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(2)

「素敵なバーですね」


 はいねさんにバーカウンターのスツールを勧めると、彼女は店内を見回してほうっと溜め息を吐く。


「でしょう? 先代から受け継いだものなの」


 私は自慢げに言う。


「女性なのにバーテンダーってカッコイイですね」

「そうかしら?」


 首を傾ける私に彼女は何度も頷いた。


「ええ、カッコイイ! 憧れちゃう。同じ女性として」


 はいねさんの瞳は仄かな照明に輝いている。

が、その輝きも一瞬のこと。

 彼女は何かを思い出したかのように、今度は重い溜め息を吐く。


「……よかったら、話聞かせてくれないかしら」


 優しく、私が声をかけるとはいねさんはハッとした様に顔を上げる。

その瞳からポロリと滴が零れ落ちた。


「やだ、私、何で泣いているんだろう」


 そう言う間にもはいねさんの目からは涙が零れ続けている。


「泣くことも、大事よ」


 わたしの言葉に、はいねさんはとうとう声を上げて泣き出したのだった……。


数分後。


「落ち着いたかしら」

「ええ、ずびばせん」


 差し出したティッシュを受け取り、鼻をチーンとかむはいねさん。

ミネラルウォーターをコップに入れて差し出すと勢いよく飲む。

あれだけ泣いたのだから喉が渇くのも当然だ。


「……彼氏が、浮気しているみたいなんです」


 コップをバーカウンターにトンと置くと、はいねさんは語りだした。


「初めて出来た、彼氏なんです。勤め始めた会社の同僚で……。気が合うし、趣味も一緒の魚釣り。本当に、優しくてカッコよくて。なのに。なのに……」


 その彼氏が、ここ最近休日になかなか会ってくれないのだという。

デートの釣りをする約束を断られ、家に行くといつも留守なのか居ない様子。通信アプリの既読もすぐ付かない。

 電話をすると。


「今、忙しいんだよ。ごめん」


 とすぐ切られる始末。

おまけに会社の友人から彼氏が知らない女性と歩いてたという話も聞いてしまった。


「これは絶対に浮気ですよね。私、そんなに、魅力なかったのかな。フラれるの、かな……」


 はいねさんの目にまた涙が浮かぶ。


「……」


 私は黙って、シェーカーを振る。

シャカシャカという音が店内に響く。


「はいねさん」

「はい」


 私は、シェーカーの中身をカクテル・グラスに注ぐ。

そして、そっとはいねさんの前にグラスを置いた。


「信じなさい」

「え?」

「好きなら、信じなさい!」

「ええ?」


 突然の私の言葉に、はいねさんは目を丸くする。


「不安なら気持ちをちゃんと確かめることも大事よ」

「確かめる……」

「そう、ぶつかるの」

「ぶ、ぶつかる⁉」


 目を丸くするはいねさん。

そんな彼女に私は最大限の思いを込めて言った。


『自分の気持ちをぶつける事も(ラブ)よ‼』


(ラブ)……」


 呆然とするはいねさんに私は微笑んだ。


「バーテンダーさん……」

「私の名前は(ラブ)よ」

(ラブ)さん。私……」

「まあ、その前にカクテル飲んでよ。また喉乾かない?」

「は、はい」


 はいねさんは目の前のカクテル・グラスを見て声を上げた。


「わあ! 綺麗なビタミンカラーのイエロー」


 カクテル・グラスにはイエローの液体が静かに揺れている。

はいねさんはカクテルを飲むのが初めてなのか、怖々とグラスを持つと口元に運んだ。


「……美味しい! 私こんな本格的なカクテルはじめて!」

「今日のお召し物のワンピースもちょうど檸檬色ね」

「ああ!」


 はいねさんは恥ずかしそうに立ち上がってくるりと回ってワンピースを見せてくれた。


「素敵よとても」


 私の言葉にはいねさんは綺麗に微笑んだ。

頬が上気している。


「彼との、初めての遊園地デートの時に着て行ったんです。彼が『最高に可愛い』って褒めてくれて……」


 だが、その顔が陰り彼女は下を向く。


「……でも、その彼は、彼は」

「はいねさん」

「……はい」


 私はまた泣きそうになっているはいねさんに静かに声をかける。


「……このカクテルは〖シンデレラ〗って名前が付いているの」

「シンデレラ? あのお伽噺(とぎばなし)の?」

「貴女の王子さまを信じましょう」

「でも」

「シンデレラは、きっと信じていたわ。王子様がもう片方のガラスの靴を持って自分の所に来てくれるのを。貴女の彼は、そんなに信じれないのかしら」

「そんな事……!」

「好きだものね」

「はい!」


 はいねさんの瞳に力強い光が宿った。

それを見て、私はもう大丈夫だと思った。






お読み下さり、ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] はいねさんの彼氏、本当に浮気しているのかな。シンデレラの王子様のように、靴の片方を持って来てくれるといいですね。
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