(7)
カランカランカラン!
「いらっしゃ……い?」
少しだけ乱暴に鳴った扉のベルに、驚いた私は中途半端な挨拶をして固まってしまった。
だって、そこに居たのは……。
「ぼくにもお酒ください!」
仁王立ちしてを言ったのは、何処をどう見ても子どもだった。
そこへ慌てたように声が続く。
「ひーくん! 駄目でしょう勝手にお店に入っちゃあ!」
どうやらお母さんらしき人も一緒の様だ。
「此処はお酒を飲めるんでしょう? ぼくにも飲めるお酒って有りますか?」
男の子は仁王立ちをしたまま堂々と言い放った。
「ひーくん! お酒は大人になってからしか飲めないの!」
「ぼくは飲みたい気分なんです」
「お父さんの真似しないの!」
二人は半分以上開きかけの扉の所で言い合いをしてしまっている。
そして、こちらを見ていた私に気付くと気まずそうにお母さんらしき人は会釈をしてきた。
ひーくんはまだ強い視線で私を見ている。真っ直ぐな瞳だ。
これは予想外のお客さんの登場だった。
でも、大丈夫。
此処に来れるという事はあの悩みがあるという事だから……。
「ひーくん、いらっしゃいませ。【ビタミンカラー】へようこそ」
私は丁寧にひーくんに向かって一礼をした。
ぱあっとひーくんの顔が輝いて、駆けてバーカウンターに向かってくる。
「ひーくん!」
「お母さま。いいんですよ。お母さまもこちらにいらっしゃってくださいな」
「でも……」
躊躇いと疑心暗鬼そうな表情がまだ晴れないお母さんに向かって、私は安心させるように微笑んだ。
「おかあさん、大丈夫。このお姉さん大丈夫だよ。嘘言ってないよ?」
ひ―くんはスツールに手を置いて言う。
「そう、かしら……」
磨かれた床を見て、店内を恐る恐る見ながらひーくんのお母さんはやっとバーカウンターの所までやって来てくれた。
「申し遅れました。私はこのバーのマスターを務めているバーテンダーの、愛です」
私は二人に向かっていつも通りの一礼をした。
「ラブ? 変わった名前ー」
「こら、ひーくん!」
ひーくんはさっきからお母さんに怒られっぱなしだ。
ちぇー、とひーくんは下唇を突き出す。
私はそんな様子を見ながらグラスを二つ取り出して、オレンジジュースを注ぐ。
「ひーくん。どうぞ」
「わーい! オレンジジュースだ!」
ひ―くんはあっという間にオレンジジュースを飲み干してしまった。
その横でお母さんはおたおたと困って私を見た。
お代の事とかだろう。
ひ―くんに雷がまた落ちる前に私はすかさず言った。
「大丈夫ですから。私からのサービスですし、普通のオレンジジュースです。それに」
私はバーカウンターから出ると、ひ―くんの目線に合わせて膝を折る。
「ひーくんは何か悩みがあってここに来たんだよね?」
「な、悩み?」
ひーくんのお母さんがびっくりしたように横で声を上げる。
一方のひーくんは目を丸くしてから、ゆっくりと頷いたのだった。
「うん。ぼく、悩んでいるの」
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