恋愛バフ」
「恋愛バフ……?」
ヒャクリは戸惑った様に首を傾げた。
彼女は俺の能力を知らない。
知らせていなかったから。
「恋人が居れば居るほど俺は強くなる」
「なっ!?」
「俺は自分が強くなる為に騙していたんだ、君を」
「……っ」
全て事実だ。
魔王討伐という理由があったとしても、ヒャクリを騙していたという事も事実だ。
彼女は涙目で俺を見上げた。
俺は心臓が痛むのを感じたが、表情に出さなかった。
「恨んでくれて構わない」
できれば恨まずに、存在すらそのまま忘れ去って欲しい。
だけどそんなに簡単な話じゃなくて。
「できるはずが無いじゃないですか!?」
ヒャクリは声を張り上げた。
「ヒャクリ……」
「貴方に好きだと言われた時、私がどれだけ嬉しかったか分かりますか?」
「ごめん……」
俺はそれが分からないからここまで強くなってしまった。
魔王を倒すという目的の為に女の子を騙してきた。
「他に何人の人と付き合っているんですか?」
「後は、99人」
「そんなに……、他の人にも同じ様にするんですか」
「あぁ、全員に別れを告げるよ」
それだけが公平だった。
彼女は信じられないという表情で俺を見つめた。
俺は目を逸らす事すらできずにいた。
「貴方は本当に馬鹿です」
彼女は悲しみと怒りに震える声で言った。 俺は頷いた。
「知ってる……」
「大馬鹿です」
「知ってるよ……」
俺は謝罪の言葉も出せなかった。
何を言っても、彼女の傷は癒えない。
二人の間に沈黙が流れた。
「……」
「……」
「……私じゃ駄目ですか?」
彼女が小さく呟いた。 俺は驚いて彼女を見た。
「えっ?」
「私じゃ貴方の一番にはなれませんか?」
泣き顔のヒャクリが縋るような目で見ている。
ここでハッキリさせないのならば、これから行う行為の全ては無意味と化すだろう。
俺は深く息を吸って、彼女に答えた。
「ごめんな」
その言葉を聞いた瞬間、ヒャクリは崩れ落ちた。
「あぁ、あぁああああああっ!?!?」
地べたで泣きじゃくるヒャクリを宥める事すらできない。
俺には何も出来ないんだ。
このままこの場を去る事に決めた。
もう俺に出来るのは彼女を傷付ける事だけだった。
胸に鋭い痛みが走る。
有難かった、せめて痛みを感じられる自分であった事が。
こうして俺の”対の旅”が始まる。
広げてきた輪を閉じて行く、”終の旅”が。
ステータス更新
恋愛バフ 1000%↑ → 990%↑ 削除スキル 魔族特攻
一話目だけ改稿しております。